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おまけ

 「……遅いなあ」


 無意識の内に声が出てしまう。侑希はそれに気がついて、すぐに周囲に視線を向ける。隣では奈緖が不満そうな表情をして侑希のことを睨んでいた。


 「じゃあ、馬鹿なことしないで一緒にいたら良かったのに」


 「そんなの無理に決まってるよ!だって……」


 侑希は反論しようと奈緖に食いかかるも途中でやめる。奈緖はそんな侑希のことを見て大きく溜め息をつく。侑希は少し顔を俯かせて地面を蹴った。


 侑希は西宮神社に近いある場所でアルバイトをしている。しかし、勿論ながら法律的にしっかりと雇用されているわけではない。それは、死者を雇うことはできないからである。あくまでも手伝いのような形で侑希は働いていた。


 「何のためにこっちは何年も協力してあげてると思ってるの?」


 奈緖はまだ侑希に不満が残っているのか、少し声を荒げてそんな言葉を侑希に浴びせる。侑希はそれを聞いて申し訳なく感じた。


 奈緖は侑希のことを雇っている人物である。しかし、侑希とは同じ年齢で本当は高校生である。ただ、奈緖は文具店を営む一人の経営者になっていた。


 「……奈緖には分からないよ。私の気持ちなんて」


 侑希は奈緖と理解し合うことを諦める。すると、奈緖はそんな侑希にすぐさま反論した。


 「どうせその男が来なかったらまた東京に通い出すんでしょ?それでお金を貢いで……」


 「そんなことしてない!裕貴はそんなことを良しとしない人なんだよ?」


 侑希は裕貴のことを悪く言われてすぐに言い返す。しかし、奈緖の質問には答えていなかった。


 「で?来そうなの?」


 「………」


 奈緖に核心的な所を突かれて、侑希は言葉を詰まらせる。奈緖はそんな侑希を見て、もう一度溜め息をついた。奈緖は侑希のことを責めているわけではない。侑希はそのことに気付いていたが、それでも自分は間違っていないと思っていた。


 「……遅いなあ」


 結局、侑希は始まりに戻るようなことを言ってしまう。奈緖がそれに文句を言ってくることはなかった。


 裕貴に別れを告げてから数ヶ月が経って、今はもう十一月になっている。侑希の想定では、少なくとも一ヶ月もあれば裕貴は来てくれることになっていた。しかし、侑希が出したヒントは予想以上に届いていなかったようで、裕貴がやって来る様子はまるでなかった。


 もしかすると、裕貴が自分のことを忘れてしまって違うことにふけってしまっているのかもしれない。そんなことを考えると、侑希の心は落ち着かなかった。


 裕貴にとって大きな存在になってはいけないことは分かっている。しかし、裕貴の顔を見ていないだけで寂しくなり、裕貴が自分のことを忘れて他の女の子と一緒にいるかもしれないと思うと嫉妬さえしてしまう。それが良くないことだと分かっていても、侑希は悪い想像をすることをやめられそうになかった。


 奈緖の言葉が正しいことはよく分かっている。奈緖は侑希のような歪な存在を受け入れてくれていて、協力までしてくれている。侑希が裕貴と会うために東京に通うことを助けていたのも奈緖だった。


 侑希が東京に行く方法は単純で、西宮神社からその直系分社である桐生市にある桐生西宮神社に移動する。いつもそこから東京に行くようにしていた。そちらの方が新幹線を使うよりも安く済むからである。裕貴にその帰りをつけられたときには、どうしようもなくなって逃げるようにして西宮神社に帰ってきてしまった。その時は裕貴に一つのヒントを与えることができたと考えていたが、今になると余計なところを見せてしまったと後悔していた。


 裕貴が神社のことに気付いているとは考えづらい。裕貴が直系分社のことを理解できるとは思えなかったのである。余計に難しくしてしまった。侑希はそう考えていた。


 ただ、裕貴がどんな状況だったとしても、侑希がそんな裕貴の前に顔を出すことはできない。侑希は決断してしまっていて、そのために動きたくても動けなくなっていたのだ。


 しかしそんな建前だけを並べていっても、裕貴のもしものことを考えるといても立ってもいられなくなってしまう。そう考えて、侑希は再び裕貴に夢を見せるようにしていた。最初は裕貴にあの時の記憶を忘れないようにしてもらうために始めたことだった。しかし今では、最後の別れを成し遂げるまで他のことに現を抜かさないでほしいという侑希の勝手な思いが先行していた。裕貴と会っていたときはその必要がなかった。しかし、裕貴をある意味で束縛するために侑希は再び始めていたのだった。


 ただあるとき、その想いが強くなりすぎて呪ってしまいそうになったときもあった。そのときは異変に気がついた奈緖が止めてくれたおかげで何事も起きなくてすんだが、あのまま制御できなかった場合のことを考えると背筋が凍った。


 奈緖にはそれからしないようにきつく言われていたが、侑希はそんな奈緖に隠れて裕貴に対する弱い束縛を続けていた。それも、裕貴が早く来ないからという勝手な理由によってである。


 「そういえば、玲子さん今日も会いたがってたよ」


 「玲子さんが?分かった」


 侑希は話題を変えた奈緖の話を聞いて少し元気を出す。玲子は西宮神社で巫女をしている人で、侑希が神社に行ったときに一目見てその存在を当ててしまった。侑希は最初、奈緖以外の人に自分のことが知られて心配していたが、今では良き協力者になっている。特に、侑希が桐生に移動していたときは毎日のように援助をしてくれた人である。


