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二十七話 五十年目の真実

ナディの言う通り、屋敷の正門辺りに金の装飾が入った馬車が停まっている。


「気に入らねえなぁ。ギンギンギラギラ洒落臭くて悪趣味な馬車だぜ」


 車輪の辺りにも金の装飾が施されていて、俺が咥え煙草にチンピラの如くつま先で車輪を蹴りつけている時だった。


「おい貴様! この馬車は知恵の勇者であられる……」

「良い。私の恩人だ」


 威勢のいい掛け声に俺が振り向くと、軽鎧を着こんだ兵の肩に手を置いたインツが前にのめる男の動きを制止させていた。


「しっ!? 失礼しました!」

「……恩人? はて、何の恩だ?」


 全く心当たりがない俺は首を傾げ、アゴの下をポリポリと掻く。

 だが、インツはそんな俺を前に、深々と頭を下げるだけだった。


「……ご老体に御足労頂くのも、なんだと思いましてね。乗ってください」

「ケッ。年寄り扱いしやがって」



 俺とインツを乗せるなり、馬車は直ぐに動き始める。


「それで……何てたってエディアの店に? まさか懲りてねえ訳じゃねえだろうな?」

「そう警戒しないでください。彼女と無敵さんに対するお詫びの印です」


 俺が怪訝にインツを睨みながら牽制すると、インツは座ったままに首を垂れた。


「あの後、彼女は個人病院から知恵ギルド国立記念病院に移っていただき、我々で手厚く魔法治療を行いました。私が気を失う直前に回復魔法を掛けたので大事には至ってませんが……念の為に検査を兼ねて」


 若返りの効果が消えちまった後の事はラックに任せていたが、一応病院に向かっていたようだと安堵する。ラックの事は一応、まだ言わない方がいいだろう。


「……エディアは大丈夫なんだろうな?」

「それが退院した後、何もしないと落ち着かないと言って、今日お店を開けるとの事でお誘い致しました」


 仮にこいつが嘘を付いていたとしても、店に向かってるのなら直ぐに分る事か。


「嘘だったら今度は再起不能になるまでぶっ飛ばすぜ……」


 嘆息しながら、俺は一気に背を緩めた。


 この間乗った行商馬車と比べ、俺の尻元には腰が沈むくらいに柔らかなクッションが敷かれていて、老体にも優しい配慮が伺える。本当に年寄り扱いしやがって。


「しかし……。本当に驚きました。かの安村無敵がまさか御老人だなんて」


 そんな馬車が小刻みに揺れ動く最中、正面に座るインツは俺へ訪ねる。


「実際七十五歳だからな。俺もどういう原理で若返るか知らねえけど奇跡って奴だ」

「奇跡……ですか……」


 初対面の頃と比べ、インツの表情や声音は随分と穏やかになっている。

 当然、そんなインツからは敵意を感じられなかった。悪くない面構えだ。


「そんな事よっか、俺の事を勇者共は探してたんだろ? 手ぶらで帰ってよかったのか?」


 するとインツは車窓縁に肘を着き、曖昧な眼で外を眺めつつ失笑していた。


「もう、どうでも良くなりました」

「けっ。なんじゃそら」

「それに私はブレイバーの主脳です。そんな事実は無かったと言えばそれは忽ち事実になりますから、問題は有りませんよ」


 一体俺にどれだけの恩義を感じているのか不明だが、直ぐにその謎もインツは語る。


「貴方に殴り飛ばされてから……。私も最初は、純粋な気持ちで勇者って奴を目指していた頃を思い出したんです。それをいつの日か、上に昇る事ばかり考えてしまう自分が居る事を、貴方は気付かせてくれました」


