図書館
薄暗い奥から声をかけてきた女性は、自分を呆然と見ていた二人に対して、どこかすまなそうに話しかけながら姿を現す。
「すまないね。私が召還んだ客人だというのに、もてなしがきちんとできなくて」
軽く目を伏せて話す女性を二人は視線をずらす事なくじっと見る。
鴉の濡れ羽のような黒髪を長く伸ばし、顔のパーツは綺麗に整っていてそれだけでも目が離せないのに、それ以上に目を奪われたのは翠かかった金の瞳。
「「うわぁ・・・きれい・・・・・・・」」
何か話していたが、二人はそれを聞かずに見とれていて、つい思った事を口に出してしまう。
その言葉が聞こえた女性は、目をパチクリと見開いてから微笑んだ。
「あんまり言われた事がないから、きれいと言われると嬉しいねぇ」
「そうなんですか? こんなにきれいな人、芸能人でもほとんどいないのに・・・・・」
「本当だよ。思わず見とれちゃったよ」
女性は軽く照れているが、それを畳み込むように有栖と羽咲は目を輝かせながら褒める。
褒められ慣れていない女性は、気持ちを落ち着かせるために軽く咳払いをしてから自己紹介をした。
「あらためて、私は図書館の館長をしているネーベルだ。君たちの名前を聞いてもいいだろうか?」
「私は姫川有栖」
「姉の姫川羽咲です」
「二人は姉妹?」
ネーベルの問いに軽くうなずいた。
正確にいうと双子だが、姉妹でも間違っていないのでそのままにしておく。
「ここだと詳しい話も出来ないから、移動をするが・・・・・大丈夫かい?」
その問いに二人はコクコク頷き立ち上がろうとするが、それよりも早くネーベルはパチンと指を軽くならす。
すると、本棚で薄暗かった図書館から応接室のような部屋に移動していた。
突然の事に目を大きく開いている二人に対し、いつもこの方法で移動しているネーベルは不思議そうに首を傾げる。
「図書館は基本飲食禁止だからな。それに、ここでなら落ち着いて話も出来る」
「それは分りますが・・・・」
「一瞬で・・・・移動するなんて・・・・・」
二人が驚いている事とはだいぶずれた事を言いながら二人のためにネーベルがお茶を用意していると、なんとか衝撃から復活した二人は大丈夫ですと言う前にカップを目の前に置かれてしまった。
何事もなかったようにテーブルを挟んでおいてあるソファーに座る。
話をしようと口を開く前に二人が手を挙げて自分たちが思った事をそのまま口にする。
「さっきの移動方法は何ですか? もしかして、魔法だったりします?」
「さっきの場所は図書館みたいだけど、狭間の図書館っていうのはどういう意味ですか?」
体験した事のない出来事だったので、二人は思った事を次々と質問する。
ネーベルはどう答えたらいいのかと考えていると、質問攻めだった二人が我に返り小さくなった。
「移動方法は・・・魔法になるな。さっきの場所は、図書館で間違いない。狭間というのは文字通り世界と世界の間にあると言う意味だ」
ネーベルは嫌な顔もせず、二人の質問に簡単に答える。
すごいすごいと二人ははしゃぐが、ネベールが真剣な表情をしたのを見て静かにする。
二人のその様子を見て、ゆっくりと口を開く。
「実は、君たち二人をここに召還んだのは私なんだ。召喚んだ理由はこの図書館の奥の奥に隠されている本棚があって、そこに置いてある本の鍵が・・・・修復できないくらいに壊れてしまったからだ」
「修復できない?」
「そうだ。私の力が及ばなかった為に、世界が狂い始めてきた。その影響は徐々に出始めている。もしかしたら・・・・・君たちは気づいているかもしれない」
ネーベルに言われ、二人は何となくわかった。
ここに落とされる直前までその話をしていたのだから。
