二十三話 想い
「仮に安村無敵が生きていたとしても七十後半のはず……。あれはいったい……」
エディアの隣に佇むインツは、次々と薙ぎ払われる手下を目前に声を漏らしていた。
「わからないよ……どうなってるんだか……。本当に……」
その独白を拾い上げたのか、エディアも小さく声を漏らす。
「本当に…………あの頃の……まま……」
――――。――――――。――――。
「いてっ……おい! もっと優しくしろ! お前には愛嬌ってもんがねえのか!」
「我儘言わないの。また直ぐそうやって喧嘩して。ばっかじゃないの?」
「おい! イディア! 治療魔法かけてくれ! こいつの手当て荒くてよぉ!」
「ふふっ。たまにはエディアちゃんにお説教してもらわないとね」
「……エディア。お前が困ってても、俺はぜってー助けてやんねえからな!」
「そんな事は一生ありませんからご心配なくーっだ!」
――――。――――――。――――――。
「――――本当に……。本当に、兄さんだ……」
エディアは無敵の姿を見て、懐かしき過去がいくつも脳裏を過っていた。
楽しかったあの頃。忘れてしまいそうな程遠く色あせた記憶が、無敵の背を見るたびに鮮明に蘇ってくる。その度、記憶の欠片は色を取り戻し、雫となって頬を濡らしていく。
だがエディアの目が涙にかすんでいても、あの頃のまま、安村無敵は戦っていた。
「野朗! グオォッ!」
「知恵ってのは名ばかりかぁ? おい! 退屈すぎて眠っちまいそうだぜ!」
「……なるほどねぇ。伝説の素手勇者ってのは、本当らしいですね」
最後の一人が倒れた時。
インツは不気味な笑みを浮かべると、腰に携えた魔導書を展開させて呟いた。
「アイス・スピアァー」
◇
強烈な痛みが俺の左肩を貫き、猛烈な熱さを感じたかと思うと直ぐに全身が凍っちまいそうな冷たさが傷口から迸って行く。
「っく……!」
肩部に深々と突き刺さるツララを目の当たりにして、俺は瞬時に理解した。
……魔法だ。早く引き抜かないと、全身が凍っちまう!
「うっ……おおおおおおお……!」
ズルリとツララを引き抜き、投げつける様に向こう側へ捨てると、ガラスが割れたような音が響き渡って行く。
あと数秒遅かったら俺の左肩から下は粉々だった訳か。
「伝説の勇者、安村無敵……。良いものを見せて貰いましたよ。武器を使わず素手だけで数々の魔族を屠ってきたと言う話は、どうやら本当らしいですね」
インツが薄ら笑みを浮かべ、嘲笑したように手を鳴らしていた。
「ようやく知恵っぽくなってきたじゃねえか? 心配してたんぜ? 馬鹿ばかりでよ」
「私の貴重かつ有能な部下を、確証の無い噂の為に動かす訳がないでしょう? こいつらは金で雇った傭兵共ですよ。貴方のおかげで金を払う手間が省けましたがね」
まるで使い捨ての物でも扱ったような物言いに、俺は怒りが込み上げてくる。
「決めた。お前は三回殴り飛ばしてやるぜ……!」
「殴り飛ばす? 理解できない。伝説の素手勇者安村無敵。武器も持たず、防具も装備せず、一人で正面から乗り込んでくる……。私にはただの馬鹿にしか見えない」
小馬鹿にしたように嘆息し、インツは首をやれやれと振る。鼻につく野郎だ。
「今時ね、強さが売りの勇者や戦士なんて、役立たずの時代遅れなんですよ」
「なら、試してみようじゃねえか……! 拳と魔法、どっちが強いかをよ!」
痛む左肩を押さえて気合を入れる。こんなへなちょこ魔法で動かせなくなる程、俺の身体は軟じゃない。なんとしても、こいつだけはぶっ飛ばさなきゃ気が済まねえ。
「……自分は死なないと思っているのか? 現実に目を向けて見ましょうか。どんどん血が流れている。今に立っていられなくなりますよ?」
「ゴチャゴチャうるせえ! 魔法が怖くて勇者張れるか! 女さらって寄ってたかっていたぶる様なクソ野郎には、俺の拳だけで十分だ!」
「では、馬鹿は死なないと治らないと言う説を立証してもらいましょうか」
地を蹴り上げ、一気に距離を詰め寄る……!
奴が詠唱を唱え終わるまでに、この拳を叩きつける――――!
「うおおおおおおおおおおおおお! 届けえええええ!」
「……アイス・スピアァ」
◇
――――姉さん。あたしだってね、いい男を見つけようと思ったさ。
見つけなくちゃって……。ずっと、ずーっと……気づいたら五十年よ?
それなのに姉さん。
無敵兄さんと世界の存続を掛けた戦いに出かけちゃって、あんな戦いが嫌いだった姉さんがだよ?
それなのに、勝手に一人で死んじゃってさ……。
本当、姉さんの馬鹿。無敵兄さんの事、独り占めしちゃって……。
そうよ、いい男なんて見つかりっこないのよ。
無敵兄さん以上の、いい男何て…………。
…………好きよ、無敵兄さん。
「――――――――エディアアアアアァァァァァァァァアアアア!」




