三十三話 親心
「悪いが、此処で帰らせてもらう」
「はあ? なんだよいきなり……」
俺の案内の元、安全だと思って連れてきたシールス宅。
しかし、デクスは掘立小屋を見るなり、抱えていたミラとキャルロを静かに下すと振り返ることなく去って行く。
「ケッ……。自然派坊ちゃんはこんな場所臭くて適わねえってか……」
一息つこうと俺は煙草を取り出し、火を付けた時だった
「……ミラ! 貴様ぁぁ……!」
「ば、ばっきゃろ!」
物音に気付いたのか、シールスが鋭い目を見開いて小屋から出てくるなり、俺の襟首を荒々しく掴むと、丸太のような腕は俺を軽々と持ち上げ始める。
「娘に……! 何をしたぁ!」
「イデデデデ! 誤解だっての!」
ギリギリと締め上げる膂力は力を増し、捩じるように掴んだ襟首は千切れんばかりの悲鳴を上げ始める頃……。段々俺の顔も鬱血してか、ジンジンとした感覚が滲んでくる。
すると……。
「……う……ん……」
娘のミラは目を覚ましたのか、目を擦りながら体を起こし始めた。
「……ミラ」
「――――ッウゲ!」
加わっていた力が一瞬にして解け、宙へ浮いていた俺の身体は急降下。
「ゲホッゲホッ! て、てめぇ! 本当に死にかけたじゃねえか!」
「お、じいさん……? え、何で……」
「うーん……。ハッ! 止めて! お願いだからあああぁぁ……。あれ?」
俺の悲痛な叫びに気付いたのか、意識が定まったであろうミラは不思議そうに俺とシールスを交互に見つめ声を漏らしている。一方、キャルロは絶叫と共に飛び起きていた。
「お父さんが、助けてくれたの……?」
「知らん。お前らが勝手に倒れてただけだ」
「えっ! ミラさんのお父さん!?」
そんな娘の問いに、さっきまで焦りまくっていた表情を隠す様にシールスは顔を険しくすると、ソッポを向く。本当に素直じゃないなこいつは……。
「じゃあ一体誰が……?」
この三人は途中から意識を失っていたから知らないのも当然か。
俺はそれを説明すべく、ギスギスした雰囲気の親子間へ割って入る。
「あー……。誰だっけ……」
いかん。シールスの締め上げのせいか、ついさっき聞いた奴の名前がスポ抜けた。
「兎に角、お前んとこの常連客がたまたま助けてくれたんだよ! 全く、女一人であんな不良の巣窟に飛び込みやがって……! 二度と無茶するんじゃねえぞ!」
説教反面、心配半面。俺も本当に変な老婆心が目覚めちまったもんだと、ミラへ声を荒げた。それこそたまたま運が良かっただけで、俺もあの深緑野郎もいなかったら今頃お陀仏だっただろうよ。
「そ、そうですよミラさん! 十シルバーと八十七ブロンズなんて直ぐに稼げます! ゴロツキに料金踏み倒されたくらい、屁でも無いですよ!」
便乗してか、キャルロも声を張り上げる。
何より一番怖い思いをしたのはこの嬢ちゃんだろう。
威勢よく声を発してはいるが、その体はまだ震えていた。
「ごめん、キャルロちゃん。でも、商売は女だからって舐められたら……!」
「……ふっ。女二人だけで商売なんかおっぱじめるから、こうなるんだ」
そんな様子を見てかシールスが唐突に失笑する。
「今さら父親面しないで! 私や母さんの事なんて一度も顧みなかったくせに!」
だが、ミラはそんな親父の態度が癪に触ったのだろう、キッと眉を吊り上げ息巻く。
よっぽど感情が激昂したのか、その目には涙を浮かべている。
「行くよ、キャルロちゃん! お店に戻らなきゃ!」
「えっ!? ひょ、ひょっとしたあいつらまた来るかもですよ!?」
「こんな事で挫けてちゃ、これから先もやって行ける訳が無いんだから……!」
親父に涙を見られるのも癪なのか、ミラは振り返ることなく肩を釣り上げたまま表街の方へ歩いて行く。根性が座ってやがるが、それも若さ故……か。
遠く成り行くミラの背を俺はただ傍観していると……。
「ミラ。そいつらは何処だ」
ふと、口を堅く紡いでいたシールスが、娘の小さな背へと声を投げていた。
「……お父さんなんか頼らなくても、やって行けますから」
だが、ミラは振り返らずにその場に佇むと、静かな裏町だからこそ聞こえるほど弱々しい声を漏らし、直ぐに足を進めて行く。
「あ! ミラさん! 待ってくださいよ! し、失礼します!」
「……ふん」
怒った様に口をへの字に曲げ、シールスは唾棄していた。
親父も娘も、只の頑固馬鹿野郎じゃねえか……。
あーあー畜生。尻の穴がムズムズしやがる。
「まったく……どいつもこいつも、意地張りやがって」
プカァと煙を吐き出し、俺はシールスへ目を向ける。
娘の為に血相変えて俺の襟首を掴み上げたくせに、起きた瞬間のあの態度ったら見てらんねえ。
「ジジイ。今度顔を見せたら殺すと言ったよな? 早く去れ」
「なぁシールス。お前は腐っても元王政職だ。無法者のクソ餓鬼共が、次にやりそうな事といったら……大体の察しはつくだろ?」
「……懲りないようだな」
肩を上げ、此方に迫ろうと膝を曲げるシールスの足元に、俺はある物を投げた。
「俺の居た世界じゃ毎日を生きる事に必死でよ。歳を取れば取る程、なーぜか手癖が悪く成っちまってかなわねえ。これも寂しさ故かねぇ……」
それは手のひらサイズに削られた、透明感のある板のようなクリスタル。
俺の時代にはこんなもの無かったが、形状は違えど前にインツから渡されたのと一緒のやつだろう。
「リンリン・クリスタルってんだっけ? 俺の時代は術師の髪の毛指に結んで、念話ってのをやってたけどよ……。俺は使い方なんて知らねえしなぁ……?」
腰を押さえながら、俺は横目でシールスがそれを拾い上げるのを確認してほくそ笑む。
「守護の勇者だったんだろ? しっかり守れや。たった一人の家族って奴をさ」
◇
『あぁ? 誰だテメェ! それはコーサーのリンククリスタルだろうが!』
『パン屋娘の父親だ。娘には手を出すな』
『へぇ? パパ直々のお出ましってか? 面白れーじゃねえか! 慰謝料として百ゴールド用意したら許してやるよ! 今すぐ街外の見送り木の下まで来いや』
『分かった。待っていろ』
『バックレたらてめえの娘売り飛ばして、パン屋滅茶苦茶にしてやっからな』
――独り。娘を想う父は、空が微かに色着く表街をのそのそと歩いて行く。




