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四十三話 五十年目の真実


 現れたのは紺のマントをたなびかせ、紫髪を横へ流した厳格な雰囲気を纏う男……。


「あっ……! あの教会に居た暑そうな人……!」

「デデデデデ……! 守護の勇者デフ!?」


 エメが目を丸くし、ラックが狼狽える。


「先程のお嬢さんと、豪運の勇者ラック。という事は……やはり貴方が安村無敵を名乗る人物で間違いなさそうですな」


 まだ若そうだというのに、貫目をヒシヒシと感じさせる視線で俺を睨みつける。


「だったら何だ、お坊ちゃん」


 ……葉巻も煙を撒く為に燃焼させ過ぎた。恐らくもって三十分も無いだろう。

 俺が身構えていると、崩壊した壁の元、盛り上がった瓦礫からガラガラと音を立ててアギィが姿を現す。その眼は血走っており、開いたままの下顎を揺らしながら声を荒げた。


「きはま……! よふもこのははひを……!」

「アギィ。これ以上の醜態をさらすな。インツ、手当てを」

「承知しました」


 次いでデフの背後よりインツが現れ、光の球体を複数出現させていた。

 ……そしてアギィの前ではじけ、ひっそりと回った光粒が俺の背後ではじける。

 この状況であっても陰ながら手を貸してくれたらしい。


「申し訳ありません。貴奴を追い詰めたのですが……」


 砕けた顎の骨が治り次第、俺には目もくれずにアギィは跪いていた。

 あんな高飛車だった奴が急にしおらしく畏まる程の人物……序列一位の名は伊達では無いらしい。


「兵の無断使用。作戦の失敗。そして敗北。この後の処理は後に検討する」

「……ハッ!」


 アギィは苦虫を噛みつぶした表情で俯いていた。

 その様子を後目に、インツがデフへと告げる。


「守護の勇者デフよ。たった今近隣住民の避難と建物の包囲が終わったようです。して、力の勇者は何処へ?」

「奴は郊外にてコカトリス討伐の任へと着任中だ。我々で任を遂行する」


 どうりでこれだけ派手な音を立てておきながら周囲が静かなんだと納得する。

 ……状況は最悪中の最悪だ。守護、知恵、俊敏まで勢揃いと来た。

 インツもこの状況で怪我こそ治してくれたが、堂々と寝返る様な真似はしないだろう。


「伝説の勇者安村無敵……。にわかにも信じがたいが、こうして豪運の勇者を懐柔し、俊敏の勇者を打ち払った実力……。どうやら信じるしかなさそうだ」


 俺を睥睨しながらも、隙を見せる様子の無いデフは口走る。


「僭越ながらデフよ……五十年の歳月が流れている以上、かの人物を安村無敵と断定するには軽率かと」

「こうして目の前で起こっている出来事は紛れも無い事実だ。それに、仮定は重要ではない。この場に居る人物等が石を持っているか否か。それだけだ」


 石。石。石……。勇者へと其々の能力を授ける石。

 こいつらにとってそれがそんなに大事な物なのだろうかと、俺は疑念を抱える。


「さて、安村無敵を名乗る男よ。我々も時間が惜しい。どのような目的があって石を奪取したのかはこの際置いておく。石の在処を吐いてもらおうか」


 正直、俺にとってこの石ころがどれだけ重要なもんなのかも分からねえし、未だに価値があるもんだとは思わない。差し出しても構わねえ。


なら……。


「……なら条件だ。石なんてくれてやる。だから兵を引け」


 勇者の力を授ける媒体となる石。

 それが無ければこいつらは魔王にも挑めない臆病者って訳だ。

 俺が言えた事じゃないが、軟な連中だと心底思う。

 こんな軟々な連中に負ける訳も無いが、エメとラック、それにナディを庇いながらとなると圧倒的に不利だ。


「デフよ。此処で兵力を消耗するのは賢明ではありません。最善かと」

「インツの言う通りだ。良いだろう。アギィは兵に退く指示を、床に伏している者共を連れていけ」

「ハッ!」


 デフが采配すると、アギィは瞬く間に室内を後にしていく。

 すると直ぐに複数の兵が入って来たかと思えば、何も言わずに気を失った兵達を連れて行った。

 ……だが、まだだ。


「これだけじゃねえ、こいつらの身の安全を保障しろ」

「……インツ。行けるか? ここは私一人で良い」


 やけにすんなりと条件を吞み、デフはインツへと目を向けていた。


「承知しました。私が保護致しましょう」


 俺と一瞬目を合わせ、インツは小さく首を振って合図を送る。

 こいつなら安心だ。


「待ってよ無敵ち! 無敵ちはどうするの!?」

「そ、そうですよ! 僕は豪運の勇者です! さぁ! 僕を捕まえてください!」


「この件は不問とする。石の紛失や民衆を不安にさらけ出した以上、王の耳に入れば私も懲罰を撒逃れないだろう。石さえ取り戻せば後はどうでもいい。良いな?」


「お任せください。では、行きましょう」

「無敵ち! 絶対帰ってきてよ! 絶対だよ!」

「師匠! お待ちしてますから!」


 インツに連れられ、エメとラックがナディを抱えながら室内を後にした。

 先程まで人でごった返していた魔道具店に俺とデフが二人だけ。

 妙な静けさと緊張感が漂い返って来る。

 

