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二十六話 満身創痍


 ……なんだ? 一瞬だけ、インツが笑った気がした。


「ハァ……ハァッ……」


 ダメだ。眼がかすむ。

 血が流れ過ぎたのと、咥えた葉巻を落として随分と時間が経っちまった。

 そろそろ終いか……。


 いや、まだだ。まだ終わっちゃいけねえ。

 エディアを医者に連れて行かねえと……!

 

 片足を引きずり、俺がエディアの元へ寄ろうとした時だった。


「………………ヒー…………リング」


 微かに声が聞こえたかと思うと、インツが倒れている方向より光の粒が浮遊し、宙を滑空してエディアの前で静止する。


 そして、光の粒が弾けて霧状になって降り注ぐとエディアは徐に瞼を開けていた。


「無敵……兄さん?」

「エディア……よかった……!」


 イタチの最後っ屁と言わんばかりに、知恵の勇者最後の魔法はエディアの命を救ったのだ。

 粋な真似しやがってと思い俺が目を向けるも、インツは静かに眠っている。


「本当……相変わらずの大馬鹿なんだから……。天国の姉さんも怒ってるさ」


 血色も戻ったエディアは俺を見つめて優しく笑っていた。

 イディアと性格は正反対だがその笑顔はとても既視感のある笑顔だった。


「エディア。お前もいい女だぜ」


 もう時間がない。今にも倒れた雑魚共が目を覚ますかもしれない。

 早く担いで、寝かせたラックの元へ向かうべく外へ出ようと、ガクガクと震える膝を曲げてエディアを抱え上げる。


「……フフフッ。五十年経って気付くなんて、本当に大馬鹿だね」

「帰るぜ、エディア」

「うん……」


 だが……もう遅かった。

 体の力が抜け、俺が膝を着くと全身の血の気が引いて行く。

 自分で自分の身体が一気に衰えていくのが分る。

 

