過去のしがらみ
――安村無敵一行。魔王討伐任務出向前夜。
「父上! 何故です! 何故私は安村のパーティーへ同行してはいけないのですか!」
「ナルグよ。お前は将来この国を担う第一王子だ。戦地に赴かせる等……」
「しかし父上! 王子が魔王討伐に同行したと成れば民衆の支持は上がるはずです!」
「分かってくれナルグよ。同行は許可できない。それに魔族との戦争で国が疲弊している以上、少数精鋭、玉砕覚悟で討伐へ臨まなければならないのだ。これは賭けなのだよ」
「……っく」
ナルグの握り締めた手のひらに、爪が滲んでいく。
自分の剣術が、勇者や戦士よりも劣っているのは十分に理解していた。
自分の魔術知識が、魔導士や聖者の足元にも及ばないのは十人分に理解している。
だが、ナルグが真に同行したい理由は別に有った。
人に告げれば馬鹿と言われるだろう。
他に漏れれば王都の存続に対する煩慮を囁かれるだろう。
「……しかと承りました。我が父、デルグ王……」
……この気持ちは、誰にも言えない。
◇
……翌日。
安村無敵一行を見送る式典は、王都郊外に屹立する巨大木の元で執り行われた。
後に見送り木と名付けられた麓である。
「まったく、盛大に見送りやがって。バカバカしい」
「無敵、そんな事言わないの。皆それくらい私達に期待してくれてるんだから」
「ハハハハ! 出発前に英雄気分だな」
「あんたは調子乗らないの」
式典を終え、告知もしていないのに押し寄せた人々の雑踏は、安村無敵等を歓喜と共に見送って行く。 これも全て、街の為、人の為に行動した無敵の人情が集めた結果だった。
しかし、湧き上がる拍手喝采の最中、ナルグは暗澹たる表情を浮かべていた。
本来なら、本来なら自分もあの場に居たのだ。
今頃民衆へむけ、笑顔を振りまき手を揺らしていただろう。
――――――――本来なら……。
「おう! 浮かない顔してどうしたナルグ?」
「あ、ああ……無敵……」
「今生の別れって訳じゃねえし、補給には度々戻るし、寂しい顔すんなって!」
いつも通り、この歓喜の中でも負けない程の眩しさで無敵は笑う。
そんな笑顔を向けられると、ナルグは増々自分が惨めに感じていた。
「ナルグ王子。心配はいりませんよ。お土産もお話も、沢山持って帰りますから」
無敵の隣でイディアは微笑む。
「……うん。行ってらっしゃい」
ナルグは生返事で返す。今すぐにも引き留めたい心を押さえ、俯く。
「心配し過ぎなんだよお前は! 全く、最初はここ等近隣で荒らされてる農村の完全開放って話じゃねえか。温いったりゃありゃしねえよ!」
「そうですよ! 私の仲間は頼もしいのですから」
……そんな顔、しないで欲しかった。
こんな事なら……一生知らないままで居たかった。
――――本来なら、イディアの隣に居るのは自分だったはずなのに!
