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第六章 融解 1

 季節は移り変わっていき、時間だけが過ぎていく。十一月の半ばになっても、裕貴は侑希の有力な手がかりを見つけられないでいた。侑希と最後に会ってから四ヶ月が経とうとしている。裕貴は、次第に生活から侑希のことを考える時間を減らしていた。


 たびたび新宿に足を運ぶことはやめていない。もしかすると再会できるかもしれないという淡い期待を捨てきれていなかったのだ。


 それでも、限界が迫っていることを理解せざるを得なかった。裕貴の取り組みでは、侑希の問題を解決することができなかったのである。


 裕貴の気持ちが揺らいでいるわけではない。裕貴は、侑希と会っていた頃の時間を昨日のことのように思い出すことができる。沙織からの好意でさえ、裕貴にとって心が揺らぐ原因にはならなかった。裕貴が自分の感情の変化で心配していることは何一つない。


 しかし、それでも裕貴が心配していることはある。それは侑希の方の感情だった。


 侑希は裕貴と別れるとき、裕貴に対する好意をはっきりと口にした。しかし、時間がそんな侑希の感情を変化させているのではないかと考えてならなかった。今では侑希の様子を把握できない。そのことが裕貴の目立った行動を抑制する原因になっていた。


 もし裕貴が全てを理解して侑希に会いに行くと、侑希の心が全く別のものになってる可能性がある。そんな時にどんな顔をして侑希に声をかければいいのか、何度考えても裕貴はそんなことさえ分からない。たったそんな不安が裕貴を困らせ、苦しめていた。


 裕貴はこのときになって、自分もあのときに侑希に気持ちを伝えておけば良かったと後悔した。そうすればまだ、侑希の心を引き留めておくことができたかもしれない。現状よりは良い未来が訪れていたかもしれないのである。


 しかし、裕貴がそんなことを考えて後悔したところで、どこか遠くにいる侑希の気持ちを知ることはできず、変えることもできない。無駄なことを考えて自分の首を絞めるくらいなら、もはや考えない方が良かった。


 裕貴の感情は疲弊し、停滞した状況が余計にそれを腐らせていた。


 感情に流されて、裕貴は侑希と約束してしまった。裕貴にはその約束を反故にすることはできない。侑希に会うためということよりも、そんな正義感が裕貴を突き動かしていると言って良かった。


 裕貴のそれからの生活で変わったことはほとんどない。侑希と出会う前の自分に戻っただけで、特別な感覚は全くなかった。


 バイト先でも、特に大きな変化があったわけではない。沙織とのデート以来、沙織とはバイト仲間としての関係を保っている。裕貴がそれを気にすることはなかった。


 しかし、小さな出来事を挙げるならば、裕貴に小さな変化が一つだけあった。それは裕貴の生活に直接影響を与えるようなことではない。なくなっていたものが久しぶりに見つかった。そんな程度のことである。


 裕貴はこの頃になって、再び自分の過去の夢を見るようになっていた。いつかの教室や神社で起こった光景を、裕貴は第三者の感覚で見続ける。


 それが意味する内容を理解することはできていなかったが、それでもその夢が今の自分に何かを訴えかけてきているような気がしてならなかった。そして、裕貴には思い当たる節がある。


 裕貴の在籍しているクラスでは同じようなことが起きている。裕貴が高校二年生になって半年以上が経っていたが、今も爪弾きは行われている。担任が解決を図ろうとして、一時は解決したかのように見えた。しかし、より陰湿な方法に変わってしぶとく残り続けていたのである。それを担任はまだ知らない。


 そんな状況が夢で見る状況と似ていることに、裕貴は以前から気がついていた。そして、そんな状況を打破するよう夢が裕貴に訴えてきている。裕貴はそんなことを思っていた。


 夢が人格に対して何かを要求してくるなど、非科学的で考えるに値しないことかもしれない。しかし、裕貴はただそれをありえないの一言で片付けることができなかった。今、夢の中の少女がどうしているのかなど、裕貴の知るところではない。それでも、裕貴は因果関係を疑ってしまっていた。


