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第七章 再会 1

 侑希に関する大きな発見をした次の日、裕貴はあらゆることを考えて精査していた。裕貴は、侑希と再会しなければならない。そのことを念頭に置くと、準備しなければならないことがまだ多く残っていたのだ。


 用意しなければならないのは、侑希と再会したときに心の支えとなるものである。侑希が求めたことを、裕貴が全て持ち合わせているという証拠はどこにもない。それどころか、裕貴には腑に落ちていないことの方が多い。分からないことがたくさんあるのだ。


 例えば、侑希が裕貴と会うことをやめてしまった理由は、裕貴の想像の範疇を超えている。侑希は裕貴と昔に会ったことがあり、最近になって再会したと考えられる。それに、侑希は裕貴に好意まで伝えてきている。そんな侑希が離れていってしまった理由が全く分からなかったのである。


 裕貴は、自分があの日侑希に何か悪いことをしてしまったのではないかと何度も考えた。しかし、何も心当たりがないため結論を出すことができない。唯一挙げるとするならば、侑希に告白をしようとしたことくらいであるが、それは侑希もしたことである。それを理由にして、侑希が裕貴と会わなくなることを決意したとは考えにくかった。


 この通りに、裕貴はまだまだ理解するべきことを理解できていない。裕貴は何でもない人の感情でさえ理解できない。侑希のような特別な人が相手になると、それは顕著だった。


 しかしそれでも、裕貴は侑希に会いに行くことを決断しなければならなかった。


 裕貴と侑希の間には長い時間が流れてしまった。それは取り戻せるものではなく、今も二人の間に壁を作り続けている。裕貴が、時間の影響で侑希のことを気にしなくなることはない。それでも、侑希にもそれが当てはまるのかという議論になれば、そう言い切ることはできなかった。


 裕貴は威勢良く侑希と約束した。しかし、つい先日まで侑希の手がかりを掴むことさえできていなかった。侑希がそんな裕貴のことを諦めてしまっていても、何ら不思議なことではなかったのだ。


 裕貴はネットニュースを発端とした一日を終えた次の日、侑希と再会するために早速動き出した。


 最初にバイト先へ連絡を入れて、今週末シフトに入れなくなってしまったことを伝えた。勿論、その理由まで話すことはしない。それでも、裕貴がどんな問題を抱えているのか、ほんのわずかながら知っている人間もいる。裕貴が電話をしたときに対応したのは沙織であったため、裕貴がどんなことを考えているのか察していてもおかしくはなかった。ただ、沙織にとってこのことは関係のなく、裕貴がそれを面倒に思うことはなかった。


 次に、裕貴は母親にも同じことを伝えた。母親と裕貴の関係は良くない。それでも、母親が最近の裕貴の行動を不思議がって気にしていたことは間違いない。裕貴はそんな母親を心配させないためにも、今回は隠すことなく行き先を話した。


 母親は行き先だけでなく、その目的まで裕貴に尋ねてきた。しかし、それだけは誰にも話すつもりがなかったため、裕貴は適当な理由をこじつけてその場を乗り切った。嘘をつくことに苦痛は感じない。それでも、後々母親に謝る必要があるかもしれないと心の中で感じた。


 その他の細かい準備は当日になるまでに済ませて、裕貴は残りの準備を終えた。終わっていないのは、侑希と再会できたときにどんなことを話すかということである。侑希は、裕貴の今の現状に満足しないかもしれない。それでも、裕貴の決意が揺らぐことはなかった。


 出発の日は穏やかな天気だった。裕貴が西宮まで向かうために利用するのは新幹線である。それは通常通り運行しているようで、裕貴は朝早くの新幹線に乗って西に向かった。


 新幹線の中でも、侑希と再会したときに話す言葉を考え続けた。どんなことを言えば、侑希は裕貴のことを暖かく迎えてくれるのか。結局それが分からないままであったため、裕貴の考えが進展することはなかった。


