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第六章 融解 3

 裕貴は、想像もできなかったほどの進展を一日で体験した。きっかけは偶然なもので、それも大きかったわけではない。


 些細なことから、今まで崩せなかった壁を越えることができた。裕貴は、どうしてそんなこと一つに気がつくことができなかったのかと自分のことを責め、同時に二の舞を演じないように心に誓った。


 いつも見ていた記憶に基づいた夢は、裕貴が小学四年生だったときに当時住んでいた西宮という土地で体験したことだと分かった。裕貴はこれまで、夢で見る記憶を生活の一部だと考えて干渉してこなかった。夢で見たことに対して真剣になっても、それが実生活で生かされることは少ない。裕貴はそう考えていたのである。


 そのため、夢での出来事が裕貴の実際の生活と深い関係があると分かったことも、偶然でしかなかった。裕貴があのときネットニュースを見ていなければ、今でも気がつけていなかったことである。裕貴はそのことを考えると、決して今回の進展が自分の力によってもたらされたことではないと承知していた。


 しかし、その過程がどのようなものであっても、裕貴にはそれを受けて次の行動に移っていく必要があった。裕貴は、あらゆる可能性に直面している。それが意味していることを実際のところ理解できていないのだ。


 夢で見た場所が西宮だと分かってから多くのことを知り、裕貴は大切なことを思い出すことができた。その大きな一つとして、裕貴が昔の教科書の中から見つけた、夢の中の少女が当時の裕貴に渡したと思われる一枚の紙がある。見た目は薄っぺらいこの紙であるが、潜在的に持っている価値は計り知れなく大きい。


 紙は時間が経って変色していたものの、和紙であると結論づけて良いものだった。肌触りや変色してきても分かる独特の色合い。裕貴は今までに和紙の基本を調べていたため、そんな結論へと至るまでに時間はかからなかった。


 また、西宮神社のものと思われる赤色をした門の絵も、裕貴の夢とその和紙を結びつけることに一役買っていた。この絵がなければ、夢との因果関係を証明できなかったかもしれない。


 また、その和紙はただ単に裕貴がよく見ている夢との因果関係を説明しているだけではない。裕貴にとって重大な、もう一つの問題とも関係していた。


 それは、侑希のことである。


 偶然なのかそれとも必然なのか、裕貴は侑希からも和紙を受け取っていた。押し入れの中から発見したものと同じルーツなのかは材質だけでは判断がつかない。それでも、この二つが関連性を持っていることを示す証拠はいくつかあった。


 一つ目に、侑希から渡された和紙に描かれていた酒升のような絵についてである。裕貴は、西宮という土地について調べ上げた結果、その土地が酒の生産で有名であることを知り得ていた。酒升がそんな西宮という土地の説明をしていると考えれば、桐生に比べると納得できるものがあった。


 その次に、和紙と西宮の関係である。これについても、名塩和紙という種類の和紙が西宮に存在していることを裕貴は掴んでいた。どうして和紙を使ったのかという理由を考える上で、西宮という土地のヒントを出していたと推測ができる。


 また、受け取った和紙以外にも、侑希と西宮を結びつける内容はあった。それは時間を遡っていき、侑希と深夜の新宿で時間を過ごしていた時期にある。


 侑希は、裕貴と会わなくなるずっと前から西宮のことを説明していた。裕貴が侑希とどんなことを話したかをある程度覚えていたため、裕貴はそれを再確認できていた。


 侑希は阪神タイガースを応援していると公言していた。裕貴は、ただ単にその事実を受け取って理解していただけだった。しかし、今になって西宮という土地の関連性が分かってから、侑希のその話には意味があったことを把握した。


 阪神タイガースの本拠地は西宮の甲子園球場である。それを知らなかった裕貴に、侑希は是非覚えていて欲しいと言っていた。それが意味することは言うまでもない。


 また、侑希が話していたお祭りの話にも、侑希はヒントを隠していた。裕貴が一月の初めに西宮神社のことをニュースで見たのには理由がある。それは、その時期に西宮神社ではお祭りをしているからだった。


 侑希が言っていた通り、その場所では福男を決めるという催し事を行っていた。裕貴はその結果の記事を目にしていたのである。その十日えびすというものについて裕貴が調べてみると、奉納されたマグロに硬貨を貼り付けるという侑希が話していた通りのことも行っていた。


 あの時、侑希はその二つについてまるで違うお祭りのことを話しているかのように振る舞っていた。しかし、本当は同じ祭りについて裕貴に伝えていた。それが意味することも、もはや考える間もないことである。


