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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
59/346

不滅の参戦理由、不祥事の隠蔽エトセトラ

 2036年6月7日午後2時42分


「で、何か用かしら、伏見(ふしみ)先生?」


 その緋澄(ひずみ)の言葉を受けて、校舎(こうしゃ)(かげ)から姿(すがた)を見せたのは、緋澄(ひずみ)水無月(みなづき)たちのクラスの担任(たんにん)である伏見(ふしみ)鋼一(こういち)であった。

 4限目の授業(じゅぎょう)が終わってから(すで)に約二時間が経過(けいか)していることから、スーツ姿(すがた)着替(きが)えていたが、その手には薄手(うすで)のグローブがはめられている。

 伏見(ふしみ)は、跳躍(ちょうやく)しながら視界(しかい)から消えつつある天空(てんくう)の方に一瞬(いっしゅん)視線(しせん)を向けると、すぐに緋澄(ひずみ)の方に目線(めせん)を向け(なお)し、ようやく言葉を(はっ)する。


「ッたく、ずいぶんと面倒(めんどう)なことになってんなァ……」

「あら、口調(くちょう)(くず)れておられますわよ、伏見(ふしみ)先生?」

「そらァお(たが)い様だ、緋澄(ひずみ)

 それに、今は、業務(ぎょうむ)時間外(じかんがい)だろうが。

 真面目(まじめ)教師(きょうし)をやる必要もねぇんでな」


 緋澄(ひずみ)挑発(ちょうはつ)するような物言(ものい)いに対し、(あき)れ顔の伏見(ふしみ)は軽くいなすような口調(くちょう)で返答する。


「あら、そう。つまらないわね。

 それで、私に何か用かしら、伏見(ふしみ)先せ……?

 いえ、今は教師(きょうし)じゃないってことだったかしら。

 えぇっと? 敷地内(しきちない)にいるけど特定(とくてい)の立場を持たない――つまり不審者(ふしんしゃ)ね?」

「――いや、んなわけねえだろ」

「でも、とりあえず通報(つうほう)しといたほうが――」

「ほいきた」

返事(へんじ)(かり)ぃんだよ。

 こんなところで双子(ふたご)特有(とくゆう)(みょう)以心伝心(いしんでんしん)的な連帯感(れんたいかん)発揮(はっき)すんなや。

 ッてか、本当に通報(つうほう)しようとするやつがあるか。早くそいつを仕舞(しま)え」

「ありゃ? やっぱ(つな)がんないね」


 緋澄(ひずみ)の言葉を()け、携帯端末を取り出していた遊上(ゆがみ)は、警備隊(けいびたい)通報(つうほう)できないことを確認(かくにん)すると、「ちぇー」と言いながらそれを(かばん)に戻す。


