二十一話 火急
「……エディア」
店に辿り着くまで、若けりゃものの十分もしないで辿り着けだろうが、存外年寄りの足腰だと時間が掛かっちまった。途中ラックが馬を手配してくれなかったら、もっと掛かっていただろう。
けれど……遅かった。
既に、店内は荒れ果てていやがった……!
「し、師匠!? これは一体……!」
雑然とした店内を見て、俺の背後に居たラックは驚愕する。
「も、もしかして僕……とんでもない失敗を……?」
「お前のせいじゃねえ」
「じゃあ一体、この惨状は……!」
「生きてりゃ誰だって過去がある。けどな、他人が触れちゃいけねえ過去を、あいつは強引に土足で踏み入ろうとしたんだ……!」
許せねえ。穏やかに生きる弱い人間を、あいつは今にも踏みにじろうとしているんだ。
「ラック! まだインツの動向を部下って奴に探らせてるだろうな!?」
「はい! 先程リンク・クリスタルで連絡を取った所、中央から外れにある倉庫へ向かったそうです!」
畜生……。どうしていつも、弱い奴が馬鹿を見る。
ただ静かに生きてるってだけで……。悪い事は何一つしちゃいねえ。
そんな外道を、俺は絶対に許さない……!
「まったく、本当に……クソみたいな世の中に成っちまった」
「師匠! 一服してる暇何てありませんよ! 直ぐに馬を……」
――――――――ドックン。と脈打つ鼓動。
体が熱い。体内の血管が焼き切れそうな程に……。
心臓が千切れそうだ。雷に打たれた見たいな感覚だっ……!
「しっ!? 師匠!? どうしたんですか!? 煙草の吸い過ぎじゃ……!」
――――力が溢れてくる。体が、嘘みたいに軽い。
「し、師匠!? そうやって若返れるんですね!」
「……ふぅ。待ってろエディア。直ぐに助けに行く……!」
――――エディアの過去は、汚させねえ。
◇
「ちょっとちょっと! もっと早く走れないんですか!?」
「おいおい! 只の行商ウンマー車だぜ、あんちゃん! それにこんな石畳の上を全力でウンマーを走らせたんじゃ転倒しちまうよ!」
ガタガタと激しく揺れ続ける馬車の荷台から身を乗り出し、ラックは慌ただしい様子で御者へと声を大にしていた。乗り心地は最悪だが、若い俺のケツと腰には屁の河童よ。
「大丈夫さ。エディアは簡単には死にはしねえよ」
「師匠は心配じゃないんですか!?」
「年季の違いって奴さ。逆になんでお前が慌ててんだよ」
「そ、それもそうですけど……」
ふと恥ずかしくなった様子でラックは荷台へ座り込む。これも若さって奴だろうな。
「けど師匠。インツさんは師匠を捜しているんですよ? そこにこっちから乗り込むってことは、インツさんの思うつぼで危ないんじゃないですか……?」
そんな事は百も承知で当たり前田のクラッカーさ。
けど、しのご言ってられる状況でもねえ。
「それでも……行かなくちゃならねえ時が男には有るのさ」
敵がいくら精鋭だろうが、強大だろうが、俺はもう諦めねえと誓った。
「ふふっ……。そう言うと思いましたよ。やっぱり若い時の師匠痺れます!」
待ってろエディア。お前だけは絶対に助けてやる。
◇
「ついたぜ、あんちゃん達」
「ありがとうございます。何度も釘を刺すようですがこの事は……」
「ったりめえよ。こんだけ貰っちまって、それこそ罰が当たるってもんさ」
仄かな月明かりに照らされる金貨を握り、行商人の男はニッカリと笑う。
この街に滞在するのも今日までだというし、大丈夫だろう。
「さ、師匠! 行きますよ!」
「ああ……!」
馬車の荷台から降りて、ほんの数分歩いた街はずれの片隅にその建物は有った。
辺りには同じような建物の棟々が並んでいる。恐らく工業地帯の資材関係や備蓄物を一時的に保管する場所なのだろう。人気はおろか、街明かりすらも届かずとても暗い。
「情報によると、この倉庫が知恵ギルドの所有する場所だそうですが……」
「おいラック。ここからは俺一人で行く。お前は此処で待ってろ」
だが、ラックは闇夜に紛れ、鈍く銀色の刃を月明かりに光らせていた。
「何言ってるんですか師匠。元々あなたに拾って貰った命だ。地獄の底ま――――」
唐突に、俺は何の前触れもなくラックのみぞおちに拳を叩き込む。
こいつなりの義理の返し方なんだろうが、若い奴が死に急ぐ事も無いさ。
「――――し、しょ……。う……?」
「臆病な奴だと思ってたが、少し見直したぜ。けど、ガキはおねんねの時間だ」
忽ちぐったりと力が抜け、俺の腕にもたれ掛かるラックをゆっくりと寝かせる。
「心配すんな。小便垂れる前には起こしに来てやるよ……!」
◇
――――。――――――――。
「エディアちゃん。無理してお父さんがやってた仕事継ぐ必要ないのよ?」
「いいのよ姉さん! あたしは姉さん見たいに魔法の心得が有るわけでもないし、ほら、頭も良くないじゃない? だから、酔っ払い相手に愚痴聞いてるくらいでちょうどいいのよ! それにこの仕事も、あたし嫌いじゃないんだ」
「教会の仕事の暇見つけたら、手伝いに来るからね?」
「もー! 心配いらないって! 姉さんは姉さんで忙しいんだから、無理しないの!」
「けど、いつまでもこの仕事続けてちゃだめよ? さっさと良い人見つけて、女の幸せ掴むって言うのもいい話だと思うけどね」
「アハハハ! 姉さん。良い人なんて、そうそう現れないんだよ」
――――。――――。