「さ、行こう。無敵」
「ああ、そうだな! またな!」
ここで、叫べば良かったんだ。子供の様に叫べば良かったんだ。
けど、次に会った時でも。そうやって自分を納得させ、何度も引き延ばした。
◇――――――――――――。
「……また、あの夢か」
ベッドの上で目を覚まし、ナルグは独白する。
決まってこの夢を見た後は、行き場のない憤りが込み上げてくる。
あれから五十年経った今でも、この過去はいつまでもしがみ付いてくる。
突然現れた、何処の馬の骨かも分からない男に幼馴染であるイディアは一瞬で心を奪われた上に、民衆の心さえも掻っ攫っていた安村無敵……。
消えて五十年経とうが、イディアを傍に置こうが、禍根が消えることは無かった。
「王陛下……! 申し訳ありません。今起こしに上がろうかと……!」
「良い。我が勝手に目を覚ましたのだ」
ナルグが洗面へ向かおうと歩く間、側近が寝間着を器用に普段着へ替えさせて行く。
「朝食の御準備が済んでおります」
「……うむ」
洗顔した顔を拭い、ナルグはそのまま食堂へ向かった。
「イディア。おはよう」
「…………」
相変わらずイディアは表情一つ変えず、虚ろな目で食卓へ座っていた。
当然、人形の様に動く気配は無い。
目を開けている時は起きており、閉じている時は寝ている。
それ以外の感情の起伏も無く、只々お飾りの様にナルグと共にいる。
時折流す涙は、勇者の能力となる。
魔王封印後、この五十年で判明したのはそれだけだったが、ここ最近は涙を流すことも無くなっていた。
……いよいよ魔王との一体化が始まっているのだろう。
一番イディアの事を見ていたナルグは、その涙を流す理由が魔王への抗いだと言う事をいち早く気付いていた。優しい彼女ならば、きっとそうするはずだと。
「……随分とお互い歳を取ってしまったな」
「………………」
ナルグの独白を拾い上げる者は居ない。
「けど、もう直ぐ終わる。我がこの五年で練っている術式を完成させれば……きっとイディアも正気に戻る……。後少し、後少しだ……」
朝食のパンを頬張りつつ、ナルグは呟いていた。
この五年間、ぶっ通しで進めている計画……。
魔王の異世界転移計画……。
かつて、王家は五十年前にこの外法を使い安村無敵を呼び出していたのだ。
その法則を応用し、魔王を無敵の世界へと送り込み、完全に無きものとすれば……即ち、イディアと魔王は完全に分離するとナルグは思案していた。
「それまでは、何人たりとも邪魔させるわけには行かぬ……」
ナルグが紅茶を啜っていると、近衛兵が早足でナルグの元へ跪いた。
「お食事中の所、火急の用にてご免被ります。ブレイバーより伝達が二件程……」
「良い。申せ」
「一つは、豪運の勇者に欠員が出たとの事で……」
「……そうか、丁度いい。アイツがそろそろ使える頃合であろう。して、もう一つは?」
紅茶の注がれたカップヲソーサーへ置き、ナルグはフォークを手に取った時だった。
近衛兵が一枚の写真を取り出し、ナルグの前へと置いた。
「……かの伝説の勇者、安村無敵が生きていたとの報告が上がっております」
――――――――――――!
忌々しくもあの頃の姿のまま映る安村無敵の写真をフォークで突き差す。
「……どういうことだ」
「姿が五十年前と変わらないのは、現在調査中とのことです」
荒々しく肩を揺らすナルグの反面、淡々とした様子で近衛は応える。
「安村無敵が……生きていただと……!」
ナルグの噛み締めた歯茎から血が滲み、フォークを突き差す膂力は緩まない。
その時、唐突に食堂の扉が開いた。
「……何者だ」
案山子の様に立っていた使用人や側近が其々抜刀し、一瞬で扉の前へ殺到した。
「おっとっと……相変わらず物騒ね」
無数の刃を向けられた少女は、深紅の眼を歪ませて笑う。
「ナナルか……ちょうどいい。お前には用が合った」
ナルグが声を漏らすと、ナナルへ向けられた刃は一斉に引き、深々と首を垂れた。
「先ずこの情報は確かなのか?」
「間違いないわよ。この人は間違いなく安村無敵。とんでもなく強い見たい」
ナルグは突き差した写真を睥睨する。相変わらず忌々しい顔だと……。
「お前を次期豪運の勇者として抜擢する。安村無敵の首を取ってこい。良いな」
ナルグは勢い良く席を立ち、ナナルへと勅命を下した。
そしてナナルは、肩に掛かる金髪を揺らして跪き、微笑む。
「しかと承りました。我が父上……」
誠に勝手ながら、書き貯めている文が尽きました故、これにて一時完結とさせていただきます。
最後までお付き合いいただいた方へ、誠にありがとうございました。
拙い文章で書き綴った物語ですが、自分で思っていたよりブックマーク登録を頂いて、とても嬉しく存じます。
よろしければ、評価、ブックマーク、感想などお聞かせいただければ、大変励みになります。
これにて一時完結とさせていただきます。
ありがとうございました。