この女性なら話しても大丈夫だと思ったので、自分たちが知っているほとんどの物語の内容が変わってしまった事について話をする。
「気づいたのはたまたまだったんです。久しぶりに本を読んだら、話の内容が変わってたので疑問に思って・・・・」
「私も同じ。お姉ちゃんに相談しようと話したら、同じ事聞かれて驚いた」
「本当だよね。私たちが読んだ本は、元々家にあった本だから、内容が変わっているのはおかしいし」
「だから学校の友達に話を聞いてみても、頭どこかにぶつけたって逆に心配されちゃった。そうだ、学校の図書室の本も内容が変わってたよね」
「私たちが家で読んで疑問に気づいた本にしたんですけど、家で読んだ内容と同じで・・・・・。帰りに図書館でも調べてみましたが、私たちが読めた範囲では、ほとんどの本の内容が変わっていました」
その事を教えると、ネーベルは悔しそうにキュッと眉を寄せる。
それもそうだ。鍵の損壊を止められなかったのがよほど悔しいのだろう。
二人には見えない位置にある手をギュッと握りしめる。
「君たちの知っている物語が変わってしまったのは、さっき言ったように鍵が壊れてしまった影響だ」
「「えっ?」」
「鍵が壊れるっていうのは、世界が世界でいられるようにある壁が歪んでしまう事を言う。その世界の壁が歪んでしまったので、君たちの知っている物語が変わってしまったんだ」
あくまで淡々と話すが、表情の方は悔しさを隠すことができていない。
二人は彼女のその表情を見て、自分で解決できなかったのが悔しかったのだと感じる事が出来た。
軽く伏せていた視線を上げて、二人の目をしっかりと見る。
「無理を承知でお願いする。私を手伝ってくれないか?」
あまりにも必死な様子に、二人はどうしようかと顔を見合わせる。
有栖の方は姉の言葉に従うのみなので、正直何も考えない。
全てにおいてまかされてしまった羽咲は、自分の考えをゆっくりと口に出した。
「いくつか質問をしてもいいですか?」
「答えられるものであれば・・・・・・・」
「ここはどこですか?」
「さっきも言った通り、世界と世界の狭間にある館になる」
「図書館と館は同じなんですか?」
「同じだ。館の方は私たちの住居になっている」
「なんで私たちだったんですか?」
「言ってもいいのだが・・・呆れないでくれよ?」
念を押すように言うネーベルに二人は不思議に思いながらもうなずく。
彼女曰く、二人が住んでいる世界は昔からいろいろな世界を自然にバックアップしていたらしい。
二人の世界で読まれているほとんどの物語は、作者が無意識のうちに覗き見してしまった世界《ものがたり》らしい。
特に双子たちが住んでいる日本は、特にその傾向が強いという。
淡々と説明するネーベルと、聞いていくうちにだんだんと目線が泳いでいく姉妹。
それを聞いて何となくだが二人は、選ばれた理由を理解してしまった。
彼女たちの周りに、そういう人種が多くいるために。
空耳かもしれないが、友人たちのうらやましそうな声が聞こえてきそうだ。
『異世界召喚なんて、オタク心をくすぐるよね』
『あはは、『世界を救って下さいっ! 勇者様っ!!』ってか?』
『あとは・・・・・『オレは冒険者になって、世界を見に行くぜ!!』とかも面白いな♪』
しまった・・・・。
友人たちが言いそうな台詞を脳内再生してしまった。
二人してげんなりしながら聞いていると、ネーベルの説明が終わった。
「なので選ばれてしまったんだ」
「まぁ・・・・オタク文化はいろいろ取り揃ってるからねぇ・・・・・」
「そうなると、マンガ・ゲーム・小説みたいな世界があるってことなのかなぁ・・・・・」
「・・・・その元になった世界はあるはずだ」
どこか遠い方向を見ながら聞いてしまうと、帰ってきた返事は肯定だった。
