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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
61/286

《俯瞰地図》

2036年6月7日午後4時53分


軟禁(なんきん)されているって,どうして?」


 三俣(みつまた)研究室(けんきゅうしつ)にて,天乃(あまの)三俣(みつまた)へ質問を()げかける。

 天乃(あまの)は,おそらくそう時間はないとは考えつつも,《無貌(むぼう)》の男に関する情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)よりも,三俣(みつまた)境遇(きょうぐう)優先(ゆうせん)して(たず)ねてしまったのは,そもそもの三俣(みつまた)の立場を知らなければその情報(じょうほう)を当てにすべきかを判断(はんだん)できなかったから――などという(もっと)もらしい理由(りゆう)ではなく,()いて言うなら三俣(みつまた)雰囲気(ふんいき)が気になったからという(わけ)のわからない理由であった。

 つまり,“直観(ちょっかん)”に(もと)づくお()げである。


(なぜか,この建物(たてもの)に入った後くらいから,“直観(ちょっかん)”が(みょう)()えている気がする)


 天乃(あまの)には,一見(いっけん)合理性(ごうりせい)のない行動で的確(てきかく)に『正解(せいかい)』の(たく)を選んでいるという感覚(かんかく)だけが(のこ)っている。

 これが何を意味するのかは,現状(げんじょう)では考察(こうさつ)する材料(ざいりょう)がないため,保留(ほりゅう)しているが,とにかく,『正解(せいかい)』を選んでいるのであれば,それで問題(もんだい)ないだろうと違和感(いわかん)を無理やり飲み()んで納得(なっとく)する。


「ふむ,()きたいのは主体(フー)ではなく,意図(ホワイ)かい?」

「あ,それは――」

「いや,(かま)わないよ。主体(しゅたい)が誰かは決まってるんだろうしね。

 ただ,そうだなあ。これからする話は,裏付(うらづ)けがあるようなものじゃないから,多少(たしょう)脚色(きゃくしょく)した想像(そうぞう)()じりの回答(かいとう)となってしまうんだけど,それは(かま)わないかい?」

「はい,大丈夫(だいじょうぶ)です」


 三俣(みつまた)の話に天乃(あまの)同意(どうい)すると,三俣(みつまた)(つくえ)の上からこの建物(たてもの)見取(みと)()のようなものを取り出す。


「まずは,ちょっと僕について話そう。

 僕は,さっきも言ったとおり,本職(ほんしょく)研究者(けんきゅうしゃ)なんだけど,魔術(まじゅつ)も使えなくはないんだ。

 実際(じっさい)魔術(まじゅつ)が使えるほうが実践(じっせん)ができる場合には効率的(こうりつてき)だし,研究者(けんきゅうしゃ)目指(めざ)魔術師(まじゅつし)年々(ねんねん)増加(ぞうか)傾向(けいこう)にある。

 魔術(まじゅつ)発見(はっけん)から新しい分野(ぶんや)で,まだまだ未解明(みかいめい)事象(じしょう)(あふ)れているからね。現状(げんじょう)統一的(とういつてき)体系化(たいけいか)すら困難(こんなん)(きわ)めている。

 君たちがここ浅木(あさき)学校(がっこう)(なら)ってるあれらの魔術(まじゅつ)体系(たいけい)も,(すべ)仮説(かせつ)段階(だんかい)のものさ。

 だから,ちゃんと『(せつ)』って名前(なまえ)が付いてるだろう?

 この原因(げんいん)は,先行(せんこう)研究(けんきゅう)とは(こと)なる法則(ほうそく)――いわゆる“(みき)観測(かんそく)できない大樹(たいじゅ)”とも(しょう)される“例外(れいがい)のほうが多い法則群(ほうそくぐん)”が発見(はっけん)されたせいだと言われているね。

 これにより,魔術(まじゅつ)がまだ神秘(しんぴ)であった時代(じだい)魔術師(まじゅつし)研究(けんきゅう)成果(せいか)(まる)ごと使(つか)えなくなってしまっているわけだから,是非(ぜひ)もないよね。

 まあ,だからこそ,僕のようなニッチな分野(ぶんや)研究(けんきゅう)成果(せいか)も,何らかの基礎(きそ)研究(けんきゅう)裏付(うらづ)けになる可能性(かのうせい)があるってことで御目溢(おめこぼ)しをもらえてるわけで。

