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四十二話 俊敏

「ええ、間違いありません、石の関与者です。場所はゴルドル魔道具店。今情報を聞き出している所です。では、後程」


 リンククリスタルで誰かと連絡を取り合い、アギィは再びナディへと目を向けた。

 衣服を剥され、筋骨隆々の身体が露呈したナディは所々から出血し、その大柄な体躯を床へと伏していた。


「……さて、どこですか? 早く仰った方が楽になれますよ」


 伏して半ば気を失いかけたナディの背に、容赦なくアギィの追撃が加えられる。


「イイィ! い、言うもんですか……」


 失いかけていた意識が絶妙な痛みと共に再度覚醒し、ナディは呻吟しながらも吠える。

自分が踏んだドジは自分でケツを拭く。それがオカマの流儀でもあるからだ。

それにあの石が魔王の一部である以上、尚更渡す訳には行かない。

何が何でも戦争を回避し、これ以上不幸な人々増やしたくないナディの願いであった。


「意固地ですねぇ。私達には魔王を討伐するという大儀がある。その大義を邪魔する様ならば容赦はしませんよ? まさか魔王や魔族の肩を持たれるおつもりで?」

「大儀ですって……! その大義の影でどれだけ不幸な人間や魔族が虐げられていると思っているのかしら! 魔王を討伐して世界を平和にするなら結構……! ただね、あなた達のやり方は不幸の上に成り立つ平和の虚妄なのよ……! たった四人で魔王討伐に臨んだ安村無敵達を少しは見習ったらどうなの!」

「煩いお口だ。それに、安村無敵は魔王討伐に失敗してるって話じゃないですか……!」

「――アァアッ!?」


風を切る音が響くと、ナディの身体へと遅れて剣先が到達する。

致命傷にはならないが、浅くはない傷がいくつも刻まれて行く。

とっくに魔道具店の床は、ナディの血溜まりが出来ていた。


「私はね、英雄として、安村無敵を超える大英雄として名声を得たいのです。魔王討伐や勇者の肩書なんてほんの通り道に過ぎないのですよ。私なら上手くやれる。私なら、一人でも魔王を倒せる程の力を持っている……! いくら民衆が苦労しようが、魔族が死のうが、私が目指すべき道には関係の無い話ですね!」

「……他人の幸せを願えない自分本位な考えで……そんな考えで、他者の為に拳を振るう安村無敵を超えられるわけ無いわじゃないの……フフッ、滑稽ね。とっても……」

「……黙れ! 名声さえ手に入れば、全てが手に入るんだ!」


 熱風のような風が通り抜けたかと思うと、連鎖して皮膚が刻まれて行く。

いい加減、バケツをひっくり返した後の様な出血量のせいか、身体は冷たく瞼は重い。

……ナディは限界を感じていた。


「まだ眠ってもらっては困りますね。ポーションを飲ませてください」

「ハッ!」


 兵の一人がアギィの指示通りにナディの口元へと一つまみ程の小瓶に入ったポーションを運ぼうとした時だった。


 ――――バンッ! 

と勢いよく魔道具店の扉が開くと、エメが眉を吊り上げて立っている。


「ナディ。助けに来たよ」

「ナディさん……そんな…………」


 そして、その隣にはラックが目に涙を浮かべて佇み、


「……っけ。腐れ外道が」


 その二人の背後より無敵がのらりと葉巻を吹かしながら顔を出した。


「なにしに……来たのよ……」


ナディは今にも意識を失いそうなぼやけた頭を上げて三人へ尋ねた。


「……決まってんだろ」

「助けに来たよ!」


 ◇


「雑魚に用はねえ!」

「――――グヒャァ!?」


 生ぬるい馬鹿共を拳で徹底的にド突き上げ。最後の一人をぶっ飛ばす。

 残りはイケすかねえ面をしたキザ野郎だけだ。準備運動にもなりゃしねえ。


「お見事。素晴らしい腕っぷしですね。素手で鎧事殴り飛ばすだなんて、まさかとは思いますが、貴方が安村無敵を名乗る人物ですか?」


 だが、余裕綽々と言った様子で手を鳴らしアギィは微笑を浮かべていた。


「違うね。自分が強いと勘違いしてる馬鹿をぶっ飛ばしに来たお兄さんだ」

「冗談がお上手だ。まぁ、戦ってみればわかる事でしょう……」


 アギィはそう言い、指先でクイクイっと挑発する。

……時間が惜しい。直ぐにもぶっ飛ばして俺はイディアの元へ向かうんだ。


「ぬかしやがれ、小僧!」


 一気に距離を詰め、すかさず殴りつける。


「…………なっ!?」


突然……アギィの姿が消え、拳は勢いよく空を切っていた。

俺が殴り込む直前まで目の前に居たのはずだ……!