その言葉に、ますます友人たちの方がふさわしいのではないかと思ってしまう。
が、少しわくわくしてしまっている。
いろいろ吹き込まれているとはいえ、友人たちの知識に足下まで及ばないにも関わらずだ。
「君たちなら、先入観なしで世界を見てくれるとおもったからだ」
困った感じの表情をしていたのか、ネーベルははっきりとここに召喚ばれたのは君たちだと伝えた。
ここまで言われてしまったからには、手伝いをしなくてはと思い、羽咲は有栖と顔を見合わせる。
姉の意思がわかり、有栖は軽くうなずく。
彼女は姉が決めた事ならどんな事でも従うからだ。
だから言葉に出してそれを伝える。
「鍵の修復を手伝います。ね、お姉ちゃん」
「そういう事です。あ、一つ聞き忘れたのですが、私たちは帰れますか?」
「手伝ってもらえる事に感謝する。それは安心して。きちんと帰れる。ここは世界と世界の狭間になるから、君たちがここにきた時刻に帰れる」
それを二人は聞いて安心した。
その安心した様子を見せている二人に、ネーベルは今後手助けをしてくれるモノを渡すため声をかける。
「では、君たちの助けになるモノを渡す」
ネーベルがそう告げると、二人の前に幾何学模様が描かれた陣が二つ現れる。
「コレは・・・?」
「陣の上に手をかざしてくれ。この陣からは、二人の手助けをするモノが現れる」
言われるがままに手をかざすと、柔らかい光が陣の模様に沿って走る。
それぞれ違う色の光が溢れていく。
少し待つと光は収束し、陣の上にちょこんと言った感じでかわいらしい動物が座っていた。
何の動物かわかったネーベルは、軽く目を見開いた。
「驚いた・・・。まさか幻獣種が出てくるとは思っていなかった」
彼女が驚くのも無理はない。
なんせ現れたのは、幻獣種のなかでも希少性が高いカーバンクル。さらに二体も現れた。
「このリスみたいのは、なんて動物なんですか?」
「幻獣種ってなんですか?」
これほどすごい事態を引き起こした事にまるで自覚がない二人に苦笑しながら、現れた二体の説明をする。
「この二体は、『カーバンクル』という幻獣種になる。おそらくこの名前に聞き覚えはあるんじゃないか?」
「えっ!? カーバンクルって、黄色で舌が異様に伸びて額の宝石からビーム出して、カレーが大好物ではないのっっ!!」
「耳が大きいリスみたいだねぇ〜」
ネーベルの説明に、有栖は知っているのと違うと驚き、羽咲はほのぼのと愛でていた。
有栖が驚いているのは自分たちの前に現れたカーバンクルの色が、濃い黄色でなく薄い黄色と羽咲の前にいるのは薄い緑色をしていたうえに、リスみたいな姿をしていたからだ。
「そうだ。彼らに名前を付けてやってくれ。カーバンクルは種族名になるからな。あと、君たちと同じでその二匹も兄弟のようだ」
ネーベルにそう言われ、羽咲は手のひらに乗せたまま首を傾げる。
カーバンクルも同じように首を傾げる。
「かわいいわねぇ〜。どんな名前がいいかな〜」
「・・・・カーくんじゃだめかな?」
「いいかもしれないけど、その名前、結構アウトだよ? とりあえず、しっかり考えてみたら?」
「わかった。いい名前を考えてみる」
羽咲なのんびりと名前を考えようと言うが、有栖は何でもいいかと思うけど大好きな姉にきちんと考えたらと言われ、しっかりと考え始める。
その様子を微笑ましいと思いながら紅茶を飲んで待っている。
しばらく考え込んでいが、二人は同時にひらめいた。
「あなたはミント」
「キミはモミザ」
二人が名を付けると、二匹は毛と同じ光を放つ。
『『はじめまして、ボクらのマスター!!』』
「「!?」」
急に子供のような声が聞こえて二人は驚く。
「名付けは契約の証なんだ。無事にできたようで良かったよ」
「・・・・契約?」