 侑希は裕貴が気付いていないときから、ずっと西宮のことを説明してきていた。そんな結論に達した裕貴は、複雑な気分になった。それは、自分が思った以上に侑希のことを何も知らなかったことが原因である。


 侑希が西宮という土地について話していたのは、裕貴の今の状況を予見していたからかもしれなかった。裕貴が考えに詰まって動けなくなってしまう。そんなことを見透かして話していたのかもしれない。そう考えると、裕貴は少しばかり嬉しい気持ちになった。侑希のその行動が、もう一度裕貴と会いたいという気持ちによるものである気がしてならなかったからである。


 しかし、侑希が事前にそんなことを考えていたということは、裕貴と侑希が一度は離ればなれになることを見据えていたからだと考えるべきである。その理由が見当たらなかった裕貴は、ただ困った。侑希がそんなことを考えなければならなかった理由が見当たらなかったのである。


 裕貴が侑希を追ったのも、侑希が裕貴に西宮という土地のことを話した後である。そこまでを想定していたとは考えられなかったため、裕貴は別の根拠を考え出す必要に迫られた。


 そんな新たな問題を抱えることになった裕貴ではあるが、夢の中の少女と侑希の関係についてもう一つ把握していることがある。それは二人がそんな関係にあるのかということに触れる。


 仮に侑希が西宮という土地に裕貴を誘導しようとしていたとしても、裕貴が夢の中で見ている記憶と侑希を結びつけることは難しいことである。偶然、裕貴が昔に暮らしていた場所と、侑希が裕貴に来て欲しいと願う場所が一致しているだけなのかもしれないのだ。


 ただ、今の裕貴はその可能性が低いと考えていた。その根拠は、侑希と夢の中の少女の直接的な関連があったからである。それは、足の怪我だった。


 夢の中で、少女は足に怪我を負っていた。その理由を彼女が話すことはなかったが、その事実は間違いないことである。そしてまた、裕貴は侑希が足に怪我の跡を持っていることも知っていた。それは、侑希と最後に会った日に確認したことである。


 勿論、足に傷を持っているからといって、絶対に二人が同一人物であるということはできないかもしれない。しかし、裕貴はそれに加えて、二人が和紙のことや西宮という土地についてなどで一致していることを知っている。そんな中で、侑希と夢の中の少女が同一人物ではないと考えることは難しかった。侑希がそのことをわざと裕貴に認識させようとしているような気がしてならなかったのである。


 ただ、どんなに考えを詰めていっても全く理解の範疇を超えてしまうこともある。それは、裕貴と侑希の出会いについてである。


 裕貴と侑希が出会ったことは偶然だった。裕貴が母親と考えを共有できなくなって飛び出したことに侑希は関与していない。また、侑希の家庭の事情に裕貴が関与しているということもない。侑希の事情について正しいことが何なのかは分からないが、それでも裕貴が関係していることは何一つないと考えて問題なかった。裕貴は侑希という存在を初めて会う人として認識していたのだ。


 しかし、侑希には何か明確な目的があったような気がしてならなかった。今更になって考えてみると、街の中で絡まれていたところを助けたくらいで、その人と関係を発展させようとするわけがない。礼を言って終われば良いだけの話なのである。


 しかし、侑希は裕貴に近づいてきて、最終的に裕貴とある程度の関係になった。それが侑希の意図していたことであるのは間違いない。侑希が言い出さなければ、裕貴から行動を始めることはしなかったはずなのだ。


 ただ問題なのは、侑希がどこからのことを意図していたかということだった。裕貴と出会うことにまで侑希は関与していたのか。裕貴にはそれを知る必要があり、万が一そうなのであればそうした理由まで知る権利があった。


 裕貴としては、侑希のことを迷惑に感じているわけではない。それどころか、侑希と会わなくなってから想いを強くしてきたほど依存してしまっている。しかし、そんな結果論で本当のことを見失うことはしてはいけない。


 侑希がどうして裕貴に近づいてきたのか。それは最初の出会いまで仕組まれていたことなのか。そんな侑希の意図していることはどんなことなのか。


 裕貴は芋の蔓を引っ張ってしまったようで、欠片はどんどんと大きくなっていくが新しい欠片が裕貴の思考を阻害する。しかし、それを面倒だと感じることはなく、裕貴はむしろそれを楽しんでいた。何も情報がなく考えが固まってしまっていたときに比べれば、今の状態は選択肢を与えられていて裕貴の望んでいた状況である。


 そうした中で、裕貴は次の行動を考えていた。それは、最後の詰めに当たる。裕貴は今度こそ失敗するつもりなどなく、緻密な計画を立て始めた。

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