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Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
登校騒乱編

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『不滅』の参戦理由、不祥事の隠蔽エトセトラ

 2036年6月7日午後2時42分


「で、何か用かしら、伏見(ふしみ)先生?」


 その緋澄(ひずみ)の言葉を受けて、校舎の影から姿を見せたのは、緋澄(ひずみ)水無月(みなづき)たちのクラスの担任である伏見(ふしみ)であった。

 4限目の授業が終わってから既に約二時間が経過していることから、スーツ姿に着替えていたが、その手には薄手のグローブがはめられている。

 伏見(ふしみ)は、跳躍しながら視界から消えつつある天空(てんくう)の方に一瞬視線を向けると、すぐに緋澄(ひずみ)の方に目線を向け直し、ようやく言葉を発する。


「ッたく、ずいぶんと面倒なことになってんなァ……」

「あら、口調が崩れておられますわよ、伏見(ふしみ)先生?」

「そらァお互い様だ、緋澄(ひずみ)。それに、今は、業務時間外だろうが。真面目に教師をやる必要もねぇんでな」


 緋澄(ひずみ)の挑発するような物言いに対し、呆れ顔の伏見(ふしみ)は軽くいなすような口調で返答する。


「あら、そう。つまらないわね。それで、私に何か用かしら、伏見(ふしみ)先せ……? いえ、今は教師じゃないってことだったかしら。えぇっと? 敷地内にいるけど特定の立場を持たない――つまり不審者ね?」

「――いや、んなわけねえだろ」

「でも、とりあえず通報しといたほうが――」

「ほいきた」

「返事が(かり)ぃんだよ。こんなところで双子特有の妙な以心伝心的な連帯感を発揮すんなや。ッてか、本当に通報しようとするやつがあるか。早くそいつを仕舞え」

「ありゃ? やっぱ(つな)がんないね」


 緋澄(ひずみ)の言葉を()け、携帯端末を取り出していた遊上(ゆがみ)は、警備隊(けいびたい)通報(つうほう)できないことを確認(かくにん)すると、「ちぇー」と言いながらそれを鞄に戻す。


「あァ、そうだったな、もういいや。はっきり言っちまうと、俺ァ、今回の件にテメェらが首を突っ込まないようにするための見張りだよ」

「えぇー、それってしっかり業務じゃないですかぁ」


 投げやりな態度で目的を告げる伏見(ふしみ)に対し、遊上(ゆがみ)が律儀に突っ込みを入れる。


「うっせぇ、教師としての業務じゃねぇからいいんだよ。ッつか、あれな。今のお前ら、見た目が被っててわかりにきぃな。……もしかして、わざとか?」

「余計な詮索は身を滅ぼすわよ、()()()()()()殿()?」

「あはは、“()”だよ、お姉ちゃん。でも、天下の『不滅』様に対してその物言いは、ずいぶんと皮肉が効いてていいよね。うん、『いいね』しといた」

「当て擦りみたいに古い呼称を使うんじゃねぇッつの。誰が聞いているかわかんねえんだろが」


 緋澄(ひずみ)遊上(ゆがみ)の微塵も感情を載せない言葉に、伏見(ふしみ)は眉を顰め、溜息をつきながら苦言を呈する。


「でも、これは私やお姉ちゃんより先生が悪いと思いまぁす」

「そんな当たり前のことはわざわざ指摘するまでもないでしょ」

「あァ、そぉだな、軽率だった。俺が悪い。ッつうことで、本題(ほんだい)いいか?」


 伏見(ふしみ)の言葉に、遊上(ゆがみ)は一歩下がり、黙示で話合いを緋澄(ひずみ)に任せるとの意思表示(いしひょうじ)をする。

 同時に、緋澄(ひずみ)は腕を組みつつ伏見(ふしみ)睥睨(へいげい)し、無言で先を促す。


「まァ、なんだ。この一件、外部に漏らすのは禁止なんだそうだ」

「そう、つまり、やっぱりこの電波障害は意図的ってことね」

「そういうことだ。こっちの都合(つごう)でさっきのように通話もできねえように設定してる。本来(ほんらい)(たい)テロ組織(そしき)用の設備(せつび)だ。校内(こうない)侵入(しんにゅう)された際、通信障害(つうしんしょうがい)を起こすことで連携(れんけい)阻害(そがい)するためのもんだな。こんな使い方するとは思わなかったが。とはいえ、この敷地から出れば障害はなくなる」

