二十八話 光明
「――――魔王は今も生きています」
「……!」
「えっ……」
口元へ酒を運んでいた俺の手が止まり、エディアは目を丸くした。
だが、驚きを通り越して動揺するエディアや言葉が出ない俺を気にも留めず、インツは淡々と酒を一口飲み、話を続ける。
「驚くのも無理は有りません。確かに、五十年前に魔王ザイガサスは、無敵さんと……エディアさんの姉である大聖者イディアの手によって葬られ、魔王城事姿を消したと安村無敵伝説には書かれています。ですが、それは湾曲された表側の歴史に過ぎません」
俺はむせ返り、肺に入れた煙が、咳と共にコホコホと出て行く。
……その本の名前はあまり聞きたくないもんだ。
「それじゃ、お前らは本当の歴史を知ってるのかよ」
「当然。勇者にはこの国の成り立ちや、真意をつつがなく知らされます。つい最近、新たに誕生した豪運の勇者の席を除いてね」
そういやラックもそんな事を言ってたなと、俺は灰皿に煙草を押し付けて頬杖をついた。
「それじゃあ姉さんは……!」
目を向くようにエディアはカウンターへ手を付いて前のめりになるが、インツは無言で首を横に振ると、再び口を開く。
「残念ながら、お姉さんの消息は五十年前から不明のままです。すみません……」
「……いいのさ。インツさんが謝る事なんてないよ」
肩を下してエディアはバツが悪そうに笑っていた。気丈に振る舞ってはいるが、やはりショックだったのだろう。背を向けたエディアの背は小さく震えている。
「……気に入らねえな。それで、何で魔王が生きてる?」
その反面、俺はいきり立っていた。むかっ腹が立ってしょうがねえ。
「すみません。詳しくは知らされてませんが、王と巫女曰く、魔王の復活は五十年も前から予言されていたと聞きます」
「巫女……。ラックの野郎が言ってたな……」
「豪運の勇者ラック。その様子だと、彼は無事の様ですね? あの後病院にエディアさんを運んだのは誰かと言う、一つの疑問が溶けましたよ」
「……ゲーップ」
思わず怒り心頭で血が上りきっていたせいか、それとも歳を取って独り言が多くなっちまったせいか……独白して口を滑らせてしまった。クソ。食えねえ野郎だ。
「それなら構いません。別に知った所で私は無敵さんを裏切らない。安心してください」
「話が漏れた暁にゃ、てめーら根絶やしにしてやるからな……」
残った酒を一気に流し込み、一先ず落ち着くことにしよう。
「まったく。その様子だとまたポロっと何か言っちゃったんでしょ。相変わらずね」
すると気を取り直したエディアが泡麦酒を注ぐので、おかげで気が紛れた。
「お前には関係ねえよ」
「はいはい。無敵兄さん酔うと直ぐ口軽くなるんだから、気を付けるのよ」
あの日……。俺は魔王を封じ込める直前の、最期のイディアを見たんだ。けれど、インツの言う事が本当なら、あいつの死は無駄死にだったって事だ。
……ダメだダメだ。そう思うと、胃がグツグツとこみ上げてきやがる。
「それで……。先ずはその巫女ってのは何者か、から聞こうじゃねえか」
一度。酒を流し込んで煙草を咥えつつ、一息ついて俺は尋ねた。
「……巫女。大いなる存在。神々の祝福を我らへ付与する存在……。その福音は五十年前の初代守護の勇者から始まり……。力、知恵、俊敏、器用、豪運と、時を経て順に新たな力を授けてきたと伝承されています。私の知恵は二代目。それこそ一番古い序列にあたる守護は、現在四代目だと知らされています」
事務的に語るインツを後目に俺は煙を吐き出す。
どうりでラックの坊ちゃんはインツよりも若僧でペーペーの何も知らない奴なんだと納得した。
「随分と大層な存在じゃねえか? 神族か何か降りてきたか?」
「申し訳ありませんが序列三位の私でさえ、その正体は知らされていません。かの巫女を直接拝謁できるのは、序列一位である守護の勇者のみ許された行為なのです」