「あァ、そうだったな、もういいや。

 はっきり言っちまうと、俺ァ、今回の(けん)にテメェらが首を突っ込まないようにするための見張(みは)りだよ」

「えぇー、それってしっかり業務(ぎょうむ)じゃないですかぁ」


 投げやりな態度(たいど)で目的を()げる伏見(ふしみ)に対し、遊上(ゆがみ)律儀(りちぎ)に突っ込みを入れる。


「うっせぇ、教師(きょうし)としての業務(ぎょうむ)じゃねぇからいいんだよ。

 ッつか、あれな。今のお前ら、見た目が(かぶ)っててわかりにきぃな。

 ……もしかして、わざとか?」

余計(よけい)詮索(せんさく)は身を(ほろ)ぼすわよ、警備隊大隊長殿(・・・・・・・)?」

「あはは、“()”だよ、お姉ちゃん。

 でも、天下(てんか)の《不滅(ふめつ)》様に対してその物言(ものい)いは、ずいぶんと皮肉(ひにく)()いてていいよね。

 うん、『いいね』しといた」

「当て(こす)りみたいに古い呼称(こしょう)を使うんじゃねぇッつの。

 (だれ)が聞いているかわかんねえんだろが」


 緋澄(ひずみ)遊上(ゆがみ)微塵(みじん)も感情を()せない言葉に、伏見(ふしみ)(まゆ)(ひそ)め、溜息(ためいき)をつきながら苦言(くげん)(てい)する。


「でも、これは私やお姉ちゃんより先生が悪いと思いまぁす」

「そんな当たり前のことはわざわざ指摘(してき)するまでもないでしょ」

「あァ、そぉだな、軽率(けいそつ)だった。俺が悪い。

 ッつうことで、本題(ほんだい)いいか?」


 伏見(ふしみ)の言葉に、遊上(ゆがみ)は一歩下がり、黙示(もくじ)で話合いを緋澄(ひずみ)(まか)せるとの意思表示(いしひょうじ)をする。

 同時に、緋澄(ひずみ)(うで)を組みつつ伏見(ふしみ)睥睨(へいげい)し、無言(むごん)で先を(うなが)す。


「まァ、なんだ。この一件(いっけん)、外部に()らすのは禁止(きんし)なんだそうだ」

「そう、つまり、やっぱりこの電波(でんぱ)障害(しょうがい)意図的(いとてき)ってことね」

「そういうことだ。こっちの都合(つごう)でさっきのように通話もできねえように設定してる。

 本来(ほんらい)(たい)テロ組織(そしき)用の設備(せつび)だ。

 校内(こうない)侵入(しんにゅう)された際、通信障害(つうしんしょうがい)を起こすことで連携(れんけい)阻害(そがい)するためのもんだな。

 こんな使い方するとは思わなかったが。

 とはいえ、この敷地(しきち)から出れば障害(しょうがい)はなくなる」

「だから、出てきたと?」

「そういうこったな。

 もし、この(けん)を外部に()らすってんなら、テメェらをしばらくこの敷地外(しきちがい)に出すわけにはいかない、ということだ」


 会話しながら、伏見(ふしみ)は、緋澄(ひずみ)らが気付(きづ)くようにわかりやすく重心(じゅうしん)を少し前に(うつ)す。

 これに対し、緋澄(ひずみ)は後方にある校門(こうもん)をちらりと一瞥(いちべつ)しつつ、質問を()り出す。


「……いつまで?」

事態(じたい)進展(しんてん)解決(かいけつ)するか、天乃(あまの)らが全滅(ぜんめつ)するまで、だなァ」

「そう、なら、仕方(しかた)ないわね。

 ――()()()()()


 緋澄(ひずみ)は、そう言葉に出すと同時に後ろに逃走(とうそう)合図(あいず)を出す。そして、前方の伏見(ふしみ)の動きを押さえるべく、『操魔法(そうまほう)』を利用した魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)による拘束(こうそく)実行(じっこう)する。

 これは天乃(あまの)らにも使った放出(ほうしゅつ)した魔力(まりょく)性質(せいしつ)付与(ふよ)し、(つた)のように対象(たいしょう)(から)みつかせる技術(ぎじゅつ)である。

 緋澄(ひずみ)は、今日(きょう)(はじ)めて見聞(みき)きして使用(しよう)したこの技法(ぎほう)を、わずか数回の実践(じっせん)のみで完全に感覚(かんかく)(つか)み、物にするに(いた)っていた。

 緋澄(ひずみ)(ねら)いは、これによって(かせ)いだ数瞬(すうしゅん)のうちに、《(いばら)の女王》を発動(はつどう)させる下地(したじ)(ととの)えることにある。

 一方、遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)伏見(ふしみ)が会話している(あいだ)にもジリジリと後退(こうたい)し始めており、緋澄(ひずみ)合図(あいず)を出す前には、緋澄(ひずみ)声色(こわいろ)から正確(せいかく)緋澄(ひずみ)の次の判断(はんだん)見抜(みぬ)いていた。

 そして、緋澄(ひずみ)合図(あいず)を出した時点では(すで)に校門に向かって()け出す(あし)を動かしていたのである。これは、背後からの追撃(ついげき)想定(そうてい)しない、全速力(ぜんそくりょく)の“逃走(とうそう)”であった。

 だが――


()()()()()()

 ()()()()()()()()!」


 次の瞬間、遊上(ゆがみ)()()()()()()伏見(ふしみ)にぶつかり、その反動(はんどう)(はじ)かれたところを伏見(ふしみ)に取り押さえられ、地面(じめん)に押さえ付けられる。