「え? どういうこと?」
くすくすと笑いながら種明かしをする。
「呼び出せただけでは、彼らは手伝いをしてくれない。彼らが気に入る名を付ける事ができれば、彼らは唯一無二のパートナーになってくれる」
「という事は、私たちは合格ってこと?」
『そうだよ。ボクはミントってなまえ、だいすき』
『ボクもモミザってなまえ、だいすきだよ』
「よろしくね、ミント」
「これからよろしくな、モミザ」
名前を与えられて嬉しそうにすり寄る二匹。
二人は自分のパートナーのカーバンクルを撫でると、二匹は嬉しそうに目を細める。
その様子を見て、ネーベルは第一段階はうまくいったと内心思い、少し安心した。
「では、世界を教えよう」
きちんと教えていなかった、世界を説明をする。
わかりやすくまとめると、この図書館は世界の扉を担っている。
世界の扉は様々な形をしており、一方通行の扉もあれば、互いに行き来することができるのもある。
ネーベルの説明で、有栖たちの世界は一方通行の扉で、しかもかなり特殊な構造をしていると教えてもらった。
「私たちの世界って・・・・」
「色々な世界をチラッと覗き見するしか出来ないなんて・・・・」
「知ってる話のほとんどが、作者が無意識に覗いた世界だなんて・・・・」
「まあ、そのお陰で世界の扉の鍵のバックアップができてるんだがな」
有栖と羽咲はがっくりとし、ネーベルは苦笑するしかなかった。
いろいろと説明を受けたあと、フィーリアから次の贈り物を渡される。
「今から二人に、私から魔法を・・・創造魔法を教えよう」
魔法と聞いて、本格的なファンタジーになってきたと思った。
既にパートナーになる幻獣がいるのだが、やはり魔法の言葉で自覚してきた。
「その・・・・クリエイト・スペルってなんですか?」
「魔法・・・って言うのはわかるだけど・・・・・・」
どんな魔法かわかっていない二人に、どのような字を当てるのかを二人の世界の字で教える。
「二人の世界での字で表すと、創造魔法という字になる」
「クリエイトって創造の事かぁ」
「納得した。で、どんな事が出来るんですか?」
字を教えてもらうと、どんな魔法か何となく想像はできたのだが、いまいち掴みきれない。
フィーリアは、魔法なんて想像の産物でしかない世界の二人に詳しく教える。
「簡単に言えば、想像したものを作り出す魔法だ」
軽く手を振ると、何もなかったところから花束が出てきた。
見本と言わんばかりにやって見せる。
「「おお〜〜〜」」
初めて見せられた魔法に、二人は素直に驚いた。
その魔法が自分たちも使えると思うと、わくわくしてきた。
「今見せたのは、創造魔法。あなたたちに教える創造魔法の完成型になる」
完成型と聞いて、二人はふと思う。
自分たちが教えてもらう魔法は、いったいどういう扱いになるのだろうかと。
「えっと・・・・、私たちが教えてもらう創造魔法は、どういう扱いになるの?」
「まぁ、私が扱う創造魔法の劣化版と思ってくれたらいい」
「劣化版・・・・・・」
「それでも、これから行ってもらったりする世界に存在する魔法では最強の分類になるし、この魔法は行った世界で覚えた魔法を記憶しておく魔道書の役割も持っている」
劣化版と聞いてがっくりしている有栖に、魔法の分類では最強の中に入ると教えるのと、別の役割をあかしフィーリアの創造魔法の魔道書を見せる。
あれこれ教えていると、どこからともなく現れた青年が、フィーリアに二枚の紙を取り出して渡す。
その紙は、数多の呪的契約に用いられる羊皮紙になる。
「これは魔法を扱えるようになる契約書。聞いた事があるかもしれないが、羊皮紙製になる」
羊皮紙製と聞いて、こういうのに明るい友人たちの言葉が聞こえた。