「どうしました? 後ろですよ?」

「ガッ……!」


 突如、背中に衝撃が走り、そのまま体勢を崩す。

 ――――ガシャン。と派手な音と土埃を舞い上げ、道具店の棚を破壊しながらも俺は直ぐに体勢を整えてアギィを睨みつけた。


「野郎……。俺のケツを蹴り上げるたぁ、舐めた真似しやがって」

「いやはや、まだまだ序の口ですよ」


アギィはいつの間にか俺の眼と鼻の先に現れ、小馬鹿にした様子で嘲っていた。


「ちくしょう……!」

「おっと」


 俺が再び拳を放つも、瞬間移動でも使ったようにアギィは距離を取る。

 奴の動きがなにも見えない……。負ける気こそしねえが、このままじゃジリ貧だ。


「師匠! 闇雲に攻撃しても相手は素早さのステータスが振り切った傑物です! 通常の攻撃では到底当たりっこありません……!」


 店の隅でナディを抱えたラックが唐突に口を開くと、アギィが睨みつけた。


「その声……貴様、豪運の勇者だったのか……!」

「ヒッ! ち、違いますわよ!」


 慌てて裏返した声音で誤魔化すも、すでに遅かった。

 一瞬にして距離を詰めたアギィはラックのカッ首を掴み上げる。


「まさか変装していようとは……。どうやら私にもツキが回って来たようですね。そこのオカマが在処を知らないとなると、君が持っている可能性が高い。裏切り者の処理と石の奪還……序列の昇格だって間違いなしですよ……!」

「ぐ……ぐぐ……。はな……せ……!」

「さぁ、石は何処で――――」


 背後から攻撃を仕掛ける卑怯な真似事はしたくなかったが、しょうがねえ!


「――――オラァッ!」

「――――ッブ!?」


 手ごたえは有った……! 確かに奴の後頭部を思いっきり殴りつけてや……。


「まったく。お取込み中ですよ」


 俺の直ぐ真後ろでアギィの声が聞こえる。

それじゃあいったい、俺が殴ったのは……。


「し、師匠! 痛いじゃないですか……!」

「ラッ……!」


 ック。と言う間もなく、背中に熱した鉄を直線に押し付けられた様な痛みが駆け抜ける。


「師匠オオオォオ!」

「無敵ちぃ!」


 五十年ぶりに感じる刃傷の熱さ。

これは思ったよりも深いが……まだまだだ!