 態度や目つきで解る。こいつは只者じゃない。

 この場に二人だけ残ったのも、何か確固たる自信があってこそなのだろう。


「……ふぅ。さて、本題に入ろうか」


 デフの纏っていた厳格な雰囲気が、何故か嘆息と共に少々薄れた。

 心なしか一切崩れる事の無かった表情も、微かに和らいでいる……?


「責任のある立場という者は、常に気を張ってなければならないものでしてね……」


 デフは懐に手を入れ、そこから徐に取り出したのは色あせた一枚の古紙。

 そこに描かれていたのは……見覚えのある人物等だった。


「初めまして安村無敵さん。私は戦士ガイヤと賢者リベルの息子です」

「…………は!?」


 ……咥えていた葉巻が落下し、急いで拾上げる。

 嘘だと思った。絶対に嘘だと思った。

 何故ならガイヤは魔王四天王と刺し違え、後を追う様にリベルは首を吊った……。


「魔族に対して風当たりが強い今、当然素性は隠させてもらっています」


 だが、精巧に描かれた人物画は間違いなく若かりし頃の俺達だった。


「信じられないのも仕方ありません。私の父は安否不明。そして母のリベルは間違いなくあなた方の目の前で死を選びました」


 言われれば、何処と無く目鼻立ちはリベルに似ており、口元なんかガイヤにそっくりだった。

 思わず乾いた笑いが込み上げてくる。


「ガイヤ……リベル……。ハハッ……生きてたのかよ……。生きてたのかよお前ら……!」


 同時に涙が込み上げてきた。

 懐かしい名と、死したはずの仲間達……。

 これが嘘か誠なんてどうでもいい。

 俺はその言葉を無条件で信じるしかなかった。


「母は死後、黒魔術の呪縛によってネクロマンサーとして生を受け、父はその後、母の治療によって事なきを得ました。今は元魔族領周辺で静かに暮らしています。私は今年で四十五歳であり、若く見える容姿は母の血でしょう」

「じゃ、じゃあイディアは……!」


 あの時デフは、イディアにそっくりであるエメに対して若い頃のシスターそっくりだと言っていた。

 いい加減確信が欲しくなり、俺は血相を変えて尋ねる。


「申し訳ありません。現在のイディアさんの居場所については、分かりかねます」

「……そうか、間違いないんだな……?」

「ええ、それこそ先週まではあの教会に居ました。ですが、今日私が祝福を受けに訪ねた所、中はもぬけの殻でしてね……。他の聖職者の話によると、王が直々に兵を引きつれて訪れた後、イディアさんを何処かへ連れて行ったそうです」