 そういった意味(いみ)では,僕が文句(もんく)を言える筋合(すじあ)いではないことなんだけどね。

 むしろ,そのおかげで生活(せいかつ)()り立っていると言っても過言(かごん)じゃない。

 “例外(れいがい)のほうが多い法則群(ほうそくぐん)様様(さまさま)ってわけだよ。

 ちなみに,ここからが本題(ほんだい)

 僕が使える魔術(まじゅつ)はたった1つ――分類上(ぶんるいじょう)固有魔導(こゆうまどう)って()ばれてるやつさ。

 その魔術(まじゅつ)名称(めいしょう)を――《俯瞰地図(ふかんちず)》という」

「――それって」


 それは,天乃(あまの)がこの場所に転移(てんい)させられたときに《無貌(むぼう)》の男が使用した魔術(まじゅつ)名称(めいしょう)であった。


「これで(さっ)してくれただろうか?」

「《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》の術式(じゅつしき)再現(さいげん)条件(じょうけん)()たすために軟禁(なんきん)しているのか?」


 天乃(あまの)は,事前(じぜん)推測(すいそく)していた《無貌(むぼう)》の男の術式(じゅつしき)再現(さいげん)条件(じょうけん)から,そのように推理(すいり)する。

 三俣(みつまた)はその回答(かいとう)()みを(ふか)め,先程(さきほど)持ってきた見取(みと)()(ゆか)に置くと,天乃(あまの)着目(ちゃくもく)するようにと()(しめ)す。


「僕の魔術(まじゅつ)は,ちょっと特殊(とくしゅ)でね。

 対応(たいおう)する地図(ちず)とか見取(みと)()存在(そんざい)しないと使うことすらできない。

 この魔術(まじゅつ)は,(たと)えばだけど,こうやって――」


 三俣(みつまた)はそう()べると,(かが)んでその見取(みと)()上にペンで直線(ちょくせん)を引く。


「――線を引くと,そこを通行(つうこう)できなくなる」

「え?」

「そして――」


 困惑(こんわく)する天乃(あまの)放置(ほうち)し,三俣(みつまた)はさらに引き出しからチェスの(こま)を取り出し,見取(みと)()の上に無作為(むさくい)にばらまく。

 そうすると,倒れた(こま)の一部が不自然(ふしぜん)に立ち上がり始める。

 中には,見取(みと)()(じょう)移動(いどう)するものすら存在(そんざい)する。

 その後,三俣(みつまた)見取(みと)()(ゆか)から持ち上げると,天乃(あまの)に見えるように広げてみせる。

 上に()っていたチェスの(こま)は一部が地面に落ちていくが,その中でも先程(さきほど)立ち上がったチェスの(こま)はそのまま見取(みと)()磁石(じしゃく)吸着(きゅうちゃく)させているかのように()り付いており,移動(いどう)している(こま)もそのまま移動(いどう)し続けている。


「――どうだい? (こま)の数さえ足りていれば,このとおり,図面内(ずめんない)人間(にんげん)を全て表示(ひょうじ)することだってできる。

 まあ,目印(めじるし)(こま)である必要(ひつよう)はないんだけどね。

 使っている図の縮尺(しゅくしゃく)対応(たいおう)するサイズであり,かつ(かず)さえあっていれば,砂粒(すなつぶ)とかでも代用(だいよう)できるよ」

「クソッ,これは――」

(こま)を置いて人に見立てれば,その(こま)を別の個所(かしょ)に置き(なお)すことで,理屈上(りくつじょう)空間(くうかん)転移(てんい)ができるって寸法(すんぽう)さ。

 もっとも,これは僕1人では,できない芸当(げいとう)なんだけど――」

「――いますぐ地図そいつから手を(はな)せッ!!」

「いいとも。

 もっとも,もう(おそ)いんだけどね」


 天乃(あまの)の言葉に,三俣(みつまた)見取(みと)()から手を(はな)し,見取(みと)()()けていた目線(めせん)天乃(あまの)(うつ)す。

 それを確認(かくにん)する前に天乃(あまの)は,足元(あしもと)()らばっていたチェスの(こま)を1つ(ひろ)い上げると,この部屋(へや)唯一(ゆいいつ)(とびら)に向かって(いきお)いよく投擲(とうてき)する。

 しかし,飛んで行った(こま)は,(とびら)の少し手前(てまえ)で何かに衝突(しょうとつ)し,(とびら)に当たることなく(ゆか)へと落下(らっか)する。


「やっぱりか。

 アンタ,ここに軟禁(なんきん)された理由(りゆう)について(うそ)()いたな?

