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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
62/346

叡智の副作用を呑み込む直観という異能

2036年6月7日午後5時1分


「ようやく、前向(まえむ)きに話を聞く気になったのか?」

「いや、(まった)く。

 とはいえ、条件(じょうけん)は聞いておいても(そん)はないと思ってな」


 《無貌(むぼう)》の男の言葉に、天乃(あまの)挑発的(ちょうはつてき)言葉(ことば)(かえ)し、その見通(みとお)すことのできない素顔(すがお)をじっと見据(みす)える。


(そん)はない?

 ハッ、(たし)かに、未知(みち)恐怖(きょうふ)をもたらし、(とき)に打ち手を(あやま)らせるが、一方(いっぽう)で身を(まも)(すべ)となることもある。

 逆に、既知(きち)疑問(ぎもん)()らし、見通(みとお)しを()くする一方(いっぽう)で、諦観(ていかん)を生みだし、時に相手(あいて)に取り()まれる。

 これらは表裏(ひょうり)一体(いったい)で、(けっ)して都合(つごう)のよい(めん)だけを享受(きょうじゅ)することはできないものだ。

 (とく)に、知らぬことで()けられることがあるというのは、魔術師(われわれ)には常識(じょうしき)部類(ぶるい)だぞ。

 ()えて特定(とくてい)分野(ぶんや)(かん)する知識(ちしき)取得(しゅとく)放棄(ほうき)する(もの)すらいるほどにな。

 それでも、貴様(きさま)は知ることに(そん)はないと?」


 確かに、これからすぐに危険(きけん)があることを事前(じぜん)に知っていれば、()けるための準備(じゅんび)心構(こころがま)えができるだろう。

 しかし、それが理論上(りろんじょう)不可能(ふかのう)であり、(けっ)して成就(じょうじゅ)しないことを知っていれば、その何かに真摯(しんし)に打ち()むことはできるだろうか。

 前者(ぜんしゃ)を知らなければ準備(じゅんび)なく危険(きけん)対処(たいしょ)する必要(ひつよう)があるが、後者(こうしゃ)を知らなければ、少なくとも何かに取り()むことに躊躇(ちゅうちょ)はしないだろう。

 そして、前者(ぜんしゃ)を知っているが(ゆえ)危険(きけん)(おび)え、対処(たいしょ)(あやま)ることも、後者(こうしゃ)を知らなかったからこそ取り()んでいた『何か』により、偶然(ぐうぜん)にも別の有用(ゆうよう)な『何か』を()ることだってあるだろう。

 そして、《無貌(むぼう)》の男が指摘(してき)したように、知っているからこそ()けられなくなる魔術(まじゅつ)や相手が知っていることによって効果(こうか)増幅(ぞうふく)される魔術(まじゅつ)実在(じつざい)するというのは、事実(じじつ)である。

 ちなみに、天乃(あまの)も、()えて詠唱(えいしょう)(もち)いて手の(うち)(さら)し、相手に特定(とくてい)条件(じょうけん)(おう)じさせることで効果(こうか)を生じさせる魔術(まじゅつ)形式(けいしき)については、(すで)直接(ちょくせつ)見て体験(たいけん)したことがあるので、このことは勿論(もちろん)知っていた。

 それは、御堂(みどう)彩芽(あやめ)(もち)いた《拒絶(きょぜつ)の場》である。


 一時的(いちじてき)とはいえ、天乃(あまの)自身(じしん)が、それを形成(けいせい)する術者(じゅつしゃ)ともなった《拒絶(きょぜつ)の場》は、英莉(えり)の話によると、正確(せいかく)には“嵌合(かんごう)”と呼ばれる魔術(まじゅつ)とは()()なる現象であり、この世界における魔術(まじゅつ)法則(しよう)逆手(さかて)に取った“バグ(わざ)”のようなものであるとの説明(せつめい)を受けていた。

