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第七章 再会 2

 「久しぶり」


 裕貴も侑希と挨拶を交わす。裕貴にとって懐かしい声は、今も変わっていない。侑希と再会できたことをはっきりと肌で感じ取った。


 「来てくれるって信じてた」


 「……ごめん、遅くなって」


 裕貴は、緊張していることを悟られないようにして会話する。しかし、侑希はそんな裕貴に笑顔を絶やしていない。それは何かに気がついているからかもしれなかった。


 初めの挨拶をした後、二人は気まずくなって視線を泳がせる。再会したときに何を話せば良いのか分からないのは、裕貴だけでなく侑希も同じようだった。とはいえ、裕貴には侑希と話したいことがたくさんある。嬉しいという感情が裕貴の思考を阻害していたが、それでも話を始めたのは裕貴からだった。


 「侑希はあれからずっとここにいたの?」


 「うん、待ってた」


 侑希は即答する。裕貴はそれを少し不思議に思ったが、話を止めるわけにはいかず頭を切り換える。


 「じゃあ、俺がずっとしていたことは意味がなかったってことか」


 「……?」


 侑希が首を傾げる。それと同時に侑希の瞳の中が揺れる。裕貴はそれに気がついていないふりをして話を続けた。


 「侑希が俺に残していったことはすごく難しかったよ。だから、侑希がいなくなってから新宿に行ってみたり、桐生にも行ってみたんだ。……でも全然何も分からなかった」


 裕貴は自分が体験したことをそのまま隠さないで話す。すると、侑希はそんな裕貴に笑顔を見せた。それがどんな意味を持っているのか分からなかったが、裕貴は侑希の笑顔を見て安心した。少なくとも、裕貴が会いに来たことを嫌がっているようではなかったのだ。


 「言ったよ?行っても会えないって」


 「うん、ちゃんとそれは分かってるつもりだった。……でもそれくらいしかできることはなかったんだ。何もしないでいることはできなかったから」


 裕貴は侑希から視線を逸らす。本題が近づいている。それは侑希の本心を知るときが近づいていることを意味している。裕貴が恐怖を感じてしまうのは仕方のないことだった。


 「そうなんだ。……私は全然何もしてなかった。ずっと待ってて、遅いなって思ったり。でも今日を迎えることができて良かった」


 侑希はそう言って一歩裕貴に近づく。侑希はいつも見ていたときと変わらない格好をしている。しかし、裕貴にはどこか違った印象を与えていた。


 「それでなんだけど……聞きたいことが色々あるんだ」


 裕貴は思い切って自分が求めていた話を始める。侑希はそんな裕貴を見て表情を硬くした。


 「いいよ。何が聞きたいの?」


 侑希も裕貴の話を断らないで認める。裕貴に考えていることはない。しかし、一番最初に知りたいことだけははっきりとしていた。


 「俺と侑希って、もしかするとずっと昔に会ったことがあったりする?」


 裕貴は侑希の瞳を見つめる。侑希はそんな質問を受けても、何か外見的な反応を見せることはない。それでも、返答したのはすぐのことだった。


 「ある。……やっと気付いたの?」


 侑希は、それがさも当たり前といった様子で話す。しかし、裕貴にはそれが納得できない。裕貴がその可能性に気がついたのはほんの最近のことだったのだ。


 「じゃあ、俺が言ってることは間違いないことなんだね?」


 侑希は頷く。裕貴はそんな侑希の反応を見て、分からなかったことを一つ解決する。しかし、問題はこの後にある。


 「でも、侑希はそんなことを言ってくれなかった。それはどうして?」


 「隠してたから。……裕貴はどうして気がつくことができたの?」


 「……それは」


 侑希は裕貴に主導権を握らせないためか、すぐに質問を返してくる。裕貴はそんな侑希の問いかけに戸惑った。裕貴には正直に答えることができない理由があったのだ。


 裕貴がそのことに気がついたのは、言うまでもなく見ていた夢の中の記憶が発端となっている。そんなことを侑希に言えるはずがない。裕貴はそう考えていた。


 しかし、侑希は裕貴が今までに見たことのない表情をした。


 「もしかして、夢にでも見たの?」


 「え……!?」


 侑希の抑揚のない声が通る。それを聞いた裕貴は、驚いて息を詰まらせそうになった。侑希に適当に言ったような様子はない。何か確証があって問いかけたようだった。


 「違うの?」


 「それは……」


 裕貴は状況を飲み込めなくなる。侑希がそのことを知っているわけがない。裕貴が話したことはなく、そんな考えは普通では出てこないのだ。しかし、侑希はそれを間違っていると思っていないようである。裕貴に嘘をつく意味はなかった。


