828 お忍びに適した格好をしてきてください
「さあ、リョウヤ君よ! 早く我々を竜牙の谷へ連れて行ってくれ!」
玉座の間でイリーダさんの母親のイルミナージャ王妃が仁王立ちで言い放った。
どうしてこんな事になっているのかと言うと、機械人討伐の顛末とヴィルオンからの避難民の受け入れ状態を国王のサイラントさんに報告していたのよ。
そこでついうっかり、魔力泉に入ると疲れも癒されたなんて口が滑ってしまった。
前から魔力泉、いわゆる温泉が美肌効果があると報告していたものだから、王妃様達がいい加減に連れて行けと仰られまして。
「リョウヤさん? わたくし達は待ちに待ってるのでしてよ?」
「そうだよ! ミムもずっとリョウヤ君が連れて行ってくれるのを待ってたんだからね!」
セルフィルナさんの母親のセンシア王妃、ミヨリカさんの母親のミムリティ王妃もお怒りの様子。
ユーの母親のリネイリナ王妃は、ニコニコ微笑んでるだけで逆に不気味である。
仕方ない。流石にここら辺りが年貢の納め時かも。
一方、旦那さんの国王は素知らぬ顔だ。自分の奥さん達が俺と一緒に温泉に行っても構わないのだろうか。
「妻達の事はリョウヤに全部任せたぞ」
早々に責任放棄か!?
まあ、彼も色々と苦労しているのは想像に難くない。
「それはいいですけど、流石に王妃様達だけってのはマズいでしょう。護衛や側仕えも必要ですし……」
「む? リョウヤ君はそのような事を気にしているのか? 我々に護衛なんて必要無いぞ?」
イルミナージャ王妃はアマゾネス出身との事。
美しい容姿に均整の取れた筋肉だ。生身で機械人とも渡り合ったと聞く。
「うふふ。リョウヤさんたら、わたくし達の事を案じてくださるのですね。愛しの旦那さま程ではありませんが、お優しいのですね」
センシア王妃は魔眼持ち。
「リョウヤくんったら、そうやってポイントを稼ぐつもりなんだねー。ミムをその程度で落とせると思わないでね。ミムはサイくん一筋だし!」
ミムリティ王妃は精神攻撃を得意とする。
まったくもって、フリーダムな王妃様達だ。
そして、未だリネイリナ王妃は笑顔のまま沈黙を守っている。
「おい、リネイリナよ」
「なんですか? イルミナージャさん」
「お前、残って我が夫を独り占めするつもりではないだろうな?」
「ギクっ」
……今あの人、自分でギクって言ったよな。
「あらあら、そんなセコイ方だと思いませんでしたわ」
「抜け駆けはズルだからね、リネちゃん!」
「そういう訳だ。我々と同行してもらうかなら」
「リネイリナさんと裸のお付き合いも、今まで機会がありませんでしたからね」
「ミムがどれだけサイくんとラブラブなのか、いーっぱい語っちゃうからね!」
笑顔だったリネイリナ王妃が泣きそうな顔になってる。
しかし、俺には助け船すら出せる立場では無いのだ。
「リョウヤには、妻達の事を全て頼んだぞ」
あなた達の旦那さんは鬼ですか。
それはさておき、護衛はともかく側仕えの件だ。彼女達の世話係はいないとマズい。
「ん? そんなのリョウヤ君が担当すればいいだろう? 無駄にぞろぞろと大勢を引きつれて行ったら、お忍びの意味が無い」
「そうですわね。リョウヤさんなら、私達のお世話を安心して頼めますね」
「ミムのお願いをたーくさん聞いてね♪」
あんたら旦那さんに負けずと劣らず鬼ですか!!
「ちょっと、リネイリナ王妃からもなんとか言ってくださいよう……」
「うふふ。私の面倒も見てくださいね」
あ、これは駄目だ。
完全に俺の味方はいなかった。
「俺だけじゃ色々困るんで、娘さん達も呼びますよ? いいですね?」
「ほほう、リョウヤ君は我が娘のイリーダが遠方に出ていて、この場にいないのをいい事に仲間外れにする気なのだな? なんて極悪非道なのだ。仲間外れにされたイリーダが泣いてもいいと言うのだな?」
「う……それは……」
しまった。イリーダさんは大森林で統治者となるための経験を積んでいる最中だったのを失念していたよ。
いきなり呼び戻すのもマズいだろう。
「リョウヤさんは、わたくしの娘のセルフィルナの面倒も見てくれるとおっしゃるのですね。随分と頼もしい殿方ですわ」
「ミムとミヨリカちゃんの特製クッキーを食べたいんだね! 気合入れて作っちゃうから♪」
「せっかくですし、娘のユユフィアナと一緒にリョウヤさんの血を味わってみようかしら?」
もうそれ地獄だろ。
マジで勘弁してください。サイラントさんがニヤニヤしてこっち見てるのが妙に腹立つな。
「ああもう、分かりましたよ! あくまでもお忍びですからね! 最低限、自分の事は自分でやってくださいよ!」
「最初からそう言えばいいのだ」
「本当にリョウヤさんてワガママなのですから」
「ミムの方がよっぽど常識人だよね♪」
本当にどの口が言うのやら。
リネイリナ王妃はギリギリまともなので、こんな風になってほしくないよ。
とにかく、王妃様達を連れて行くにしても目立ってはいけない。
普通の服に着替えてもらうとしよう。
「じゃあ、みなさん。お忍びに適した格好をしてきてください」
「うむ」
「わかりましたわ」
「りょうかーい♪」
「はい」
王妃様達がそれぞれのメイドを引き連れて玉座の間から出て行った。
その間、俺はサイラントさんと男の語らいだ。
「それにしても、本当に王妃様達を俺に任せていいんですか?」
「なんだ? 妻達を寝取るつもりなのか?」
