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四十話 豪運再び


その後、

ラックは落ち着きがない様子で首を忙しく動かし、王都をナディと共に歩ていた。


「ほ、本当に大丈夫ですかね……?」


 ナディに言われるがまま手を引かれ、流れるままに外へ飛び出たラックは自分よりも首二つくらいに大きなナディの腕に張り付く。


「まるで新しい家に連れてこられたヌコちゃんねぇ。さっきから殿方達があなたの事をチラチラと一瞥しながらすれ違っているじゃない? オホホ。ちょっぴり妬いちゃう」


 時折すれ違う人々の眼がラックへと向けられるが、総じて男性である。

 ある男は、すれ違う寸前までラックのつま先から頭までを見まわし、ある男はラックの姿を見るなり口を開け、ぼんやりとした様子で見送っていた。


「そんな事より……。なんか、股の辺りが涼しくて……落ち着かないというか……。歩く度にヒラヒラとぶつかるスカートが歩き辛いと言うか……」


 歩く度にヒラリ。ヒラリと膝に当る慣れない白の生地に、何処とない心地の悪さを感じながらラックはスカートをバサバサと広げる。


「女の子がそんなはしたない真似をするんじゃありません!」


 すると、その様子を見ていたナディが声を押し止めつつ一喝。街中でもあまり声が響かない様にしたのだろう。怒気と強みを含んだ声にラックは萎縮してしまった。


「いや……僕……」

「ほら、前を見て堂々と優雅に歩く! 女ってのはね、安く見られたら終わりなのよ」


 腑に落ちないが言う通りにするしかなさそうだとラックは嘆息する。

 その間にも頬を赤くした男や、あるいは拝む様な素振りを見せる男とすれ違って行く。


「と言うか、むしろ目立ってませんか……?」


 男であるラックでも分かる程の桃色チックな視線と、ナディへ向けられる明らかに奇異を含んだ目。

 先程から向けられる視線の数々に耐え兼ねラックはナディへと訊ねた。


「目立ってなんぼよ! そして良い殿方からお声を掛けられるのを女は常に待っているの、白馬の王子様をね……! それにあちしの変装は完璧、誰もラックちゃんの事を男だと思う人は居ないはずよ」


 突然ハチャメチャな事を言いだしたナディに、ラックは再度嘆息する。ひょっとしてこのまま女性としての英才教育を受けるんじゃないかと言う憂いだ気分になりつつも、ナディの進むままラックもはぐれぬよう隣に張り付いて歩みを進めた。