 ただ、どんなに夢の中の誰かが今の裕貴に語りかけてきていたとしても、裕貴にそれを実行するつもりなどなかった。いつかの小森が言っていたように、裕貴は自分のことをどうにかすることで手一杯である。傍観者が多数を占めている中で、裕貴が無理をして動く必要はなかったのである。


 侑希のことや自分の将来のことなど、考え出すと堂々巡りになってしまうことは数多くある。人の心配をしている暇などなかった。


 それが裕貴の十一月の主な出来事だった。夢を見る頻度は決して高くなかった。裕貴が忘れてしまわないようにしているのか、数日に一度の頻度である。裕貴はそれを特に気にすることはなかった。それが裕貴のいつもの生活だったのだ。


 しかし、状況が変わったのはそれから数週間が経った頃だった。東京の街は冬が近づいてきていることもあって寒くなり始めている。その頃に裕貴が見た夢は、裕貴への干渉を強めていた。


 気がついたのは、ある一日のことだった。いつもは夢を見てもすぐに忘れることが多い。人はいつまでも見た夢を覚えているわけではないのだ。しかし、その日は違った。


 裕貴は久しく一夜で四つの記憶を見た。それを久しぶりなことだと思いながら起きようとした裕貴だったが、夢はそんな裕貴の行動を阻害した。目は覚めているはずである。しかし、体が縄で縛られてしまったかのように全く動こうとしなかった。いわゆる金縛りの状態である。


 金縛りは初めての体験ではない。最初はそう思って、裕貴はそれが解けるのを待った。しかし、体の自由が与えられないまま裕貴の視界は突然明るくなった。


 それは決して裕貴が目を開いたわけではなかった。なぜなら、再び記憶を見始めようとしていたからである。それも、瞼がスクリーンになったかのように強引に裕貴に見ることを強要する。裕貴はそれに逆らうことができなかった。


 裕貴はその時に初めて、自分が見ていた記憶に恐怖感を持った。自分の意図とは関係なく、思考を制御されて見たくもないものを見ている。裕貴にとってその感覚は恐怖以外の何物でもなかった。


 初めに裕貴は、教室の中で少女が隠されたものを探す様子を眺める。どんなに動こうとしても、夢の中の裕貴も実際の裕貴も全く動かない。ただ、風景を眺めているだけである。


 次に、教室の中で少女が男子生徒に囲まれている様子が見えてくる。最初の裕貴はそんな様子を見ているだけだったが、夢の中の記憶を変化させれば解決するかも知れないと考えて必死に動こうとした。しかし案の定、裕貴は動くことができないまま、目の前の状況を眺めるしかできなかった。その様子もすでに今日見ている。


 そして、どこかの神社での様子が映ってくる。少女が怪我をしているところで、夢の中の裕貴は今まで見てきた通りの行動をして少女と接していく。その最後に、裕貴は少女から何かを手渡される。それはぼやけていて、何を受け取ったのか今回も分からないままである。


 最後に、裕貴は隠された鍵を少女に返す。結局、裕貴が見たものはいつも見ている記憶と何ら変わりのないものだった。


 しかし、圧倒的に違っていたことは夢を見ているときの状況だった。まるで束縛された状態で見せられる夢は、いつもとは違ったものに見えた。ただの夢として済ませようとしている裕貴への忠告のようにも解釈できる。


 裕貴の金縛りが解けたのは、二度目の夢を見た後すぐのことだった。ベッドから飛び上がると、裕貴は周囲の様子を確認する。しかし、変わった様子は全くなく、外はまだ夜も明けていなかった。寝汗をかなりかいていて、裕貴は何か不安を感じてしまう。ただ、それを解決することはできないことだった。


 裕貴が恐怖したそのような体験は一度きりで起きなくなった。記憶を強引に見せられたときは不吉なことを考えてしまっていた。しかし、それから数日間に渡っていつもの様子で夢を見ることになったため、裕貴は不運が重なっただけだと処理した。


 そして、裕貴の生活は再び変化のないものに移っていく。しかし、状況は動き出すことを待っていた。

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