三十四話 多勢
王都の外へ唯一通ずる天高くそびえる巨大な門。
そして王都を取り囲むような外堀。そんな門の前には大きな橋が架かり、常に閉じ切っていた五十年前と比べりゃ、様々な人が忙しく自由に行き交っている。
それこそ平和の象徴って奴だ。
……だが、禍根は残る。
戦争の爪痕は、人々を大きく歪め、魔族と言う存在を虐げている。
そんな人や魔族を眺め、俺は待っていた。
必ず来るであろう、守護の勇者を。
俺は信じていた。というより、確信に近かった。
「お! 来たな! やっぱデカいから目立つなぁ、おまえさん」
人より頭一つ飛び出た大柄な体躯はそんな雑踏の中でも直ぐに見つける事が出来た。
「……ジジイ。やっぱり盗み聞きしてやがったな」
「たまたま散歩してたんだよ。それより、行くんだろ? クソ餓鬼の所。顔に似合わず娘思いで結構なこった。もうちーっとばかしその思いを見せてやりゃ良かったのによ」
プカァっと煙を揺らし、俺はお道化て笑う。この腐った時代に、中々根性のある奴を見て感心していたからだ。まだまだ世の中は捨てたもんじゃねえな。
「ふん。消えろ。ボケジジイ」
仄かに口角を歪ませ、シールスは歩き出していく。
……お前の覚悟、しかと見届けたぜ。
◇
……見送り木。王都城壁から、十分程歩いた先にその巨大な大木は、一本だけ深々と根を張っている。
その姿は王都の高い建物からも確認できる程、天を衝くように……今も伸び続けているという話だ。
かつて、大英雄安村無敵を魔王討伐の際に街の人々が見送った事からそう命名されたらしい。
まぁ、俺がその事を知ったのも途中街に帰ってから聞いたんだがバカバカしい。
「……なんでついてくるんだ。ジジイ」
「ジジイ呼ばわりうるせえよ。脳味噌カチカチのチンポコ野郎が」
俺とシールスは、その木を目指して歩いていた。
もうそろそろつく頃だろう。
あの丘を越えれば直ぐにふもとが見える。
「足でまといだ。帰れ」
「聞けよシールス。俺な、若返れるんだぜ」
「…………プ」
「笑いやがったな! 俺の事ボケてると思ってんだろ!」
見届けるだけ。のつもりだったんだが、やっぱり駄目だった。
現役勇者でも、ましてや有益な情報を持っているとも限らないのに、俺の血潮は熱く奔流していたんだ。
「お前ら親子の煮え切らない態度見てると、ムシャクシャすんだよ。この似た者同士が」
するとシールスが眉を怪訝に潜め、俺を睨みつける。
「やるかこの野郎? こう見えても俺は若い頃負け無しだったんだぜ! それに、お前が殺された暁にゃ、ナルグ王に関する情報が聞けねえからついて来たんだよ」
……という理由もあるが、そりゃ建て前だ。
男ってのは歳を取っても素直になれない生物らしいな。
「勝手にしろ。ボケジジイ。せいぜい十人程度の盗賊に俺が殺されるかよ」
「てめ! 待ちやがれ! さ、坂はキツイんだよ……!」
一歩一歩と踏みしめる度に、軋む足腰と痛む膝。
とっくに丘を登り切ったシールスの背は、上から見下ろせる見送り木の麓を静かに睨みつけていた。
「……は?」
丘を登りきる頃。俺は目の前に広がる光景に声が漏れる。
十、二十。いや、それの何倍かも分からない程の頭数が、ワラワラと群を成してひしめき合っているのが見えた。
けど、問題はそこじゃねえ……。
人に混じって魔族がゴロゴロと居やがった。
ゴブリンやオークが数十匹、それだけじゃない。
頭ぬかしてトロールやオーガに加え、大型のサイクロプスまで居やがる。
「……十人とか二十人とか、そういう次元の話じゃねえな。これ」
「ジジイ。寿命まで死に急ぐことは無い。じゃあな」
――瞬間。シールスは上着を俺へと投げ、視界が暗闇に包まれると共に衝撃。
俺の身体は勢いよく背後の丘を転がって行く。
「ひいいええええええ!?」
転がる。転がる。まだ転がる。そして、停止。
丘を降り切ったんだろう。目がぐるぐるして非常に気持ち悪い。
おえ、吐いちゃいそう。
野郎……。チンポコ野郎のくせにかっこつけた真似しやがって……!