「だから、出てきたと?」

「そういうこったな。もし、この(けん)を外部に漏らすってんなら、テメェらをしばらくこの敷地外に出すわけにはいかない、ということだ」


 会話しながら、伏見(ふしみ)は、緋澄(ひずみ)らが気付(きづ)くようにわかりやすく重心を少し前に移す。

 これに対し、緋澄(ひずみ)は後方にある校門をちらりと一瞥しつつ、質問を繰り出す。


「……いつまで?」

「事態が進展・解決するか、天乃(あまの)らが全滅するまで、だなァ」

「そう、なら、仕方ないわね。――()()()()()


 緋澄(ひずみ)は、そう言葉に出すと同時に後ろに逃走の合図を出す。そして、前方の伏見(ふしみ)の動きを押さえるべく、”操魔法(そうまほう)”を利用した魔力(まりょく)放出による拘束を実行(じっこう)する。

 これは天乃(あまの)らにも使った放出した魔力(まりょく)に性質を付与し、蔦のように対象に絡みつかせる技術である。

 緋澄(ひずみ)は、今日(きょう)(はじ)めて見聞きして使用(しよう)したこの技法を、わずか数回の実践(じっせん)のみで完全に感覚を掴み、物にするに至っていた。

 緋澄(ひずみ)の狙いは、これによって稼いだ数瞬のうちに、《荊の女王》を発動させる下地を整えることにある。

 一方、遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)伏見(ふしみ)が会話している間にもジリジリと後退し始めており、緋澄(ひずみ)が合図を出す前には、緋澄(ひずみ)の声色から正確に緋澄(ひずみ)の次の判断を見抜いていた。

 そして、緋澄(ひずみ)が合図を出した時点では既に校門に向かって駆け出す脚を動かしていたのである。これは、背後からの追撃を想定しない、全速力の“逃走”であった。

 だが――


()()()()()()? ()()()()()()()()!」


 次の瞬間、遊上(ゆがみ)()()()()()()伏見(ふしみ)にぶつかり、その反動で弾かれたところを伏見(ふしみ)に取り押さえられ、地面に押さえ付けられる。


「なッ!?」


 驚きの声を上げたのは、状況を確認するために後ろを振り向いた緋澄(ひずみ)である。

 緋澄(ひずみ)は、魔力放出による拘束が空振りしたのを感じ取るのと同時に、自身に向かって高速で移動してきた伏見(ふしみ)へに対し、魔術(まじゅつ)による迎撃を敢行したという認識だったのである。

 緋澄(ひずみ)魔術(まじゅつ)は、遠距離攻撃(こうげき)をするためには、ある程度(ていど)下準備(したじゅんび)が必要であるが、接触距離であれば、大仰(おおぎょう)準備(じゅんび)を必要としない。

 ところが、伏見(ふしみ)は、緋澄(ひずみ)の拘束を躱した後、緋澄(ひずみ)に向かって攻撃する素振(そぶ)りを見せながら高速で移動したが、それはフェイントであり、本命は校門に向かって駆け出していた遊上(ゆがみ)だったのである。

 そして、自身の正面(しょうめん)に向かって面攻撃を仕掛ける緋澄(ひずみ)の横を悠々と迂回し、そのまま遊上(ゆがみ)の前に回り込むことで、まんまと本命(ほんめい)を取り押さえたという構図(こうず)である。


「これで、終わりだなァ」

「――行ってッ!」


 伏見(ふしみ)に取り押さえられた遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)に向かって声を張り上げる。


「残念ながら、そいつァねぇ」

「……ッ」


 緋澄(ひずみ)が返事をする前に、伏見(ふしみ)遊上(ゆがみ)に声を掛ける。

 事実、緋澄(ひずみ)は一歩も動けずにいた。


「取り押さえられているのが、逆なら、テメェは迷わずにここを立ち去れたんだろうぜ。だが、()()()()()()。だからこそ、俺はそっちの緋澄(ひずみ)じゃあなく、テメェを押さえることに専念したんだ。これは、“《荊》”の保有者がどちらかという問題ではなく、単にお前らの個性(パーソナリティ)優先度(プライオリティ)の問題だ」

