十六話 円卓
豪運の勇者が姿を消した」
絢爛豪華な室内とは裏腹に、一人の発言によって空気が張り詰めて行く。
大きな円卓を囲む残りの四人は、その言葉がどういう意味かを理解していた。
「僭越ながら守護の勇者デフよ。それは即ち、例の石も。という見解でよろしいのかな?」
守護の勇者を中心とした円卓の左、九時方向。俊敏の勇者アギィは事務的に守護の勇者デフへと尋ねると、デフはアギィの正面に当たる三時方向の男へ目を向ける。
「インツ。説明を頼む」
「承知しました。豪運の勇者が姿を消したのは六日前。ちょうど、城下居住地区小模崩落の最中にラックの姿を見たと報告されています」
「そりゃ本当か? それじゃ、あの崩落はラックがやった事だと?」
インツと呼ばれる知恵の勇者がそう述べた後、インツの斜め向かい側である十一時方向に座っていた男が威圧的に尋ねた。
「仮にあの日、偶然私達勇者や警備兵の対応が遅れた原因が豪運の能力が作用していると仮定するのなら、意図的に石を持って失踪した可能性が高いでしょう。もし反勢力や魔族の介入ならば、すんなりと私達や警備兵が現場に直行できたはずです。彼はまだブレイバーになって日も浅く、救助を求めていれば状況は大きく変わっていたかと予想されます」
「相変わらず長ったらしく話しやがって。まぁ、裏切り者が出たんなら俺の仕事さ」
力の勇者ストールは退屈そうに円卓へ乗せていた足を下すと、そのまま立ち上がる。
「待て、ストール」
「ああ? なんだよデフ」
ストールが円卓の縁に立て掛けた剣を手に取った時だった。デフより唐突に呼び止められ、ストールは怪訝な眼を向けた。
「恐らくインツの言う、意図的に石を持ち去った線が濃厚ではある。しかし、もう一件奇妙な報告があってだな」
「デフ。てめーはいつも前置きが長い。さっさと本筋を話せ」
「……安村無敵を名乗る人物の声を、近隣住民が聞いたそうだ」
ピリピリと張り詰めていた空気が更に張り詰め、円卓に座る勇者達は小さく声を漏らしていた。だが、そんな空気に反してストールは高らかに笑う。
「伝説の勇者安村無敵だって!? バカバカしい。そりゃ五十年も前の話だろうよ」
「だが、現に豪運の勇者は意図的に失踪、またはその安村無敵に連れ去れた可能性が府度される。私もバカバカしい話だと思うが、調査が必要だ」
デフが諭す様にストールへと言うと、そのままデフの正面、六時方向に座っている寡黙な男とインツへ、交互に目が向けられる。
「この調査を、インツに任せたい。デクスは引き続き例の偵察任務を続行してくれ」
「…………了解」
「良いでしょう。その伝説の勇者安村無敵。非常に興味深い話だ」
「カッー! 退屈だぜ、全く。知恵と器用は地味同士仲良くやってな」
ストールは呆れたように自身の剣を担ぎ、王城の一室を後にしていく。
「勝手な奴め。デフ。復興支援の件に関する会議は良いのですか?」
そんなストールが完全に居なくなった後、インツはデフへと尋ねた。
「奴は戦い以外に興味がない男だ。それに復興は私達の仕事ではない。金を稼ぎたい連中が勝手にやるだろう。今は来るべき日に備えて、刃を研いでいればいい」
「まったく、品が無く荒々しい男だ。彼が序列二番なのが疑わしい」
アギィはサラリと前髪を掻き揚げ、やれやれと首を振る。
「……奴は魔王討伐作戦の一番の要でもある。現に石の覚醒も私より先に成せた男だ。好きにさせておけ」
「しかしデフ、伝説の勇者の一件……。まさか信じておられるおつもりで?」
そのままアギィはデフへと尋ねると、デフはほくそ笑んだまま鼻を鳴らす。
「まさか。だが、仮に豪運の勇者が打破されたとするなら相当の手練れだ。血縁か、息子か、はたまた意思を継ぐものか……。どちらにせよ警戒し、石の奪取を最優先事項とする。空いた豪運の席は石を奪取次第、次期後任者を決定しよう。代えはいくらでも利く」
「承知」
「承知」
「……承知」
「ハァッ――――ックショイィ!」
夕刻前。ナディの屋敷。
すっかり此処の居心地にもなれた俺は、自室として与えられた客室のベッドで大きくクシャミをしていた。
「畜生……。誰かよからぬ噂してやがるな……」
鼻をすすり、チリ紙で鼻を拭う。
この歳で風邪をひこうものなら生死にも関わってくる。気を付けねえと……。
「師匠! お茶をお淹れしました。クシャミしてましたけど、風邪ですか?」
すると、豪運の勇者……。
