居た堪れない老体
老体は掴んだ細剣を強く引っ張って武器を取り上げようとする。それを察してガウニィは掴まれた切っ先を振りほどいて老体から距離を取って飛び退いた。
切っ先を掴んでいた手から血がボタボタと流れる。老体は痛がる反応すら見せずに、距離を取ったガウニィから視線を外さない。
「……あら、お肉屋さん……。あなたの目……凄く良い……
私の【想い人】になんだか少し似てるわ…………なぜかしらね……」
「……そうか……それは光栄じゃのう」
老体は軽い受け答えの最中、〈剣〉を構える。
「あら?……あらあらあらあら?あらあら……」
ガウニィは驚き、声を出す。老体の構える剣を見て……自身のサーベルホルダーにもう1本の細剣が失くなっていることに気づく。
「……すまんが、借りておるぞい」
「あらあら……ええ、構わないわ。お肉屋さん」
ガウニィは嬉々として構え、その身体から薄く白い光が消える。
「…………」
「………………〈白〉じゃ……失礼かしら?」
双方構え、集中する中……ガウニィが口を開く。
「…………霊装騎纏・黄ッッーー」
唱えた直後、薄い金色の光がガウニィを包む。
「ーー……っっ!!ーー」
(ーー来るっ!!だが動く前に移動魔法で先手をーー)
そう思った瞬間……
《ーーキィンッッ!!……ーー》
一瞬で距離を詰め、老体の右側頭部を狙う剣撃を繰り出すガウニィ。移動魔法を使う前に先手を取られ、それを防ぐ老体。金属同士がぶつかり削るような音が鳴る。
「ーーあら?」
次に左脚……
《ーーキィンッッ!!!!……ーー》
「ーーあららー?」
……更に背中
《ーーキィィンッッ!!!!……ーー》
「ーーあららら?」
そして脳天……わずかに〈緩急〉をつける。
《ーーキィィィィンッッ!!……ーー》
「ーーあらあらまあまあ……」
「………………」
いずれも身体の向きを変えず最小の動きでガウニィの攻撃を防ぎ、捌いて流す老体。その度、腑に落ちない声を漏らすガウニィはまた、少し飛び退いて距離を取る。
「どうして【切れない】のかしら?」
「……たしか、【綿斬】じゃったかの?女性騎士剣術の。……〈切断〉という一点に特化した技術」
「あらあら。ご存知だったのね、お肉屋さん」
「歳じゃからのう……色んなことを〈識る〉機会は副団長さんよりずっと多くての」
「あらあら凄いわぁ……でも〈最後〉のは捌き方が甘かったのかしら」
ガウニィは老体の持つ細剣に視線を落とす。
「…………」(ああ、そうじゃのう……全くもって恐ろしい娘じゃて)
《ーーピシッ……ーー》
老体の持つ細剣にヒビが入る。
《ーーッッ……カシャッ……ーー》
程なくしてヒビの部分から細剣が折れ、刀身が地面に落ちる。
……強いのう……この娘。
綿斬……厳密な仕組みは知らんが、繊細な力加減やタイミング、狙う箇所。それらを見極める目と卓越した剣術……すべてが揃ってはじめて実現に至る切断術。〈まっすぐ斬る〉というシンプルさ故に、そのどれかを崩してやれば良いと……接触する瞬間、思わぬ方向に角度と力の入れ具合を変え、位置も変えて〈まっすぐ〉を崩してやったが……3度目の斬撃、僅かな〈緩急〉をつけることで、もうこちらの動きに対応して〈まっすぐ〉を調整してきよった。
「全く……今の娘はみんな凄いのう。|メリーといい、副団長さんといい……才能に満ち溢れとる」
「……才能、ですか。その言葉はあんまり好きではありませんね。強さという点において、その恵まれた体躯のお肉屋さんの方こそ才能に恵まれているというのではありませんか?私は自分にあるもので最善を尽くしているに過ぎません」
「ふむ、気を悪くしたならすまんのう……許しておくれ」
「いいえ、褒めてくださったのは嬉しく思います……では、おしゃべりは終わりにして……【続き】をしましょうか」
ガウニィは間合いを取っているにもかかわらず、その場で細剣を持つ右手を振り上げる素振りで止まる。
「……そうじゃのう」(これまでにない挙動じゃ……なにか仕掛けてくるのう)
「…………」
「…………」
双方、少しの沈黙の後……老体は折れた細剣を地面に捨てる。
《……カシャッーー》
《ーードサッ!!ーー》
「ーーッッ!!!!キャッッ!!」
老体が捨てた細剣が地面に着くのと同時に
ガウニィの驚いた声と〈地面に倒れる音〉がする。
「……あっ……あら?……あら?……私をこんなに容易く……一体どうやったのかしら?……あ……くっ…………っっ……」
身を捩りながらも、静かに脱帽するガウニィ。それは、老体が細剣を捨てるーー
ーーたった、ほんの瞬間の間に……
【地面に押し倒されて身動きを封じられていた】自身の状況に理解が追いつかないことに起因する。
仰向けで地面に突っ伏すガウニィの腰に馬乗りになる形で、振り上げられた細剣を持つガウニィの右手首を掴み地面に抑え付ける老体。反対の手もガウニィの背中に自身の左手の甲がくっつくような形で老体にガッチリ掴まれて固定されている。
その状態にも関わらず、ガウニィは薄い金色の光を纏ったまま必死に抵抗する。老体の抑えつけている手にも力が入り震えを見せる。
「……このっ!……あっ……んっ…………んはっ……ハァ……ハァ……ハァ……このっ!……んっ……んっ…………んっ……!!ハァ……ハァ…………」
「……………………」
抵抗するガウニィの吐息が漏れる。
「……んっ……!……ハァ……ハァ……くっ……あ……ふっ!ーー」
「…………あの……すまんが……
……〈その声〉……やめてくれんか…………頼む……」
老体は何だか、居た堪れなくなってしまう。