 いや,はっきりと(うそ)()くとばれるかもしれないと()んで,ワザと関係(かんけい)ない事実(じじつ)説明(せつめい)してこっちがそれらしい(こた)えに()びつくの()ったというのが正解(せいかい)かな。

 結局(けっきょく)最後(さいご)までアンタは何も(はな)さなかったんだしな。

 さて,そんなアンタは,一体(いったい)何がしたいんだ」

「ははは。やっぱりばれちゃってたか。

 ()れないことはするもんじゃないね」


 天乃(あまの)指摘(してき)に,三俣(みつまた)悪戯(いたずら)がばれた子供のようにはにかんだ()みを浮かべ,(ほお)(ゆび)()く。

 三俣(みつまた)がしたことは,天乃(あまの)に対して自分の術式(じゅつしき)説明(せつめい)することに(かこつ)けて,見取(みと)()(じょう)のこの部屋(へや)(とびら)の間に()()()()()()()()()ということである。

 三俣(みつまた)(いわ)く,『――線を引くと,そこを通行(つうこう)できなくなる』とのことであるから,これは自分と(とも)天乃(あまの)部屋(へや)に閉じ()めたということに(ほか)ならない。

 天乃(あまの)行動(こうどう)は,これを指摘(してき)し,糾弾(きゅうだん)するものであったが,三俣(みつまた)はこれをあっさりと(みと)めたのである。


「いや,うーん。そうだね。

 ()いて言うなら,不公平(ふこうへい)かな,って思ってさ」

「それは,オレの境遇(きょうぐう)のことか? それとも,アンタの境遇(きょうぐう)のことか?」

「……(さっ)しがいい,というのは,本当のようだね。少し,(こわ)いくらいだ」


 三俣(みつまた)は,観念(かんねん)したかのように両手を上げて降参(こうさん)意思(いし)(しめ)す。


両方(りょうほう)だよ。

 最適(さいてき)という理由(りゆう)だけで(えら)ばれた君には同情(どうじょう)してるし,僕だけ何もチップを()まないのはどうなのかなって思ってたのさ」

「アンタも,今回の一件(いっけん)首謀者(しゅぼうしゃ)の1人だったんだな」

首謀者(しゅぼうしゃ)……そうなるのかもね」


 三俣(みつまた)は,(ちから)なく椅子(いす)(こし)かけると,天乃(あまの)(たい)して話を(つづ)ける。


「その辺の経緯(けいい)は,時間がないから省略(しょうりゃく)させてもらうよ。

 問題(もんだい)が起きたのは,準備(じゅんび)が終わったころ。方針(ほうしん)対立(たいりつ)ってやつでさ。

 僕は,君にもちゃんと今回(こんかい)のことの説明(せつめい)をしたほうがいい,むしろ協力者(きょうりょくしゃ)として(こえ)()けたらどうかって意見(いけん)したんだよ。

 こっちの都合(つごう)に君を()()むわけなんだし,それがせめてもの誠意(せいい)だろうってさ。

 それに,これはある意味(いみ)世界(せかい)(すく)うためでもあるんだ。

 そうそう無下(むげ)にはされないだろうって。

 ちなみに,今回の目的(もくてき)の話は知ってる?」


 その三俣(みつまた)の言葉に天乃(あまの)(うなづ)くと,三俣(みつまた)は,「なら端折(はしょ)るか」と(つぶや)いて話を続ける。


「まあ,けど,彼は,必要(ひつよう)ないと言っていたよ。時間(じかん)無駄(むだ)だってさ。

 君を説得(せっとく)するより,選択肢(せんたくし)(うば)うほうが確実(かくじつ)容易(ようい)だとも言ってたね。

 僕は,君の為人(ひととなり)を知らなかったから,一応(いちおう)はそれで納得(なっとく)しようとしたんだけどね。ずっと(くすぶ)ってはいたんだ。

 だから,結局(けっきょく)()()()()()()()()()

