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二十話 魔の手

「はぁ? 知恵の勇者に会ったですってぇ!?」


 昼も過ぎて、夕方くらいだったと思う。重い体を起こし、ベッドの上で煙草を吸いながらぼんやりしていると、四日ぶりにオカマが俺の部屋に顔を出したので、昨晩の事を話したらこれだ。


「うるせえ。いちいち反応が大げさなんだよお前は……」


 どこで何をしていたのか、前に見たときは普通の恰好だったのに今は化け物見たいな面容とお立ち台にでも上がる様なド派手な服を着てやがる。


「ほんっと! 無敵ちゃんったらその謎の引きの強さなんなわけぇ!? 知恵の勇者って言ったら、滅多に表舞台に出てこない超大物じゃないの!」


 俺も歳を取って多少耳の聞こえが悪くなっているが、ガミガミとオカマの鳴き声はそんな事を忘れさせるほどキンキン響いて行く。


「そんな奴が小汚く古びた酒場に一人フラッと来たんだとさ。俺を探してな」

「まさかと思うけど、殴り飛ばしてないでしょうね?」

「そこまで俺もヤキは回ってねえよ……。んで、久々に顔見せに来たのは何の用だ?」


 するとナディは化粧で真っ黒になった目を細め、俺を睨みつけると嘆息した。


「警告と報告に来たのよ」

「警告と報告だぁ?」


 俺が首を傾けていると、ナディは分厚い胸元から丸めた紙を取り出し、ベッドに座る俺の膝の上に置くので、何気なく俺はそれを広げてみる。


「先に警告から。今、巷は安村無敵の噂で持ち切りよ。あの居住区小規模崩落も、今の王政に不満を抱く反王政主義者達が安村無敵の名を借りて行ったって言う、根も葉もない尾ひれの付いた噂がセットでね」


 何気なくその紙を広げてみると、大小様々な異世界文字と絵が添えられて描かれている。

 これは俺の世界で言う新聞記事見たいなもんだ。


「わりいが、俺はこの世界の文字何て殆ど忘れちまったよ。何て書いてあんだ?」

「さっき述べた通りよ。そういえば別の世界から来たとかどうとか、だったわね」

「なんだよ、ケツ拭く紙にもなりゃしねえ」


 そのままクシャクシャと丸めて投げ捨てるが、気にせずナディは話を続ける。


「発行元が王政である以上、ラックちゃんの責任なんて間違っても書ける訳ないし、情報操作はお手の物、奴らの常とう手段って所ね」

「それが何の警告になるんだよ?」

「そうすることで無敵ちゃんを炙り出そうとしているって警告」


 つまり……どういうことだ? 

 まだ昨日の酒が残ってるせいか、頭がまともに周りやしねえ。


「あーあー、ヤダヤダ。これだから学の無いジジイは嫌なのよ。良い? これから街中で騒ぎが起きる度、安村無敵の名を出せば民衆は更に真実を知りたがる。つまる所、注視する目がその分増えるのよ。王政だって安村無敵の存在の有無を知りたがってるのね」


「逆に好都合じゃねえか? ナルグ王に俺の存在と名が届けば、ビックリ仰天するぜ」


「は・な・し・! 聞いてたのかしら!? あまり派手な事やらかさないでって言う警告をしに来たの! 無敵ちゃんと元勇者のラックちゃん。そして魔族の不正所持の諸々。我が家は最早犯罪の宝物庫なんだから開けられちゃ困るの!」


 俺の言葉を聞くなり、ナディは大口を開けてギャアギャアと鳴きながら反論してくる。


「ああ、分かった分かった……。それで、報告ってやつは何だ?」


 するとナディは怪獣のように喉を豪快に鳴らしながら咳払い。


「この間のポーションの出所が割れたわ」


 と、ナディは先程より深刻そうな面持ちで言う。


「なんでわざわざ、俺に報告を?」

「大本を辿れば、このポーションの開発元は器用の勇者率いる器用ギルドだった。そこからは第三者、器用ギルドが破棄した粗悪品のポーションを拾って、ならず者達が小銭稼ぎに魔法治療を受けれない貧困層の人々に流しているのが現状よ。薬漬けって奴ね」

「……へぇ? くせえ話じゃねえか」


 このご時世。大怪我すりゃ治療魔法で治るし、わざわざ使い方を間違えれば廃人化するポーションなんて作る必要はないだろう。あれは戦地や魔法治療が受けれない時の為の緊急手段見たいなもんだ。


