三十話 不仲
ちょっと! お父さん!」
――ピタリ。
唐突に聞こえてきた怒声と同時に、角材は俺の頭頂部直ぐ真上で急制止する。
そしてゆっくり。俺の目と鼻の先で威圧を放つ角材は退いていくと、俺は声が聞こえた方向へ目を向けた。
「……女?」
そこに立っていたのは、妙齢の女。
そしてそのまま眉を吊り上げ、真っ直ぐとシールスを睨みつけながら、肩に掛かる淡い髪を揺らして歩いてくる。
「……ミラか。何の用だ」
呟き、シールスは鋭い目で睨み返すと、その女は自身の二回り程大きな父親へと億すことなく啖呵を切り始める。
「何の用だ。じゃないわよ。お父さんこそお年寄り相手に何してるのよ!」
スラム地区や父親シールスの様相に反し、娘のミラは小奇麗な恰好をしてる。
それだけで、ここいらに住む住人ではない事を証明していた。
「大丈夫ですか? おじいさん。と……そこの人?」
「あ、ああ……死ぬかと思ったぜ」
「……死んでます」
ミラは釣り上げた眉を心配そうな面持ちに打って変り、此方に歩いてくると、へたり込む俺と額を地に密着させるように固まっていたラックを起こす。
「なんだ。ジジイとガキか」
「それ以外に何に見えるのよ!」
そんな様子を気にも留めずシールスは角材を道の端へと放り投げ、何事も無かったように大きな背を此方に向けて自宅であろう掘立小屋にノソノソと入って行く。
「野郎……。謝罪も無しかよ」
「流石、元序列一位なだけありますね。祝福が無くても凄い戦闘力ですよ……」
「守護っつうより獣だろ……。あんな野性的な奴久しぶりに見たぜ……」
確かにラックの言う通り、元とは言え勇者を率いてた事は有る。
瞬間的な判断力と、あんな重そうな角材をぴったりと止める膂力は伊達じゃねえ……。
「……ごめんなさい! 父が御迷惑をおかけしました」
そんな荒々しいオーガ見たいな親父の反面、礼儀正しく娘のミラは深々と華奢な首を垂れる。あんなオーがからこんな育ちの良さそうな娘が生まれるのは、にわかにも信じがたいもんだ。
「まったく、姉ちゃんが来なかったらペシャンコだったぜ」
「――っ! ――っ!」
俺が礼を言うと、嬉しそうに自分へと指をさしながらラックは頬を上げている。
……豪運の力って事を顕示してるんだろう。最近の言葉で言うとドヤ顔ってやつだっけか……。
元居た世界の新聞って奴で見た気がするが、俺は無視する事にした。
「それで、父に何か……?」
取り直したようにミラは顔を上げ、小首を傾げる。この生活の落差や何の警戒心を見せないミラのを見た感じだと、あまり父親とは関わりがないのだろう。
俺がジジイと、頼りないマヌケ面のガキを引きつれてるせいかも知れねえが……。
……念の為、踏み入った話は後にしておいた方がよさそうだ。
「そんな事より、お前さんこそ親父に何か用事があったんだろう?」
「ああ、いつもこうして食料を届けてるんです」
結局……。事情を知らず、父親が没落していようとも肉親は肉親か……。
そんなミラの手には、何かを包んだふろしきのような物がぶら下げられていた。
「ちょうどよかった。何かご用事なんでしょう? どうぞ、入ってください」
「邪魔するぜ」
「まだまだ僕の能力は健在ってね!」
「……勝手に言ってろ」
◇
「……ご飯置いておくから」
「…………」
「おじいさんとお兄さん。私は先に失礼します」
「ど、どーも、お構いなく……ハハハ」
ミラは食料を置くと、そそくさと小屋を後にしていく。
不仲なんだろう。それ以外の会話は無い。
何だかギスギスした雰囲気に、俺とラックは口も開かず、ただ黙ってそんな様子を見送っていた。
「…………」
「………………」
沈黙……。ギスギスした空気感は無くなったが、新たに変な緊張感が漂っている。
そんな空気を拭払しようと、俺は一先ず切り込みを入れた。
「随分……。娘に嫌われてるじゃねえか?」
「ししょっ!?」
俺の何気ない一言が癇に障ったのか、シールスは鋭い目つきを更に狭め、キッと眉間にシワを寄せて俺を睨みつける。修羅の表情を浮かべた奴の顔には、いくつもの細かい傷が目立っていた。
おお、怖。
「……何の用だ」
竹林に身を潜める虎の如く、シールスは低く喉を鳴らす。
「うっわぁ……。顔こわっ」
ラックは萎縮してか、心の声が漏れていやがる。まだまだだな、こいつも。
だが、そんなんで俺が物怖じすると思ったら大間違いだ。
「俺はな、王の居場所を探ってる。お前なら知ってる聞いて尋ねてきた」
俺の問い掛けに、シールスの深い眉間が一瞬だけピクリと動く。
「ナルグ王を……探しているだと?」
「そうなんです! シールスさんが三代目守護の勇者だと言う事を聞き、此度足を運んだ所存であります! 王の逆鱗に触れて追放された身であるなら、恨みの一つや二つあるかと存じます! つまり、僕達は貴方の味方なんですよ!」
ラックが裏返った抑揚でシールスへと緊張した声音で説得する。
俺に良い所を見せたい為何だろうが、その様子は酷く滑稽だった。笑っちゃいそう。
「……お前らは何者だ」
しかし、手ごたえは有ったか……?
谷の様に深いシールスの眉間のシワが心なしか緩んだ気がし、
「俺は安村無敵だ。この名を出せば、ナルグも分かるだろう」
俺は質問に揚々と答える。後一押しと言った所だろう。
「安村……無敵……だと? お前が?」
「こんなヨボヨボですが、侮らない方がいい! このお方は伝説の素手……」
――瞬。
――――ガァアアン。
と、シールスは急に立ち上がったかと思えば、床を勢いよく踏みつける。
「なぁっ!?」
「あわわわわわわ!?」
とんでもない力が加わったのか、それとも廃材で突貫的にこしらえていたのか定かではないが、シールスの足先の床は穴が開き、衝撃に耐えられなかった板切れが穴を中心に上へと圧し折れ、俺とラックは座ったまま軽く宙に浮く。
「てめっ……! 暴力反対だぞ!」
「し、師匠がそれ言います!?」
すると慌てふためく俺達を見下ろし、
シールスは金剛力士の如き面容でクワッと大口を開いた。
「馬鹿にするな。お前たちに話す事は何もない。次に顔を見せたら……殺す!」