「……ックショオ!」


 腰を捩じるように背後へと手の甲を叩きつけるが、やはりアギィの顔に叩きつけたと思えば、空振っている。


「くそっ……!」

「残像ですよ……。フフッ。言ってみたかったんですよね、この言葉」


 ニヤニヤと嘲笑するアギィは汗一つ剣先から鮮血を滴らせていた。

その間にもドクドクと生暖かな感触が背中を濡らしていく。


「何て速さだ……! 何も見えません……!」

「無敵ち! 血が……! 血を止めなきゃ!」


 すっかり物怖じしたラックは声を震わせ、手当てをしようとエメは近寄る。


「来るんじゃねえ……! こんなのかすり傷だ、唾つけときゃ治る!」


 俺は一喝する。痛みのせいか変に意識が冴えてきやがった。

 思えばこの世界に来てから、どいつも手応えが無い奴ばかりで飽き飽きしていたんだ。

 今やこの痛みさえ懐かしい。ヨボヨボの俺だったらのたうち回ってただろうが、今の俺は誰にも負けねえ。……久々に、マジの本気だ。


「おやおや、少しばかり浅かったようですね。随分と気合の入ったお方だ」

「チョロヨロ動き回りやがって……オシメの取れてねえガキか、てめえはよ」


 痛みは気合で乗り切れ。そうやって俺は育ってきた。

このくらいの痛みはへのへの河童だと、葉巻を大きく吸い込みモクモクと吐き出す。


「次の一撃でお前をぶっ飛ばしてやるよ。歯を食いしばっとけ」


 煙を口へ含み、続けて吐く。汽車の様にモクモクと吐き出し続ける。

 五十年前、それこそ動きが速すぎてまるで見えねえ魔族とやり合った事もある。

その時はリベルが機転を利かせて土埃を舞い上げさせた。


思い出したぜ……。


「師匠……? 一体何を……」

「無敵ち……血が出すぎてもう……」


 そんな様子を見ていた二人が不安げに目を向ける。

俺がさっきから煙を吐き出しまくってるのは、ちゃんと意味があっての事だ。


「五秒だ。五秒でお前をぶっ飛ばす」

「へぇ、それは楽しみにしておきましょうか」


 余裕の笑みを浮かべ、アギィは剣を担ぐ。

読み通りだ。こいつ見たくキザったらしい奴は、相手を完膚なきまでに叩きのめす事で恍惚と自分の強さに酔いしれ浸る、傲りまみれの傲慢人間だ。


……きっと俺の宣言に合わせ、五秒後に攻撃を叩き込んでくるだろう。


「……ごぉ」


 最後の一吸い。そして、豪快に煙を吐き出すと共に数えを始めた。


「……よん」


 俺はゆっくりと目を閉じる。イディア、もう少しだけ待っててくれ。

直ぐにこいつをぶっ飛ばした後、お前の元へ駆け付ける……!


「……さん」

「無敵ち!? 何で目を閉じちゃったの!」


 エメが慌てた抑揚で声を投げるが、俺は応えずに一定の間隔を保ちつつ次を数える。


「……にぃ」


「師匠! 目を開けてください! それじゃあ……」

「恐らく辞世の句でも考えているのでしょう。邪魔をしないで上げてください」


「……いち」


 ゼロ。という直前に目を開け、俺は室内に充満した煙の軌道を確認した。

 漂う煙が小窓から差し込む明かりによって薄暗い室内に揺れている。


 ――――フッ。


漂う煙が切れたほんの一瞬を、俺は見逃さなかった。


「――――終わりだっ!」


 ――――――――――――左だ! 



「――――――――ゼロオオオオオォォオォォオォォォ!」


 絶叫と共に左側へと薙ぎ払う様に拳を叩きつける……!


「――――ナッ! ば、馬鹿な……!」


 俺の放った拳はアギィの面へジャストミート。

そのままねじ込むように拳を振り切り、室内の壁際へとかっ飛ばす。


「っしゃぁ!」


 壁をぶち抜き、瓦礫が崩れて行く。

イチかバチかの作戦だったが上手く行った。

だが途端に痛みがぶり返し、膝を付く。

少し気が抜けちまったようだ。


「くそ……もたついてられねえってのに」


 血が流れ過ぎたのか、それとも煙を吸い過ぎてか、クラクラしてきやがる。

 もう一度気合を入れ直す。早くイディアの元へ……。


「師匠! 早く治療を!」

「大丈夫、エメに任せて」


 慌ただしくラックが俺の傷を確認する最中、俺がふとエメに目を向けると、気を失って床に転がっている兵の所持品を漁っていた。

まさかこんな時まで盗賊根性を働かせるわけじゃねえだろうな。


「ほらっ、こいつポーション持ってた! 戦ってる時に音がしてたんだ!」


 エメが取り出したのは、赤色の液体が入ったほんの一つまみ程小さな瓶。

 それも丁寧に一回分程度の量だ。


「げっ……! トラウマですよそれ……」

「無敵ち! これで元気になって……!」

「俺はいい。ナディに使ってやんな。まだ、やり残した事がある……!」


 膝に力を入れて立ち上がる。立ち上がれるって事は、歩けるという事だ。


「ダメだよ! せめて安静にしなきゃ!」

「そうですよ師匠! 先に止血を!」

「……余裕さ。人が集まる前にナディを連れて屋敷に戻れ」


 此処でゆっくりしてしまえば目覚めるのは二日後。

その間に、イディアが別の場所に行ってしまったら……そう考えると焦燥感ばかりが募って行く。


「どうして? そんなにあの教会のシスターさんに会いたいの?」

「……ああ、会いたてえさ。死ぬほどな……!」


 エメの問い掛けにも振り返らず、俺は出口を目指す。

その間も、外はやけに静かだった。

これだけの音が響いていたというのに……妙だ。


 すると……。キィッ。と乾いた木の音を鳴らし、ゆっくりと扉が開いた。


「……一足遅かったか」

「……! お前は!」


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