 彼の邪魔(じゃま)はしないが,これ以上の協力(きょうりょく)もしないってね。

 彼は僕の態度(たいど)理解(りかい)(しめ)してくれたよ。

 だから,そうだね。僕には彼の邪魔(じゃま)はできない。

 でも,このとおり,偶然(ぐうぜん)にも君と1対1で話せる機会(きかい)(めぐ)ってきた。

 だから――せっかくだから,僕は僕の意地(いじ)だけは(とお)しておこうと思ってね」

「それで,ここに()()めて(まわ)りくどいアドバイスをくれるつもりだったと?」

()()めてっていうか,これは一応(いちおう)外からの邪魔(じゃま)(ふせ)ぐのが目的(もくてき)だったんだけど。(ひら)たく言うとそうなるのかな」


 三俣(みつまた)は,天乃(あまの)の言葉を苦笑(くしょう)しながらも肯定(こうてい)する。


「まあ,その目的(もくてき)達成(たっせい)する前に一瞬(いっしゅん)看破(かんぱ)されてしまったのは,(われ)ながら滑稽(こっけい)で,()ずかしい(かぎ)りだ。

 でも,じゃあ,僕の立場(たちば)はわかって(もら)えたと思う。

 僕は,(はじ)(しの)んで君に僕のできる(かぎ)りの言葉を(おく)るよ」


 そう言いつつ,三俣(みつまた)天乃(あまの)反応(はんのう)(かえ)す前に,即座(そくざ)言葉(ことば)を続ける。


「“その(とき)”が来たとき,君は自分が何者(なにもの)なのかを(あらた)めて考えてほしい」

「――どういう意味(いみ)だ?」

(もう)(わけ)ないが,詳細(しょうさい)(つた)えられない。

 それをすると,彼の邪魔(じゃま)になってしまう可能性(かのうせい)がある。

 だから,いざというときに(おも)()してくれ」

「――――」

「あと,非常(ひじょう)身勝手(みがって)な話だが,個人的(こじんてき)(たの)みをしてもいいだろうか?」

「もしかして,そっちが本題(ほんだい)か?」

「まさか,ついでだよ」

「……内容(ないよう)によるとしか」


 一応(いちおう)(やく)に立つかは不明(ふめい)だが,助言(じょげん)らしき何かをくれたことを()まえ,天乃(あまの)嫌々(いやいや)ながらも(もう)し出を受ける準備(じゅんび)だけはしておくことにする。

 もちろん,内容(ないよう)によっては即座(そくざ)(ことわ)所存(しょぞん)である。


「できればでいい。(たす)けるべき人間(にんげん)間違(まちが)わないでくれ」

抽象的(ちゅうしょうてき)だな。あと,オレには何が正解(せいかい)かなんて――」

大丈夫(だいじょうぶ)さ。君には“直観(ちょっかん)”という異能(いのう)由来(ゆらい)のスキルがあると()いている。

 大方(おおかた),僕とのやりとりに違和感(いわかん)(おぼ)えたのだって,それが(はたら)いたからなんだろう?

 なら,何も問題(もんだい)ないさ。

 君には,いざというときこそ,(ただ)しい選択(せんたく)ができるようにできている。

 そういった意味では,これは余計(よけい)(たの)みだったのかもしれないけどね」

「いや,いざというときに意図的(いとてき)()()かりを(おぼ)えるように(くぎ)()してきたのは,アンタが(はじ)めてだよ」


(というか,もしかして,これまでの問答(もんどう)は全部“直観(ちょっかん)”の性能(せいのう)(ため)すためのものか?)


 だとすると,この三俣(みつまた)という男は(まった)油断(ゆだん)ならないことになる。

 失敗(しっぱい)した(てい)でいて,それでも(すべ)ての目的(もくてき)達成(たっせい)しているのだから。


(かんが)えすぎか……?)