『悪魔との契約書はねぇ、羊皮紙を使うんだよぉ〜』
『他の呪的契約なんかもそうなんだよ』
『『ゲームやマンガの中だけだけどね!!』』
「この契約は・・・の前に、彼は誰ですか?」
「契約が終わったら紹介をするよ」
「あ、わかりました。で、契約は・・・・悪魔となんですか?」
「それはないよ。私がこの魔道書を貸すという形の契約書だから、君たちが思っている契約とは違うよ。ほら、君たちの世界にもあるだろ? 貸し出し許可書」
二人が思っているのよりも結構アバウトだったようだ。
「ま、この紙を使う理由はたった一つ。それは、貸し出すのが魔法と魔道書だからだ」
「「・・・・・・・・・」」
何とも言えない空気が、三人の間を吹き抜ける。
こほんと軽く息をついて、続きを話す。
「あと、私たちの仕事を手伝ってもらう契約書もかねているんだ」
二人の世界の字で書かれた羊皮紙を渡す。
だいたい契約書のたぐいは細かい字にびっしり書かれているが、この契約書はわかりやすく書かれていた。
〔ひとつ、創造魔法及び魔道書を貸し出し、使用することを許可する。
ひとつ、世界を渡る事を許可する。
ひとつ、図書館及び館に自由に行き来する事を許可する。
以上の契約を結ぶものとする。
貸し出し主 フィーリア 〕
内容を読んで二人は思った。
こんな内容でいいのかと。
「こんな簡単な内容で大丈夫なんですか?」
「実際その内容であっているから大丈夫だ」
あっさりと本人が言うので、何も言えなくなった。
この内容でいいのならというか、良いとしか言えないので二人はサインをする。
「これで契約は実行された。では、実際に魔法を使ってみようか」
「「え!? いきなり?」」
「聞くよりも、自分で実際にやってみた方が早いし、今使う事の出来る魔法は、創造魔法のみだからね。自分が普段使ったりしているのをとりあえず創造《つく》ってみたら?」
そう言われ、やるしかないと思い二人は思い浮かべる。
有栖は自分たちの部屋に置いてあるお揃いの小物を思い浮かべ、羽咲は今朝お世話になった目覚まし時計を思い浮かべる。
「「創造魔法」」
そう告げると、有栖からは淡い黄色の光が溢れ、羽咲からは淡い緑色の光が溢れる。
光が収束すると、それぞれの手のひらに思い浮かべたものが乗っていた。
「おぉ、部屋に置いてある小物だ」
「ふふっ、私たちの目覚まし時計」
「すごいな。初めてでちゃんとできるなんて・・・・やっぱりあの世界の住人は、柔軟性が高いのか・・・・」
嬉しそうにしている二人をフィーリアはほめつつも、二人の世界の特異性に驚いていた。
魔法が成功して喜んでいた二人は、思い出したようにフィーリアに青年の事を紹介してもらうように頼む。
「そうだったな。私の僕で館の執事のクレメントだ。図書館の副館長も兼任している」
「はじめまして、お嬢様方。主より紹介にあがりましたクレメントと言います。よろしくお願いします」
名を呼ばれると、クレメントは丁寧にお辞儀をして挨拶をした。
フィーリアが執事と話していたのが納得できる動作だった。
まぁ、彼女たちは本物の執事は見た事がないので、あくまで、そうあくまで想像につきるのだが。
「主、お嬢様方。お茶のおかわりはいかがですか? 丁度お菓子が出来上がりましたので、一緒にお持ち致しますが?」
「そうか、では頼む」
「「ありがとうございます」」
クレメントは軽くお辞儀をしてからこの場から消えた。
そう、文字通り消えたのだ。
「・・・・・・・え?」
「消え・・・・・た?」
目をまん丸くして驚く二人に、フィーリアは思わず声に出して笑ってしまった。
「ふっ、ふふ・・・・」
悪いと思ったのだが、抑えられなかった。
二人を見ると、ムッスリとしている。
「笑ったりして悪かったな。クレメントも魔法が使える」