 「……そうなんだけど、どうしてそれを?」


 「どんな風に見ていたの?」


 裕貴が質問するも、侑希はそれを無視して裕貴に迫る。裕貴はそんな侑希が考えていることが分からなくなって、少しの恐怖感を持ってしまう。それでも侑希を無視できない。


 「なんか昔の記憶を忘れることなく見ている感じ。……でもどうしてそのことを?」


 裕貴は再び侑希に質問される前に言葉を挟み込む。侑希は、裕貴の少し声を張った言葉に驚いて唇を噛む。しかし、裕貴に隠して黙り込むことはなかった。とはいえ、裕貴が理解できるかは別の話である。


 「それはね、私が裕貴にそれを見せていたから。だから知ってるの」


 「は……はあ?」


 不思議だという感情が限界を超えて、裕貴は変な声を出してしまう。侑希が真面目な顔で言っていることは滑稽なことに間違いない。それでも侑希は、裕貴にそれを理解してもらおうとしていた。


 「……裕貴は私が抱えていること、全部分かってくれた?」


 「ごめん、この通り全然分かってない」


 「そうだよね、でもそれは仕方ないよ。……今から私の話を少しして良い?きっとこの話をしてからの方が裕貴も分かりやすいと思う」


 侑希は今まで裕貴に何かを隠していて、今その内容を明かそうとしている。それは裕貴にとって願ってもないことである。本当は自分で見つけるはずのものだった。しかし、裕貴にはそれができなかったのだ。


 「私と裕貴は、この近くの小学校で一緒だった。裕貴は来てからすぐに転校しちゃったからその期間はすごく短かったけど、でも私ははっきりと覚えているよ。……裕貴が私に優しくしてくれていたこと」


 侑希は懐かしむように話す。その表情は柔らかいものになっていた。侑希にとって、その時の記憶は思い出したくもないことのはずである。しかし、侑希にそんなことを考えている様子はなかった。


 「裕貴は知ってるよね。私がその時にどんなことになっていたか」


 「うん、知ってる」


 詳細を口にすることはないが、二人で同じことを共有する。侑希がいじめられていたことを裕貴は思い出す。最近その夢を見たのは、裕貴が西宮に出発する前日のことだった。


 「裕貴が助けてくれてすごく嬉しかった。だけど、裕貴はその後すぐに転校しちゃったの。……それは覚えている?」


 「はっきりとしたことは……覚えていない」


 思い出そうとするが、裕貴が頭に浮かべることができるのは夢で見ていたことだけである。侑希が言っていることを詳細まで把握することはできない。


 「私はすごく悲しかった。裕貴が私に手を差し伸べてくれたのはほんの一時だけだったけど、私にとってそれは言葉で言い表せないものだったから」


 侑希は手を自分の胸の前で重ねて握りしめる。何かを苦しく感じているようである。裕貴は、そんな侑希の言っていることが漠然としか理解できない。それでも寄り添うことは怠らないようにした。


 「……そうなんだ」


 「裕貴は、そのことが私たちの関係にどんな意味を持っているのか分からないかもしれない。でも、私にとってこのことはとても重要なことなの。私は一番大きなことを裕貴にまだ隠してる。……でもそれを伝えることはすごく怖い。裕貴が私のことをどんな風に思ってしまうか分からないから」


 侑希はそう言って何かを隠していることを伝えるが、それが何なのかを口にしようとしない。ただ、裕貴はその内容が全てを解決するために必要なものであると感覚的に掴んでいる。裕貴が侑希のことを恐れたり、嫌ったりすることはない。真実を知りたいだけで、侑希のことを分かりたいだけだった。


 「侑希が何を怖がってるのか、俺には分からない。だけど、俺は今日まで侑希のことを考えなかったときはないくらい侑希のことを気にしてた。……だから話してほしい。ダメかな?」


 裕貴はそう言って侑希に要求する。侑希が心配しているようなことは起きない。裕貴は一人でそんなことを考えて、侑希のことを強引に安心させようとしていた。それでも、侑希は不安そうな表情を隠そうとしない。


