三十二話 半グレ
「キャルロちゃん!? どうしたの!?」
突然勢いよく扉が開いたかと思うとミラが俺の背後に目を向けて声を上げる。
ふと俺が振り返ると、本来白いはずであるエプロンを所々土色に汚し、三つ編みの少女がフラフラとカウンターへ歩いてくる。
「ミラさん……。ごめんなさい……」
カウンターまで来るとキャルロは気が抜けたのか、その場にへたり込んでいた。
「どうしたの!? 配達の帰りに事故でも遭ったの!?」
「それが……。代金を請求したら遅いからって殴られて……エグッ……」
よほど怖い目に遭ったのだろう、キャロルは嗚咽交じりに状況を説明すると、緊張の糸が解けたのか、一気に泣き崩れていた。
だが、ミラはキャルロを宥めると、凛とした表情を浮かべ、徐に立ち上がる。
「……場所を教えてキャルロちゃん。私、行ってくるから」
「だ、ダメですよ! それに一人じゃなくて、怖そうな人が後五人は奥に居ました! 危ないですよ! きっと不良ですよ!」
「そんな事言ってたら商売にならないよ! 大丈夫、お金だけもらってくるから」
どの時代も、一定層カス見たいな人間はいるもんだ。
それは昔も今も変わっちゃいねえ。
だが……ダメだ。関わるな。この力はそう無下に使っていいもんじゃねえ。
「娘っ子一人が出て行って半グレ相手にどうにかなるもんじゃねえ。殴られてるし、料金踏み倒されてると来ちゃ、警備兵か自警団に通報したほうがいいんじゃねえの?」
と、俺は提案するが、ミラは鋭い目を俺へ向ける。
「私、行政は嫌いなの」
「……俺も嫌い」
元勇者の娘……か。血は争えねえって奴だろう。それこそ全く似て無いが、その眼付なんか親父そっくりだ。けど、勇者やナルグ王に関係のない事は俺には関係ない……。
そうだ、俺には……関係ねえ。
◇
「おじいさんが付いてくる事ないのに」
「……うるせえ。最近のクソみてえな若者に一言物申したくなったんだよ」
何やってるんだ、俺は馬鹿か……。けど、関わっちまったもんはしょうがねえ。
やっぱり生粋の馬鹿。俺こそ、血は争えねえって奴だろう。
「ここです……」
「ありがとうキャルロちゃん。後は良いから」
そんなこんなで連れてこられた場所は、裏町と表街の境って所だろう。ここまで来ると人通りもまるでなく、半分スラムみたいなもんだ。
実際、辿り着いた一軒の家屋は古びていて手入れされている様子もない。大方馬鹿共が勝手に住み着いたって所だろう。
「ごめんください! お代金頂きに伺いました」
一息吸い。ドンドンドンッ。と、ミラは怒気を含んだ声で荒々しく扉を叩く。
すると扉は直ぐに開き、強面の男が不機嫌そうに威圧感を放ちながら出てきた。
「あ? なんか様かよ?」
顎を突き出し、若い男はアホ見たいな面でこちらを睨む。
「シャルモンの者です。代金が支払われてないとお聞きしたもので」
丁寧な口調ではあるが、億す事無く負けじとミラは睨み返す。
「……あー。悪い悪い。まぁ入れよ。払うから」
するとアッサリ……。男は踵を返して奥へと進んでいくと、後を追うミラは勇み足で中へと入ろうとするので、俺は肩を掴んで一旦制止させた。
「おい。迂闊に入るんじゃねえよ」
「いいの。お金を貰ったらすぐ帰るから」
吐き捨てる様にミラはそう言うと俺の手を振り払って中へと入る。
頑固で強気で意地っ張り。これもシールスの血だろう。
娘も親父も俺は一度しか会ったとが無いが、何となくわかる。
所謂、堅物って奴さ。
「まったく……。若い奴は……」
上着の内ポケットに入れた葉巻を服の上から触って確認しながら中へと入る。
こいつら半グレも、まさかヨボヨボジジイが若返れるなんて思っちゃいねえだろう。
あまり使いたくはないが、いざという時には使わなきゃなんねえ。
「それで、何でこの小娘までついてくるんだよ」
「ひっ! そ、外に一人で居るのも不安で」
「キャルロちゃん! ついてこなくていいって……」
明り一つ無い廊下を、外から微かに差し込んでいる灯りを頼りに歩いている時だった。
「――――っんげ!?」
突如、薄暗闇に紛れて俺の背に衝撃が加わり、前へとスッ転ぶ。
「おじいさん……!」
「いててて……大丈夫だ」
激しく転んだ様子に驚いたのか、ミラが声を上げた時だった。
「人の家でぴーぴーうるせえんだよ。芋女共……。と、ジジイ」
俺が伏せたまま肘を着いて上半身を上げると、前方の薄暗闇よりぬるりと姿を見せたのは、筋骨隆々とした上裸の男が一人。
そしてそれを合図に、複数の気配が薄暗闇に混じって現れ始める。