「マジで冗談きついんですけど。いくら魅力的でも不倫は良くないです」
「でも多くの人妻と交際してるんだよな?」
「未亡人が三人と契約関係の夫婦の奥さん一人だけですよ」
ミっちゃんママとサっちんの母親のアヤメさんに竜牙族のマールさん。それにアンこ先輩の母親のファルさんである。
「お前、それ普通に言ってるけど倫理的にかなり問題だからな?」
「……え? マジですか!?」
どうやら、俺の中の常識も危ういらしい。
「そんな事より、日帰りだけど奥さん達がいなくなって寂しいんじゃないですか?」
「そんな事で済ますのか……。妻達の事は心配するな。その間は久々にミオリと過ごすつもりだ」
ミオリさんは、ユーの妹のミュリシャの母親だ。
彼女は平民出身だったし、王宮に入るつもりはないと愛人の枠に収まっている。
「それ、奥さん達にバレたら……」
「お前だって似たような事をやってるだろうが。くれぐれも妻達には秘密だからな! 絶対に言うなよ! 絶対だからな!?」
これは奥さん達に言えというフリなのでしょうか。
言ったら面白そうだけど、流石に目の前で国王陛下が奥さん達にボコボコにされるのは見たくない。
「何が秘密なのだ? 我が夫よ」
「うおう!? イルミナージャ! いつからそこいた!?」
「ん? たった今だが?」
「それはそうと、あなた。何が秘密なのですか?」
「サイくん、ミムに秘密なんてひどいよう!」
「うふふ。きっと私が眠り続けている間にも、多くの秘密を作ってきたのですね」
あー、これは完全に四面楚歌だなあ。
「ち、違う! 俺じゃなくてリョウヤの秘密だ!!」
(スマン! この埋め合わせは必ず!!)
サイラントさんの必死の声が伝わってくる。
気持ちは分からなくも無いが、あまりにもセコイよ。
仕方ないので貸し一つだ。
「ふむ……リョウヤ君の男ほどなら、秘密の一つや二つはあるだろうな」
「噂では人妻に恋慕して、寝取るそうではないですか」
「小さい女の子も好きなんだよねー♪」
「まあ、リョウヤさんは業の深い方なのですね」
完全に風評被害なんですけど。
それはそうとして、俺は物凄くツッコみたいのを必死に我慢している。
だが、それも流石に限界がきた。
サイラントさんは見て見ぬふりしてるが、俺が代わりにツッコむしかない。
「あのう、ところでそのお召し物はなんでしょうか……?」
「ん? リョウヤ君がお忍びに適した格好だと言ったではないか。何か文句あるのか?」
「問題大アリですよ!! いい年した王妃様がなんでビキニアーマーなんですか!!」
イルミナージャ王妃は露出度が大変な事になっているビキニアーマー姿であった。
見た目が若いし、普通に似合ってるのが物凄く困るし、目のやり場にも困る。
「年齢は余計だろう。君はもう少し紳士だと思っていたのだが、私の見込み違いだろうか」
「そういう問題じゃないですって! サイラントさんからもなんとか言ってくださいよ! 王妃様がビキニアーマーとかどう考えてもアウトでしょうが!!」
「似合ってるぞ、イルミナージャ。初めて顔を合わせた日の事を思い出すな」
「ふふ。そうやって面と向かって言われると、久々に胸がときめいてしまうな」
え、何この中年バカップル。
付き合いきれないんだけど。
一方、センシア王妃だが、彼女はこれまたなんと形容していいのか困る服装だった。
「わたくしは問題ないですよね」
「ええと、問題は無いと思うのですが……なんで主婦?」
センシア王妃は家庭感が溢れるエプロン姿であった。
長い髪を一まとめにして肩から流している。これでお玉を持ってたら、思わずママと呼びたくなるかもしれない。
「わたくし、普通の奥さんに憧れていました」
普通の奥さんってなんだろうな。
サイラントさんも満更では無さそうな顔してるし。
「お帰りなさい、あなた。ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
「それじゃあ、お前にするかな」
「イヤン!」
なんだこの中年バカップル。
こっちも付き合いきれん。
「むう、ミムはどうなの!?」
ミムリティ王妃は……古き良きギャルだろうか。
それも背伸びした感じのJCといった感じ。
白いスクールシャツにチェック柄の短いプリーツスカートにルーズソックスである。
「……似合うと思うんですけど、本当に大きい娘がいるんですか?」
「リョウヤくんたら、失礼しちゃう! ねえ、サイくんはどう思う?」
「これはパパ活とやらをしてしまう者の気持ちが分かった気がするな」
「ホ別3でいいよ♪」
おまわりさん、こいつらです。
まったく、俺の周りにはまともな人がいないのだろうか。
「あの、リョウヤさん。私はどうですか?」
唯一の良心、リネイリナ王妃は……もっと駄目だった。
「夢魔だからって、サキュバスのコスプレはやり過ぎだと思うのですが」
イルミナージャ王妃のビキニアーマーより、もっときわどい。
「いえ、この羽と尻尾は自前ですよ?」
「そういう問題じゃないです」
「そうですか……。サイラントさんはどう思いますか?」
「うむ、コスプレという物の良さが最近分かってきた気がするぞ。これもリョウヤのおかげだな」
俺のせいにしないでください。
でも、今度うちのみんなにもコスプレしてもらおうかな。
そんな訳で、王妃様達には普通の目立たない服装に着替えてもらいました。