 新幹線で大阪までやってきた裕貴は、携帯で調べながら私鉄に乗り換える。西宮は大阪からそう離れているわけではない。二十分ほどで到着する計算だった。


 西宮駅は裕貴が想像していた以上に大きな建物で、利用している人も少なくなかった。しかし、東京に比べると落ち着いている雰囲気で、裕貴は新しい周囲の環境に緊張した。懐かしいという感覚はない。裕貴はこの土地のことをほとんど覚えていないのだ。


 駅にある道案内の看板には、最終目的である神社への道がしっかりと記載されている。裕貴は携帯をしまい、その矢印の方向を信じて歩き始めた。時間はまだ昼頃で、時間はたくさん残されていた。


 駅から神社まではかなり近く、裕貴は迷うことなく神社の前を通る道に出た。そして目の前の風景を見て、裕貴は立ち止まった。


 目に映る風景は、夢の中で見ていた記憶とほとんど違いのないものだった。時間帯は違うものの、見間違えるようなことはない。裕貴はそんなことを感じた途端に緊張感に押しつぶされそうになった。


 見ていたものが本当に自分の記憶であった。それは信じて疑っていなかったことではあったが、それでも体験すると不思議な感覚に包まれる。裕貴はなんとかして昂ぶる感情を抑えて、神社の方向へ歩き始めた。


 神社の前までやってくると、いつも自分がこの場所にいたかような感覚に陥る。夢の中で見ていただけであることは分かっている。ただ、記憶が何かを語りかけてきているようで、裕貴は呼吸を速くした。


 石造りの鳥居と大きな赤色の門をくぐり、裕貴は境内へと入っていく。裕貴は少女が腰を下ろした石の場所まで覚えている。その石の前までやってくると、そこからゆっくりと周囲を見渡して人影を探した。ただ、知らない人が数人が歩いているだけで、目的の人物を発見することはできない。


 裕貴はそれから神社の中を一周した。木々が多い中で人の姿を探して、裕貴はゆっくりと歩く。しかし、記憶の場所に来れたは良かったが、肝心の目的を果たせないまま時間を過ごすことになってしまった。


 西宮に来れば侑希に会えると考えていたのは、裕貴の勝手な期待を含んだものだった。裕貴はそれを理解しながらここまで来た訳であったが、それでも現実を目の当たりにして気分は沈んだ。


 侑希がいつも神社にいるとは思っていない。裕貴は、これから時間をかけて街の中を歩いてみることを考えていた。東京より暖かい気候の中、少し足を休めた裕貴は行動に移ろうとした。


 しかし、そんな裕貴を一人の声が止めた。


 「……どうかされたんですか?」


 若い女性の声が裕貴の耳に響いてくる。裕貴はもしやと思ってそちらに顔を向ける。しかし、立っていたのは裕貴の知らない一人の女性だった。年齢は裕貴と同じくらいか前後する程度。裕貴は知らない人に声をかけられて困惑した。


 「えっと……」


 「いえ、すみません。何かを探しているみたいに歩いていたので」


 女性は裕貴の行動を見ていたのか、そんなことを口にする。裕貴は今になって自分が不審な行動をしていたのではないかと考えて、少し頭を下げた。


 「すみません。別にそういうわけではないんですが」


 裕貴は意味のない嘘をつく。裕貴の行動を見ていたのであれば、裕貴がどんなことをしていたのかは簡単に想像がつくはずである。それでも裕貴が嘘をついたのは、自分がしていることを言いたくなかったということと、単純に恥ずかしいと感じていたからだった。


 ただ、裕貴がそのように説明しても、目の前の女性は下がっていこうとしない。裕貴はそんな女性と向かい合って不思議な時間を過ごした。


 女性はショートカットで、全体的に平均的に見える明るい印象の人である。コートを着ていて裕貴がそれ以上の情報を見つけ出すことはできなかったが、裕貴のことを警戒している様子はない。裕貴は逆にそれが不思議で怪しく見えた。


 少しの沈黙を破ったのは女性の方だった。女性は裕貴に一歩近づいて、助言するように話し始める。


 「何か捜し物を見つけたいときは、今は無理だと思います。それを使っていた、あるいは必要としていた時間に合わせると見つけやすいかもしれません」


 「は……?」


 女性の言葉は裕貴を混乱させるのに十分すぎた。女性の言っていることが分からなくて、裕貴は苦笑いを浮かべてしまう。そんな裕貴の表情を見たためか、女性も唐突に裕貴から離れて照れくさそうに笑った。


