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二十九話 スラム


「ううっ……。最悪だ……」

「もー! 師匠ったら、まだ寝てた方が良かったんじゃないですか?」


 さして飲んでもいないのに、昨日の酒が残ってやがる。

 クラクラする頭を押さえ、よろよろと動く足腰を、休み休みに進ませていく。


「うるせえ。俺はお前みたいに生い先短けーんだから、生き急ぐしかねえんだよ」

「朝方まで飲んでた人が良く言いますね。胃が丈夫なのは長生きするらしいですよ?」


 あの後……。ダメだ、知恵の勇者インツと別れた後の記憶が曖昧だ。


 気付けばいつものベッドの上にいたし、ラック曰く、心配して見に行ったらエディアの店の前で眠りこけていたそうだ。調子に乗って、人様の金で高い酒を飲んだ罰が当たったか……?


「んな事より……その地図通りにはちゃんと向かってるんだろうな?」

「任せてください! ここは僕が育った地区なので庭みたいなもんですよ!」


 自信満々に胸に手を置き、ラックは鼻を鳴らす。

 あまり自負する事でもないが、俺達は今、王都の掃き溜め……所謂、スラム地区に来ている。


 俺が現役の頃でも何回か足を運んだことが有るくらいで、それこそ五十年前はスラム地区と言うより、盗賊達が勝手に身を寄せて暮らす場所でもあった。


「まったく……。こんな所に元守護の勇者って奴がいるのかねぇ」

「インツさんは確証の無い情報は流しません。だから、間違いはないかと……?」


 昼だと言うのに辺りは薄暗く、乱雑にゴミが散らばる石畳の床は、所々が剥げて知の部分が露呈している。

 それだけじゃない。レンガ築の小奇麗な表街と比べ、色あせて今にも壊れそうな木材や廃材を元のレンガ築の建造物に無理やり繋ぎ合わせたのか、街全体の様相は、如何にもちぐはぐな有様だった。

 俺が居た頃でもここまで酷くはなかったな。


「師匠が言うには、王様の逆鱗に触れたとかどうとかでしたね? あ、ここを右ですよ」

「さあな。そこまでは聞いてねえが……。貴族見たいな暮らしから一転。こんな地の底見たいな暮らしに成っちまったんだ。相当な事やらかしたんだろうよ」

「まぁ……。確かに此処の暮らしは、地の底見たいなものでしたね」


 やけに納得した様子で俺の前を歩き、ラックは周囲の建物を見渡しながら進んでいくと、


「……僕はね、此処の生活に戻るのが怖かったんです」


 ふと唐突に。ラックは振り返らず言葉を空へ投げていた。


「朝昼ご飯は無し。運が悪ければ夜も無し。毎日を空腹に怯え、食べれる物なら何でも食べて、その度に酷い下痢にうなされて……。友達も何人も死んで……。そんな地獄のような日々を、十五歳になるまで送ってました」


 明るく繁栄する王都の裏で、暗い影を見てきたラックは大きく嘆息していた。

 あれほど必死になって取り返しに来るラックの事も何だか頷ける。


 イディアを失ってからの五十年。

 俺はどうやって歳を取ったかも覚えちゃいねえし、気付けば生活保護。

 それさえも上前をはねられる寂しい身寄りもない老人さ。


「けど結果オーライですよ。本当に、心の底から尊敬できる人に会えたんですから! 僕の豪運ってやつも、捨てたもんじゃないですね!」

「あーあー。くせえくせえ。此処は臭くてかなわねえや」

「もー! 師匠ったら誤魔化さないでくださいよ!」


 そうさ、俺も戻りたいかと言われれば絶対に戻りたくねえ。

 生きる事に必死こいてたラックに対し、空っぽに生きてた俺……。


 そんなラックに、俺は感心を覚えていた。


「あ、師匠! 此処です!」

「ブッ――――!?」


 若僧に感心しているせいで、目の前の壁に気付かず激突。尻を着く。

 二日酔いで痛い頭が余計ガンガンしてきやがる。


「だ、大丈夫ですか師匠!?」

「てめえ! 突然立ち止まるんじゃねえよ! 年よりは急に止まれねえんだから……」

「すみません。折れてる……訳ないですよね!」


 困った様に腕を差し伸ばすラックの手を取り、俺は一気に引っ張り上げられる。

 こんな痩せこけた骨と皮だけの腕に軽々引っ張り上げられるのも癪ってもんだ。


「それで、本当に此処か……? 俺の住んでたアパートよりボロっちぃじゃねえか」


 尻を叩きながら重い腰を上げると、一軒の掘立小屋が目に入る。

 それも、元々あったであろう建物と建物の小さな隙間に、程よく収まっていた。


 見方を変えれば、ただの積み上げられた廃材だぜこりゃ。


「アパー……? なんです?」

「こっちの話さ。まあいい……。おーい! シールスさんよー! 居るかー?」


 俺はラックを後目に、立て掛けられている木板をドンドンと叩いて声を張る。

 入口っぽい所に掛かってるし、多分ここが玄関だろう。


 しばらく名を呼び、木板を叩いてみたが反応がない。留守だろうか?


「おーい! シールスよぉ! 居るんだろう? でて来――――」

「師匠! 危なっ――――!」


 刹那。衝撃が俺の身体を伝わり、地に付けていた足が浮く――――。


「なっ――――」


 あまりの突然の事に、俺が目を閉じると同時だった。


  ――――ガァアアン。


 という凄まじい轟音が俺の鼓膜を突き、肩を打ち付ける衝撃と共に目を開けると、俺がついさっきまで立っていた場所に巨躯の男が角材を叩き下ろしているのが見えた。


「なっ、なんだぁ!?」

「師匠! お身体は無事ですか?」

「あ、ああ……」


 どうやら俺を庇う様にラックが腕を回して横へと飛んだようで、直ぐに俺を引き起こすと目前に起きた事を睥睨していた。痛みも怪我も無い所を見ると、流石豪運って所だ。


 だがそんな俺達を気にせず、自身の身長を優に超える角材を小脇に抱えて接近してくる。


「うおおおおぉぉぉぉぉおお!」


 そして、獣の如き雄叫びを上げ、シールスは大きな角材を軽々と上段に構えた。


「ま、まて! シールスだろ! 話を……!」

「師匠! どうやら話は通用しなさそうです!」


 ラックは身を翻そうと膝を曲げるが、当然若者の動きについていける訳が無く、俺は思う様に体が動かないし、若返りの葉巻を吸えるほど時間に猶予はない。


 そしてラックは、そんな俺を気がかりにしてか動けないでいる。


 俺が足でまといって訳か……。

 なら、こいつだけでも生きて残せば……!


 ヨボヨボの足腰と、ラックよりもか細い腕に精一杯の力を籠めて。



「ラック。助けを呼んで来い」



 俺達を叩き潰そうと―――――シールスが角材を振り下ろす瞬間――――――。


「えっ……?」


 俺は――――――――ラックの背を押した――――。



「……体だけは丈夫だ。早く、助けに来いよ――――――――」





「しっ! 師匠オオオォォォォォオオ――――――――!」


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