「随分と、知った口を利くのね」

()()()()()。警備隊にも犯罪者用プロファイリングはしっかりと採用されているんだぜぇ? ()()()()()()()()()()、これが、お前たち()()に対する最適解だと出てんだからよォ。(よう)は、過去(かこ)()()()()のツケってっヤツさ」


 緋澄(ひずみ)から射殺すような視線を向けられながらも、伏見(ふしみ)は涼し気に回答する。


「ちなみにだが、今テメェがやっている()()()()()()()()も、俺には通用しねぇぞ。こっちは、単純に相性の問題だがな」

「ちッ!!」


 図星だったのか、緋澄(ひずみ)は苛立たし気に盛大に舌打ちする。

 ただし、緋澄(ひずみ)は、そのような冷静さを欠いたかのようなポーズを取りながらも、実に冷酷に既に穏当な解決策を捨て、剣呑(けんのん)なアイデアを実行に(うつ)すべく、その考えを渦巻かせていた。

 ところが、この一触即発の状況は、続く伏見(ふしみ)の意表を()く言葉で霧散した。


「ただ、勘違いするなよ、緋澄(ひずみ)。テメェらの今の行動は称賛に値する。俺個人(こじん)としても、天乃(あまの)を手助けしたいというお前たちの意見(いけん)には大賛成だ」

「は? 私は天乃(あまの)なんてどうでもいいんですけど私は狗飼(いぬかい)の安否が気がかりなだけだし手助けがしたいのは天空(てんくう)だし」

「……」

「あっ、お姉ちゃんのそこら辺はスルーしてあげてください」

「お、おう……」


 ブレない緋澄(ひずみ)の意見に、押さえ付けられたままの遊上(ゆがみ)がフォローを入れる。


「……まぁ、兎に角だ。その件、()()手を打たないか?」

「……本気?」


 伏見(ふしみ)の提案は、天乃(あまの)らの助力に伏見(ふしみ)が行くというものである。その提案を聞き、緋澄(ひずみ)が先程までとは違う胡乱気(うろんげ)な目を伏見(ふしみ)に向ける。

 というのも、緋澄(ひずみ)らは、この伏見(ふしみ)が単なる教職員でないことを知っている。

 一般論として、魔術師(まじゅつし)としての評価は、戦闘における強さだけが基準ではないとはいえ、魔術(まじゅつ)行使により発生する世界への影響の大きさが指標の一つである以上、ある程度(ていど)相関関係(そうかんかんけい)があるということは周知の事実である。

 優秀な魔術師(まじゅつし)行使(こうし)する魔術(まじゅつ)は、戦闘に転用できるものばかりではないが、主にそういった非戦闘用の魔術(まじゅつ)を使用する者であっても、護身の心得程度(ていど)に戦闘用に転用可能(てんようかのう)魔術(まじゅつ)を習得することが多いのが実情である。

 緋澄(ひずみ)は、その中でも主に一度の魔術(まじゅつ)行使によって影響を(あた)える範囲の広さが特筆して評価(ひょうか)されているものの、対個人戦への評価が低いわけでは決してない。

 むしろ、多彩さという点では文句なく最上の評価が出ている部類なのであり、有効射程については云うに及ばずである。

 欠点として、()の遅さが指摘できるものの、それを補って余りあるほどの潜在能力は(ゆう)していると目されている。

 緋澄(ひずみ)は、北米(ほくべい)存在(そんざい)するとある格付け会社によって三年に一度発表される通称『人間()めましたランキング』でも、初登場(はつとうじょう)ながらも40位以内と好成績を叩き出している。これは、現在の日本国内では三位、場所を浅木に限れば形式的(けいしきてき)には一位の成績である。