 あのときに御堂(みどう)使用(しよう)していた《拒絶(きょぜつ)の場》は、特定(とくてい)内心(ないしん)意思(いし)表示(ひょうじ)条件(じょうけん)として、周囲(しゅうい)の人間を勝手(かって)魔術(まじゅつ)術者(じゅつしゃ)へと引きずり()み、魔術(まじゅつ)維持(いじ)するための燃料(ねんりょう)に変えてしまうという非常に悪辣(あくらつ)なものであったが、その前提(ぜんてい)として、御堂(みどう)詠唱(えいしょう)(もち)いて周囲(しゅうい)の人間に《拒絶(きょぜつ)の場》の全容(ぜんよう)周知(しゅうち)していたのである。

 つまり、その場で詠唱(えいしょう)(みみ)にした全員(ぜんいん)は、その術者(じゅつしゃ)に組み込まれる条件(じょうけん)()()()()()のだから、その詠唱を聞いた者はそれに合意したと擬制され、術式(じゅつしき)維持(いじ)する燃料(ねんりょう)となることに()()()()とみなされるのである。

 とはいえ、当然(とうぜん)のことではあるが、詠唱(えいしょう)そのものは、それを字句(じく)(どお)りに(とら)えても、その全貌(ぜんぼう)を理解できるような代物(しろもの)ではない。

 それでもそれを理解(りかい)したものとみなされるのは、そもそも詠唱(えいしょう)とは言葉(ことば)による魔方陣(まほうじん)のようなものであり、それを耳した者はその魔術(まじゅつ)構造(こうぞう)理解(りかい)するために必要(ひつよう)情報(じょうほう)(あた)えられているということになる。

 だからこそ、理解(りかい)できない()()()()()

 (よう)するに、『契約書(けいやくしょ)(わた)したので、内容(ないよう)各自(かくじ)確認(かくにん)してください。後で知らなかったでは(とお)りません。安心(あんしん)してください。あなたに不利益が齎されることがあってもそれはあなたが無知なせいなので』ということである。

 その結果(けっか)、詠唱を聞いた時点(じてん)で、“嵌合(かんごう)”に(おう)じる意思(いし)ありと一方的(いっぽうてき)にみなされ、術者(じゅつしゃ)勝手(かって)に取り()まれるという()()同然(どうぜん)現象(げんしょう)(しょう)じていたのである。

 これは、(ぎゃく)に言えば、あの詠唱(えいしょう)を聞いていない者でれば、あの場において“嵌合(かんごう)”の条件(じょうけん)となる意思(いし)を持っていたとしても“嵌合(かんごう)”には()()まれないということでもある。

 実際(じっさい)、あの場に後から(あらわ)れた『殺し屋』や英莉(えり)は、《拒絶(きょぜつ)の場》には一度も()()まれていない。


 このように、魔術(まじゅつ)の中には詳細(しょうさい)を知ることを条件(じょうけん)として発動(はつどう)するものも存在(そんざい)する。

 したがって、《無貌(むぼう)》の男が言ったことはおよそ間違(まちが)いという(わけ)ではない。

 だが、それに対する天乃(あまの)回答(かいとう)(すで)に決まっているものだった。


「ああ、情報(じょうほう)を得ることは、オレに(かぎ)っては(そん)がない。

 “直観(ちょっかん)”があるからな」


 緋澄(ひずみ)(いわ)く、天乃(あまの)の“直観(ちょっかん)”とは、天乃(あまの)にとって既知(きち)情報(じょうほう)から(みちび)き出された最適解(さいてきかい)である。

 これはつまり、天乃(あまの)にとっては既知(きち)情報(じょうほう)()えれば()えるほど“直観(ちょっかん)”の精度(せいど)が高まるということである。

 もちろん、間違(まちが)った情報(じょうほう)は“直観(ちょっかん)”の精度(せいど)影響(えいきょう)(およ)ぼすことになるはずだが、今までの“直観(ちょっかん)”の頻度(ひんど)精度(せいど)からすると、“直観(ちょっかん)”は、情報(じょうほう)信憑性(しんぴょうせい)考慮(こうりょ)要素(ようそ)としているようである。

 英莉(えり)からの間違(まちが)った情報(じょうほう)があったにもかかわらず、ここまで明確(めいかく)間違(まちが)いを()()()()()()ことがそれを裏付(うらづ)けている。