「なッ!?」


 (おどろ)きの声を上げたのは、状況(じょうきょう)確認(かくにん)するために後ろを()り向いた緋澄(ひずみ)である。

 緋澄(ひずみ)は、魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)による拘束(こうそく)空振(からぶ)りしたのを感じ取るのと同時に、自身に向かって高速(こうそく)で移動してきた伏見(ふしみ)へに対し、魔術(まじゅつ)による迎撃(げいげき)敢行(かんこう)したという認識(にんしき)だったのである。

 緋澄(ひずみ)魔術(まじゅつ)は、遠距離(えんきょり)攻撃(こうげき)をするためには、ある程度(ていど)下準備(したじゅんび)が必要であるが、接触距離(せっしょくきょり)であれば、大仰(おおぎょう)準備(じゅんび)を必要としない術式(じゅつしき)利用(りよう)した攻撃(こうげき)が可能なのである。

 ところが、伏見(ふしみ)は、緋澄(ひずみ)拘束(こうそく)(かわ)した後、緋澄(ひずみ)に向かって攻撃(こうげき)する素振(そぶ)りを見せながら高速で移動(いどう)していたが、それはフェイントであり、本命は校門(こうもん)に向かって()け出していた遊上(ゆがみ)だったのである。

 そして、自身の正面(しょうめん)に向かって面攻撃(めんこうげき)仕掛(しか)ける緋澄(ひずみ)の横を悠々(ゆうゆう)迂回(うかい)し、そのまま遊上(ゆがみ)の前に回り()むことで、まんまと本命(ほんめい)を取り押さえたという構図(こうず)である。


「これで、終わりだなァ」

「――行ってッ!」


 伏見(ふしみ)に取り押さえられた遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)に向かって声を()り上げる。


「残念ながら、そいつァねぇ」

「……ッ」


 緋澄(ひずみ)が返事をする前に、伏見(ふしみ)遊上(ゆがみ)に声を掛ける。

 事実、緋澄(ひずみ)は一歩も動けずにいた。


「取り押さえられているのが、逆なら、テメェは(まよ)わずにここを立ち去れたんだろうぜ。

 だが、()()()()()()

 だからこそ、俺はそっちの緋澄(ひずみ)じゃあなく、テメェを押さえることに専念(せんねん)したんだ。

 これは、“《(いばら)》”の保有者(ほゆうしゃ)がどちらかという問題ではなく、単にお前らの個性(パーソナリティ)優先度(プライオリティ)の問題だ」

随分(ずいぶん)と、知った口を()くのね」

()()()()()

 警備隊(けいびたい)にも犯罪者(はんざいしゃ)用プロファイリングはしっかりと採用(さいよう)されているんだぜぇ?

 ()()()()()()()()()()、これが、お前たち()()に対する最適解(さいてきかい)だと出てんだからよォ。

 (よう)は、過去(かこ)()()()()のツケってっヤツさ」


 緋澄(ひずみ)から射殺(いころ)すような視線(しせん)を向けられながらも、伏見(ふしみ)(すず)し気に回答(かいとう)する。


「ちなみにだが、今テメェがやっている()()()()()()()()も、俺には通用(つうよう)しねぇぞ。

 こっちは、単純(たんじゅん)相性(あいしょう)の問題だがな」

「ちッ!!」


 図星(ずぼし)だったのか、緋澄(ひずみ)苛立(いらだ)たし()盛大(せいだい)舌打(したう)ちする。

 ただし、緋澄(ひずみ)は、そのような冷静(れいせい)さを()いたかのようなポーズを取りながらも、実に冷酷(れいこく)(すで)穏当(おんとう)解決策(かいけつさく)()て、剣呑(けんのん)なアイデアを実行に(うつ)すべく、その考えを渦巻(うずま)かせていた。

 ところが、この一触即発(いっしょくそくはつ)状況(じょうきょう)は、続く伏見(ふしみ)意表(いひょう)()く言葉で霧散(むさん)した。


「ただ、勘違(かんちが)いするなよ、緋澄(ひずみ)

