三十八話 おもいで
「デクス。長くの偵察任務ご苦労だった。まさか逆鱗に触れた理由が、ナルグ王陛下を殴ったとは……」
二日前に起こった事のあらましをデクスより報告を受けた後、デフは深く頷く。
「なんだ。しょうもない。王様らしいっちゃ王様らしいけどよ……」
一方ストールは嘆息し、退屈そうに円卓へと足をのせてぼやいていた。
「……しかし、突如現れて戦闘介入したという異国風の老人がどうも気掛かりだ」
「異国風の老人? それはひょっとして短髪白髪の見たことも無い恰好をした老人では?」
デフの呟きにアギィがいち早く反応した後、デクスは首を縦に振る。
「アギィ。知っているのか?」
「知っているも何も、職務遂行中に『何故無抵抗の魔族を切り殺した』と、突飛な質問を投げかけてきた御老人です」
「ハハッ! 訳わかんねえな! ボケてるんじゃねえかソイツ!」
鼻を鳴らし嘲笑するストールに反し、デフは思案気に首を傾げていた。
「異国風の老人……。デクスの話では若返りと言う妙な魔法を使うらしいが……」
「若返りだ? そんな魔法はねえだろうよ。なぁインツ?」
ふと、ストールがインツに尋ねるが、返事はない。
「おい、インツ。聞いてんのかよ?」
そして再びストールが怪訝に尋ねるとインツは曖昧に顔を上げ、口を切りだす。
「すみません。少し考え事をしていました」
「おやおや、円卓のブレインが熱を入れるほどの考え事とは珍しい」
アギィが皮肉っぽく口角を上げていると、デフはインツへと尋ねた。
「私はその老人が安村無敵ではないかと踏んでいる……。インツ。主脳である君の見解を利かせて欲しい。君の報告では根も葉もない噂話だったと聞いているが?」
「……あり得ません。若返り等、どのような魔法や魔具にも該当しません。ですが、自由自在に容姿を変化させることのできる魔法や魔族も存在する以上、安村無敵と断言するには余りにも浮薄です。しかし……その者の意図はまるで読めませんね」
当然、インツは会議内容の渦中人物を知っている。
となると、あとは悟られないよう振る舞うしかないと、あくまでいつも通りを装う他なかった。
彼は……。安村無敵は魔王を討伐する際に一番の要になるかもしれない存在。
そんな可能性に視野を当てると、インツは今ここで話すべきではないと考えていた。
「……そうか。だが、安村無敵の件はあくまで工程だ。存在の有無はさておき、何より石の確保を最優先にしてほしい。魔王の復活には我々勇者が一丸となって力を合わせる必要がある。失踪したラックの件で何一つ有益な情報がない今、猶予はない」
そう告げ、デフは席を立つ。
「私は今から祝福の聖水を巫女より携わりに行く。月が登る頃、再度集う様にしてくれ」
――イディア。五十年前のあの日から、俺はお前を忘れたことは一度もねえ。
「無敵、今回の旅は疲れたね」
「少し遠回りになっちまったが、流石に魔族に襲われてる村をほっとけねえだろ」
「ふふっ。そうね。次はいよいよ魔族領に突入……」
魔王討伐の命令を受けて一年が経った。
俺達は手始めに魔族によって植民地とされる村々を救う度、補給として王都に戻って来ていた。
「……怖いか?」
俺が尋ねると、イディアは首を振る。
「全然。だってみんなが居るもの」
……四人で旅する世界はとても広くて、毎日が刺激的だった。
「ね、無敵。このまま宿に帰るのもつまらないし、ちょっと散歩しよう?」
「こんなクソ寒い中散歩だぁ? リベルもガイヤも先に宿で待ってるぜ?」
「いいから、ね?」
――イディアから手を引かれるまま連れて来られたのは、王都中が見下ろせる程、高く屹立した時計台の上。此処まで高いと風も強く、ヒシヒシとした寒さが俺の肌を突いた。
「いいでしょ? 街の灯りがとても綺麗なんだ」
そんな寒風の中でも、イディアは白い吐息を漏らしながら静かに笑っていた。
「あの灯りの下で、私が会った事もない人達が沢山暮らしてて……こんな怖い世の中でも、必死に生きて、笑って、泣いて、生きてるんだなって思うと、不思議な気分になるの」
街を見下ろすイディアの瞳は、遠く仄かな街明かりの陰影を作っていた。
「普通の家に生まれて、普通に平凡に育った私が、今こうして人々を救う為に旅をしている……ね、無敵。今日が何の日か、覚えてる?」
ふと、街を見下ろしていたイディアの瞳が俺へと向けられる。その瞳は、そのまま街の明かりを映し盛って来たかのように、綺麗な眼だった。
「……直々に魔王討伐の勅命を受けた日だな」
嘘だ。俺は知っている。この日が何の日だったのか。
けど、男がそんな小恥ずかしい事を平気で言うもんじゃねえと、煙草を夜空へと吹かす。
「そう……だね。みんなと旅を始めて一年。あっという間だったなー」
イディアはワザとらしく笑い。仰々しく白くさせた息を吐きながらはにかんだ。
本当は知っていた。この日は俺とイディアが初めて、あの教会で会った日だった。エディアがゴロツキを殴り飛ばす日々を送る俺に。少しは懺悔しろと連れてった場所だ。
「なぁ、イディア。俺と…………結婚したいか?」
唐突に。俺は目も合わせないまま、煙と共に言葉を吐き出す。
「したくない」
「……そうか」
俺の吐き出した煙草の煙は、無残にもそのまま夜空に消えて行った。
「いつ死ぬかもわからない勇者と、明日死ぬかもしれない毎日を送る私……。そんなの悲しすぎるもの。だからね、その言葉は世界が平和になるまで取っておいて」
「……おう」
今度は真っ直ぐとイディアへ目を向けて応える。満月の夜におあつらえ向きの、青く澄んだ瞳は何処か震えていた。もしイディアの言う通り、魔王を倒して世界が平和になった日には陰りの無い顔で笑ってくれるだろうか。
「でもね、無敵。一つだけ」
ふと口を切ったイディアの瞳は、夜を照らす月も顔負けする程に輝いて見えた。
「私は貴方を愛している事を後悔してません。この先、どんなに大変で危険な道のりであっても、絶対にそれだけは変わらない」
懇々と微笑むイディアを前に、俺は急に恥ずかしくなって目を逸らす。
「たとえ無敵から一度も好きって言われた事無くてもね」
「バッ……バカ野郎! 男がそんな事軽々と抜かせるかってんだ!」
寒空の下だというのに、頬と耳が熱い。
「うふふっ。さぁ、身体も冷えちゃったし帰ろう」
「おい、女が軽々しく男にくっ付くもんじゃねえ」
「フッフーン。フフン。フフフーン。フンフン……」
鼻歌を口遊みながら、イディアは微笑む。
この歌がどういう歌かは知らない。
けど、イディアは楽しい時、いつもこの歌を口ずさんでいた。
「好きよ、無敵」