「兄貴。あの女ですよ! どうです?」
「んー? さっきの芋と比べて中々上玉じゃねえか?」
「でしょッでしょッ! シシシ!」
上裸の男はミラを舐めるように見渡すと、不敵な笑みを浮かべる。
だが、こんな状況でもやはりミラは臆さない。
「パンの料金だけ頂いたら帰ります。払ってください!」
威勢のいいミラの一言に反し、回りの男共は逸して笑い始める。
「おい! 聞いたか! 気の強い姉ちゃんじゃねえか。気に入った! こりゃ犯しがいがありそうだぜ! ハハハハハ! 押さえろ押さえろ!」
「っひゃああ! 久しぶりだぜ!」「おい! 次は俺だ!」
「肌もツルツルじゃねえか、へへへ……」「こっちの嬢ちゃんは俺がもらうからな」
忽ち、ワナワナとミラの周りに男たちは群がり、恐怖に顔を引きつらせていたキャルロの周りも取り囲み始めていた。
「やめて! 離して! ふざけない……で!」
「いやああああああ! やめてええええええええ!」
「おい、他にもリンククリスタルで呼んでやろうぜ」
「いいね! ぶっ壊すまで犯ってやろうぜ!」
……完全にプッツン来たぜ。
どの時代も、脳足りんのクソガキが蛆虫みてえに湧いてきやがる。
若けりゃ強いと勘違いした大馬鹿野郎がよ。
「……イディア。すまん、やっぱり俺は大馬鹿野郎さ」
――――俺が懐から葉巻取り出して、咥えた時だった。
―――――バリーン。
と激しくガラスを打ち割る音が響き渡り、俺が直ぐに目を向けると、拳大の葉で巻かれた鞠のような物が投げ込まれていた。それを見て、俺は咄嗟に咥えた葉巻を懐に戻す。
その刹那。鞠は瞬時に弾けると共に、辺りを白い煙で包み込んでいく――――。
「な……なんだ――――!?」「ちきしょう! 何も見えねえっ!」
「おい! 誰だよ! ふざけんなよ!」「あああああ!?」
「おい! 俺のリンク・クリスタル何処だよ! おい!」
俺の視界は白に包まれ、煙の中は、阿鼻叫喚と言った様子で悲鳴がいくつも交差していた。
ありゃ……煙玉か……? 一体誰が……。
すると次第に室内はバタッ。バタッと不規則に音が返って来たかと思うと金切り声や叫声は聞こえなくなってくる。俺は身を伏せていたおかげか意識はハッキリしている。
「……御老人。息を止めていろ」
「……! 誰だ!?」
煙に混じり、低く潜もった声が響いて来たので、反射的に俺は尋ね、視界一面煙で白くなった周囲を見渡すが人影は見えない。反射的に手元にある何かを掴むが、薄っぺらい何かを掴んだ様だ。これは確か……。
「そのまま動くな」
「…………!」
俺がきょろきょろと忙しく首を動かす最中だった。
唐突に、軽々と誰かに身を持ち上げられかと思うと……。
光差す窓の外へ――――ぶん投げられた――――――!?
「な、なんだああああああああああ!?」
あ。死ぬ。そう確信し、俺が深々と目を閉じていると……ボスン。
と、背の何かが衝撃を吸収したので、恐る恐る目を開けてみると埃っぽい粉末が舞っている。
不思議と痛みの一つ無い。心臓は若干痛いが、どうやら生きている。
「なんだ……? マットレス?」
俺の衝撃を逃したであろう物から降りると、硬そうな石畳の上に、所々破けて中身が飛び出しているマットレスが数枚重ねられていた。来た時はこんなものは無かったが……。
一瞬ラックを脳裏に過らせるが、あのボンクラがこんな用意周到な事する訳が無い。それじゃあ一体誰が……。そう思いながら佇んでいると、直ぐに俺の疑問は解決する。
「あっ! お前は!」
なんと半グレアジトの出入り口から、ミラとキャルロを小脇と肩に抱えて姿を現せたのは先程ミラのパン屋で見かけた人物だった。全身深緑色の風変わりな人物。
えーと……。あーと……。直ぐ喉元まで出てるんだが……。ほら、常連の……。
「えーと……ラスク? バクス? ファックス……」
「……デクスだ」
「ああ! そうそう! なんでお前が此処に居やがる!」
「……説明は後だ。逃げるぞ」
インツよりも感情の起伏を感じさせないデクスは独白するようにそう言い捨て、直ぐに彼方側へ駆けて行こうとするので俺はデクスの背へ咄嗟に言葉を投げた。
「おい、待て。どこに行こうってんだ」
「……彼女達を帰す」
それを聞いて俺は嘆息した。なんだよ、仕事できそうなのに考え無しか……。
ああいう半グレ不良集団が次にやる事と言えば、大体の相場は決まってる。
「あのまま店に戻れば仕返しに来るぜ。俺に付いてこい。いい場所がある」