「……何処に連れていかれた?」

「申し訳ありませんが……王は五年前より表に姿を出したことは一度もありません。その上、イディアさんを連れ去った理由はおろか、居場所も不明です」


「イディアは……! イディアは……生きているんだな!?」

「魔王封印後に心を失った状態で保護されたと聞きます。今もその状態は変わりませんが、間違いなく生きています」


 大粒の涙がボロボロと零れて行く。

 いくら身体も脳も若返っていても、歳を取って涙もろくなった心は変わらないのだと、男だというのに、人前だというのに大泣きしてしまう。


「良い。生きてりゃそれでいい……! どんな姿で、どんな状態であっても……」


 イディア。良かった。俺は再び生きる希望を、溢れんばかりの希望を見つけたんだ。

 いつも、いつも俺はお前から与えられてばかりだった。今回もそうだ。


「……私もこの立場に着くまで随分と時間が掛かってしまった。それに、まさかあの安村無敵さんがこうしてこの世界に現れるなんて予想さえしていませんでした」

「何故お前は……。ガイヤやリベルも、どうしてそんな回りくどい手を使ってまで?」


 涙を拭い、俺は訊ねる。すると、デフはゆっくりと口を開いた。


「それは、魔王を倒し、イディアさんを救う為です」

「どういう事だ……?」

「イディアさんは、今も魔王と戦っておられます」


 ……するとデフは語り始める。

 俺が現世界へ帰った後の話だ。


 魔王を巨大なクリスタルへと閉じ込めたイディアは心神喪失の状態で発見され、影の英雄として王家はイディアを丁重に保護した。

 だがその後、心身を喪失させたはずのイディアは夜になると涙を流していた。

 そして今からちょうど五年前。その流涙が突如結晶化し、奇妙な石が生まれた。

 それが、勇者へ真の力を授けるイデア石なのだとデフは言う。

 ナディが言ってた血に近い成分とはこの事だったんだろう。


 因みに力を授ける聖水とは、即ちイディアの涙を溜めたものらしい。

 ……ナディが言ってた血に近い成分とはこの事だったのだろう。


「覚醒すればその石は輝き、真の力を授けると言われています。……ですが、力の勇者を除き、未だ石の覚醒へ至ったブレイバーは居ません」


 その後、イデア石は一年間隔で其々【守護、力、知恵、器用、俊敏、豪運】の順に結成されたという。

 その石の本質は、力の勇者の覚醒って奴で発覚したらしい。


「……そして私が守護へ着任して五年の間に手を回し、母へと石の成分調査を依頼した所によると、この能力は魔王の魂の欠片だという事までは分かっています。恐らくイディアさんと魔王の心は封印の影響で癒着しており、精神世界で戦いを続け、徐々に魔王を追い詰めているのでしょう。その副産物がこのイデア石なのだと私や母は仮定しています。勿論この事は王は知りません」


 ……デフの言葉が妙に突っ掛かる。仮に心がくっついちまったと言うのが本当だとして、魔王を追い詰めている? あの力も無く戦いが嫌いだったイディアが……?


「採掘が終わり露呈した魔王本体を討伐すればイディアさんの心が戻るのではないか、私はそう考えナルグ王が望む、魔王の完全討伐の目標に身分を偽り、便乗している所存です」 


 ……そうか。分ったぞイディア……! お前が未だに涙を流す理由も……!

 一番お前の事を知っている俺だからこそ、良く分かった……!


「違うな。そうじゃねえよ。イディアは魔王を追い詰めたりしちゃいねえ」

「……どういうことでしょうか?」


 心を失い、魔王の心とくっついちまったイディアが涙を流す理由……。

 しかし同時に、焦りが込み上げてくる。


「あいつは……魔王に身体を乗っ取られようとしているんだ……! その副産物が魔王の魂を含んだ石って所だろうよ。イディアが泣く理由だって争わず抵抗を続けている。きっとそうに違いねえ……!」


 精神の世界って奴で何が行われているかは分からねえ。

 けど、助けを求めている事だけは間違いない。それだけはハッキリ解る。


「……成程。仮説としては十分です。それも、あの安村無敵が仰るのなら猶更だ」


 そうさ。イディアは……きっと俺に助けを求めているんだ。

 だから五十年掛かって、俺をこの世界に再び呼び寄せたに違いない。

 絶対にそうだ。


 ……そう思うと、奥歯に力が入る。俺は俺の不甲斐なさに、苛立ってくる。

 俺は、お前を守ると言っておきながら、五十年間も一人で戦わせていたんだ。


「本当に居場所は分からないのか……?」

「申し訳ありません……。姿を眩ませた五年前より、王の目的や行動は謎。死んだという噂も流れつつあります」


 一番王の居場所を知っているかもしれない巫女と言い、二番目に王に近いはずのデフが外れと成れば完全に手掛かりが消えた。一体あのバカボンボンの目的は何なんだ……。


 ひょっとして勇者と言う強いコマを手に入れて調子付いているだけなのか……? 

 それとも魔王討伐に予期される被害に怯えているのか……? 

 謎が謎をどんどんと呼んできやがる。ヨボヨボの状態だったらとっくに頭はパンクだ。

 結局のところ、イディアへ会うにはナルグ王の居場所を探さなきゃならないらしい。


「他のブレイバーの眼がある以上、私も表立って友好的な協力は出来ませんが、必ず王の居場所……いや、イディアさんの居場所を掴んで見せます」


 ……イディアにもう一度会う。

 これは魔王討伐や、腐った世直しをするよりよっぽど重要な事だ。

 大丈夫、会えばどうにでもなる。俺の直感はよく当たるんだ。


「私が教えれる事は以上です。会えてよかった。きっと父も母も喜ばれるでしょう」

「……ありがとな。ほれ」


 ポケットから取り出した石をデフへと放り投げる。


「これは……豪運の勇者の石……。ご理解ありがとうございます」

「約束は約束だ。勇者は約束を破ったりしねえからな」


 この分だと自宅に帰る頃には葉巻も無くなって、丁度よく布団に寝転がれるだろう。

 ガイヤとリベルが生きていて、更にその意思を息子が受け継いでいる。

 それだけでも十分な朗報だ。果報は寝て待て、急がば周れってな。


「……じゃあな、父ちゃんと母ちゃんによろしく言っといてくれ」


 イディア。絶対にお前の居場所を見つけ出して、今度こそお前の事を救う。


 そしてあの時守れなかった約束を、五十年越しに叶えてやるんだ。



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