 もっとも、このランキングは、見立てはおおよそ正確との評判こそあるものの、魔術師(まじゅつし)界隈(かいわい)でも悪名高(あくみょうだか)い者が上位(じょうい)()めており、その通称からもわかるとおり、一般的(いっぱんてき)には好成績であることは不名誉なこととして扱われている。

 ただ、悪名(あくみょう)とはいえ、このように魔術師(まじゅつし)として高い評価を受けている緋澄(ひずみ)を実戦において圧倒できている時点で、伏見(ふしみ)が単なる学校教員であるはずがないことは自明の理であろう。

 実際、緋澄(ひずみ)が聞いた噂によると、フリーランス時代の伏見(ふしみ)を正規の価格で雇おうとすれば、一回の仕事につき、プロ野球選手の年俸並みの()()が必要となったとのことである。

 そのような伏見(ふしみ)が、無条件で協力すると申し出ているのであるから、緋澄(ひずみ)胡乱気(うろんげ)な反応を返してしまったとしても、それは無理からぬことであろう。

 一方の伏見(ふしみ)も、緋澄(ひずみ)の反応は想定済みだったのか、苦笑を浮かべつつ他意はないことをアピールする。


「あァ、面倒なことこの上ないが、結果的にこれが最適だって話でな」

「これが、最適って?」

「あッと、つまり、そのだなァ――」

「責任の所在からして、収まりがいいって意味なんじゃない?」

「ん? ああ、なるほど、そういうこと。確かに、狗飼(いぬかい)の件は、考えてみれば、この不審者さんの監督不行き届きが原因(げんいん)になるんだものね」


 伏見(ふしみ)に拘束されたままの遊上(ゆがみ)の鋭い一言に、緋澄(ひずみ)は得心がいったとばかりに頷く。

 緋澄(ひずみ)の云う通り、狗飼(いぬかい)校舎(こうしゃ)外周(がいしゅう)の走り込みを指示したのは伏見(ふしみ)である。

 そして、その途中に生徒が失踪したというのであれば、明確な不祥事であり、目を離した監督者でもあった伏見(ふしみ)が責任を追及されるのは当然の流れであろう。


「そうそう。あとは、警備隊的な意味でも、ね」

「?」


 ただ、ついでのように付け(くわ)えられた一言に、緋澄(ひずみ)は疑問そうに首を傾げる。

 伏見(ふしみ)は、自分の先程の一言で事情を全て察せられるとは思っていなかったため、意外そうに目を細めて自分の下にいる遊上(ゆがみ)を見る。


「テメェは……あの師匠(ろくでなし)(わり)ぃところだけを的確に継いでやがるよなァ」

「それは心外(しんがぁい)。風評被害もいいとこだよ。断固抗議するねッ! でも、ふふふ、意外だねぇ。先生ってば、()()()()()気にしてるのぉ? いい加減にしとかないと、ハゲちゃうよぉ?」

「それはねぇ」

「体質的には、そうかもねぇ? でも、こういうのって心労からくるっていうしぃ?」


 余裕そうに揶揄する遊上(ゆがみ)に、伏見(ふしみ)が真顔で答え、更に遊上(ゆがみ)がニマニマと笑顔を浮かべて伏見(ふしみ)を煽る。

 とても、上から押さえつけられている人間の反応ではない。


「ちなみに、もしその提案を断ったら?」


 このままでは収拾がつかなさそうだったため、緋澄(ひずみ)が強引に話を前に進める。


「テメェらをここで気絶させて、然るべき処置を施した後、やっぱり俺が行くことになるよなァ」

「なら、気絶するだけ損ね。真理(まり)、構わないでしょ?」

「かの生ける伝説――英雄『不滅』様の助力に文句を付けられるほどの上策があるワケないじゃん」


 緋澄(ひずみ)の割り切った態度に、伏見(ふしみ)の下敷きにされている遊上(ゆがみ)も同調する。


「決まりね。さっきの話には乗るわ。私たちは情報を外部には漏らさない。なんなら、私が《契約》したっていいわ。だから、さっさと真理(まり)を放しなさい。

 ――いい加減、セクハラで告発するわよ」

「あ、あァ」


 緋澄(ひずみ)の若干怒気の入り混じった声に応え、伏見(ふしみ)が、押さえつけていた遊上(ゆがみ)の上から退く。

 遊上(ゆがみ)は服に付いた砂や小石を手で(はら)いながら立ち上がると、伏見(ふしみ)に対して今更ながらの疑問をぶつける。


「ただ、私としては、さっきの話に出た辰上(たつかみ)との相性は気になるかなぁ。先生が()()()()()なのは知ってるけどぉ。私の知る限りの情報では、ぶっちゃけ相性はよくないっていうか。むしろ悪そうなんですけど」