「……ポンコツが」
結局正体は分からずじまい。肝心な所でこいつら若僧は使えねえと、皮肉たっぷりで俺は煙と共に嘆息した。
「こらー? 無敵兄さん! 折角教えて貰ってるんだからそんな事言わないの!」
「イデデデデデ! こらっ! 客に向かって何しやがる! このじゃじゃ馬が!」
その時。突然ぬるりとカウンター越しに伸びた手が俺の耳を抓る。そういやエディアに度々こうしてやられてたっけか……。幾つになってもおてんば娘は変わらねえ。
「それでインツさん。ナルグの坊っちゃ……。じゃなくて、王様は何でわざわざ嘘の歴史をあたしたちに教える様になったのさ?」
パッとエディアは俺の耳を離し、インツへと尋ねる。
「恐らく、民衆の混乱を避ける為でしょう。魔王がいつか復活するかも知れないと言う漠然とした不安の上では、国の繁栄は成り立ちません。だからこそ、五十年前に人々を恐怖に陥れた魔族を奴隷とし、従事させる事で真の歴史から目を背けさせていたんです」
詰まる所。この国の在り方も、ナルグ坊が描いた平和って奴なんだろうが、弱い奴を犠牲に、それも虚妄で成り立つ国の繁栄なんてクソくらえだ。
「表の歴史では魔王封印後、安村無敵は魔族を抑制する効果を持つクリスタルに姿を変えたと記されています。確かに、そのクリスタルは消滅した魔王城跡地に残され、今も採掘が続けられています。ですが……その魔封石たる巨大なクリスタルに姿を変えたのは、安村無敵ではなく……魔王だった。と言うのが、真実の歴史なのです」
ますます気に入らねえ。人の名前を勝手に使って、勝手に歌だの伝記だの、絵本だの造りやがって……。裏を返せば、その石は魔王の欠片だった訳だ。
「うそ……。信じられない……。ずっと無敵兄さんだと思って毎日拝んでたよ……」
息を吞み、エディアは酒棚の上に飾られた緑色の石へ目を向けていた。
人を仏さんみたいに扱いやがってと思ったが、死んだと思われてたし当然か。
「それじゃ、そのまま採掘し続けて粉々になるのを待ってるってことか?」
「逆です。ナルグ王は、巨大なクリスタル中央に眠る魔王を再び目覚めさせようと、三十年前から暗躍しています。それこそ魔族へ対する徹底的な管理が行われるようになったのも、先代デルグ王が王権を退いたナルグ王から始まりました」
そういえば、ナディがそんな事を言っていた。先代の王から比べ、魔族の扱いが酷くなったのはここ三十年だと。奴は……一体何を企んでいる?
「デルグ王は守護の勇者と力の勇者を自身の盾と剣とし、国へ降りかかる災いを払ってきましたが……。ナルグ王はその後、チート・ブレイバーを結成し、表向きは魔族管理。裏では魔王を討伐する為に、我々を使って今も戦の準備を進めています。ナディさんが探っていたポーションの出どころも、第二次人魔戦線に備えて器用ギルドが製薬した物です」
……気に入らねえ。戦争を始める気満々なのも、もっと気に入らねえ。だが、気がかりはそこじゃない。この際、そんな事はどうでもいい。
「魔王を目覚めさせるだって? ふざけやがって。あいつはイディアがやって来た事を全部無駄にしようってのか。気に入らねえ……!」
ナルグをぶん殴りに行く。その思いはますます強固となり、憤りと共に酒を一気に身体へと流し込むと、樽杯をカウンターに叩きつけた。
「おいインツ。流石にお前が王政の犬だってのは知ってるが、王の居場所を吐いてもらおうじゃねえか! こうなったら俺は止められねえぜ!」
そして俺は一息にそう告げて立ち上がり、隣に座るインツの襟首を掴む。
「ちょっとちょっと! 無敵兄さん!」
「奴はイディアのやった事を無下にしようとしている。何より戦争をもう一度おっぱじめようとしてんなら、俺は何が何でも止めに行く。平和を望んだイディアの為にも!」
しかし、インツは冷静に首を振る。こいつ、もう一発ぶん殴って……!