 「なんか最近会えていなかったから色んなことを話したいとか言ってた」


 奈緖がどこで玲子に会ったのかは分からない。侑希は奈緖に礼を言って早速飛び出そうとした。しかし、奈緖はそれを止めた。


 「まだ勤務時間終わってないんですけど?」


 「あっ……そうだった」


 侑希は気になったり自分の興味が向いたものに対してすぐに行動をしてしまう性格がある。その性格のおかげで裕貴とも関係を発展させることができた。しかし、今はそれのせいで奈緖に叱られる。


 「まだ借金がたくさんあるってこと忘れてないよね?」


 「覚えてるよ。ちゃんと返すし」


 奈緖の指摘を受けて、侑希は頬を膨らませる。ただ、奈緖はそんな侑希の頬をつねって鼻をならす。


 「そんな態度見せても、私はその男みたいに簡単に引き込まれたりしないから」


 奈緖は冷たくそう言い放つ。侑希も奈緖にそんなことを思ってもらう必要はないと心の中で反抗した。


 ただ、侑希が奈緖から多大な援助を受けていることは間違いない。侑希はそのことを分かっていて、頭が上がらないでいた。


 裕貴を東京で見つけるまで、侑希は色んな場所に移動して裕貴の痕跡を追っていた。学校に忍び込んで何か情報がないか探したこともある。しかし、裕貴はそれから何度も引っ越しをしていたようで足取りはなかなか掴めなかった。


 そうして、侑希の活動には多くの時間と費用がかかった。最初は悪いことをしたりもして裕貴のことを探していたが、奈緖と出会ってからは奈緖の協力を受けて行動していた。今では、全国各地に移動するためにかかった費用の一部を奈緖から借りている状態にある。それの返済が今の侑希に求められていることだった。


 「……でももし、裕貴が来てくれたら」


 「分かってるわ。成仏祝いにその時は残っている借金を消してあげる。だから今のうちに少しでも減らすように働いて」


 奈緖はかなりしっかりとしている人で、侑希は尊敬している。奈緖がいつも侑希のことを気にしていることも知っている。そのため、侑希が最も尊敬している一人だった。


 しかし、そうして侑希のやる気が出てきたときに訪問者がやって来た。


 「侑希ちゃんいる?……あっ、久しぶり」


 来たのはちょうど話していた玲子で、侑希を見つけるなりすぐに寄ってくる。奈緖はそんな玲子を冷たい目で迎えたが、文句を言うことはしない。侑希はいつもの玲子のテンションをもはや気にすることさえしなかった。


 「今日からあそこのケーキ屋が再会したらしいんだけど、一緒に行かない?」


 「でも私……」


 侑希は、自分が働いている途中であることを伝えようとする。奈緖の鋭い視線が突き刺さっていたのである。しかし、玲子はそれを違って解釈した。


 「私がおごるからさ……この季節はモンブランでしょ?」


 玲子が侑希のことを誘惑する。侑希はそれに乗せられることが良くないと分かっていながら、それでも玲子のことを無視できなかった。奈緖も侑希の大切な人であるが、玲子もまた自分の貯めに協力してくれた人である。東京のことやデートのことを全く分からなかった侑希に、いつも適切な指摘をしてくれていたのは玲子だったのだ。


 しかし、案の定奈緖はそれを認めなかった。


 「働いてるのが見えないの?そんなことできないに決まってるじゃん」


 「でも、閑古鳥鳴いてるし、接客なんて一人でできるでしょ?」


 玲子は奈緖に反論する。奈緖はそんな玲子と睨み合った。


 「とにかくダメなものはダメ」


 奈緖はそう言って玲子との会話を打ち切った。玲子は残念そうな表情をする。


 「侑希ちゃんとケーキ食べたかったのにな」


 「でも仕事残ってるし、また今度ね」


 侑希も奈緖の指示に逆らうことはできない。玲子にそう言って納得してもらうしかなかった。


 玲子は本当にその用事のために来ていたようで、侑希の言葉を聞いてゆっくり歩いて帰ろうとする。侑希は申し訳ないと思いながらも、そんな後ろ姿を眺めることしかできない。すると、唐突に奈緖が口を開いた。


 「まあでも、私の分も入れて買ってきてくれるんだったら、ここで一緒に食べても良いけど」


 「別に奈緖と一緒に食べたいんじゃないし」


 眉にしわを寄せて玲子は文句を言う。奈緖はそれに頬を引きつらせたが、すぐに侑希に賛同を求めた。


 「侑希もそうだよね?」


 「え……まあ奈緖がそう言うなら」


 もともと侑希に決定権はなく、奈緖の言うことに従うしかない。それでも、侑希の言葉を聞いて玲子は目を輝かせた。そして一気に活動的になる。


 「分かった。侑希の分とついでに奈緒のも買ってきてあげる。待ってて」


 玲子はそう言って走っていく。感情の移り変わりが激しい玲子に、二人は笑うしかなかった。


 「ねえ」


 玲子のことを見届けた後、奈緖が話しかけてくる。侑希は、その声がいつものものではないことに気がついて振り返った。


 「ゆっくり待ってても良いんじゃない?」


 「……そうかも」


 侑希は一言そう答えると、そのまま陳列物の整理を始める。奈緖もそれから何かを話してくることはなかった。

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