 「ごめんなさい。変なこと言って」


 「いや、大丈夫ですけど」


 裕貴は対応に困って短い言葉しか発することができない。それでも、裕貴は徐々にこの女性が言っていることが分かるような気がしてきた。ただ、根本的なことに関しては全く分からない。


 「私、オカルト系の話が好きで、占いみたいなものとかも……えっとごめんなさい」


 女性はそう言って足早に立ち去ろうとする。裕貴はそんな女性を止めることができず、背中に礼を言う程度しかできなかった。


 裕貴は今までに体験したことのないことを目の当たりにして、先程までとは違う意味で少し鼓動を早くした。しかし、西宮が大阪に近いという土地柄で、知らない人に対して積極的に働きかけてくる人が多いのかもしれないという考察を立てて、今回は納得することにした。


 今の裕貴がしなければならないことは別にある。それに、去っていった女性の言ったことが正しいならば、裕貴がこの場所にやってくる時間は今ではなかった。


 裕貴は、次にどこに行くかということを考えないままに神社から出る。この土地が侑希にとってどんな意味を持っているのか、裕貴には分からない。持っていないという可能性も捨てきれないのが現状である。しかし、裕貴がこの土地に来たのには理由がある。それは裕貴に見当外れではないことを示しているようだった。


 侑希との繋がりを感じられる場所。裕貴はそれを目指した。


 次に裕貴がやって来たのは、神社があった場所から南に移動したところにある日本酒を製造している場所だった。この地域は酒造りに適した水があることで有名である。和紙に描かれていた酒升の意味していることが、この場所のことであったとしても違和感はない。


 大きな工場を横目に、裕貴は侑希を頭の中で歩かせる。侑希は今どこにいるのか、そんなことを考えている内に時々自分がどこを歩いているのかが分からなくなる。もしかすると、今も裕貴のことを見ているのかもしれない。それはあり得ないことでも、あって欲しいことではあった。


 その後、裕貴は携帯を取り出して、ある場所について調べた。それは甲子園球場である。侑希がこの場所を口にしたことにも理由があった。そんなことを考えると、自分の目で一度は見ておきたいと思ったのである。侑希が伝えようとしたことは裕貴にとって重要なことに他ならない。


 そんなに距離があるわけではないことを知った裕貴は、歩いて甲子園球場に向かうことにした。裕貴の考えている通りに正解が待ち構えているのであれば、時間はまだまだ残されている。球場まで往復しても問題はなさそうだった。


 電車でも行けることは知っている。大阪から西宮に来る途中にも甲子園という名の駅があったのだ。しかし、裕貴はそんな交通手段を利用しないで自分の足を使って向かうことにした。この街は侑希と関連している街で、夢の中の記憶に出てくる少女が住んでいた土地である。その二人が同一であることは証明されていないが、それでも見ておく必要があると信じて疑わなかった。


 西宮は大都市というわけではない。東西を大きな都市に挟まれたベッドタウンとして発展していった街である。そのため、駅前以外では住宅が所狭しと並んでいる。裕貴はそんな見慣れているようで見たことのない雰囲気に楽しさを感じた。このどこかに侑希がいるのかもしれない。そんなことを考えると、裕貴は自分の目的を何度も確認する。それしかすることがなかったと言っても良かった。


 甲子園は何の変哲もない球場だった。裕貴でも知っているほど有名な場所ではあるものの、実際に行ってみるとそんなに評価できるものではない。裕貴はそんな率直な意見を持った後、その周囲を散策した。


 しかし、裕貴が何か興奮するような目立ったものを見つけることはできなかった。それでも、まるで何かを見付けることができたかのような感覚の中で、裕貴は歩いてきた道を戻り始めた。裕貴が潰した時間は数時間になる。再び神社の近くに戻ってきたのは、夕方の少し前だった。


