顔のない者
若い女性……それも、とびきりの美女が大柄な男によって地面に抑えつけられ、蠱惑的に聞こえなくもない……熱の籠もった吐息を漏らす。なんだか【いけない事】をしてるようで気が引ける。
「…………ハァ……ハァ…………ダメ、無理ね…………私の負けよ……ハァ……ハァ……」
ガウニィから薄い金色の光が消える。抵抗する力も抜け、双方の力みによる手の震えも止まる。
「…………さっさと殺しなさいな」
「いやいや、そんなことせんよ。副団長さん」
老体はガウニィの両手を放し、馬乗りの状態からガウニィを解放する。ガウニィはすぐには立ち上がらず、しゃがみの状態のまま老体をジッと見つめる。
「…………どうしてかしら?」
「副団長さんの最初の刺突……イズを殺す気がなかったじゃろ?ワシが剣先を握って止めたときにはもう力が前に入っておらんかったわ…………副団長さんは、ワシらが警戒しとる〈連中〉とは違う。【話】が出来る人じゃと思ってのう」
「……あの子……【イズ】と言うのですね」
「……あっ」(……あっ)
ガウニィは立ち上がって砂を払う。
「お肉屋さんの言う〈連中〉とは東聖魔法院の裏の顔、【渦】という人殺しの集団のことですか?」
「そうじゃ……」(やはり、この娘は【渦】ではないようじゃの……)
「ならどうして、その子を連れているのです?その子は【渦】の構成員です」
「知っておる」
「ならどうして?」
「…………」
矢継ぎ早に質問するガウニィに老体は困惑する。
どこまで話して良いものか、と。
「イズは……【染み】じゃ、望みもせぬ力を持たされて、大人の都合で利用される【子供】じゃ……そして必要がなくなったら処分される。ワシはそれが許せん」
「……染み……後天的に特異な魔力を移植された孤児ですか。その子は処分されかけて、それをお肉屋さんが救ったと……そうゆうことですか?」
「そうじゃ」
ガウニィは両肘を抱えるように腕を組んで視線を落とす。組んだ腕に寄せられた〈主張の強い胸〉が老体の目のやり場を困らせる。ガウニィは露出の多い格好しているので余計に困る老体。
「…………」
「……その子のことは分かりましたが、私が気になるのは貴方!お肉屋さんの方です!」
ガウニィは落とした視線を、突如老体に鋭く向け至近距離まで迫る。
「ーーむむっ!ちょ!副団長さん、何をーー」
胸板、腕、肩……しまいには太腿まで、パンパンに膨らんだ老体の筋肉を撫で回す。
「この身体……先程の身のこなし……ただのご老人というには無理があります」
ガウニィはそう言いながらと触る手を止めない。
「しなやかであり、バネもあるし、それでいて……なんて力強い硬さ……もう、堪らな……んんっ!け、けしからんですわ!本当にっ!!」
「ふ、副団長さん!ちょっと!」(いやいや何を言うとるんじゃ……この娘)
再び居た堪れなくなる老体はガウニィの両肩をガシッと掴み、前に突き出すように引き剥がす。
「ーーやんっ」
なんとも女子らしい声を上げる。
やんっ、じゃねぇわ!と思いながらも老体は話を逸らそうと思考を巡らせる。
「副団長さんこそ、【とある機関】とはなんなんじゃ?あ、怪しいのう?……うーむ、怪しいと思うのう」
老体はガウニィの肩を掴む手をそっと離し、顎に手を当ててヘタな演技の混じった疑いをかける。
「私は……この国と王妃殿下に害する者、思想、組織の情報をいち早く把握し、あるいは排除する。秘密裏に事を為す諜報機関【顔の無い者】の一員です。……【渦】も調査対象であり、〈排除〉も視野に入れています」
「ここへ来たのは【イズ】が目的か?」
ガウニィは目線を逸らして首を振る。
「全然関係ないですわ」
「なら……本当に休暇とか?」
「ええ……休暇を利用して私の【想い人】に会いに行く途中ですの」