 「俺だって色々考えた。でも分からなかった。俺がここに来られたのは本当に偶然でしかない。……だから知りたいんだ。夢で見ていたことが何なのかも知りたい」


 侑希が言ったことは、まだ信じるに値しないことである。裕貴にあの夢を見せていたのが侑希だったといことなど、どんな考え方をしてもあり得ない。それでも、侑希がそんなことを言わなければならなかったのには理由があるはずである。それを理解して侑希の問題を解決する糧にすることは、二人にとって重要なことのはずだった。


 侑希はそんな裕貴の言葉を聞いて、顔を上げて唇を何度か震わせる。話そうとしているが、まだどこかでストッパーが働いているようだった。


 裕貴は辛抱強く待って、侑希から話してくれることを待つ。周囲は真っ暗で、侑希の様子を完全に掴むことはできない。それでも、あと少しで侑希の心が見える場所まで裕貴は近づいている。侑希が震える心を支配して話し始めたのは、それから一分ほどが経った後だった。


 それは裕貴の想像を遙かに超えるものだった。


 「私は神宮侑希。この土地で生まれてこの土地で育った。だけど私は耐えられなくなって死んじゃった。……だから私は本当はここにいちゃいけないの」


 侑希は再び裕貴に近づいてくる。ただ、裕貴はそんな侑希の言動全てを理解できていない。それでも、侑希は裕貴に近づいて手を握ろうとした。


 しかし、侑希が裕貴の手を握ることはなかった。正確には握れなかったのである。


 「……侑希、手が」


 「そう。私はもう死んじゃったから、本当は裕貴に触れることができないの」


 侑希が伸ばした手は、普通ではあり得ないほど透けている。裕貴は、目の錯覚かと思って何度も瞬きをする。しかし、その現象が変わることはない。


 「死んだって……いつ?」


 「あの時裕貴が転校した後すぐ。裕貴がいなくなってから私に対する攻撃は激しくなった。私はそれに耐えることができなかったの」


 侑希は淡々と話を進める。裕貴は、そんな侑希の話を言葉として理解することはできた。しかし、受け入れることはできない。


 「じゃあ、どうして侑希は目の前にいるの?それよりも、どうして東京にいて俺と出会ったの?出会ったことは偶然なの?それとも侑希がそうしようとしたから?」


 「裕貴、落ち着いて。全部話すから」


 裕貴は自分が理解できなかったことを全て一気に解決してしまおうと考える。しかし、侑希はそんな裕貴に焦らないように伝えた。


 「……分かった」


 裕貴は何度も深呼吸をして自分を落ち着かせる。侑希に対する恐怖感は全くない。それに、侑希のことをまだ好きでいる。それを確認した裕貴は、侑希の指示を聞いて話の続きを待った。


 「私が今ここにいるのは、裕貴とこの場所でもう一度一緒にいたかったから。だから私は裕貴にここに来てもらえるように色々策を練ったの。ずっとずっと前からこのときを夢見てた」


 「どうして?」


 「それはね、裕貴が私を助けてくれたのがこの場所だったから。だけどあの時の私は、そんな裕貴にお礼を言うことができなかった。そのまま裕貴は転校しちゃったから、後悔だけがずっと残ってたの。裕貴にこの場所でありがとうって言いたかった。だから私はここにいるの」


 侑希は何度も裕貴の手を握ろうとする。しかし、二人の手が触れあうことはない。裕貴は無意識に拳を握る。


 「それならどうしてあの日、この紙を渡すときにここに来てって言わなかったの?それよりも前に、俺と侑希が出会ったときにその事情を言ってくれれば良かったんじゃ?」


 裕貴は、どうして侑希が自分の素性を隠し続けたのかを追及する。裕貴が何も知らない中で、侑希は裕貴とこの場所で再会をすることを計画していた。それがあまりにも遠回りな方法だと感じたのだ。


 しかし、侑希は裕貴の意見にすぐさま反発した。


 「そんなの言えるわけがないよ!だって、私は自殺してからずっと裕貴のことを探していたんだよ?どこに行ったのか全く分からない私の大切な人を時間をかけて探してた。裕貴が私のことを忘れないように、ずっと裕貴に夢を見させて忘れないようにもした。それで何年もかかってようやくあの時見つけることができたの。……裕貴に怖がられるようなこと言えるわけがない!」


