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三十一話 娘


「ちくしょう……。インツのやつ、もっとマシな奴紹介しろってんだ」


 あの後。逃げおおせる様に表街へと帰り、王都をボヤキながら俺は歩いていた。因みにラックはと言うと、念の為に裏通りを使って帰路に着いている。一応お尋ね者の身である以上、我が物顔で王政関係者がうろつく表街は流石に闊歩できねえだろう。


「もう一度インツに別の奴紹介してもらうしかねえな……」


 どうしようもねえ。かといって話を聞くだけで残り七本の葉巻は使えない。

 インツが言っていた魔王の復活と残り四人の勇者達……。運よくインツやラックは俺の側に付いて来ちゃいるが、勿論一筋縄でいくとは思ってない。


 胸ポケットの葉巻を確認する。残り七本……。

 ……出来るだけこの力は、温存して使わなきゃならねえ。


「あ、おじいさーん!」


 そんな事をぼんやりと考えながら街を歩いていると、聞き覚えのある声が俺を呼び止める。

 この声はシールスの娘ミラだ。


「こっちこっち!」


 声のする方へ俺は何気なく目をやると、公道を挟んだ向こう側に在る小さな店の前でミラが手を振っているのが見えた。


 俺は道行く人混みや行商馬車をノロノロと避けながら、軽率にトボトボ向かうと次第に甘い香りが風に乗って顕著になってくる。


「よぉ、さっきは助かったぜ。姉ちゃん」

「さっきは父がすみません……」


 淡い髪を揺らしながら、ミラは再び首を深々と垂れる。目正しい奴だ。

 そんなミラの背面には、大きなガラス張り越しに香りの元である品々が並んでいた。


「なんだ姉ちゃん、パン屋だったのか」

「そう、此処で小さなパン屋をやってるの。まだ一年も経ってませんけどね」

「さっき手元に持っていたのはお前さんの手作りだった訳か」

「……と言っても、週に一度ですけど」


 何処か浮かない表情を浮かべミラは気まずそうに笑う。


「詳しい事情は知らねえが、若い娘っ子一人で裏街を歩くのは感心しねえぜ」


 そんなミラに、俺は変な老婆心が働く。

 他人の家庭事情に首を突っ込むのは野暮ったい事だが、こんな気の良い娘さんに何かあったら目覚めが悪い。そう思ったからだ。


「私は父の事が大嫌いです。けど、やっぱり親は親ですね……。嫌いでも、こうして世話をしているんですもの、それに父が住む周辺は、不思議と誰もいないんです」


 確かにラックと歩いている時、シールスが住まう小屋の近隣は人の気一つなく、ただ単に酷くさびれた場所だった。それもシールスをあえて避ける様にして……。


「ま、単純にならず者共があの暴れん坊を避けてるだけかもな」


 と、考えるのが妥当だろう。

 ああ言う界隈じゃ、純粋に強い奴の元には、人が集うか避けるかだ。

 あの感じからすると後者か、詰まる所あの住まい周辺はシールスの縄張りって事なんだろう。


「んな事よっか……何でお前の親父はあんな所に一人住んでるんだ?」


 だが、情報源は情報源だ。俺は何となく探りを入れてみる。


「知りません。五年前に突然あの場所に住居を作ったんです」


 ……五年前。インツの話だと、丁度王の逆鱗に触れたと言う時期か。

 しかし娘っ子が無事な辺り、奴なりに身を潜めてるんだろう。

 あの時にこの件を話さなくてよかったぜ。


「噂じゃ仕事で大きな失敗をして立場が無くなったって聞きましたけどね」


 ミラの口振りからして、本当に親父がどういう人だったのか知らないらしい。


「親父さんの仕事は知ってるのか?」


 俺が念の為に尋ねても、ミラは静かに首を横へ振るだけだった。


「王城の警備兵だったと、今は亡き母から聞いてます」

「……そーかい。じゃあ、もう親父と二人な訳だ」


 嫌いと言っても親は親であり子は子。

 残るたった一人の血の繋がりが、ミラも憂いなんだろう。

 当然、それが人情だと俺は思う。

 

