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三十九話 馬子にも衣裳


「ねぇねぇ、ラックちぃ。無敵ちどうしちゃったの? 壊れた?」

「さ、さぁ……? 起きてからずっとあんな調子で……」

「大方頭でも殴打したんじゃないかしら? この間だって女の子とラックちゃんが運んできたって話じゃない。ジジイの徘徊癖も程ほどにしてほしいものよね」

 

 ……ダメだ。同じ妄想ばかり繰り返しちまう。

 聖ヘカテ教会に居るという巫女がもしイディアだったら。

 ……そんなしょうもない夢想ばかりで何も手がつかない。わかってる。

 そう、何度も頭の中に言い聞かせても、ひょっとしたらと言う言葉が湧き出てきやがる。


「そんな事よりナディはどうしたの?」

「ああ、エメちゃんが持ってきた石の解析が終わったのよ。と言っても、無敵ちゃんの話やラックちゃんとインツ様の話で、石事態の種は分かったんだけどねぇ……」

「けど……? 何かあったんですかナディさん」

「妙なのよ、石だと思った塊の成分は血に近い結晶物なんですって。不気味よね」

「ええ!? 水色の血なのかな?」


 オカマ邸。

 すっかり俺の部屋になった隅で、三人が何かをひそひそと話し込んでいるのも気づかずにずっと考え込んでいる最中、エメの驚く様な声で俺はようやく三人へ気付いた。


「……何やってんだ。お前ら?」


 大方俺の悪口でもナディが吹聴しているんだろうと思い、俺は怪訝な眼を向けるとよそよそしく三人がベッドの近くへと寄って来る。


「あら、見て頂戴。正気に戻ったみたいよ」

「無敵ちぃー! よかった、壊れたと思ってたんだよ!?」

「師匠……。思いつめたような顔をしてましたけど、何かあったんですか?」


 やっぱりこいつ等ろくでもない事言ってやがったと嘆息。


「別に何でもねえ。それで……何が水色なんだよ?」

「ああ、勇者の力の源である石の成分の話よ。血に近い結晶なんですって、これ」


 そう言い、ナディは徐に俺へと石をつまんで渡すので、何気なく受け取って手のひらに転がす。

 覚醒すれば真の力を授ける石か……別に俺が持った所で何か有るわけでもない。


「無敵ちゃんが持ってて頂戴。多分、あんたが持ってた方が安全でしょう」

「……ちょうどいい。これを生み出したとか言う巫女の場所が分かったんだ。今から王の居場所を聞くついでに石の事もついでに聞いて来るとするぜ」

「確かな情報なのかしら?」

「元守護の勇者って奴から聞いたんだ、間違いはねえよ。聖ヘカテ教会だとさ」


 石を握ったままで俺はベッドから足を下す。

 いくら煮詰まって考えた所で何も変わらねえ。

 実際に赴いてこの目で確かめるまでだ。

 若返り後の倦怠感も小慣れたもので、幾分か身体の調子は良い。


「あの後巫女の居場所が分かったんですね! 師匠! お供しますよ!」

「エメも行く!」


 俺が壁に掛かるジャケットを取ると、エメとラックが威勢よく名乗りを上げていた。


「ったく、ガキのお散歩じゃねえんだぞ! それにラック。お前の豪運の力って奴も、もう殆ど残ってないんだろ」

「あちしも同意。能力がない以上王都を闊歩するのは危険すぎるわ」


 シュンとした様子でラックは俯く。まったく、散歩に連れて行けねえ犬かこいつは。


「ねね! エメは? エメは?」

「……勝手にしろ」


 若返りの葉巻は残り六本。極力使わないようにはしたいが、何かあった時にはこいつを使わなきゃならねえ。だとすると、エメにはその後の看護を頼めるってもんだ。


「やった! 無敵ちと久々のお出かけだね!」

「グググググ……。師匠……! 必ず留守の任務を遂行しますから……!」

「上手く行きゃその巫女って奴から聖水を分けてもらう、おとなしくしてな」


 ラックは悔しそうに歯を食いしばっている。今回ばかしはちと連れて行けないが、こいつもこいつで頼りになる存在なのは間違いねえ。


「いい? 騒ぎは起こさない事! エメちゃんがパーティじゃ少し不安だけど……」

「任せて、介護もお手の物なんだから!」

「……へいへい。夕飯にゃ帰るぜ」


 ナディの小言に対しても俺は振り向かず、部屋を後にする。

 パーティ、仲間……か。もう、二度とって思ってたんだがな。


「さ! 行こう!」

「もう一度言うわよ! 騒ぎは絶対に……!」

「ししょおおおぉおぉ! いっでっじゃいまぜええええ!」


 本当に騒がしい奴等だ。


 ◇


「……ん。分ったわ。それじゃあ今から向かうから、待ってて頂戴な」


 ナディがリンククリスタルで誰かと連絡を取り合った後、化粧品を取り出して忙しく準備を始め出す。


「お出かけですか?」


 そんな様子を見て、ラックはナディの書斎の床を掃きながら何気なく尋ねた。


「石を解析してもらった知り合いの魔道具店へね。伝え忘れた事があるそうよ」


 ナディは出かける際、と言っても魔族の絡む事や秘密裏に動く際はオカマの姿となって出かけて行く。そんな姿にもすっかり慣れたラックは床を掃きつつ再び尋ねる。


