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プロローグ2

 夢で見るこの記憶をいつどこで体験したのか、裕貴は全く覚えていない。ただ、暑い時期だった。


 裕貴は小学三年生か四年生のときだったと思い込んでいる。夢の中の景色がそう伝えてきているような気がしていたからだ。


 夢で見る記憶は全部で四つある。一つ目はどこかとある教室での出来事だった。


 裕貴はいつも黒板から遠くも近くもない場所に座っている。時間や周囲の状況を把握することはできない。夢の中ではいつも同じ場所を観察しているからである。視線の先には一人の少年がいた。


 顔にはモザイクのようなもやがかかっていて個人を特定できない。その理由は記憶の曖昧さに由来するのか、単に思い出したくないからなのかは分かっていない。


 その少年は手に何かを持って教室の端に走り、窓際の背の低いロッカーをよじ登り始める。そして、ロッカーの上に立つとその何かをエアコンの上に置いた。隠したという方が正しいかもしれない。その後、埃を手につけた少年はすぐにロッカーから降りて、教室の外へと出ていってしまう。裕貴は終始それを見ていた。


 夢だと知っていても気付くことはできない。裕貴は追体験をしているに過ぎないが、夢の中ではその瞬間が裕貴の現在となるのだ。


 少年が出て行った後、今度は一人の少女が教室に入ってくる。何かを探しているようで、教室のあちこちに視線を這わせている。目が覚めた後の裕貴は、その探し物が少年が隠した何かだと推測している。しかし、夢の中の裕貴がそれを教えることはしない。それは毎回のことで、そうして一つ目の記憶は終わる。


 二つ目の記憶も教室での出来事である。全く同じ場所に座る裕貴はいつものように教室の中を観察している。


 この記憶は少女が数人の少年に囲まれている場面から始まる。場所は黒板の隅あたりで、少女は壁を背に少年たちに迫られている。


 確認できるのは少年の後ろ姿と少女の表情だけである。ただ、表情といっても顔を認識できるわけではない。どんな感情なのかが漠然と分かるだけである。


 少女は泣いていて、少年の肩は小刻みに震えていた。


 少年は少女の口や喉を指差して何かを言い続けている。ただ、その内容も分からない。裕貴が視線を辺りに移すと、同じ光景を見つめる児童が数人いた。困った顔をしているが裕貴と同様に干渉しようとはしない。


 しばらくすると、視線は再び黒板の横に向かう。そこではまだ何かが続いていた。こうしてこの記憶は終わる。


 教室での二つの記憶に声や生活音は全くない。だからこそ、話の内容は理解できていない。しかし、三つ目の記憶はその点で違っていた。


 この記憶では音が聞こえる。始まりは車が多く走る大通りに架けられた騒がしい陸橋だった。


 時間は夕暮れ時で、それももうすぐ終わろうとしている。裕貴は手提げ鞄を持っていて、中には本が数冊入っている。陸橋を渡り終えた先の左手には自然の豊かな空間が広がっている。しかし、道路を挟んだ右手にはビルやアパートが連なっている。


 さらに少し歩くと左手に朱色の大きな門が現れた。近くの門柱には神社という文字が彫られている。しかし、名前までは読み取ることができない。


 開かれた門の先には木々に覆われた石畳の道が延びている。周囲はただの住宅街であるため、その光景は裕貴にとって異様だった。


 道の先には誰かが立っている。その少女は髪が長く、水色のシャツと白い半ズボンを着ている。また、足を引きずっていて歩き方がおかしかった。裕貴はしばらく見つめた後、小走りで薄暗い境内へと入っていった。