 やけに真剣な顔で臭い事を言うので、思わず聞いてるこっちが小っ恥ずかしくなる。


「クソみたいな世の中で、お前も無意味にややこしく生きてるみてえだな」


 間を持たせようと俺は煙草を咥えると、インツは俺の手を制止させた。


「無敵さん。車内は禁煙です」

「……まったく、ややこしい。勇者向いてねーんじゃねえの、おまえ」

「フフ。そうかもしれませんね」


 ◇


「……え?」

 丁度、エディアの店の前に馬車が停車した頃だった。


 表情や感情の起伏が少ない奴だと思っていたが、俺の言葉を聞くなり、インツは目を大きく見開いていた。


「だから言っただろ。俺は王の居場所を探してる。ナルグ坊ちゃんをぶっ飛ばす為にな」

「失礼。あまり穏やかではない事を聞いたもので……」


 すると、直ぐにインツは目を伏して開いていた口を閉じるとハンカチを取り出し、自身の額に当て始める。つくづく頭の固い野郎だ。


「無敵さん。私は、貴方の頼みなら断らない……しかし……。相手は……」

「分かってる。お前は飼い主に噛みつく事になるのも重々承知だ。ならせめて教えてくれ、アイツがどうして魔族を虐げるような世の中を作っちまったのか」

「……それは好都合です。その為に、この店を選んだのですから」


 インツは徐にハンカチを仕舞うと、停車した馬車から降りだした。


「言っておくが、エディアを巻き込むつもりなら俺は帰るぜ」

「巻き込むつもりなどありません。ただ、この話をする以上、彼女も知る権利がある。私はそう思ってならないんですよ」


 振り返ることなくインツはそう言うと、店の扉を開いてベルをリンと鳴らす。


「さぁ、どうぞ。詳しい話は此方で」


 扉の向こう、此方に気付いたエディアは無邪気に手を振っている。だが、感動の再開って訳にはいかなさそうだ。何となく重苦しい雰囲気をインツの背に捕らえつつ、俺は馬車の手すりを掴んでゆっくりと下車した。


「…………よぉ」


 店に入るなり、俺は行き所の無い気まずさを感じて言葉に詰まる。俺は、お前の姉を一人置いて死なせちまった張本人だ。どんな罵詈雑言が飛び出してくるのかと思うと、少し胸が痛くなった。


「おかえり。無敵兄さん」

「おう……」


 だが、返って来たのはそんな暖かな言葉だった。

 一瞬、照れ臭くなって俺は直ぐに目を逸らす。

 だが、伏した目を上げるとエディアはシワを寄せて笑顔で微笑んでいた。


 あれから五十年。随分と時間が経っちまったけど、面影は何一つ変わっていなかった。


「無敵兄さん。泡麦酒でしょ?」

「おう」


 そして直ぐに、エディアは酒を注ぐ。

 多くを語らず。詮索しないエディアの背は昔よりも大きく感じた。


「無敵さん。どうぞ座ってください。私はオランジ酒を」

「はいはいー。インツさんったら、顔に見合わず可愛いお酒飲むよね」


 少し目頭が熱くなった俺を、インツが椅子を引いて手を招く。

 どうも歳取ると涙脆くなっていけねえ。男が女の前で泣くのはご法度さ。


「あの後……って言っても三日間だけど、インツの兄さん。毎日花束を病室の前に置いて行くんだから、モテモテの気分だったわよ? 元気そうでよかった」


 洒落気なく小さな樽に注いだ泡麦酒と、グラスに注がれたオランジ酒を、俺達が座るカウンター上に置くとエディアは笑っていた。

 その口ぶりだと、こうして会うのはあの日が最後だったらしい。

 見た目通りキザったらしい奴だ。


「ケッ……。ばっかじゃねえの」

「気付いてらしたんですね」


 流れる様にインツとグラスを鳴らし、酒を一気に飲み込んでいく。

 喧嘩をした後の奴と酒を酌み交わせば、もう友って奴さ。

 懐かしいもんだ。


「無理。無茶。無駄。男ってのは、本当に幾つになっても馬鹿だね」


 と、嬉しそうに言うと、エディアも酒を煽っていた。


「同感です。男って言うのは本当に面倒で仕方がない」

「けどさ結局、面倒な男に女は惚れちゃうんだから人生はややこしいよ」

「……男は馬鹿で女はアホさ」


 謝罪だの面倒な事は酒の席には無粋なもので、こうして今も昔も飲んで流したもんさ。

 この間の逼迫した空気とは違い、随分と緩やかな雰囲気に酒が進む。


 ……だが、そんな空気間も、束の間だった。


「さて、無敵さん。と、エディアさん。今から私が話す事は他言無用でお願いします」


 と、酒を半分飲み終わる頃。トンッとグラスの底を置き鳴らしてインツは口を開く。


「……さっき言ってた件か」

「な、なにさ? 急に真剣な顔しちゃって? あたし席を外そうか?」


 ガラッと打って変る雰囲気に、この道五十年以上を歩むエディアは流石と言った所だろう。

 直ぐにその空気に気づくと、バツが悪そうに言う。


「いえ、この話はエディアさんも知るべきだ。だから、心して聞いてください」


 俺は咥えた煙草に火を付けて煙を吐き出し、固唾を飲んだ。


「最初に結論を申しますと――――」


 それを合図にしてか、インツは話を切り出し始める。



「――――魔王は今も生きています」



「……!」

「えっ……」


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