 これに(かん)して,天乃(あまの)の“直観(ちょっかん)”は(はたら)かない。

 これが“直観(ちょっかん)”の大きな欠点(けってん)の1つと言ってもいいところであるが,“直観(ちょっかん)”は天乃(あまの)意志(いし)能動的(のうどうてき)使用(しよう)できるものではない。

 天啓(てんけい)(おも)()きに(ちか)しいものであり,対象(たいしょう)(えら)べず,タイミングのコントロールもできない。

 これまでは,偶々(たまたま)都合(つごう)のいい緊急(きんきゅう)()には発動(はつどう)していたものの,基本的(きほんてき)には発動(はつどう)(うん)要素(ようそ)(から)むため,行動(こうどう)指針(ししん)決定(けってい)するための前提(ぜんてい)()み込める(たぐ)いのものではないのである。

 あくまで,(はたら)いたらラッキーくらいに思うべきものなのだ。

 そういった意味で,三俣(みつまた)期待(きたい)少々(しょうしょう)過大(かだい)評価(ひょうか)気味(ぎみ)である。

 それに(くわ)え,天乃(あまの)は“直観(ちょっかん)”をあまり過信(かしん)することはできないとも(かんが)えている。

 緋澄(ひずみ)から聞いた情報(じょうほう)(もと)にすれば,“直観(ちょっかん)”を当てにし()ぎるのもよくないことは明白(めいはく)である。

 天乃(あまの)の“直観(ちょっかん)”は,あくまで天乃(あまの)目線(めせん)既知(きち)となっている情報(じょうほう)集積体(しゅうせきたい)から(みちび)き出される最適(さいてき)(かい)である。

 つまり,天乃(あまの)見聞(みき)きしたことがない情報(じょうほう)前提(ぜんてい)として()()めない。

 もちろん,天乃(あまの)にとっての既知(きち)情報(じょうほう)の組み合わせから高い精度(せいど)推測(すいそく)される事象(じしょう)判断(はんだん)基礎(きそ)となっていることから,天乃(あまの)からすると,知らないはずの情報(じょうほう)による判断(はんだん)がなされているように感じられることがある。

 しかし,厳密(げんみつ)に言えば,この推測(すいそく)過程(かてい)にも(あやま)りは介在(かいざい)()るのである。

 したがって,“直観(ちょっかん)”の(みちび)き出される過程(かてい)にブラックボックスが存在(そんざい)し,後からではその是非(ぜひ)天乃(あまの)には検証(けんしょう)できない以上,“直観(ちょっかん)”が(はず)れることもあるというのは,(つね)意識(いしき)しておくべき状況(じょうきょう)である。

 だからこそ,天乃(あまの)三俣(みつまた)言葉(ことば)を話し半分(はんぶん)(なが)すことにする。

 この非常時(ひじょうじ)に,(おとず)れるかわからない未来(みらい)のために(わずら)わされるのは御免(ごめん)だからである。


「まあ,“その(とき)”とやらが来たら,善処(ぜんしょ)するよ」


 だからこそ,三俣(みつまた)にした返事(へんじ)は,()しくも天空(てんくう)にしたものと同じになった。

 それを聞いた三俣(みつまた)は,満足(まんぞく)げに(うなず)くと,手に持っていた見取(みと)()(つくえ)に置き,ペンで斜線(しゃせん)(くわ)える。


「さて,では,部屋(へや)()り口は()けておいたから,もう出入(でい)りは自由(じゆう)だよ」

「あっ,最後(さいご)に1つ。これは回答(かいとう)(こば)んでもらってもいいんだけど」

「なんだい?」

狗飼(いぬかい)朱音(あかね)を知ってるか? 知ってたら居場所(いばしょ)を教えて()しいんだけど」


 天乃(あまの)の思い出したかのような質問(しつもん)に,三俣(みつまた)意表(いひょう)()かれたかのように目を(ほそ)める。

 そして,「その質問(しつもん)想定(そうてい)していなかったな」と小さく(つぶや)く。


「それは,必要なことなのかい?」

「答えは(こば)んでもいいって言っただろ? 無理(むり)に聞き出したりしないさ。

 でも,これについても『善処(ぜんしょ)する』って,天空(てんくう)さんに言っちまったもんで」


 天乃(あまの)は,その言葉(ことば)のとおり,三俣(みつまた)回答(かいとう)(こば)めばすぐにでも引き下がるだろうし,何なら(あき)らかに虚偽(きょぎ)とわかる不正確(ふせいかく)情報(じょうほう)であっても鵜呑(うの)みにするだろう。

 しかし,これは(あん)三俣(みつまた)の『(たの)み』についても,同程度(どうていど)の『善処(ぜんしょ)』しかしないと()べているに(ひと)しく,本当に『善処(ぜんしょ)』してもらいたいのであれば真実(しんじつ)回答(かいとう)をしろという実質的(じっしつてき)脅迫(きょうはく)であった。