「ハッ、だろうな。それをちゃんと理解(りかい)しているなら問題(もんだい)ない。

 ――さて、気になる『覚醒者(かくせいしゃ)』へと(いた)る方法だが」


 そこで言葉を切った《無貌(むぼう)》の男は、三俣(みつまた)の方を一瞥(いちべつ)する。


「あぁ、いいよ。僕の用事(ようじ)はもう()んだんだ。

 あとは、ここで(こと)成就(じょうじゅ)するまでは待機(たいき)してるから。

 気にせず行くといい。時間(じかん)はあまりないよ」


 しばらくして自分に視線(しせん)が向いていることに気づいた三俣(みつまた)は、そう言って《無貌(むぼう)》の男に(さき)(いそ)ぐように(うなが)す。


「――わかった。では、ついてこい」


 三俣(みつまた)の言葉を受けた《無貌(むぼう)》の男は、即座(そくざ)()り返ると、天乃(あまの)に声を()けてからその()を立ち()る。

 それに続いた天乃(あまの)見送(みおく)った三俣(みつまた)は、引き戸を()めると、(つくえ)の上の地図(ちず)に目を落とす。


(さて、本来(ほんらい)はもう舞台(ぶたい)()りて傍観(ぼうかん)している予定(よてい)だったんだけど)


 そう内心(ないしん)(つぶや)三俣(みつまた)が見ているのは、この建物(たてもの)の5階の()()()()()である。

 《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》という魔術(まじゅつ)本来的(ほんらいてき)用途(ようと)は、その名の(とお)り、地図(ちず)(かい)して状況(じょうきょう)俯瞰(ふかん)することにある。

 三俣(みつまた)天乃(あまの)に対してした《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》の説明(せつめい)には一切(いっさい)(うそ)(ふく)まれていなかったが、この本来(ほんらい)用途(ようと)だけは()えて(はな)していない。


(これは、()()()もいいところだなんだよねぇ)


 三俣(みつまた)が見ている光景(こうけい)端的(たんてき)換言(かんげん)すると、“(あらし)”であった。

 たった一つの“暴威(ぼうい)”に(むら)がる“(けもの)”の()れが、次の瞬間(しゅんかん)には錐揉(きりも)回転(かいてん)しながら(ちゅう)()う。

 (さいわ)い、その“(けもの)”は()臓物(ぞうもつ)内蔵(ないぞう)する生物(せいぶつ)ではなく、機能(きのう)維持(いじ)するのが困難(こんなん)となるだけのダメージを受けると(かすみ)のように消え()生物型(せいぶつがた)魔力(まりょく)(かたまり)であるため、そこまで陰惨(いんさん)光景(こうけい)とはなっていない。しかし、校舎(こうしゃ)(いた)(ところ)穿(うが)ったかのような(へこ)みが(きざ)まれており、無事(ぶじ)(まど)ガラスは周囲(しゅうい)に一枚もない。

 三俣(みつまた)が見ている間にも、“(けもの)”の()れは()()なく“(あらし)”の中心に爪牙(そうが)()き立てんと(おど)り掛かってはいるものの、何らの成果(せいか)を上げることもなく、その数を見る見るうちに()らしている。


戦術(せんじゅつ)がない。連携(れんけい)もない。非効率(ひこうりつ)(きわ)まりない。

 もってあと数十秒(すうじゅうびょう)かな、これは)


 当時(とうじ)の《無貌(むぼう)》の男の状況(じょうきょう)からして、これはそもそも一時(いっとき)(あし)()め以上の意味合(いみあ)いはなかったのだろうが、戦況(せんきょう)はあまりにも一方的(いっぽうてき)である。


(いや、数分(すうふん)()()かもしれない)


 そして、先程(さきほど)から“災害(さいがい)現場(げんば)”を目視(もくし)できる位置(いち)待機(たいき)していた一つの(かげ)が、“(けもの)”の数が()り、射線(しゃせん)確保(かくほ)されたこのタイミングで(うご)き出す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 三俣(みつまた)は、校舎(こうしゃ)見取(みと)()を取り出すと、しばらく“(あらし)”をその場に(とど)めるべく、(しず)かに複数(ふくすう)(せん)を引き(はじ)めた。

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