日常と幼なじみ
俺は、少しずつ周りを見るようになっていた。
あの日から一ヶ月。
時間は掛かったけど、中学校でも誰かと毎日話せるくらいには回復していた。
家に帰ると、玄関で待ち構えていた響が満面の笑みで言う。
「お帰りなーちゃん! ご飯にする? お風呂にする? それとも勉強?笑」
「どれも嫌だな……てか響、そろそろ一回帰んないとおばさんに怒られないの?」
そう言うと、響は気まずそうに目を逸らした。
「あ、バレた? お母さんがそろそろ一回帰ってこいってうるさくて~」
「うん、帰りな」
俺が満面の笑みで言うと、響は大袈裟に肩を落とした。
「えー! 酷いよなーちゃん!! 僕、なーちゃんがいないと寂しいよ~! 帰りたくないよ~?」
「明日には帰りな? 俺もついていくから」
そう言うと、響はしょんぼりした顔になる。
「解ったよ~。けどまた来て良いよね?」
「うん、いつでもおいで」
その言葉を聞いた瞬間、響の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ再来週行くね!」
「近い近い」
そんな話をしながら家に入り、一緒にご飯を食べた。
風呂にも入り、夜も更けた頃。
俺はベッドに入ろうとして毛布をめくった。
すると中がもぞもぞ動く。
「……ん?」
恐る恐る覗くと、息を潜めている響と目が合った。
「あ」
「あ……」
数秒の沈黙。
そして俺は叫んだ。
「ぎゃあああああ!! お化けぇぇぇぇ!!」
「誰がお化けじゃぁい!!」
勢いよく飛び起きた響が怒鳴る。
「響!? 何でここにいるのさ!?」
「寂しかったから」
「寂しいって言われてもなぁ……」
「良いじゃん! 一緒に寝ようよ!」
「ダメです~!」
すると響は悲しそうな顔をした。
「良いじゃん……もしかして僕の事嫌いになっちゃった?」
「いや! そんな事は!」
悲しそうな目で見られる。
ずるい。
そんな顔をされたら断れない。
「あー……解ったよ。おいで。一緒に寝よ?」
その瞬間、響の顔がぱっと明るくなった。
「流石なーちゃん! そういうところ好きだよ。けど他の人と寝たら許さないからね?」
「はいはい。響ちゃんは独占欲が凄いね~」
からかうと、響は少し顔を赤くした。
「別にそんなんじゃ……無いし」
そう言いながら俺に抱きつき、そのまま寝息を立て始めた。
翌朝。
「起きて~。響、帰るよ~」
俺が身体を揺すると、響は眠そうな声を出す。
「ん~……もう少し……それかなーちゃんがキスしてくれたら起きるかも?」
「え?」
「だからキスだって」
「無理」
「何で!? なーちゃんのケチ!」
「何がケチだよ……」
「じゃあよしよしして?」
「はぁ……おいで」
俺は響の頭を撫でながら、ついでに髪を整える。
「流石! なーちゃん!! 器用~!」
毎回同じ反応をするな、こいつ。
「そろそろ電車に遅れるよ。行こ?」
そう言って二人で駅へ向かった。
電車に乗り、席に座る。
窓の外を眺めながら呟いた。
「てか、俺五年ぶりに帰って来るのか……」
「確かにそうだね~。なーちゃん楽しみ?」
「全然。むしろ怖いかも」
響は優しく笑った。
「そっか。そうだよね」
少しの沈黙。
俺は窓の外を見ながら言った。
「けど、響のおかげで今の俺が居るんだ。ありがとう、響」
そう言って微笑むと、響は顔を真っ赤にした。
「ちょ、今のは反則……」
しばらくして駅に到着した。
久しぶりの景色を見回す。
「久々だな、ここも」
「だよね~。なーちゃん、手繋ぐ?笑」
「繋がないよ笑」
「えーケチ」
そんな話をしながら歩き、響を家まで送る。
「なーちゃんまたね!」
「じゃあな、響~」
手を振り、俺は一人駅へ向かった。
懐かしい景色を見ながら色々な場所へ寄り道する。
そして駅へ戻り、ベンチに座ってぼーっとしていた。
すると突然、横から声が掛かった。
「夏くん、だよね?」
振り向く。
そこには見覚えの無い女性が立っていた。
「あ、はい。どちら様で?」
そう尋ねると、その女性は少し寂しそうに笑った。
「そっか。覚えてないよね」
そして続ける。
「けど今は私の名前なんてどうでも良い」
女性は真っ直ぐ俺を見た。
「今君は幸せ?」
突然の質問だった。
「まあまあですかね?」
そう答えた時、電車がホームへ入ってきた。
「それじゃ俺はこれで――」
そう言いかけて振り向く。
だが、そこに女性の姿は無かった。
「あれ……?」
不思議に思いながらも俺は電車に乗り込む。
電車はゆっくりと走り出した。
――その電車を見送りながら。
一人の女性がホームに立っていた。
口元を歪ませながら。
「やっと会えたね、夏くん」
女性は電車を見つめる。
「いや……なーくん」
その瞳には狂気にも似た感情が宿っていた。
「今でもひーちゃんと一緒にいるんだ……」
握り締めた拳が震える。
「憎い」
「憎い」
「憎い」
「憎い」
「憎い」
「私はこんなにも、なーくんを愛しているのに」
女性は笑った。
歪んだ笑みを浮かべながら。
「やっぱりまた、なーくんを壊さないと」
電車は遠ざかっていく。
女性はその姿が見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。
第11話 終