 少女に追いついた裕貴が顔を覗き込む。至近距離でも顔は分からない。それでも例の少女だということはすぐに分かった。


 少女は裕貴の顔を見て口を動かす。しかし、その声は裕貴に届かない。今では口の動きから名前が呼ばれたのだと推測している。


 「足をどうかしたの?」


 裕貴が尋ねると少女は涙を拭き取って笑顔を見せる。しかし、そんな少女の半ズボンを見ると、右の太ももあたりに赤色のシミが滲んでいた。


 「怪我したの?」


 少女は問いかけに小さく頷き、裕貴は急いで近くの縁石まで連れていく。持っていたカバンをそばに置くなり少女に話しかけた。


 「神社の人を呼んでくるからここで待ってて」


 裕貴はそう言って境内を走る。それからの記憶は唐突になくなる。


 記憶は裕貴が少女のそばに座っている瞬間から再開する。巫女姿の女性が少女の足を治療している様子をずっと眺めていた。


 治療を終えた巫女は、少女と少し会話を交わして手を振りながら境内の奥へと戻っていく。裕貴はそれを見送ってから少女に声をかけた。


 「どうして怪我をしたの?」


 少女は何も答えずに俯く。裕貴は質問を続ける。


 「どこで怪我したの?」


 少女は俯いたままである。夢の中の裕貴が困っていることが分かる。


 「あいつらに何かされたの?」


 少女はその言葉に反応して裕貴を見つめる。そして涙を零しながら頷いた。


 「家はどこ?一緒に帰る?」


 裕貴は空を見上げて少女に提案する。空には明るい星がいくつか出ている。ただ、少女は首を横に振った。


 二人で門までの短い距離を歩く中で、少女が裕貴に何かを手渡してくる。当然のようにそれはぼやけていて何なのかは分からない。さようなら。少女はそう告げると、裕貴の帰る方向とは別の道を歩いていった。


 最後の記憶は再び教室に戻る。裕貴はいつもの席から教室を眺めている。


 この日も、一人の少年が何かをテレビ台の下に隠す。どうやらそれは鍵のようで、仕事を終えた少年はそそくさと教室から出ていく。


 少女はそれからすぐにやってきた。机の横にかけてあった赤いランドセルを開いて、机の中の教科書を片付けている。


 ただその途中、少女は何かに気付いて手を止めた。そして、ランドセルを再び机の横にかけて教室の中を歩き始める。まるで何かを探しているかのように視線はあちこちに向いている。


 そんな中、裕貴の視線は少女から教室の後ろにスライドしていく。そこでは二つ目の記憶に登場した少年が集まって笑っていた。他のクラスメイトは裕貴と同じように見て見ぬふりをしている。


 そんな時、何を思ったのか裕貴はおもむろに立ち上がる。言うまでもなく、現在の裕貴の意思は反映されていない。昔の裕貴がそうしたのだ。


 裕貴はテレビ台の前でうつ伏せに寝転がり、ワックスの匂いを嗅ぎながら手を思いきり伸ばす。投げ入れられたのか鍵はかなり奥にあった。それでも、埃がたまる床の上で必死に手を動かし、硬い金属をしっかりと掴んだ。


 起き上がると手に持つ鍵を自分の服で拭う。そして少女の前まで歩いた。


 「これ?」


 裕貴は鍵を少女に見せる。すると、少女は頷いてその鍵を手に取った。ありがとうと言った少女は裕貴の服についた埃を手で丁寧に払っていく。


 こうして最後の記憶が終わる。


 いつもこの順番通りに夢を見るわけではない。ランダムに全て見ることもあれば、どれか一つだけを見ることもある。まるで忘れるなと警告されているようだった。


 時系列はこの順番通りだと裕貴は考えている。しかし、記憶の量があまりにも少なく正解は分からない。


 裕貴はこの夢を思い出すことを嫌がってはいない。しかし、別段興味があるわけでもなかった。起きた瞬間は鮮明に覚えていても、数歩歩けば忘れてしまう。


 何度も見て内容は覚えてしまったが、それが生活の邪魔をするわけでもない。そのため、この夢について詳しく調べてみるつもりにもならない。


 こんなことが始まってもう五年が経つ。もはや、裕貴はこの記憶を当たり前の存在だと考えるようになっていた。


 しかし、裕貴がこの夢を見なくなる時が唐突に訪れる。それは五月中旬のことだった。

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