「むぅ・・・・あの人も魔法使えるんだ・・・・・」
「笑わないでよ。びっくりしたんだよ。いきなり消えたから」
謝罪すると、ふてくされながらも驚きを口にした。
簡単な魔法の使用方法やごまかし方を教えていると、クレメントがいきなり現れた。
「お待たせ致しました。タルトと紅茶のセットにございます。主、ツヴァイがお客様の為に腕によりをかけて作ったそうです」
「あの子が本気を出すなんて久しいんじゃないの?」
「そうですね。お客様がお年頃のお嬢様たちなので、ツヴァイは張り切ったようです」
有栖と羽咲は二人のやり取りを聞きながなら、目の前に並べられるスイーツに目をキラキラさせる。
自分たちの世界でもあまりお目にかかれないほど綺麗なお菓子だった。
食べるのがもったいないと思うくらいの見事なタルト。
「これ、食べてもいいんですか?」
「うわぁ・・・食べるのがもったいない・・・・・」
と言いながらもしっかりと食べる。
味は見た目を裏切らなく、今まで食べた事がないくらいの美味しさだった。
「では、そろそろひとつ目の世界に行ってもらおうか」
「大丈夫ですけど、始めはどこに行けばいいの?」
「どんな世界なんだろう。わくわくするね、お姉ちゃん」
すっとクレメントがお盆に乗せた本を持ってきた。
鍵が無惨に壊れ、表紙は所々破れている。
「始めはこの世界を頼みたい」
「ぼろぼろだね・・・・」
「どうやって行けばいいの?」
本を出されても、どうやってこの世界に行けばいいのかわからない。
フィーリアは窓の隣にある騙し絵の扉に近づく。
本を魔法で浮かばせ、丁度本の入るくらいの穴に本をはめ込ませる。
「これで繋がるようになる。この扉をくぐれば、世界に行けるよ」
あまりにもお手軽な扉に、二人は何も言えなくなった。
どう見ても、どこぞの秘密道具にしか見えない。
だが、本がはめられてから、無地の扉に模様がゆっくりと浮かび上がってきている。
「向こうには、ここを知っている人間が手伝ってくれる手はずになっている。協力してくれ」
「わかった」
「どんな人?」
「会えばわかるが・・・・私自身はあの世界の中で、あんまり敵に回したくないかもなぁ」
図書館の館長が敵に回したくないとまで言わしめた人物に、有栖と羽咲はどこか不安を隠せない。
クレメントもその人物にあった事はあるが、先入観なしで会った方がいいかもしれないと思い、何も言わずにフィーリアの側に立っている。
腹をくくった二人は、最後の確認をする。
「帰ってくるにはどうしたらいいの?」
「同じ扉をくぐれば、ここに戻って来れる」
「扉は壊れたりしない?」
「存在している間は、いかなる攻撃にも破壊はされない」
それを聞いた二人は、扉の前に並んで立つ。
二人に肩には、カーバンクルのモミザとミントがいる。
『ボクたちもいっしょ』
『マスターとどこでもいっしょ』
「この二匹は、君たちを導いてくれるから」
「へぇ〜、あらためてよろしくね、ミント」
「こっちもよろしくね、モミザ」
軽く頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めていた。
そして改めて扉を見つめる。
先程見たときよりもはっきりと模様が浮かび上がってきている。
「さあ、世界への扉が繋がった。・・・この世界を頼む・・・・・・・」
フィーリアの言葉に二人は頷き、扉をくぐった。
光が溢れ、二人の姿が見えなくなった。
「あなたたちに、数多の助けが降り注ぐように・・・・・・」
扉が閉まりきる前に、フィーリアは二人に魔法をかけた。
どの世界に行っても、迷う事なく目的を達成できるように・・・・・。
音もなく閉まった扉をフィーリアとクレメントは無言で見つめていた。