 戻ってくるなり、裕貴は境内の中に入る。どの時間で門が閉められるのか裕貴は全く知らない。裕貴が侑希と再会できると考えている時間は複数あったが、その内の一つは深夜である。今の時間から入っておいて、万が一に備えておかなければならなかった。


 こんな事情もあって、この日はどこの宿泊施設にも予約をしていない。裕貴は、一日をかけて侑希を待つ覚悟でいた。


 裕貴が考えている別の時間は夕方である。それは、夢の中で少女がこの神社にいたときの時間を意味している。もし少女と侑希が同一人物で、その時間に意味を見いだしているとすれば、会うことができる可能性は高いと言ってもいいはずだった。


 しかし、裕貴は不審者として扱われないようにするため、目立った行動ができない。そのため、その時間になっても人を探すために動き回ることはしなかった。そんなことも影響してか、裕貴はその時間に目的を達成できなかった。


 裕貴は完全に日が暮れて真っ暗となった境内の中で身を潜めて、次の時間帯がやってくるのを待った。それまでの時間は、木の陰に座って忍耐強く過ごす。


 しかし時間を過ごしていく内に、侑希がこの土地にいないかもしれないという考えが徐々に裕貴の中の一般的な考え方になっていった。裕貴が西宮にやって来てから見たものは、どこにでもあるようなものばかりだった。裕貴はその中に侑希と関連性を見付けられないでいたのだ。


 そもそも、侑希が西宮と関連があるからといって、再会の場所がこの土地になると軽率に考えてはいけない。侑希の抱えている問題が再会の場所と関係しているのであれば、裕貴はその場所にたどり着くことはできないのかもしれない。寒い中で時間を過ごしていた裕貴はそんな悲観的な考え方しかできなくなっていき、最後は見込みがないと判断してしまいそうになった。


 裕貴がどんなに考えて想いを募らせても、時間は一向に進まない。裕貴はそんな中で、考えることを放棄する。目を閉じると心地よい感覚に包まれ、自分が何のためにこうして寒い中過ごしているのかが分からなくなる。


 裕貴がそのまま睡魔に負けて寝てしまったのは、それからすぐのことだった。


 裕貴が目を覚ましたのは、脳がこれ以上の睡眠を必要としなかったからなのか、それとも他の理由があったからなのかは分からない。裕貴はそんな状態で真っ暗な周囲に視線を向けた。携帯をおもむろに取り出して、時間の確認をする。裕貴の目に映った画面には、早朝六時過ぎの時間が示されていた。


 裕貴はそれを確認して、自分が失敗をしてしまったことを理解する。そして、この時間にこの場所来たことが正解ではなかったことを把握した。侑希はこの場所にいない。いたとしても見付けることができなかった。それは、侑希と会う権利がないと言われているようなものだった。


 裕貴はゆっくりと立ち上がって、これからどうするかを一人でぼんやりと考える。もう一日探すことを試してみるか、侑希のことを理解できなかったと反省して考え直すか。どちらにしても、裕貴は新しい考えを持って行動しなければならない。歩き出した足取りは重たいものだったが、それでも今この瞬間の思考の方向性は前に向いていた。


 裕貴は適当に感情を制御して歩き始める。それは、約束をしたことは今でも覚えていて、それを侑希に証明するためには結果を伴う必要があったからである。


 ただその瞬間、裕貴は不意に違和感を持った。


 自分の後ろに誰かがいるような気配がある。それを感じた瞬間に、裕貴は色々な考えを思いつくことになった。ただ、どれも悪いことばかりで裕貴は嫌な予感しかしない。それでも気がついてしまったものを無視することはできない。裕貴はゆっくりと自分の後方に顔を向けた。


 裕貴は、暗い視界の中で一人の姿を捉えた。暗くて確認できないものの、それが裕貴に対して敵対した感情を持っていないと一瞬で理解する。裕貴ははっきりとその姿を確認するために、目を見張って相手の顔を確認した。


 そして裕貴は驚愕することになった。


 「……久しぶり」


 優しい一言が裕貴を突き抜ける。裕貴はそれが信じられなくて言葉を失う。目の前には、裕貴が毎日のように頭に思い浮かべていた姿があったのだ。


 侑希が裕貴の前に笑顔で立っていた。

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