 だが、何故そこまで父親が嫌いなのか。それだけが気がかりだった。


「なんでそこまでして親父が嫌いなんだ? 家で暴力振るってたとかか?」


 そして、それが気になるのもまた人情ってもんだろう。

 俺は、自然とミラへそんな事を訪ねていた。


「いいえ、ただ、父は寡黙な人でした。それに家にも殆ど帰らず、いつも仕事で……。あの人は家族の事なんて一度も考えた事無いんです。突然家を離れたのも母が亡くなった直後で……あの人が自分の事しか考えてない証拠なんですよ」


 父の思いって奴は報われないもんだと、俺は口をへの字に曲げ、行き所の無いモヤモヤを煙草の煙に流していく。親の子心知らずって奴か……。


「そして何より、母が病に伏して危篤の際も連絡が取れず、亡くなった翌日。病院へ顔を出したかと思うと、直ぐに仕事へ戻って行きました。最低ですよね、母が可哀想で……」


 俺はそれを聞いて心が痛くなる。

 ……俺も、一人の女幸せにしてやれなかった大馬鹿野郎さ。


「やだっ私ったら……。ごめんなさいね。会ったばかりのおじいさんに色々と身の上話なんてしちゃって……」

「別に良い。誰だってご苦労の一つや二つあるんさ」


 今も昔も、人ってのはややこしく生きてるもんだ。

 俺も、その一人か。


「お詫びと言っては何ですが、良かったらうちのパン食べて行きませんか?」


 陰りを見せていた表情を無理やり晴に取り繕い、ミラは俺の袖を引く。

 確かに起きてから何も食ってねえし、歳を取ってるとは言え腹は減った。

 二日酔いの頭痛もそろそろ無くなって来たし、此処は好意に甘えておくか。


「かてーのは苦手だぜ?」

「大丈夫! うちにはフワフワのパンもありますから、どうぞ!」


 俺の手を引いたままミラは店の扉を開けると、一層甘い香りが強く漂い、俺の鼻を通り抜けて空になった胃袋を刺激する。美味そうな香りだ。


「へぇ、五十年前と比べりゃ随分と行儀いい形になったじゃねえか」

「ここにあるのは全部私のオリジナルなんですよ!」


 様々な形をしたパンが棚に並び、貧乏性の抜けない俺はどれが一番胃が膨れて腹持ちが良さそうかを吟味する。ついでに高そうな奴も抜け目なく。


 そういや俺が日本に居た頃はスーパーの半額シールが張られたパンか、金がないときはこそっと……。


「あっ! デクスさん! いらっしゃいませ!」


 俺が顎に手を添え、パンと睨めっこしている時だった。

 深緑色の三角帽を深々と被り、帽子と同じ色のローブに身を包んだ細身の男が、足音も立てずに店へと入ってきた。


 ……狩人って奴だろう。

 こいつらは狩猟を生業として、口数が少なく、癖で常に足音を消して歩くそうだ。

 五十年前とその様相はあまり変わらない。


「…………どうも」


 どうやら顔見知りの様で、デクスと呼ばれた男はミラと目が合うなり小さく会釈する。


「いつものを」

「はいはい。バゲッズとベークロールですね!」


 デクスは小さく頷き、ミラは小さな店内から頼まれたパンをそれぞれ手に取ると紙袋へ入れて行く。そんなお得意さんが注文したバゲッジと言うフランスパン見たいな奴を見て、腹持ちがよさそうだと俺もミラへ訪ねた。


「おい姉ちゃん。俺もそのバケッツって奴頼むわ」

「ふふっ。おじいさん。バケッツじゃなくてバゲッジですよ」

「ケッ。どっちでもいいっての」


 俺が悪態をついていると、先に会計を終えたデクスは紙袋を抱え、足音も鳴らさずにそそくさと店内を後にしていく。相変わらず狩人って奴は、何考えてるか良く分からねえぜ。


「ありがとうございました!」


 一方、もう姿が見えないってのにミラは深々とお辞儀していた。


「あの兄ちゃんは、良く来るのか?」


 そんなミラに、何気なく尋ねる。


「ええ、毎日来てくれるの。それこそ此処がオープンしてからずーっとね」

「へぇ、そんだけ美味いんだな」


 嬉しそうに応えるが、俺はミラの言葉に突っ掛かりを覚える。

 狩人ってのは、大半を狩場である森の中で過ごすって聞いてるが、どういう事だろうか。


 ――そう思い、俺がひょんな疑問に首を傾げた時だった。


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