◇
勇み足で、シールスは丘をゆっくりと降りて行く。
巨大に屹立する木のふもとのせいか、大型魔族も心なしか小さい。
「よくもまぁ、こんな不正に魔族を搔き集めれたもんだ!」
大群の前にシールスは仁王立ちし、声を張り上げる。
すると、そんな群れの先頭に立った上裸の男は、不敵な笑みを浮かべながらシールスへと尋ねた。
「お前がパン屋の親父か? 俺は魔族奴隷商にも顔が効いてなぁ。王都に入る前に、ちょこーっと声掛ければちょろいもんさ」
「何故、此処まで大がかりな事をした?」
「カカカカ……決まってんだろ。一匹の便所虫を集団で寄ってたかってボロ雑巾になるまで蹂躙するのが楽しいからさ! 原型を留めない程ひき肉にして、お前の娘にミートパイでも作ってもらおうじゃねえか?」
「……ゲスが」
とびっきりの醜悪さにシールスは唾棄した後、己の右腕に念を込め、呟く。
「精霊の加護よ。我に守護の盾を……! ホーリー・シールド!」
シールスの右腕が輝き、瞬く間に自身の大柄な身長程の大盾が出現して行く。
「てめぇ……! その盾は!」
「行くぞ。クソ餓鬼共……!」
その白亜の盾は、数々の災厄から国を守った守護の勇者の盾だった。
「へぇ……? おっさん。守護の勇者だったのかよ」
一瞬、上裸の男は驚いた表情を浮かべるが、
「ぶっ殺してやろうぜ野郎どもおおおおお!」
直ぐに、上裸男の絶叫のような掛け声が周囲へ響き渡って行くと、集合生命体のような雑踏は群を成し、シールスへ目掛けて殺到する。
「行くぞ……!」
円卓の勇者には神々の祝福の元、其々神器が与えられる。
それを使いこなすには最低でも十年は掛かると言う。
それは魂に深々と刻まれるが、勇者の称号を剥奪されステータスを失った今、シールスにできるのはその神器を出現させると言う事だけであった。
「うおおおおおおおおおおおお!」
だがそれでも構わないと、シールスは盾を構えて魔族と人の群衆に突貫する!
祝福を遠の昔に失ったとは言え元は序列一位守護の勇者。
その力や基礎的な能力は、並大抵では無かった。
「ッシャウァア!」「ギイイィィイィイ!」
迫りくる魔族や人。だが、シールスは退かない。
者々の錆びた剣やナイフは当然神器を貫通する事は無く、次々と弾き飛ばされて行く。
「おい。魔族共! こいつをぶっ殺した奴は自由の身だぜ! さぁ殺せ!」
「ギイイ!」「ガアアアアアアア!」「オオオオオオン!」
シールスはそのまま奥に身を潜めたリーダー格の男へ一直線に猪突猛進。
その足は一歩も引かず、確実に前へ、前へと進んでいく。
「後ろががら空きだぜええええ!」
圧倒され行くゴブリン等の小型魔族に混じり、ゴロツキの男は背面を狙って棍棒でシールスの頭蓋を目掛けて叩きつける。鈍い音と、人外共の叫喚。
だが……やはりシールスは止まらない。
「邪魔だあああああああああああ!」
「――――――ッギャン!」
軽々と巨大な盾を横薙ぎに背後へと大振りに払い、取り囲む魔族や人間を屠る。
しかし次々と、引っ切り無しに押し寄せる集塊に……シールスは、等々その身を崩し、地へと膝を付いてしまった。
「今だ! 囲め囲め! ぶっ殺せ!」
「ギギギギギギッギ!」「ギュッルルルルルルウウ!」「ガアアアア!」
「オラ! 死ねや! オラァ!」「ッバァアウアバア!」
シールスが膝を付き、反撃が止んだのが最期。
流れ込むように無数の刃や拳、グリーヴに鈍器などがガンガンと盾へと叩きつけられる。
雨の様に叩きつける物々しい暴力は決して止まず……。
次第に、シールスの気力や精魂も尽き果てて行く。
仮に、シールスが現役守護の勇者ならば、この数でも赤子の手をひねる程度であっただろうが、現実は無常であった。
「……く……そ……っ!」
――ついに、シールスはその身を地へと伏してしまう。
「おいおいどうしたぁ? 守護の勇者さんよぉ! 俺は此処だぜ! カカカカカカ!」