 いくらバレないからと言ってもこんな姿で街中に一人残されたもんじゃたまらない。


「ほら、ついたわよ」


 そんなこんなで辿り着いた先は、商業地区の表通りに面した普通の魔道具店。

 ラックもまさかこんな近所で奪取された石の解析が行われているとは知りもしなかった。


「念のため、声で男ってバレるんだから口を開かない事。いいわね」


 ナディがそう告げ、魔道具店の扉を開くと埃やカビのような魔道具店特有の香りが漂ってくる。

 ラックには余り縁のない店だが、その香りは少しだけインツを想起させた。


「これはこれは、お待ちしておりました。そちらのお嬢さんは?」


 店に入るなり、物腰の軟そうな中年男性が頭を下げた後、ラックへ目を向けた。

 他に従業員がいない辺りこの店の店主なのだろう。


「あちしの妹のラクスィーアよ。ほら、御挨拶して」


 ナディの言いつけを守り、声を出さずにラックはスカートを摘まみ、足を交差させた上に軽く膝を曲げて会釈する。ナディ直々の挨拶指導の賜物である。


「恥ずかしがり屋でね。無礼を許して頂戴」

「随分とお美しく可憐な嬢さんだ。初めまして、ゴルドル魔道具店店主のゴルドルです」


 お嬢さん、美しい、可憐と言われて悪い気はしない。

 本当に自分の姿は女性にしか見えていないようだと、ようやくラックは確信を持てた。


「あまりナディーアさんとは似てらっしゃらないようですね」

「行き別れた妹よぉ。つい最近再会できたのん」

「そうですか……。これは失礼を」


 いつもより仰々しく、ねちっこくも聞こえる声音でナディは応える。

 ナディーアと言うのは偽名なのだろう。


「それで、見せたいものって何よぉ?」


 ナディが店主へと尋ねると……何処か暗澹たる表情を浮かべた店主は、独白するかのようにか細い声を漏らした。


「……ナディーアさん。どうか……許してください」


 ――瞬間。

 店の奥よりガチャガチャと甲冑の音を響かせながら現れた複数の兵が、ナディとラックの周りを瞬く間に取り囲んでいく。

 その数五人。

 其々が黒々しい甲冑に身を包んでおり、警備兵や一般兵とは違う、各勇者ギルドが保有する精鋭だとラックは瞬時に理解した。


「……そういう事ね。あちしもドジを踏んだ物だわ」


 硬直するラックの一方、何かを諦めた様にナディは項垂れていた。


「ご賢明な判断でしたよ。ゴルドルさん」

「こ、これで本当に家族には手を出さないで頂けるんですか!?」


 すると遅れて店の奥より、気取った様に髪を指で弄りつつ、不敵な笑みを浮かべて現れたのは――――。


「当然。この俊敏の勇者アギィに二言はございません」


 俊敏の勇者アギィが馴れ馴れしく店主の方に腕を置き、耳元で囁くように応えていた。


「……下種ね」

「言葉に気を付けろ下等!」


 ナディの独白に反応した兵が声を張り上げ、ナディの膝裏を棍棒で殴りつける。


「痛いじゃない……レディには優しくするものよ」


 鈍い音が響き、体勢を崩したナディは床へと膝を付く。


「許してください……ナディーアさん。あの石は……私には、いや、人類にはあまりにも手に余る代物だ……!」


 酷く怯え、声を震わせながらゴルドルは言う。だが、ナディは静かに頷いた。


「あなたは何も悪くない。そんなにとんでもない物だったのね。ごめんなさい」


 ナディも知らなかった以上、他に言うことは無い。恐らく石の真実をしったゴルドルは居ても立ってもいられず、王政に調査結果を報告したのだろう。


「という事で、しばらく泳がせた訳です。まさかあの石が、魔王の魂の一部であるとは思いもしませんでしたがね」

「魔王の……魂の一部ですって?」

「冥途の土産に教えてあげましょう。あの石は魔王が持ち合わせるステータスを分けた分身のような物らしいですよ。まさか覚醒して得られる結果が魔王の一部とは……流石の私も少々驚きましたねぇ」


 しかし何故、石として……そのような形になって現れたのかナディに疑念が残る。

 巫女により生み出された勇者へ真の力を授ける石……。

 だとすれば巫女は何者なのだろうか……。


「前置きはさておき……その石を出して頂きましょうか」

「残念ながらあちしは持って無い。それに、どうしてゴルドルから通報を受けた時点で回収しなかったのかしら?」


 ナディは勝気に応える。此処で怯んでしまえば相手のペースに吞まれてしまう。

 時間を稼ぎ、チャンスを伺う為にも隙を与えてはならないのだ。


「石を回収した上、逆賊を処理。これ以上に強みのある出世材料はありませんからね。だとすれば豪運の勇者が持ち合わせているのでは?」

「とんだ欲塗れの俗物ね。それと豪運の勇者? 悪いけど知らないわ」

「……いいでしょう。貴方のお身体と相談しつつ、お聞かせ願いましょうか」


 アギィはゆっくりと腰に携えた剣を抜き、ナディへと突き付ける。


「では最初の質問です。石は何処に隠しましたか? さぁ、教えてくださいよ」

「ッギャァ!? しっ……知らないわね……!」


 アギィが一度剣を振るうと、瞬く間にナディの衣服諸共皮膚に数個の切り傷を浮かび上がらせて行く。 その攻撃スピードは流石俊敏と言った所だろう。鞭の先端のように素早くて、二三度振るった様にはまるで見えない。


 ……そんな様子を、恐怖心で埋め尽くされたラックはただ傍観する他無かった。


「マスター。この娘はどういたしましょう?」

「…………!」


 ふと、そんなラックの襟首を掴んだ一人の兵がアギィへと尋ねる。


「ふむ……。こちらに注視して気付かなかったが、中々どうして可憐なお嬢さんだ」

「…………」


 じっくりを顔を近づけるアギィにラックは口を堅く閉ざして顔を逸らす。


「此処は良いでしょう。君はこのお嬢さんを連れてギルドに戻りなさい。重要参考人として、後々にでもゆっくりお話を聞くとしましょう」


 じっとりと舌を舐めずりながらアギィはほくそ笑む。

 バレていない様子だが、このままでは何をされるか分かったものではないとラックは固唾を飲んだ。

 俊敏の勇者アギィは、ブレイバーの中でも無類の女性好きだと聞いた事があるからだ。


「その子は何も関係ないわ! 離して頂戴!」

「それは此方側が決める事です。丁重に連れて行きなさい。傷一つ付けない様にね」

「……ハッ!」


 威勢の良い返事の後、ラックは兵の一人に背を押されてこの場を後にした。


 ◇


「お前、名前は?」

「…………」


 店の外へ出て、少し歩いた先で兵がラックへと尋ねた。

 しかしここで応えれば声で男だと勘付かれてしまう。

 ラックは目も合わせず沈黙するしかなかった。


「なんだ、喋れないのか?」

「…………」


 しかし、何処か優しい抑揚で兵は再び尋ねてきたのでラックはそのまま頷いた。


「俺にも、丁度お前さんくらいの妹がいてな」

「…………?」


 何処か憂いだ瞳を向ける兵と目が合う。優しい目だとラックは感じた。

 恐らく、自分にはまだ少なくとも豪運の力が残っている……? そう考える。


「本当なら今にもお前さんを逃がしてやりたいね。けど、悪く思わないでくれ。きっとマスターはお前を一目見て気に入ったんだろう。言う事さえ聞いていれば悪い様にはならないさ、現にこういった事は何度もあるしな」


 ……とんでもない。一刻も早く無敵の元へ向かわねば。

 そう心に決意し、ラックは機を伺う。


「…………!」

「なんだ? どうかしたか?」


 ラックは唐突に兵の手を引き目撃者のいない路地へと向かうと、兵は首を傾げつつすんなりと付いてきた。ラックの疑念が確信へと変わる。


 警戒心の薄い兵。この引きの強さは、間違いなく残った豪運の力だと。


「……なっ! なんだ!?」


 人目のつかない路地裏へと辿り着いた途端、ラックは兵へと抱き着いた。狼狽えた様子で兵は忙しく首を動かして周囲を見渡している。

 男と言う生物は可憐な女性を前にすると、一気に腑抜けてしまうらしい。

 そしてラックはそのまま兵の脚へと自身の脚を絡ませ……口を開く。


「僕は……!」

「……!?」


 無敵師匠は教えてくれた。運は自分の力で掴み取るものだと。


 ……今の現状が豪運の力が残っているかどうか何て関係ない。


「――――男だっ!」


 そのまま兵を押し倒し、後頭部を固い床へと直撃させた。



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