第一章 神宮侑希 1
朝の六時、裕貴は目覚まし時計のけたたましい音で目を覚ました。アラームを解除した後、しばらく天井を見つめる。ただ、寝起きが悪いわけではないため、すぐに上体を起こして動き始めた。
リビングへ向かうと、半分だけ開いたカーテンの隙間から曇天が顔を覗かせていた。ダイニングの椅子に座るなり、リモコンでテレビをつけた。
「……今日は一日にわたって雲が広がり、さえない天気が続くでしょう」
天気予報を見ながらゆっくりを体をほぐす。見慣れた気象予報士が解説をしており、裕貴はそれを淡々と記憶していく。毎朝の日課だった。
しかし、今日はそんな日課に横やりが入った。定期的に夢見る遠い昔の記憶が、今日はしつこく思考を占領していたのだ。
今日は三番目の記憶を見た。裕貴にとってその記憶は別段大切ではないが、切り替えようとしても考えることを止められない。
どうして少女は怪我をしたのか。あの場所は一体どこなのか。疑問は次から次へと湧いてくる。しかし、何一つ解決することはできない。
記憶がしぶとくこびりついてきても、裕貴はそれを受け入れて諦める。考えても意味がないことはすでに知っている。意味のないことをする必要はなかった。
結局、裕貴が無心でテレビを見つめていると、記憶はゆっくりと去っていった。
次に裕貴を襲ったのは、ゴールデンウィーク明けの倦怠感だった。祝日が続いて早起きに弱くなってしまった。自堕落な生活の代償である。
しばらくして体がある程度軽くなると、キッチンに向かって冷蔵庫を開いた。冷蔵庫は一人暮らし用の小さなもので、野菜室やチルド室のような便利な機能はない。冷えたペットボトル入りの水を手に取って再び椅子に戻った。
裕貴は決して広くないマンションに母親と二人暮らしをしている。しかし、母親は仕事の関係で朝が早く、顔を合わせることは滅多にない。
食事は各自で準備することが決まっているが、お互いに料理をしないためこの家に食材はほとんどない。このような家庭環境から、朝食はいつも水だけだった。
空腹に苦しむようなことはなく、むしろ朝食によって体調不良が引き起こされてしまう。裕貴はこの生活に慣れてしまっていた。
時間をかけて水分を摂取すると、今度は身支度に取りかかる。とはいっても、制服を着るだけで準備の大半は終わる。ネクタイと五分ほど格闘した後、洗面所で最後の身支度を整えた。
一連の準備はたいてい十五分程で済んでしまう。余った時間はただテレビをぼんやりと眺め、昨日の出来事をその時に知っていく。この日は、都内での連続放火事件について取り上げられていた。
裕貴は緊張感を持って解説するアナウンサーを凝視し、どれほど大事なのかを見極めようとする。しかし、事件現場がいずれも裕貴の活動範囲から離れていたため、興味はすぐに失われた。
次は自分が被害を受けるかもしれない。それでも、そんなことにいちいち気を遣っていては日常生活は送れない。これも無駄なことである。
その後も大したニュースはなく、しばらくすると星占いのコーナーに入った。それを確認して裕貴は自室に向かった。この時間から荷物の準備を始めると、効率よく登校できるのだ。
持っていく物はそれほど多くはない。教材は学校に置いてあるため、持ち物は課題と貴重品だけである。軽い鞄を肩に提げると、定期と携帯電話、財布を所持していく。後は家を出るだけとなった。
裕貴が全ての準備を終えてリビングに戻ったとき、ちょうど星占いの一位が発表されていた。一位は乙女座で、ラッキーアイテムは教科書。裕貴はそれを見てテレビの電源を落とした。
星占いで一喜一憂するような年齢ではない。それに、占いなどデタラメの塊だと否定的な考えを持っている。乙女座の裕貴がラッキーアイテムの恩恵を受けることは絶対にない。それは疑う余地のない事実なのだ。
裕貴は靴箱の上の鍵束を鷲掴むと、学校指定の靴を右足から履いていく。小さく息を吐くと、玄関を解錠した。
雲に覆われ仄暗い大都会は、それでも喧噪に包まれている。何があったとしてもこの街は動き続ける。
代わり映えしない風景にも息を吹きかけて玄関を施錠する。気温の割に不快な空気が裕貴を包んでいた。




