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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
60/286

矛盾の解消法

2036年6月7日午後4時44分


「《俯瞰(ふかん)地図(ちず)

 《天空(てんくう)召喚(しょうかん)――“狂魔狼形態(モード・フェンリル)”》ッ!!」


 ――《無貌(むぼう)》の男の声と(とも)に,天乃(あまの)視界(しかい)(ゆが)む。

 そこから(またた)きの(あいだ)圧迫感(あっぱくかん)浮遊感(ふゆうかん)()て,視界(しかい)景色(けしき)(ゆが)みが解消(かいしょう)されていく。

 しかし,次に(ひら)けた視界(しかい)(うつ)ったそこは,先程(さきほど)部屋(へや)とよく()ていたが,広さが(ちが)う。

 個室(こしつ)と言っても()し支えないほどの(せま)さしかない。

 完全(かんぜん)(べつ)場所(ばしょ)である。


(うッ,()()が。これはッ,空間(くうかん)転移(てんい)ってやつか……

 (たし)か,実在(じつざい)確認(かくにん)されている魔術(まじゅつ)ではあるものの,使用者(しようしゃ)は片手で(かぞ)えられるほどに稀少(きしょう)で,かつ()てしなく難易度(なんいど)が高いものだったはずだ。

 ッたく,文字通(もじどお)り,()()()()()なのかよッ)


 天乃(あまの)(むね)にこみ上げる不快感(ふかいかん)()(はら)おうとしつつ,空間(くうかん)転移(てんい)可能(かのう)魔術(まじゅつ)に関して,書物(しょもつ)(かじ)った知識(ちしき)を思い出す。

 そのまま(あた)りを見回して確認(かくにん)してみると,一緒(いっしょ)移動(いどう)したであろう《無貌(むぼう)》の男はおらず,()わりに別の先客(せんきゃく)がいたことに気付(きづ)く。

 天乃(あまの)が見た(かぎ)り,それは年齢(ねんれい)が40(だい)後半(こうはん)から50(だい)前半(ぜんはん)くらいの私服姿(しふくすがた)の男性であったが,天乃(あまの)突如(とつじょ)として(あらわ)れたにもかかわらず,ちらりと一瞥(いちべつ)しただけで,(ふたた)手元(てもと)書物(しょもつ)に目を落とす。

 そこから(たが)いに無言(むごん)数秒(すうびょう)()つと,今度は書物(しょもつ)付箋(ふせん)()して()じた男性が顔を上げ,天乃(あまの)視線(しせん)を合わせる。


「悪いね。ちょうどこの(ほん)(かく)となる難解(なんかい)箇所(かしょ)だったから。

 またわかるように切りのいいところから読み(なお)すのは,時間の無駄(むだ)ってものだろう?」

「いえ,気にしてません」


 わかったようなわからないような言い(わけ)をしつつ,(やわ)らかな笑顔(えがお)()かべた男性は,すぐに「(ぼく)の名前は三俣(みつまた)景史郎(けいしろう)」と(みずか)名乗(なの)りを上げる。


本職(ほんしょく)研究者(けんきゅうしゃ)なんだけどね。

 昔取(むかしと)った杵柄(きねづか)ってやつで,最近では臨時(りんじ)講師(こうし)として大学(だいがく)教鞭(きょうべん)をとったりもしている。

 君を《俯瞰(ふかん)地図(ちず)》で()ばした彼とは,まぁ(ふる)(かお)馴染(なじ)みだ。

 君が,天乃(あまの)君ということでいいのかい?」

「はい,天乃(あまの)(しん)です。

 早速(さっそく)失礼(しつれい)ですが――」


 天乃(あまの)は,挨拶(あいさつ)もそこそこに,本題(ほんだい)へと入る。

 おそらく,ここでの情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)がないと『()む』という“直観(ちょっかん)”に突き動かされながら。


「――ここは,どこで,あなたは何をしているのですか?」


 それに対し,三俣(みつまた)明朗(めいろう)な声で返答(へんとう)する。


「ここは,僕の研究室(けんきゅうしつ)だよ。

 うーん。でも,ここで何を,と言われると何とも言い(がた)いね。

 ただ,簡潔(かんけつ)に言うとね,軟禁(なんきん)されているのさ。

 うん,かれこれ一週間(いっしゅうかん)くらいになるんだけどね」


2036年6月7日午後4時44分


「がッああぁぁぁああぁ――」


 殺風景(さっぷうけい)地下室(ちかしつ)の何もない空間(くうかん)から突如(とつじょ)として出現(しゅつげん)したその《無貌(むぼう)》の男は,そのまま(ひざ)から(くず)れ落ち,(はばか)ることなく苦悶(くもん)の声を上げると,盛大(せいだい)吐血(とけつ)する。

 そして,一頻(ひとしき)りのた()ち回った後,全身(ぜんしん)苦痛(くつう)倦怠感(けんたいかん)()(ころ)し,ふらつきつつもなんとか立ち上がる。


「おぉ,まだ立つのか?