 感情的になった侑希は裕貴に何度も体を当てて不満を示そうとする。勿論、二人が接触することはなかったが、裕貴はそんな侑希に押されて後退した。そんな時、侑希の目から涙が流れている様子をようやく確認した。


 「……ごめん」


 裕貴は謝ることしかできなかった。侑希がどんな気持ちだったのか、裕貴はこのときになっても分からなかったのだ。侑希は落ち着きを取り戻して視線を落とした。


 「軽蔑した?裕貴が私のことを追ってきたことがあったけど、私はそれよりももっとおかしいことをしていたの」


 「そんなことは気にしないよ。今の話を聞いた後で俺の気持ちが何か変わったかといえばそれは全くない。……とにかく、俺と侑希が出会ったのは偶然なわけじゃないんだね?」


 裕貴が最終的な確認をとる。すると、侑希は小さく、それでもはっきりと頷いた。


 「確かに出会った最初からこんな話をされていたら、きっとそれを理解しようとしなかったかもしれない。だけど、あの公園で別れるときは大丈夫だったと思う。……それでも侑希はこういうことをしないといけないって思ったの?」


 裕貴が侑希に好意を抱いたのはそれよりも前の話である。侑希と別れたあの日にこの話をされていた場合、裕貴はそんな侑希の話を信じていたはずだった。しかし、侑希はそんな裕貴の問いかけに頷いた。


 「裕貴自身が私のことに気付いて、裕貴からこの場所に来て欲しかったの。それに、裕貴が良くないことを考えてることに気がついちゃったから」


 「良くないこと?」


 「裕貴があの時私に言おうとしてくれたこと。私のことを追って桐生に来たときに確信はしてたんだけど、そのときにもう時間がないと思って」


 侑希は、回りくどいことをしなければならなかった理由の一つに裕貴の行動を挙げる。良くないことというのが、裕貴の侑希に対する好意であることはすぐに理解できた。


 「気付いてたんだ。……今でも聞いてくれない?」


 「待って、ダメ」


 裕貴が良い機会とばかりにもう一度侑希に想いを伝えようとする。しかし、侑希はそんな裕貴の行動を止めさせた。侑希がどうしてそんなことをするのか、裕貴はそれを考えようとしたが悲しくなってやめた。


 「侑希は俺に言ってくれた。それなのに俺はダメなの?嫌われることも怖くない。侑希と会えない間、ずっとこの気持ちを温めてたんだ」


 裕貴はついに反発してしまう。侑希は申し訳なさそうな顔をして裕貴を見つめるが、その言葉を口にすることは許可しない。その代わりにその理由を話し始めた。


 「私は死者なの。本当はここにいることも、生きている裕貴とこうして話すことも許されない。でも私は裕貴のことが好きで、きっとそれが変わることはない。だから言っちゃった。でも、それで私が困ることはないわ。……でも裕貴は別。裕貴はこれからも生きていくわけだから、色んな人と出会って関係を築いていくことになる。私がそんな中に干渉しちゃいけないなんてこと、分かるでしょ?」


 「それでも……」


 裕貴は、自分の侑希に対する感情が過小評価されているのではないかと考える。しかし、侑希の目を見る限りそれはないようだった。


 「私にそんな感情を持っちゃダメ。裕貴にとって良いことなんて何もないんだから」


 「………」


 侑希の強い意志を伴った言葉は裕貴の口を封じさせる。そして、別れなければならないという現実が裕貴を襲った。


 「私ね、今すごい後悔しているの。もし生きていたら裕貴ともっと仲良くできたかもしれない。そんなことを考えて泣いちゃうときもある。でも、私はあの時に死ぬことを選択してしまった。だからこうするしかないの」


 侑希の言葉は、最後の方になって震え始めた。押しとどめようとしても溢れてくる感情が支配して、嗚咽となって現れてくる。裕貴がそんな侑希にかける言葉はなかった。


 裕貴は自分の中では長い時間をかけて侑希のことを探し、そして見つけ出したと思っている。裕貴がその間に感じたことは一言で言い切れるものではなく、苦痛を感じたことの方が多かった。しかし、侑希はそんな裕貴とは比べものにならない時間を過ごしてきたのだという。裕貴がそんな時間と感情を共有することはできない。


