二十四話 怒り
――――刹那。俺の目の前に、エディアが飛び込んで来た。
時が止まったかと思う程、その光景は鮮烈に目に焼き付き、エディアはツララに貫かれると、ゆっくり……ゆっくりと、その身を地に叩きつけていた。
ほんの一瞬の出来事だった。あまりにも突然の事に、反応できなかった……!
「……なぜだ」
敵の目前だと言うのに、俺はエディアへと駆け寄る。
「エディア! 何やってんだお前は!」
エディアの横腹を勢いよく貫通したツララは軌道をずらしたのか、壁際で弾ける音が響き返ってくる。だが、溢れんばかりの鮮血が俺の手を濡らし、足元のどす黒く生暖かい水たまり作り上げて行く。
「な……に……。って……兄さん……」
随分と痩せ細った手を俺が握ると、ギュッと握り返し、エディアは余す手を静かに伸ばして俺の頬を優しく撫でた。
「死んじゃ、嫌だよ無敵兄さん……」
「人の心配してる場合じゃねえだろ!」
「フフッ。慌てた無敵兄さんの顔……。初めて見た……。不思議……ね」
「喋るんじゃねえ! 直ぐ病院に連れてってやる!」
「無敵兄さんが、昔のまま……いい男に見えるよ……」
そう言い残すと、エディアはゆっくりと瞼を閉じた。
「……逃げて兄さん……。無敵兄さんは、生きなきゃ……」
……まだ微かだが鼓動は有る。しかし今にも消えてしまいそうだ。
「ふざけんなよエディア。一人残して逃げるなんて男が廃るぜ……!」
「昔のまま、本当に……馬鹿……なんだから」
エディアの呼吸が浅い。時間は……もうねえ……。
「おい。クソガキ。お前知恵の勇者だろ。今のうち治療魔法をかけてやれば、この怒りは飲み込んでやる。選べ……!」
静かにエディアを置き、俺は手のひらに血がにじむ程、拳を固く握り込んだ。
「余計な事をしたその女の自業自得ですよ。魔力の消費が最低限で尚且つ殺傷能力の高い魔法を詠唱しているんだ。後万発は撃てる。状況は何も変わらないんですよ」
――――完全に。
「この野郎おおおおおおお! もう許さねえ!」
――――ブチギレた。
「……幻滅しましたよ。安村無敵」
小さな粒が一瞬光ったかと思うと、俺の右ふくらはぎを貫く。
瞬時に痛みが広がり、俺は膝を着いた。
「うお……っ!」
そんな跪く俺に、インツは淡々と言葉を投げかける。
「私はね、伝説の勇者。どんな相手にも構わず素手で殴り飛ばすと言う貴方に、少なからず興味を持っていましたよ。一体どんな男なのだろう、ってね……」
「ハァッ……ハァッ……ック!」
立ち上がろうにも力が入らない……。
動け……動いて、奴の顔に拳を叩き込め……!
「その男は、思いもよらない信念や哲学が有って、あえて素手で臨んでいるのか……私はね、とても会ってみたいと思っていましたけど、蓋を開ければなんて事はありませんでした。とてもガッカリです」
「インツてめぇは……理屈っぽいだけの只のガキだな」
「爺さんみたいな物言いですね」
動け……! 俺の足! 俺は、俺は安村無敵だ!
「行くぞオラァ!」
「……ライトニング・ホーク」
胸骨の下を、インツの魔法である青白い稲妻が駆け抜けていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああ!」
全身が痺れ、筋肉と言う筋肉が悲鳴を上げ、俺はそのまま地に伏してしまった。
「突っ込んでくること以外脳が無い。勇者ゴッコをしているその辺の馬鹿や冒険者と何一つ変わらない。勝負はもうついているんですよ。安村無敵」
本の一瞬だけ意識を失っていたようだ。
目を開けると、咥えていた葉巻が目の前で転がっている。
早く咥えようにも、上手く腕が動かない。まだ痺れているんだろう。
――なら……。気合で動くしか―――――ねえ!
「……何故、まだ立てる?」
「は……ははは……死ぬのが怖くて、勇者できるかよ……!」
膝の感覚も、手足の感覚も薄い。
血を流し過ぎたせいか、痛覚はもうない。
「何故、立ち上がる……! 不死身なのか……こいつは……!」
「俺は許せねえ奴はどんな相手だろうと許せねえ……! 俺が居なくなった五十年ですっかりクソ見たいな世の中に成っちまった。それは俺の責任かもしれねえ。けどな、そんなクソが目の前にいるんだったら、俺は迷わずぶん殴りに行く……!」
足元がおぼつかない。立っているかさえも分からねえ。
けど、俺が殴ると決めたら殴る。絶対に俺は、二度と諦めやしねえ!
「魔法如きでなぁ、俺の魂は殺せねえんだよ!」
「ならば死ぬまで叩き込んでやるまでですよ……! 安村無敵!」
「歯ぁ食いしばれよ! クソガキィッ!」