 で,どうする? 今日(きょう)はもう()めにしとくか?

 時期(じき)が悪い,都合(つごう)が悪い,体調(たいちょう)が悪い。

 ついでに(うん)まで悪いと来た。

 中止の言い(わけ)だけはたんまりとあるぜ?」


 《無貌(むぼう)》の男の出現(しゅつげん)とほとんど同時に室内(しつない)に入ってきていた間森(まもり)が,《無貌(むぼう)》の男に挑発的(ちょうはつてき)な声を()ける。


()かせッ! (だれ)に,口を,()いている。

 無論(むろん)(だん)じて続行(ぞっこう)だッ! そのために,俺はッ――」

「そう来なくっちゃあな。

 だと思って,こっちの段取(だんど)りはもう()ませておいた。

 なあに,ちっとばかし苦戦(くせん)したが,本来は狙撃(そげき)より()()()専門(せんもん)でね。

 んで,あとは,(しん)だが――

 どうやら教授(きょうじゅ)()(さら)っていったみたいだな」

「ハッ,仕方(しかた)あるまい。

 あのままでは2人とも虚空(こくう)に飲み()まれるところであったが(ゆえ)な」


 (めずら)しく自身の落ち度を(みと)めた《無貌(むぼう)》の男は,教授(きょうじゅ)こと三俣(みつまた)独断(どくだん)容認(ようにん)する。


咄嗟(とっさ)()れないことをするからだな。

 いくら再現(さいげん)できるとはいえ,習熟(しゅうじゅく)しなければ使いこなせないんだろ?」

「ふん,この俺を貴様(きさま)(ごと)凡俗(ぼんぞく)同列(どうれつ)(かた)るな。

 俺1人であれば,このとおり,転移(てんい)ですらも造作(ぞうさ)もない」

「へいへい。それだけ()らず口を(たた)けるなら十分(じゅうぶん)だな。

 ちょっと()()()()()()()()()()()()()のなんて,些末(さまつ)問題(もんだい),だろ?」

「――(しか)り。強力(きょうりょく)手札(てふだ)をこの終盤(しゅうばん)にきて()()()()()使()()()()()のは,非常(ひじょう)に大きい。

 また,状況(じょうきょう)次第(しだい)では自傷(じしょう)(かな)うという発見(はっけん)好材料(こうざいりょう),いやむしろ僥倖(ぎょうこう)ですらあったと言える。

 亡霊(ぼうれい)行動(こうどう)制限(せいげん)にも()()(すき)があるという情報(じょうほう)(あたい)千金(せんきん)だとも。

 ハッ,突発的(とっぱつてき)だったとはいえ,()にかけた甲斐(かい)はあったというものだ」


 そういって,《無貌(むぼう)》の男は口腔内(こうこうない)(のこ)っていた血の(かたまり)()()て,口元(くちもと)(そで)(ぬぐ)う。

 《無貌(むぼう)》の男の臓器(ぞうき)(うしな)ったことに(たい)する感想(かんそう)は,完全(かんぜん)破綻者(はたんしゃ)思考(しこう)回路(かいろ)から(みちび)き出されたそれであったが,間森(まもり)がそれを気にする様子(ようす)はない。


「だが,その(まな)びを()かす機会(きかい)がないことを(ねが)おうぜ。

 ――これっきりにしたいだろ?」

「当然だ。失敗(しっぱい)などできるものかッ!

 かの亡霊(ぼうれい)は,今日(きょう)(かなら)(めっ)するッ!」

「ひゅう,カッコいいねえ。

 ――やっぱ,アンタの方が,『覚醒者(かくせいしゃ)』の素質(そしつ)があるんじゃねえの?」

「くどいッ! 意志(いし)だけでは,――(おも)いだけでは(とど)かんのだ。

 俺に素質(そしつ)があろうとも下地(したじ)がない。

 凡庸(ぼんよう)たる()()では――」

「――ちょいストップ,ストップだッ!