 「……侑希はこれからどうするの?」


 侑希の感情はまだ落ち着いていない。しかし、裕貴は今後のことを侑希に尋ねた。裕貴は、侑希と会うことを目的にここまでやって来た。そして、自分の感情を伝えて、また侑希と会って話ができるようにしようと考えている。


 しかし、それはできないかもしれない。侑希の様子を見ているとそう考えざるを得なかった。


 「ごめんね、私に裕貴と一緒にいる資格はないから……」


 「それは……そうだとしても」


 裕貴は認めたくないことを強引に認めて、何度か大きく息を吐く。


 「侑希が俺ともう会えないと言うなら、俺はそれに従うよ。でも、その後に侑希がどうするのかを聞いておきたい。そんなこともダメなの?」


 裕貴が気にしているのは、侑希の今後のことである。裕貴は、今まで侑希がどうやって時間を過ごしてきたのか知らない。最終的にどうすることが正しいのかも知らない。関与するべきことではないのかもしれない。それでも、裕貴は何も知らないという状況が嫌だった。


 「私は……どうなるんだろうね。ちょっと分からないかな」


 本当に分からないのか、それとも裕貴に伝えないようにしているのか、侑希は自分の今後について話そうとしない。ただ、本当はどんな道が残されているのか気がついているはずである。それでも話してくれない侑希に、裕貴はどんな感情を持てば良いのか分からなくなる。


 裕貴がそうして困った顔をしていると、侑希は話題を変えた。


 「それにしても、どうやってこの場所が分かったの?裕貴が気付いてくれるとしたら、私の名前を思い出したときだと思ってた。最初から私、本名だけは嘘をついていなかったから」


 「ごめん、夢で見ていたのが誰なのかは、ずっと分からなかった。……侑希と関係があるなんて考えたこともなかったし」


 「そうなの?どうにかすれば昔のクラスメイトの名前は探し出せると思ってたんだけど」


 「俺にはほとんど友達なんていないし、転校したから卒業アルバムなんてものも持ってない。でも、これだけはあって」


 裕貴はそう言って、教科書の中から見つけ出した一枚の紙を見せる。それは、夢の中で少女から受け取ったものだと裕貴が勝手に考えているものである。侑希はそれを目にすると、懐かしそうに手にした。


 「これ持っててくれたんだ。さすがにこれを持ってるとは思ってなかったな。……まあこれを気にして裕貴にあの一枚を渡したんだけど」


 「これだよね」


 裕貴は侑希と別れるときに受け取った紙を取り出す。侑希は笑って頷いた。


 「でもこれ持ってたんだったら、もう少し早く来てくれたら良かったのに。私、ずっとここで待ってて少し寂しかった」


 「ごめん、この紙を見つけたの最近のことなんだ。ニュースでこの神社のお祭りのことを見て、あの大きな門の写真を見たときに思い出したんだ」


 裕貴は、自分がどのようにしてこの場所にたどり着けたのかを説明する。侑希はそれを聞いてなるほどと頷いた。裕貴が偶然やって来たことを知って侑希がどんなことを思ったのか、それは裕貴の知るところではない。


 「……私は裕貴に全部分かってから来て欲しかったんだけどな」


 侑希は少し複雑そうな表情をする。裕貴は侑希の表情に何も言えなくなった。裕貴はそのことに関して、侑希との約束を守れなかったのだ。


 「でもいいよ。裕貴に求めていたことはやっぱり良くないことだったって、私も思い始めてた頃だったから」


 「そうなんだ。……それで、俺は侑希のことを全部知ることができた?」


 「うん、大体ね」


 侑希は裕貴の手を握ろうと再び試みる。すると、今度は侑希の手が裕貴の指の間に入ってくる。侑希は嬉しそうに優しく握ってくる。


 「侑希?」


 裕貴は侑希の行動の意味を探る。侑希と触れることはできたものの、侑希が死者である証拠は残っていた。


 「見て……空が明るくなってきた。こんなに話し込んでたんだね」


 裕貴が確認すると、東の空の方が明るくなり始めている。もう少しで日の出の時間である。裕貴はそれを見て、どうしてか寂しい気持ちになった。


 「……実はね、裕貴に大切な話があるの」


 二人で空を眺めているとき、唐突に侑希が話し始める。ただ、裕貴はそんな侑希の声の中に寂しさを感じ取った。


 「待って。侑希がその話をするんだったら、俺も話したいことがある」


 「でもそれはダメだって……」


 侑希は裕貴の話したい内容を察知して先にそう伝える。しかし、裕貴はすでに決心していた。


 「侑希の話を聞くことの条件。これで後悔することはないから。……だからお願い」


 裕貴は決して侑希のことを困らせたいわけではない。侑希が何の話をしようとしているのか大体予想がついているからである。そうであるからこそ、裕貴にはこのことを侑希に認めさせる必要があった。


