エピローグ
一月の下旬、裕貴は一人で平日の夕方を過ごしていた。部屋の中は閑散としていて、人が活動しているようには見えない。裕貴は椅子に座ってぼんやりとしたり、ベッドに横になって目を瞑ってみたり自由な時間を過ごす。以前であればあり得ない時間の費やし方だった。
しかし、最近の裕貴はそんな時間の費やし方を悪く思わず、そうしている方が心地良いと感じていた。バイトはすでにやめてしまっている。
侑希と最後の別れを済ませてから、裕貴には何かをする気がなくなってしまった。裕貴からしてみれば、ただ侑希と出会う前の生活に戻っただけの話である。しかし、裕貴は侑希と会ってしまったことで大きく変わった。それが裕貴をこのような生活に導いていた。
母親も突然バイトをやめて消極的になった裕貴のことを心配した。裕貴がどこに行ったのか母親は知らない。しかし、裕貴がどこかに行ってからこんなことになってしまったという因果関係には気がついている。そのため、母親はことあるごとに何かあったのかと気にしてきていた。
ただ、侑希のことは今や誰にも話したくない秘密になっている。どんなに母親が変わって裕貴のことを心配してきていたとしても、それに流されることはなかった。
侑希が言っていたように、二人はこれ以上の関係を続けられなかった。それは、侑希が死者であってこの社会に浸透することができないからである。ただ、侑希がそんなことを考えないでこの社会に溶け込んでいくために手を貸して欲しいと言っていれば、裕貴は手を貸していたかもしれなかった。裕貴が本当に望んでいたのは、侑希と一緒にいられることだったのだ。
しかし、裕貴のわがままに侑希を付き合わせることはできない。侑希の方が大変な思いをしている。それを知っていて勝手なことはできなかった。また、それをさせないために侑希は裕貴に最後の言葉を言わせなかったのかもしれなかった。
裕貴の人間関係はほとんど存在しなくなった。侑希がいなくなって、バイトもやめてしまった。裕貴が話すことのできる相手は学校の小森だけである。しかし、そんな小森も裕貴の友人かといえば、どちらかというと知人に当てはまる。
学校に行っても、裕貴はほとんど一人で生活していた。しかし、誰かがそれを気にとめはしない。裕貴もそんなことは望んでいなかった。
今の時期になっても、裕貴の在籍しているクラスでは爪弾きが行われている。それは能動的に行われているのではなく、惰性で進行しているにすぎない。裕貴はそんなクラスの状況に嫌気が差してきていた。
裕貴は、爪弾きに遭っている男子生徒を尊敬している。助けることはできないが、それでも誰かの力を借りることなく毎日学校に来ている。それは十分な抵抗となっており、首謀者以外の生徒を圧迫していた。このまま動かないつもりかと背中から語りかけてきているようにも見える。裕貴はそんな環境下にいることが嫌だった。
昔の自分はどうかしていた。そんな考えを持っていたのは最近のことである。しかし、そんな考えを持っていたことをどうかしていたと最近は考えるようになっていた。偽善者になりたいわけではなく、だからといって本当の善人になりたいわけでもない。それでも、過去の自分にできたことが今の自分にできないことが不思議で、それをどうにかしたいと考えるようになっていた。
助ける特別な理由があるわけではない。裕貴自身、誰かを助けるほど余裕があるわけでもない。しかし、裕貴は自分ができることを考えた末に、無意識に一つのことを思い浮かべるようになっていた。
裕貴のそんな様子に、小森は気がついていたのかもしれない。しかし、小森が裕貴に何かを言ってくることはなかった。安い本の受け売りもしてこない。裕貴は、そんな干渉してこない小森に何かを助言されているような気がした。
ある日のこと、昼休みになったクラスはいつものように騒がしくなっていく。裕貴も小森に誘われる形で購買の方へ移動を始める。
しかし、そんな裕貴の視線の片隅に爪弾きに遭っている男子生徒が映った。その奥には首謀者の数人が立っている様子も見られる。裕貴はどうしてか、今が都合の良い時であると考えた。
裕貴はその男子生徒の方に足を向ける。後ろでは裕貴のことを小森が待っている。クラスの他の人間も何が起きるのかと見つめている。裕貴はそんな中で男子生徒に対して声をかけた。




