表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/44

十七話 古巣

 ――カランッ。と、俺が扉を開くと玄関先に掛けられたベルが鳴る。


「あら、いらっしゃい! お客さん一人?」


 カウンター越しの女は俺を見るなり、何処か潤んだ目を向けて歓迎した。

 ……此処に来るのも、五十年振りか。懐かしい。

 あの頃と店の雰囲気は何も変わっちゃいないが、客はカウンターに一人だけ。

 この店も、随分と寂れちまったもんだ。


「よっこら。隣失礼するぜ」

「……どうも」


 俺が腰掛けるなり、隣の紳士的な男は小さく会釈する。

 ……一目で解った。こいつは只者じゃねえ。

 それを証拠に、カウンターの上には随分と分厚く古臭い本が置かれている。

 魔導士と言ったところだろう。それも手練れだ。


「泡麦酒をくれよ」


 だからと言って事を荒立てるつもりもない。

 それこそ俺がバリバリの現役だった頃は冒険者や魔族ハンターと言った、屈強な男達がゴロゴロいたもんだ。年甲斐もなく血が騒いだんだろう。


「ハイハイ。お客さん何か変わってるねー? 街の外から来た人でしょ?」


 とっくに定年を迎えたくらいの女は口元のシワを歪ませて微笑む。

 俺の事が分からないのも当然か。

 あの頃に比べ、身長も縮んだし、体も枯れちまった。

 それに、この女以上に俺の顔はシワだらけさ。


「まあな、後これ」


 俺は徐に街の花屋で買った華を一輪、その女性へと渡す。


「……あら。スキャビオーサじゃない? ひょっとして兄さんってば、前にも来た事あるのかしら? オホホ、ごめんなさいね。もうあたしも歳でさ」


 酒場の美人名物看板娘と言われたエディアは、五十年前の……あの頃の面影を残したまま少し悲しそうに微笑むと、酒棚の小脇に置かれた小瓶へ華を挿す。


 その際、小瓶の隣にスキャビオーサの花束が挿された花瓶と、その花瓶の元に随分とボロボロに色あせた腕輪が目に入った。


「随分と昔々の……お前の姉さんに惚れてた男の一人さ」

「ヤダッ! 兄さんそうだったの? 姉さんったらあたしに負けず美人だったからね!」


 異世界の花。スキャビオーサ。紫色の小さい花弁がいくつもついた華。

 これは、イディアが好きだった華だ。


「まったく。ほんと……羨ましい人」


 すっかりシワの深くなった目尻を下げ、エディアはイディアの腕輪を眺める。


「ああ、ごめんなさい。あたしったらボーっとしちゃって」


 そして気を取り直したかのようにエディアは笑顔を取り繕い、仰々しく泡麦酒を樽杯へと注ぐと俺の前に置いた。


「失礼。今日は身内の方の命日だったんですね」


 ふと、一連のやり取りを見ていた男が、エディアに声を掛ける。


「ごめんなさいね。お客さん初めてなのに辛気臭くなっちゃって」

「気になさらず。こちらこそ突然押しかけてすみません」


 隣の男は穏やかな口調で答えた後、席を立つ。

 その声は、とても冷たく、恐ろしくも感じた。


「ごちそうさまでした」

「ありがとう! この辺りはゴロツキも多いから気を付けて帰るのよ」

 

 ――カラン。とその男は扉を開くと、玄関先に掛けられたベルの音と共に、夜の暗闇の中へ消えて行き、それを見計らった俺は泡麦酒を片手に顔を上げた。


「……今のお客さんは?」


 俺はなるべく声を潜めてエディアへと尋ねる。どうも、気がかりだ。


「さぁ? フラっと入ってきてね。それこそ昔は色々な人がひっきりなしにこのお店へ来てたけど、今は顔見知りばかりだから、少し気を使って疲れちゃったよ」


 突然フラっと……。俺は煙草の煙を吐き出し、泡麦酒を喉に流し込む。


「それに、どうやって調べたんだか……。安村無敵の事を根ほり葉ほり聞いてくるのよ、それも随分と昔の事をね。理由は分からないけどさぁ」


 飲み干した俺の樽杯にエディアは何も言わずに泡麦酒を注ぐと、自身のグラスにも瓶に残った泡麦酒を注ぎ、一気に飲み干していく。


「ヤダ。あたしったら。ふふふ、ダメね。覚えて無いにしても、何だか兄さんと話していると不思議ね。気が緩んじゃう」

「気にするな。それに、安村無敵って言えば……あの?」


 あの日……。エディアの姉であるイディアを救えなかった事に罪悪が有る俺は、なるべく自身の素性を明かさずに尋ねる。


「そーそ。姉さん連れて旅に出る前は、此処で用心棒やってたんだから。それこそ五十年も前の話で、知ってる人は殆どくたばってるか、生きてても飲みにも来れないヨボヨボだって言うのにね。珍しい事もあるもんだわ」

「……ああ、俺もこの歳だ。よーく知ってるさ」

「そうね。怖くて明日の心配もしていた時代だけど、良い時代だったよね」


 素性を明かせないのはもどかしい。そのもどかしさを、俺は酒と共にぐっと飲み込む。

 エディアも、行き所のない悲しさやもどかしさを酒に流しているんだろう。


「けど今時、珍しい眼をしてたお客さんだったね。まだ若いって言うのに」

「どうしてあの男を見てそう思う?」


 するとエディアは大口を開けて笑い、泡麦酒をぐっと飲み込んでいく。


「何となくねっ! そういう男は沢山見てきたんだ。何より、しょーもない勇者って人をずっと身近に見てきたせいかもね」



 …………何かが、引っ掛かる。

 そんな心の突っ掛かりを抱えたまま、インツは夜の裏通りを歩いていた。


「安村無敵を探っていて、あの店に辿り着いた……」


 街の商人や外から来た行商人。そして元冒険者やハンターや退役軍人。

 なるべく高齢の人間へ、人魔戦線を体験してきた人物達へ、聞き込みを続けている内に、あの店へとインツは辿り着いていた。


「それに、安村無敵と共に旅をした大聖者イディアの正式な命日。何かが……」


 当然、インツは店主であるエディアの素性も分かりきった上で、あの店へと脚を運んでいたのだ。記録では大聖者イディアの命日は七日後、それも聞き込みを続けている内に今日が本当の命日だと、先程の店主と年寄り客の会話でインツは確信を得ていた。


「大聖者イディアの命日。安村無敵の駆け出しの店、店主は大聖者の妹……」


 ボソボソと、インツは思考を張り巡らせ、独白しながら夜道を歩いていた。


「おい、あんちゃん。ボソボソ気持ち悪いな飲み過ぎたか?」

「そのナリは貴族だろ? いいよな。俺らは泥水啜ってる時にお前は高い酒か」


 ……もう一度、あの店に戻って素性を探るべきか。

 そうインツは判断し、ゴロツキの声など気にも留めず、踵を返す。


「……退いて頂けませんか?」

「退いてもいいけどよ、通行料払ってもらおうか」

「その綺麗な顔だと殴られた事もねえだろ? 泥水の味をたっぷり教えてやる」


 インツは小さく嘆息し、腰に携えた魔導書を開く。


「……これも王政が生んだ染みの一つか。ならば、染みは綺麗に消さなければ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