いや、元豪運の勇者ラックがお茶を持って自室の扉から現れると、心配そうな面持ちでベッド横のテーブルに茶を置く。
「馬鹿野郎。俺が風邪ひく訳ねえだろ、ラッキー」
「ですよね! 後、僕の名前はラックです!」
こいつを殴り飛ばしてから……六日が経った。最初は情報を聞き出すだけのつもりだったが、目を覚まして直ぐ「王政に殺される」と泣きわめくもんだから、話を聞いてやったらこのざまさ。
変に懐きやがった。師匠なんて勝手に呼びやがって。
「大体、その師匠って呼び方止めろよ。気持ちわりぃ」
「僕が勝手に呼んでいるだけですよ! あっ師匠! 見てください茶柱!」
こいつが目を覚ましたのが四日前。ポーションの後遺症も見られず、その辺りは流石豪運ってところだろう。目を覚ましたと聞いた時、最初は抵抗すると思って火を付けず若返りの葉巻を咥えながら地下牢で対応したが、全てが杞憂に終わりやがった。
「しっかし。王政に関する有益な情報一つ持ってねえとは、とんだ外れくじだ」
若干の頭痛を感じながら、俺は湯飲みを置いて煙草を咥える。
王の居所は勿論、持っていた青色の石の意味だって分からないまま。頭が痛くなるのも当然だ。
「ハハハ……すみません。僕が豪運の勇者に抜擢されたのもつい数ヶ月の事でして、それこそ運以外のステータスはからっきし、抜擢されたのも文字通り運だけなんです」
わざとらしくラックは乾き笑いを浮かべると、俺の咥えた煙草に火を付けた。
元々豪運の勇者と言う席が出来たのも、ほんのここ最近の話らしい。
理由については不明、不明、不明の不明三昧。一つ言えることは、一度失敗した奴をそのまま置いてやれる程、王政や勇者は優しくねえって話だ。
だから必死こいて無我夢中。王政や他の勇者にバレる前に、シャカリキになってラックは石を取り返しに来たのだと言う。
「けどよ、運がいいなら街の外でも高跳びすりゃいいじゃねえか? 現に外へ出ても王政関係の奴等から見つかってねえんだから」
するとラックはギョッと顔をしかめる。
「今はまだ煙草のお使いに外へ出れますけど、月一の祝福を受けていない以上、この能力がいつまで続くかは分かりません。毎回結構ひやひやしてるんですからね?」
「祝福? 精霊とかそういう奴か?」
「精霊と言うか……人物ですね。巫女が月に一度、神卸しを行い、天より大いなる力を差付けられるんです。実際の現場は見たことありませんが、杯に注がれた聖水を飲み干せば、其々役割に応じた能力が付与されるって訳です」
宗教臭い話だが、この世界では普通にそう言った事が現実として行われる。
つまり、勇者達のそれぞれの力は紛いもんだと言う事らしい。増々気に食わねえ。
「僕が精霊の祝福を受けたのは丁度二十日程前、そろそろ効力も薄れてくる頃です」
「わざわざそんな大層な事やって勇者組織を結成する理由も謎なんだろ?」
「はい! まったく分かりません! そもそも序列最下位で研修勇者の僕には殆ど権限なんて無いので、円卓会議にすらほんの数回顔を出した程度なんです」
「威勢良く言う事じゃねえよポンコツが」
だからこそ、忠義も薄いってもんなんだろう。自分がどういう立場かも分かっていない以上、石を無くしたことで身の保身に走るのも当然か。
「だから、こうして匿って頂ける間でも、お屋敷や師匠の世話役として努めます!」
「猫の手よりマシな事を祈るぜ」
けど、関わっちまったもんはしょうがねえ。エメは雑だし痛てえし、あの腐れオカマは多忙で、会ったのもラックに事情を聞こうとした四日前が最後だ。
実際、身の回りの事を老体にムチ打ちながらやってた頃に比べりゃ、こうして世話をしてくれんのは悪くないってもんだ。
「あ、そろそろ夕飯の時間ですね。部屋まで運びますか? それとも食堂へ?」
「……いや、今日は良い。ちっとばかし寄る所があってな。出かけて来る」
若返った後の反動もすっかり回復したし、俺の感覚が正しければ今日は【あの日】だ。
「ひょっとして、この間煙草のお使いついでに僕が確認しに行ったあの店ですか?」
俺がベッドから足を下すと同時に、ラックは小走りで上着を持ってくる。
世の中の貴族や、日本の社長やお偉いさんってのはこんな感覚なんだろうか。
ムズムズしやがる。
「まあな。翌朝まで帰ってなかったら探しに出てくれよ」
「承知しました!」
ラックの持った上着を奪い取るようによそよそしく受け取り、俺は自室を後にする。
「あ、そうだ。花屋ってまだやってるよな?」
「ええ……恐らく?」