「そんなのリンククリスタルで済ませれば良いじゃないですか?」

「それが見て欲しい物があるんだと。全く、あちしも暇じゃないのにねぇ」

「……ふむ。色々有るんですね」


 見る見る内に彫の深い顔立ちを不気味な厚化粧へと変貌させていくと、最後に金髪のキノコの様なカツラを被って化粧台から立ち上がり、姿見の前にナディは移動した。

 見方を変えれば魔族である。むしろそっちの姿の方が目立つんじゃないかと思いつつ、ラックは命じられた書斎の掃除を終えた旨を伝えると、ナディは手を招いた。


「お疲れ様。ほら、ちょっとこっちに来なさいな」

「……はい?」


 女豹のような目つきで誘う様にネットリとした手招き。

 ラックは背筋に悪寒を覚えつつ有無を言わさぬ雰囲気にナディの元へ寄ると、行き成り大きな手でガバっと顔を掴まれた。


「なっ!? 何をっ……!」

「うーん……。やっぱりいい線してるわぁ……。ね、ちょっとお化粧させなさい?」


 一通り品定めする様にナディはラックの顔をじっくりと見つめ終えた後、無理やり化粧台へとラックを座らせる。


「け、化粧!? 嫌ですよ! 僕は男だっ!」

「そんな視野の狭い事言わないの。それに、上手く行けば能力無しで表を歩けるのよ?」

「うっ……。ほ、本当ですか?」


 ラックが固唾を飲んだ直後、本人の同意なしにナディは化粧品をラックの顔へと塗り込んでいく。

 唐突に肌へと触れた液体の冷たさにラックは顔をしかめた。


「うんうん。お肌もきめ細やかで下地も左程要らない。これが若さかしらねぇ~」

「かっ、顔近っ!?」


 何かを塗り込んでいる顔の感触が止み、恐る恐るラックは目を開けると直ぐ目前に岩のようなナディの顔が見え、声が裏返る。


「まさか僕もナディさんみたいに!?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。あんた見たいな軟弱な顔にあちしの素晴らしいお化粧は映えないってもんよ。ほら、目瞑って」


 言われるがままラックは目を閉じると、次第に筆で突かれるような感触や、柔らかい素材を頬や額に押し付けられる感覚だけが伝わってくる。

 目を開けた開港一発に、ナディのような顔になっていない事を祈るばかりであった。


「……んー。こっちの色がいいわね」

「…………」


 ラックは目を閉じているのでナディがどんなものを使っているのか、何を考えてどういう表情を浮かべているかは定かではない。只々、微妙に感じる居心地の悪さが閉じた目の奥で伝わってくる。


「ナディさんは……」


 徐に口を切ったラックはこの居心地の悪さを理解している。

 何故なら身の保身と言う理由だけでナディやエメや無敵、そして魔族の子供達の命を危険に晒したのだから。


「どうして、魔族を助けたり、僕に良くしてくれるんですか?」


 その上、自身の為に施し、衣食住を与えてくれるナディにずっと気がかりだった事を尋ねてみる。

 普段忙しくて自宅に居ないナディと面と向かって話すのはこれが初めてだった。


「だって、可哀想じゃない」


 そう一言だけナディが告げると、言葉が継いで出てくることは無かった。


「……それだけですか?」


 今一腑に落ちないラックはもう一度尋ねる。


「そう。それだけ。生まれも育ちも種族も関係ない。あちしがやってる事は氷山の一角かもしれない。けど、どんな事も一歩踏み出すことから始まる。どんな小さい事でも積み重ねれば氷山にだってなるんだから」


 ラックの顔に施されていた感覚が止みラックがゆっくり目を開けると、目と鼻の先に居るナディは顔をクシャクシャにして糸の様に笑っていた。


「どうして……そこまで?」

「あちしね魔族と人の血が入ってるの。おばあ様が魔族でおじい様が人間。だから、尚更そう思うのかも知れないわね~」


思慮深く大柄な体躯を揺らし、ナディがラックの目の前から姿を退けると、


「ほら! 完成よ! 中々どうして可愛らしいじゃない!?」


 化粧を施された姿が目に入り、ラックは思わず吹き出してしまう。


「だっ! ダッ!? 誰だこれ!」

「ふふん。どうよ? これであんたの事をラックだと思う奴は居ないはずよぉ?」


 自身の顔を所々そっと触り、ラックは見違える程に変貌した鏡に映る顔を見て唖然とする。

 化粧は怖い。そして何より意外と可愛い!? そう思って驚愕してしまった。


「お洋服はぁー……。あちしのお下がりがあるわね。それを着たら一緒に出掛けましょ」

「えっ。ちょっ。えええ!?」

「お試しよ。お試し。ほら、これなんか似合うんじゃないかしら!?」


 ラックが狼狽えているのも束の間、強制的に剥ぎ取られるように衣服を脱がせられ、着せ替え人形の様に次々と服を与えられていく。


 だが、勝手に師と呼んでいる安村無敵の為になるのなら。

 ラックはそう思うと、恥を忍んで様々なフリフリやスカートに袖や足を通した。


「ほら、着替えたら出かけるわよ。ついて来なさい」

「……え?」




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