「そこんとこ、どうなの? どうせ、私たちの話は聞いてたんでしょ?」


 これらの問いに伏見(ふしみ)は、「さァな」と述べ、肩を竦める。


「「は?」」

「生憎、相性なんか考えて立ち回った経験がねぇもんでな」

「あ、こいつ情報以上の脳筋だよ、お姉ちゃん」

「ある意味、割り切ってんのね」


 不敵ともいえる伏見(ふしみ)の言葉を、遊上(ゆがみ)笑顔(えがお)で茶化し、緋澄(ひずみ)が呆れたように感想(かんそう)を漏らす。

 ただし、緋澄(ひずみ)は溜息を(はさ)みながらも自分の考えの続きを口にする。


「でも、それが結果的に正解ってことなんでしょ。どこに使っても相乗効果は期待できないけど、一定の戦果は確実に稼いでくるってタイプかしら」

「なんか爆弾みたいだね」

「実際の俺の()での運用法はそんな感じだったぞ。敵陣に放り投げて、あとは自力で帰ってくるまで放置ってのが、お偉方が考えた俺を有効に使い切るための『()()』なんだと」

「雑ッ!! 毎回そんな雑な切られ方してんのに、なんで未だにそんなにピンピンしてるの? いつ死ぬのッ!?」

「っていうか、使()()()()って。それ、軍側もなんとかしてあんたを殺そうと躍起になってたんじゃ……?」

「どっちでもいいだろ、んなこたァ」


 伏見(ふしみ)は「過ぎたことだ」と投げやりに述べ、会話を打ち切る。

 ちなみに、1980年代から始まった魔術(まじゅつ)資源獲得戦争は、国際的に見ても各国に非常に大きな影響を及ぼしており、その一環として、日本でも()()()()()には憲法改正が実施(じっし)されている。

 これにより、同年より正式に()()()が合憲的に存在している。

 ちなみに、自衛隊は、組織再編により、そのほとんどは日本軍に接収されたものの、一部は山岳救助隊や水難救助隊などに合流しつつ、2036年現在では主に災害救助を主目的とする組織として、名前だけを残すに至っている。


「んじゃまァ、話は済んだし、俺はもういくぞ」

「あら、《契約》とかは要らないの?」

「あァ? メンドくせぇ。俺が行くんだ。んなもんなくたって、情報を外に漏らす理由がもうなくなっただろうが? それとも、ここの地面で一夜を明かしたいってんなら、()めねぇがなァ」

「やめやめ、お姉ちゃん。この人に交渉とか駆け引きとか難しいこと期待したら駄目だよ? ()()()()()()()()()()()、はっきりと口に出して言わなきゃ」