「――僕は,彼女(かのじょ)を知っているが,居場所(いばしょ)までは知らない」

「ありがとう。アンタが知らないってのは,()()()()()()()()()()()だ」

「これは……最後(さいご)にいいようにしてやられたなぁ」


 そう言って三俣(みつまた)は,天乃(あまの)早速(さっそく)意趣返(いしゅがえ)しに苦笑(くしょう)する。

 三俣(みつまた)が知らないということは,彼の《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》では探知(たんち)できなかったということに(ほか)ならない。

 すなわち,この建物(たてもの)には狗飼(いぬかい)がいないということである。

 そうなると,やはり最初の段階(だんかい)から英莉(えり)は間違った誘導(ゆうどう)(おこな)っていたのであろう。

 そう考えると,三俣(みつまた)の話に出てきた《無貌(むぼう)》の男の言葉から推測(すいそく)できることがある。

 それは,《無貌(むぼう)》の男は,(ほう)っておいても英莉(えり)天乃(あまの)誘導(ゆうどう)してくることを知っていたということを意味(いみ)する。

 だからこそ,天乃(あまの)協力(きょうりょく)を持ちかけようと進言(しんげん)した三俣(みつまた)言葉(ことば)無視(むし)したのである。

 つまり,《無貌(むぼう)》の男と記憶(きおく)(うしな)う前の天乃(あまの)は,同じ計画(けいかく)共有(きょうゆう)していた――いや,正確(せいかく)には,今回の《無貌(むぼう)》の男の計画(けいかく)記憶(きおく)喪失前(そうしつまえ)天乃(あまの)()()()()()()ことになるのである。

 だが――


(どういうことだ。それだと()()()()まらない)


 そう,これでは説明(せつめい)できないことがある。

 天乃(あまの)手元(てもと)には,(あき)らかに余剰(よじょう)となる()()()(のこ)ってしまっている。


天乃(あまの)君,どうやら君がもたもたしている間に,(むか)えが来てしまったようだよ?」


 机上(きじょう)地図(ちず)に目を()としていた三俣(みつまた)は,この部屋(へや)に近づいてくる(こま)存在(そんざい)天乃(あまの)()げる。

 天乃(あまの)もそれには気づいていたが,正直(しょうじき)なところ,これ以上他に重要(じゅうよう)情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)できそうなところに当てはなく,ここで()げ出す意味(いみ)(うす)いと判断(はんだん)していた。

 そういった意味で,これは(わた)りに(ふね)状況(じょうきょう)である。


(つまるところ,出たとこ勝負(しょうぶ)……ってことになるわけか。

 まったく,『勝てない(たたか)いは勝たない』とか。

 ――なんて,(とお)目標(もくひょう)(かか)げてんだよ,オレは)


 天乃(あまの)英莉(えり)から聞いたかつての自身(じしん)指針(ししん)からすれば,出たとこ勝負(しょうぶ)など愚行(ぐこう)(きわ)みであり,検討(けんとう)(あたい)すらしないものなのであろう。

 天乃(あまの)がこれから(いど)もうとしているのは,(いま)だ勝ちへの確証(かくしょう)がない――『勝てない(たたか)い』に分類(ぶんるい)されるものだからである。

 その場合は『勝たない』――すなわち,如何(いか)なる手段(しゅだん)(もち)いても(たたか)いそのものを()けるという選択(せんたく)をするべきとのことである。

 そして,勝てる道筋(みちすじ)確定(かくてい)してから,勝つべくして勝つ。

 天乃(あまの)は,そのような理想(りそう)(かる)憧憬(どうけい)(いだ)きつつ,それでも――


(――『勝てない戦い』でも,戦うこと自体はできるはずだッ)


 天乃(あまの)は,そうやって(みずか)らを(ふる)い立たせると,一歩(いっぽ)()み出して,部屋(へや)の引き戸に手を()け,(いきお)いよく(とびら)(ひら)く。

 そして,逆側(ぎゃくがわ)から(とびら)(ひら)こうと手を差し出していた《無貌(むぼう)》の男に向かって()げる。


「『覚醒者(かくせいしゃ)』とやらに(いた)るには,どうすればいいんだ?」

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