 悪かったよ,俺も軽口(かるくち)が過ぎた。

 それ以上は()()()って。落ち着けよ」


 《無貌(むぼう)》の男の独白(どくはく)を,間森(まもり)(あせ)った様子(ようす)(つよ)い言葉をもって制止(せいし)する。

 それを聞いた《無貌(むぼう)》の男の方も,一瞬(いっしゅん)何か思案(しあん)したようだが,即座(そくざ)調子(ちょうし)を取り(もど)す。


「いや,そうか。

 (たし)かに,ここに来て失敗(しっぱい)するわけにはいかん。

 まあ,この俺の偉大(いだい)なる計画(けいかく)(ほころ)びなど存在(そんざい)しないがな」

「そうとも,史上(しじょう)最高峰(さいこうほう)位置(いち)()する人の(おう)

 諸人(もろびと)(いただき)に立つ偉大(いだい)なる覇道者(はどうしゃ)よ。

 雌伏(しふく)期間(きかん)はとうに()ぎた。

 さあ,あの寝坊助(ねぼすけ)を起こしに行こうぜ。

 亡霊(ぼうれい)地獄(じごく)(たた)(かえ)すためにな」

無論(むろん)だ。

 ともあれ,まずは天乃(あまの)(しん)身柄(みがら)確保(かくほ)からだ,()くぞ」


 間森(まもり)の口から次々と出てくる立て(いた)に水と形容(けいよう)するに相応(ふさわ)しい鼓舞(こぶ)の言葉により,《無貌(むぼう)》の男は完全(かんぜん)調子(ちょうし)を取り(もど)したようである。

 ちなみに,こうした扇動(せんどう)は,間森(まもり)得手(えて)でもある。

 そして,間森(まもり)自身(じしん)(ともな)って行動(こうどう)しようとする《無貌(むぼう)》の男に対し,一瞬(いっしゅん)表情(ひょうじょう)硬直(こうちょく)させると,突如(とつじょ)として仕事を思い出したかのような素振(そぶ)りを見せる。


「あっ,でも俺はほら,あの(はがね)肉体(にくたい)だけで全てを解決(だいなしに)しちまいそうな脳筋(のうきん)権化(ごんげ)(あし)()めをしとかないと」

()()()()()()?」

「おっと,()()きたかぁ」


 心底(しんそこ)心当(こころあ)たりがないといった《無貌(むぼう)》の男の言葉(ことば)に,それだけで状況(じょうきょう)(さっ)した間森(まもり)は,言葉を(えら)んで返答(へんとう)する。


「えっと,そうだな。

 つまり,仕上(しあ)げは王様(おうさま)(ゆず)るってことだよ。

 脇役(わきやく)は,これまでどおり,邪魔(じゃま)が入らないように,日陰(ひかげ)にすっこんで待機(たいき)してるって(はなし)さ」

(かま)わん,(もと)よりこれは俺単独(たんどく)での達成目標(タスク)だ。

 飛び入り参加(さんか)貴様(きさま)(たよ)必要(ひつよう)はそこまでなかった」

「よく言うぜ,こっからが()()なのによ」

「ハッ,ではさらばだ,“土竜(もぐら)”よ。

 (ふたた)相見(あいまみ)えることはあるまい」

「ははは,テメエこの野郎(やろう)

 言っとくけど,それ一応(いちおう)蔑称(べっしょう)だからな」

「ハッ,()()()()()


 《無貌(むぼう)》の男はそう()げると,振り返ることなく部屋(へや)を出ていく。


(……さぁて,(のこ)るはあの()(もの)(あし)()めかよ。

 しかし,アレ(きゅう)直接(ちょくせつ)出張(でば)ってきたってことは,存在(そんざい)強度(きょうど)(けん)問題(もんだい)なさそうだな。

 今回(こんかい)のはこれまでの反動(はんどう)かもしれんが,(しん)(やつ)悪運(あくうん)強過(つよす)ぎだぜ)


 (のこ)された間森(まもり)は,天乃(あまの)()()()()()内心(ないしん)でぼやきつつも,急いで手元(てもと)装備(そうび)確認(かくにん)する。

 携帯性(けいたいせい)重視(じゅうし)自動(じどう)拳銃(けんじゅう)が1丁,()えの弾倉(マガジン)()みで約30発分。

 サバイバルナイフが2本。

 発煙弾(スモークグレネード)が3回分。

 そして――切り(ふだ)たる自動(じどう)拳銃(けんじゅう)用の魔弾(まだん)が3発分。

 ちなみに,狙撃(そげき)(じゅう)()(はこ)びに不便(ふべん)なため,先程(さきほど)場所(ばしょ)放置(ほうち)している。


(非常に心許(こころもと)ないが,5分は()たせてやろうかね。

 ッたく,とんだ貧乏(びんぼう)(くじ)だぜ。

 なぁにが,(らく)仕事(しごと)だよ。絶対(ぜったい)(ゆる)さんからな,あの魔女(・・)

 今度会()ったら(おぼ)えとけよ)


 こうして,全てを丸投げしてきた今回の依頼者(・・・)内心(ないしん)文句(もんく)()れつつ,間森(まもり)絶望的(ぜつぼうてき)戦場(せんじょう)へと(おもむ)いていった。

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