「そしてポーションの出所を探っている内に、奇妙な真実に辿り着いたのだけど……」


 恐らくこっちが本題だろう。

 そう思い、俺が煙草をもう一本取り出して咥えた時だった。


「師匠! 大変です!」


 バンッと勢いよく開く扉の先、息を切らしたラックが血相を変えて駆けつけてくる。


「な、なによヤブカラボーに?」

「あ、ナディさん! そんな事より師匠! 大変な事になりました!」


 肩を揺らし、ゼェゼェと呼吸を整える間もなくラックは一息でそう言うと、膝を着いてその身を揺らしていた。


「まぁまぁ、落ち着きなさいな。ほら、お水」

「ありがとう、ござ、います!」


 只ならぬ様子に、咥えていた煙草が落ちちまった。まさか、後をつけられたって事はないだろうが……。ナディの奇妙な真実と言う言葉も、そんなラックの様子を目の当たりにして、俺の頭からはすっかり抜け落ちていた。


「んで、何が大変だって?」


 ようやく落ち着きを取り戻したラックは、潤した口を開く。


「豪運ギルドの信用ある部下にインツさんの動向を探らせていた所、知恵ギルドの数人を引きつれて裏通りにある、古臭い酒場へと脚を運んだそうです……!」


「……! おい、それは本当か!?」


 そんな身を乗り出す俺の一方、ナディは冷静にラックへ訪ねる。


「ちょっと待って頂戴。豪運ギルドの部下って言ったけど、どういう事かしら?」


 ラックは一瞬気まずそうな表情を浮かべるが、直ぐに反論する。


「彼は僕と同じスラムからの出身です! 現に、今もこうしてこの屋敷に王政機関が乗り込んでない事が証拠ですよ! とにかく、僕が一番信用している部下であり、友達であり、兄弟のように一緒に育ったんだ……。絶対に大丈夫です!」


 男と男の信用か。このカマ野郎は半分女が入ってるから解らねえだろうが、その友情は鉄よりも硬い事を俺は知ってる。きっと、心配はいらないだろう。


「……少し出るぜ」


 しかし、オチオチしてられねえ。

 ただあの店が気に入って、仲間引き連れて酒盛りって質じゃねえだろう。


「ちょっと! 無敵ちゃん!? いい? くれぐれも……」

「分かってるよ。夕飯までには帰るぜ。おい、ラッキー。ついてこい」

「はいっ! お供いたします! あと僕の名前はラックです!」


「な、なんだいアンタ達! あたしをこんな所に連れて込んで!」


 エディアは膝を着かされ、唐突に目隠しを外されると周囲を見渡しながら叫ぶ。


「なんだい……昨日のお客さんじゃないか」


 物々しい男達数人の中に混じり、昨晩見た紳士的な客がエディアの眼に入った。


「まさか、あたしに惚れこんでこんな強引な手を使おうって? あたしもまだまだ捨てたもんじゃ――――」

「うるせえぞ! ババア!」


 ――瞬。

インツの周りにいた男の一人が、エディアの胴体部分を蹴り上げた。


「……ヴッ!」


 当然、老体であるエディアには強すぎる衝撃であり、その身を地へと叩きつける。


「必要ならば、どんな事でもやる。それが私でしてね……」

「あぁあっ!?」


 エディアが手を付いた先、インツは彼女の手の甲を靴底ですり潰す様に踏みつける。


「安村無敵を捜している。お前は何かを知っている。理由はそれだけです」

「あああっああああああ……!」


 悲痛な声が、荒涼とした室内に響き渡るが、インツはエディアの手を踏みつけたまま、淡々と見下ろして尋ね続けた。


「泣こうが叫ぼうが無駄です。ここは知恵ギルドが保有する街はずれの倉庫でね。誰も助けに来ない。話すしかないんですよ。エディアさん?」


 そしてインツはゆっくりとエディアの顔を覗き込み、彼女のかっくびを掴み上げる。


「さあ。寿命は貴女が決める時ですよ……?」


 するとエディアはインツの手を振り解き、真っ直ぐとした目で高らかに叫ぶ。


「死ぬのが怖くて女一つで五十年も店やってないさ! 大賢者の妹エディアを舐めるんじゃないよクソガキ!」


 精一杯のエディアの牽制。

しかし、それは焼け石に水であった。


「……残念だよ。エディアさん」


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