「……別に、特に何もないわ」

「意地っ張りぃ」


 双子の姉妹のやり取りに、立ち去ろうとしていた伏見(ふしみ)が足を止める。


「んだァ? なんか言いたいことがあるなら聞いとくぞ、ほれ」

「ほれほれ、云っちゃえ云っちゃえって」

「……何でもないわ。ただ――」


 緋澄(ひずみ)は、横で囃し立てる遊上(ゆがみ)一瞬(いっしゅん)睨むと、(おもむろ)に噤んでいた口を開く。


「ただ――ちゃんと連れ帰ってきなさいよ」

「は?」

「くれぐれも()()()()よろしくね、って意味だよ、センセー」


 緋澄(ひずみ)の精一杯の言葉の含意(がんい)遊上(ゆがみ)がよりわかり(やす)(つた)わるレベルにまで翻訳する。


「あァ、なんだ。言われるまでもねぇよ、んなこたァ」


 伏見(ふしみ)はそういうと、天空(てんくう)と同じように、跳躍による屋根伝いの移動を開始する。その姿は、数秒で緋澄(ひずみ)らの視界から消え去ってしまった。


真理(まり)、あなたね――」

「ゴメンって。でも、これは私の()()じゃないでしょ」

「そうね」

「で、お姉ちゃん、どうする?」

「どうって?」

「とりあえず、お姉ちゃんの研究所(ラボ)まで行こっか。待機命令、出るでしょ? この調子だと。無駄(むだ)になると思うけどねぇ」

「それも、そうね」


 そういうと、姉妹は連れ立って第三高の正門に向かって進んでいく。


真理(まり)、バイトは?」

「今日はパスしようかなぁ。店長(てんちょう)が上手くやってくれるでしょ。そのために雇ったわけだし?」

「自分の雇用主をバイトで雇ってるなんて知ったら、どう思うのかしら」

「さすがに店長(てんちょう)を見くびり過ぎだよ、お姉ちゃん。雇用主と顔合わせもできずに、あんな怪しい稼業の名目上の責任者に採用されてるんだよ? しかも、それだけじゃなくて、こんなサボりがちな小娘を無理やりバイトとして押し付けられて、クビにもできないんだもん。訳アリなことくらい、とっくに気付いてるでしょ、さすがに」


 そういって、遊上(ゆがみ)はバイト先に連絡しようとして、電波状態がまだ回復していないことに気付く。


「敷地からちょっと離れたところなら繋がってるわよ」


 先行して敷地外に出ていっていた緋澄(ひずみ)が携帯端末の画面を見せながら遊上(ゆがみ)に声を掛ける。

 遊上(ゆがみ)緋澄(ひずみ)に続いて敷地外に出てから、バイト先に連絡を入れようとしたところで、「お待ちしてましたぁ」という明るい声が二人に()けられる。

 声を掛けてきたのは、私服姿の三十代くらいの男女二人組のうち、女性の方であった。

 緋澄(ひずみ)は、彼らに見覚えがなかったため、遊上(ゆがみ)の反応を横目で見るが、どうやら見覚えがなさそうなのは同様のようであった。

 だが、状況から二人の正体に当たりを付けた緋澄(ひずみ)は、開口一番、それを口にする。


「あなたたち、警備隊ね」

「あれ? わかっちゃいます?」

「話が早いのはいい。手間が省けて助かる」


 物腰の柔らかい女性が茶目っ気を出しつつ親しみやすさをアピールするが、武骨な男性の口調がそれを台無しにしている。


「もう、室戸(むろと)さん。そんなに殺気を振りまかないで下さい。後ろの子――遊上(ゆがみ)さんが、怯えてますよ?」

「冗談は止せ、小渦(こうず)隊員。自分は元からこうだ」

「ごめんなさいね、この人が怖がらせちゃって」

「――い、いえ、問題ないです。はい」


 恐縮した様子で回答する遊上(ゆがみ)に対し、女性の方が小渦(こうず)、男性が室戸(むろと)という名であることを確認した緋澄(ひずみ)は、その身元を手持ちのデータベースで照会するよう見えないように、ハンドサインを出す。

 それに気づいた遊上(ゆがみ)は、「あの、バイト先に休むって連絡したいんで、用件はお姉ちゃんにどうぞ」と述べ、その場から離れようとする。


「いや、待て。もう察しているだろう。自分たちは伏見(ふしみ)特別顧問から指示を受けてここにいる。君たちが外部へ連絡を取る際は、機密保持のため、通話は禁止させてもらう。アプリや(ショート)(メール)(サービス)によるメッセージの送信は、事前に連絡先の照会と内容の検閲をした上でのみ許可することとなっている」

「本当にごめんなさいね」


 有無を言わさぬ室戸(むろと)の淡々とした語気と、心底申し訳なさそうに謝罪する小渦(こうず)の態度により、遊上(ゆがみ)の動きは止まり、緋澄(ひずみ)は内心で舌打ちをする。