「……無敵さん。落ち着いてください。ナルグ王の居場所については、私すらも知りえないのです……。知ってたとしても、王政の犬である以上、背くことは出来ません」
落胆したように力を緩め、ラックは目を伏していた。どうやら本当に知らないらしい。
流石に俺も無抵抗の人間を殴る程落ちぶれちゃいねえよ。
「……ック。いててて……。心臓が痛てぇ……」
「ちょっと無敵兄さん。もう若くないんだから、無理しないのよ」
俺は痛む胸を押さえ、上がりきった血圧を押さえるべく席へと腰を下ろした。年を取るってのは嫌なもんだ。興奮すると直ぐ肺や心臓が痛く成りやがる。
「ふぅ……ふぅ……」
「ほら、お水でも飲んで落ち着いて」
「年寄扱いしやがって……」
「年寄じゃないのさ、無敵兄さんもあたしも」
エディアから受け取った水をゆっくりと飲み、俺は勝手に火照った頭と体を冷ます。
危うく憤死するところだった。
「さて、そろそろ……。私も次の仕事が立て込んでいるので、お暇させていただきます。話せるのはここまでで……。余りお力になれず申し訳ない」
俺が呼吸を整える一方、まだ一杯目のオランジ酒を飲み干したインツは席を立つ。
「ありがとうインツさん。後はあたしに任せて。老人が老人を介護するのも、今時の時代ってもんかねー。アハハハハ!」
「……笑えねーよ! 危うく死にかける所だったんだぜ」
安村無敵七十五歳。いくら最強だったと言え、歳には勝てないもんか……。
「いえ。また暇を見つけたら顔を出させていただきますね」
「まったく。勝手に呼びだしといて有益な情報一つ無しかよ。帰れ帰れ……!」
俺がそっぽを向いて水をちびちびと飲んでいると、インツは小さく織り込まれた紙とカマボコ板のような形をした透明な何かを、そっと俺の前へ置く。
「五年前……。先代である三代目守護の勇者は王の逆鱗に触れ身分を剥奪されたと言う情報があります。その人物であれば、有益な情報が掴めるかもしれません。私が貴方の力になれるのは……申し訳ありませんがこれだけです」
俺はグラスを片手に前に置かれた紙きれを一瞥すると、この世界の文字が薄っすらと透けて見えた。なんだ。中々に義理堅い奴じゃねえか。
「この透明な板切れみたいなのは?」
「それはリンククリスタルと言って、遠く離れた人物と会話ができる魔道具です。念の為に常に持ち歩くようにしておいてください」
そういえばラックも言ってたっけ……俺の世界で言う携帯電話みたいなもんか。
こっちもこっちで便利な世の中になったもんだと嘆息する。
「ありがとね、また来てよ」
「ごちそうさまでした。それでは」
リン。と扉のベルを鳴らし、インツが店を後にしようとした時だった。
「――あ、それと。もう一つ」
唐突にインツが振り返り、背を見送っていた俺と目が合うなり口を切る。
「例の石は、無事ですか?」
例の石? あまりピンと来ず、俺は口をへの字に歪ませて上を仰ぐ。
例の石……例の石……。ああ……ええと。なんだったっけ畜生。
「……水色のやつです」
「ああ! 思い出した! そういやあの石頃の意味知ってるか?」
本当、歳は取りたくねえもんだ。俺はワザとらしくお道化てインツへ訪ねた。
「勇者へ真の力を授ける石……。その石を覚醒させれば、勇者は祝福無しでチートを手に入れる事が出来るとだけしか……すみません。まだ覚醒の済まない私共には未知数なのです。ただ、その石を所持している以上、円卓の勇者や王政は総力を使って探しに来るでしょう。気を付けてください」
「心配いらねえよ。そんときゃ正面からぶっ飛ばすまでさ」
「そうでしょうね。無敵さんならきっとそうするでしょう。ですが、その石を完全に覚醒させた力の勇者には気を付けてください。彼の力は底なしです……」
そう言い残し、インツは踵を返して店を後にする。インツの話じゃ、あの石を覚醒させれば能力に上限や期間が無くなるって話だが……。
それだけじゃない。もっと重要な何かが隠れている気がしてならなかった。
……ただの感だが。
「さ、ゆっくり飲みなおそう。金貨五枚も貰ってるし、ジャンジャン飲んでよ!」
インツが居なくなった直後だった。上機嫌に鼻を鳴らし、エディアは笑顔で酒を注ぐ。この世界じゃ金貨と言えば、銀貨百枚分に匹敵する代物さ。
因みに俺が飲む酒一杯で銀貨一枚。五百杯は飲めるじゃねえか。
「……そんなに飲める訳ねえだろ。一番高い酒もってこい」
現金で商売っ気が濃い所も、昔と変わっちゃいねえと、俺は緩んだ口角に酒を運ぶ。
今日は昔話にでも花を咲かせようじゃねえか。
――――――――夜はまだこれからさ。