 「分かったよ。裕貴の話もちゃんと聞く。……だけど最初に私から話してもいい?裕貴の話を聞いた後だと、私の心が揺れそうだから」


 侑希は最終的に裕貴のお願いを了承したが、条件を提示してくる。裕貴がそれを断る理由はなかった。


 「分かった。話して」


 裕貴にもそれ相応の覚悟が必要になってくる。侑希も裕貴の手を強く握って緊張している。


 「もう気がついているかもしれないけど、私と裕貴が会うのはこれで最後になる。これを最初に言っておかないといけない」


 「それは……また前回みたいに探せば侑希はどこかにいるって考えていい?」


 ある程度把握していたことではあったが、本人から直接聞かさせると衝撃があった。


 「ううん、もうそんなことはない。今日が最後。私にとって心残りだったことはもうなくなったから」


 侑希は少し嬉しそうに話す。裕貴はそれを見て悲しい気持ちになった。侑希は嬉しいのかもしれないが、裕貴がそんな感情を持つことはできないのだ。


 しかし、侑希がどうして今まで死者としてこの世界で活動していたのかを考えると、裕貴の勝手な気持ちを簡単に伝えられるはずがなかった。


 「……最初に会ったときに良いことがあったって言ってた。それでこれからこれ以上に良いことがあるか分からないとも。それは今どうなっているの?」


 裕貴は少し話を変える。侑希も裕貴がそんな話をすると思っていなかったようで驚いた表情を見せる。しかしすぐに返答した。


 「あったよ。とても良いことが。……ありがとう」


 「そうですか……侑希の話はこれでおしまい?それなら俺の話を聞いて欲しい」


 裕貴は急かすように侑希に自分の話をしようとする。侑希と話すことができるのは今日が最後になる。そんなことを聞かされて、裕貴はいてもたってもいられなくなったのである。感情が自制心を上回りそうにもなる。


 「待って!まだ私の話は終わってない!」


 ただ、侑希はそう言って裕貴が話をすることを止めさせた。裕貴は、まだ認めてくれない侑希に不満を持つ。しかし、侑希が他に何を話したがっているのかは気になった。


 「……見て、もうすぐ日が昇ってくる」


 侑希はもう一度空を眺めて、裕貴にもそれを見るように促す。裕貴もそちらに目を向けると、朝日が今にも出てきそうになっていた。裕貴が今までに見たことがないほど綺麗な景色が広がっている。


 「私ね、今になっても裕貴のことが好き」


 唐突な侑希の言葉が裕貴の心を締め付ける。裕貴は我慢ができなくなって、侑希の表情を見ようとする。ただ、侑希はそんな裕貴の頭が回らないように手で押さえた。


 「最後までこっち見ちゃダメ」


 侑希が照れたときに聞くことのできる口調が、裕貴の心臓を高鳴らせる。侑希はゆっくりと裕貴から手を離していく。


 「裕貴、今まで本当にありがとう」


 耳元で囁かれる声に裕貴は体を震わせる。そして、触れていた侑希の感覚がなくなる。


 「……侑希?」


 裕貴は侑希の名を呼んでみる。しかし、侑希の返事は聞こえてこない。裕貴は大きく溜め息をついて振り返った。


 「俺も侑希のこと……」


 裕貴が振り返った先に侑希はもういなかった。ただ、裕貴が侑希の姿を探すようなことはもうしない。侑希は目的を果たした。それが意味していることは簡単で、裕貴にも理解できるほど単純なことだったのだ。


 侑希が姿を消してしまった代わりに、侑希が立っていた場所に一枚の紙が置かれていることに気がつく。裕貴はそれを拾い上げて目を通した。


 和紙に書かれていたのは、今度は絵ではなかった。書かれていたのはどこかの住所と何かの番号である。裕貴はそれを両手で包むと、もう一度視線を大きくあげた。

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