 なお、室戸(むろと)堂々(どうどう)憲法上(けんぽうじょう)禁止(きんし)されているはずの検閲を(おこな)うなどと()げているが、そもそも(わす)れがちなことながら、警備隊(けいびたい)公的機関(こうてききかん)などではないため、これは憲法(けんぽう)によって禁止されている検閲には当たらない。

 警備隊(けいびたい)は、法的にはあくまで浅木(あさき)という教育機関(きょういくきかん)内における治安維持(ちあんいじ)のため、浅木大学(あさきだいがく)業務委託(ぎょうむいたく)している外部組織(がいぶそしき)という位置(いち)づけなのである。

 だが、それだけに、浅木(あさき)のお墨付(すみつ)きさえあれば、普通の警察(けいさつ)には|刑事訴訟法等の(しば)りによって到底(とうてい)不可能(ふかのう)手法(しゅほう)ですら、警備隊(けいびたい)であれば(まか)(とお)ることがある。

 そもそも、現状は日本法に(かぎ)らず、各国(かっこく)の法律は魔術(まじゅつ)によって可能な行為(こうい)に対する制約(せいやく)大枠(おおわく)でこそ(さだ)めているものの、個別具体的(こべつぐたいてき)事案(じあん)には(いま)だに十分な法整備(ほうせいび)()されているとは言えないと評価(ひょうか)されている。

 そういった事情もあり、この浅木(あさき)内では、浅木(あさき)における学問(がくもん)の自由から派生(はせい)した大学の自治(じち)拡大解釈(かくだいかいしゃく)され、部分社会(ぶぶんしゃかい)法理(ほうり)柔軟(じゅうなん)に認められる傾向(けいこう)にある。

 遊上(ゆがみ)の動きが止まったのは、こういった警備隊(けいびたい)権限(けんげん)の大きさを知ることから生じた結果である。

 しかし、一方で遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)の内心の苛立ちを気配だけで察しており、緋澄(ひずみ)の先程の行動とその意味に(すで)に辿り着いていた。


「えっと、さすがにバイト先への欠席の連絡くらいは、電話でした方がいいかなって思うんですけど、()()()()。メッセージを飛ばしただけだと、店長から電話が掛かってくるかもしれませんし」


 そこで遊上(ゆがみ)は、まず本命を前に常識を盾に条件の緩和から試みる。


「どう思う、小渦(こうず)隊員」

「そうねぇ。じゃあ、その電話に私が隣で立ち会っていてもいいかしら」

「ええ、いいですよ。要は、今日のことを喋らずに、休むって云えばいいってことで」

「そうそう」


 同意を示す小渦(こうず)の反応を見た後、遊上(ゆがみ)は自然な動きで緋澄(ひずみ)の方を向き、会話を本命の狙いの方向に誘導し始める。


「お姉ちゃんは? どこかに連絡しとく?」

「――その予定はないわ」

「だったらさ。電源切って預かってもらえばいいじゃん。()()()()()()()()()()()()()

「ああ、なるほど。確かに、それは名案ね」


 緋澄(ひずみ)は、遊上(ゆがみ)の提案の意味に気付くと、即座に携帯端末を取り出し、電源をオフにする。そして、そのままスマートフォンを小渦(こうず)に差し出す。


「私たちへの情報封鎖措置が終わるまで、預かっていてもらえる?」

「ええ、わかりました。責任をもって預かります」


 こうして緋澄(ひずみ)は、校舎の敷地外に出た直後には既に()()()()()()()()()()()携帯端末を、小渦(こうず)へと手渡す。

 緋澄(ひずみ)が危惧していたのは、最新のメッセージの送信履歴を見られることだったのである。

 もちろん、プライバシーを盾に全力で拒めば、何ら正当な権限のない彼らは諦めざるを得ないだろうが、不信感を持たれるのは確実であり、それが伏見(ふしみ)との関係悪化につながるのは、現状としては避けたいことである。

 そこで、それら全てを瞬時に察した遊上(ゆがみ)の機転により、その端末から情報が発信されることはないという偽りの安心感を与えることで、その調査そのものを回避したのである。


「じゃあ、とりあえず。私の研究所までの送迎、よろしくね」


 気掛かりが消えた緋澄(ひずみ)は、余裕をもってそう宣言した。

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