 クソッ……。もう力が入らねえ。


「いてえ……! さっきは良くも……!」


 最悪だ。俺が最初にのした体躯の良い男がのらりと立ち上がろうとしている。

 だが、そんな大男の喉元に突然銀のナイフがギラリと光った。


「おっと、動かない方がいい。そのまま動くと喉を掻っ切りますよぉ?」

「……誰だテメェ……!」

「少しだけ人より運が良い、通りすがりの勇者さ!」


 ――ッゴ。っという鈍い音を立て、大男はでかい図体を地に伏せさせた。


「ハハハッ……。遅かったじゃねえかラッキー!」


 してやったぜと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、ラックはナイフをしまう。


「ちょっとばかしお昼寝してましてね。あと、僕の名はラックです。師匠!」


 ラックの姿を見て気が緩んだのか、張り詰めていた気力が一気に抜けていく――――――――。


 ―――――――――イディア……。


「む、無敵兄さん!?」

「あっ! 師匠!」


 ……全力は出し切った。

 俺はヨボヨボになった体で大の字に寝転がり、ショボショボする目で天井を仰ぐ。


 そして、そっと呟いた。


「会いてえなぁ……」


 ◇


「…………」


 次に俺が眼を覚ますと、いつの間にかカマ屋敷に戻っていた。


「あ、無敵ち起きた! やっほ!」

「師匠! よかった!」


 ラックがあの後運んでくれたのだろう。もう慣れ切った体の倦怠感を遮り、俺は上体を起こして反射的に枕元の煙草を探す。


 そんな最中、ベッド横のテーブル上に華が飾られているのが見えたのと、その花瓶の元に封書が置かれている事に気付いた。


「……まさか香典じゃねえだろうな?」


 徐にそれを取り、広げてみる。


「師匠、実は……二日程お休みになられている間に……」

「あ、その華とお手紙ね! 顔色が悪そうな男の人が昨日持ってきたんだ!」


 封書から紙を取り出そうとしていた俺の手が、エメの言葉を聞いて止まる。


「なんだと……?」

「どうやら師匠に追尾魔法が掛けられていたみたいでして……。ですが敵意がないと何度もナディさんに仰ってましたよ」

「お前は大丈夫だったのか?」

「不甲斐なくもその間、僕は屋敷の床下に隠れてました……。ハハハハ」


 どうやら眠りこけている間、インツの野郎が此処に来たらしい。

 だが、ラックもエメも屋敷も無事な辺り、本当に敵意はないのだろうが……。


「まさか殺害予告とかじゃねえだろうな……」

「ナディがかなり念入りに調べてたから大丈夫だと思うよ?」


 俺は固唾を飲んでゆっくり封書から紙を取り出して開くが、エメが言ってた通り異世界文字が長々とつづられている。


 ……読めねえ。


「おいラック。何て書いてあんだ?」

「師匠まさか字が読めないんですか!? スラム出身の僕だって読めるのに!?」

「エメも読めるよ!」


 説明するのもめんどくさいし、何よりまだ頭がぼんやりしてるので俺はそのまま手紙をラックへと渡すと、神妙な面持ちを浮かべてラックは文字へと目を泳がせる。


「えー……何々……。拝啓、安村無敵様……」

「ラック。要点だけ伝えてくれ」


 長ったらしい手紙は、二日ぶりに起きた脳味噌には勘弁だと思い端折らせる。


「えっと、例の酒場にて待つって書いてありますね。日付は……今日の夕刻……」


 俺はそれを聞いてベッドから急いで足を下した。


「まさかあの野郎、まだ懲りてねえって訳じゃないだろうな……」


 焦る気持ちばかりが募るが、やっぱりヨボヨボじゃ身体がついて行かないようで、急に動いたせいか直ぐに息があがっちまう。


「ふぅ……。ふぅ……。くそっ……」

「無敵ち! いっぱい怪我して帰って来たんだから、急に動いちゃダメだよ!」

「そうですよ師匠! 一応ナディさんが裏口から入れた魔法治療士の回復魔法を受けてるとしても、かなりの深手だったんですから!」


 こうなりゃ、もう一本葉巻を使ってでもエディアの元へ駆け付けてやる。

 そう思い、よろよろと壁に掛かる上着の元へ辿り着いた時だった。


「あら無敵ちゃん。生きてたのね?」

「あ! ナディ! 大変だよ! 無敵ちが酒を飲みに行くって言って聞かないの!」

「え、エメさん、それは語弊が……」


 壁に手を付いたまま、俺は首だけ出入口へと向けるとナディがにやけた面で立っていた。

 今日は男の恰好してやがる。コロコロと忙しい奴だと思いつつ、俺は呼吸を整えるべく大きく深呼吸し、呪詛と共に吐き出す。


「生きちゃ悪いか腐れオカマ」

「ふふん。ふふふーん。なんとでも言いなさ~い」


 やけに上機嫌な様子で歩いてくるオカマ野郎に、俺はそのまま怪訝な眼を向け続けた。


「なんだよ。気味が悪い……どうなってんだ?」

「インツさんと密かな商談を結んで、昨日から機嫌が良いんですよ。ナディさん」


 ボソッ。とラックは俺の元に駆け寄って耳元で囁くと、ナディに聞こえていたようで男の様相に反し、女っぽい動きで手の甲を口元に運んで高らかに笑う。


「いやぁ! 大儀も大儀よ無敵ちゃん! まさかあの知恵の勇者を懐柔するだなんて!」

「かいじゅーって何?」


 身に覚えがない事を言われてもしょうがないので、呼吸も整った俺は上着を羽織る。

 俺は何一つ奴を矯正することなんてしちゃいねえけど、今分かる事はあまり焦らなくても大丈夫という事だろう。


 ……だが、自分の眼で確かめるまではまだ安心できねえ。


「あ、それと。無敵ちゃんに迎えが来てるわよ」

「だれがお迎えだよ……。まだ死なないっての」

「インツよ。知恵の勇者インツ様。さっきから屋敷の敷地で待ってるわ」

「……なんだって?」



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