 テメェらの今の行動は称賛(しょうさん)(あたい)する。

 俺個人(こじん)としても、天乃(あまの)手助(てだす)けしたいというお前たちの意見(いけん)には大賛成(だいさんせい)だ」

「は? 私は天乃(あまの)なんてどうでもいいんですけど私は狗飼(いぬかい)安否(あんぴ)が気がかりなだけだし手助(てだす)けがしたいのは天空(てんくう)だし」

「……」

「あっ、お姉ちゃんのそこら(へん)はスルーしてあげてください」

「お、おう……」


 ブレない緋澄(ひずみ)の意見に、押さえ付けられたままの遊上(ゆがみ)がフォローを入れる。


「……まぁ、()(かく)だ。その件、()()手を打たないか?」

「……本気?」


 伏見(ふしみ)提案(ていあん)は、天乃(あまの)らの助力(じょりょく)伏見(ふしみ)が行くというものである。その提案(ていあん)を聞き、緋澄(ひずみ)先程(さきほど)までとは違う胡乱気(うろんげ)な目を伏見(ふしみ)に向ける。

 というのも、緋澄(ひずみ)らは、この伏見(ふしみ)が単なる教職員(きょうしょくいん)でないことを知っている。

 一般論(いっぱんろん)として、魔術師(まじゅつし)としての評価(ひょうか)は、戦闘(せんとう)における強さだけが基準(きじゅん)ではないとはいえ、魔術(まじゅつ)行使(こうし)により発生する世界への影響(えいきょう)の大きさが指標(しひょう)の一つである以上、ある程度(ていど)相関(そうかん)関係(かんけい)があるということは周知(しゅうち)の事実である。

 優秀(ゆうしゅう)魔術師(まじゅつし)行使(こうし)する魔術(まじゅつ)は、戦闘(せんとう)転用(てんよう)できるものばかりではないが、主にそういった非戦闘(ひせんとう)用の魔術(まじゅつ)を使用する者であっても、護身(ごしん)心得(こころえ)程度(ていど)戦闘(せんとう)用に転用可能(てんようかのう)魔術(まじゅつ)習得(しゅうとく)することが多いのが実情(じつじょう)である。

 緋澄(ひずみ)は、その中でも主に一度の魔術(まじゅつ)行使(こうし)によって影響(えいきょう)(あた)える範囲(はんい)の広さが特筆(とくひつ)して評価(ひょうか)されているものの、対個人戦(たいこじんせん)への評価(ひょうか)が低いわけでは決してない。

 むしろ、多彩(たさい)さという点では文句(もんく)なく最上(さいじょう)評価(ひょうか)が出ている部類(ぶるい)なのであり、有効射程(ゆうこうしゃてい)については言うに(およ)ばずである。

 欠点(けってん)として、()(おそ)さが指摘(してき)できるものの、それを(おぎな)って(あま)りあるほどの潜在能力(せんざいのうりょく)(ゆう)していると(もく)されている。

 緋澄(ひずみ)は、北米(ほくべい)存在(そんざい)するとある格付(かくづ)け会社によって三年に一度発表される通称(つうしょう)『人間()めましたランキング』でも、初登場(はつとうじょう)ながらも40位以内と好成績(こうせいせき)(たた)き出している。これは、現在の日本国内では三位、場所を浅木(あさき)に限れば形式的(けいしきてき)には一位の成績(せいせき)である。

 もっとも、このランキングは、見立(みた)てはおおよそ正確(せいかく)との評判(ひょうばん)こそあるものの、魔術師(まじゅつし)界隈(かいわい)でも悪名高(あくみょうだか)い者が上位(じょうい)()めており、その通称(つうしょう)からもわかるとおり、一般的(いっぱんてき)には好成績(こうせいせき)であることは不名誉(ふめいよ)なこととして(あつか)われている。

 ただ、悪名(あくみょう)とはいえ、このように魔術師(まじゅつし)として高い評価(ひょうか)を受けている緋澄(ひずみ)実戦(じっせん)において圧倒(あっとう)できている時点で、伏見(ふしみ)が単なる学校(がっこう)教員(きょういん)であるはずがないことは自明(じめい)()であろう。

 実際、緋澄(ひずみ)が聞いた(うわさ)によると、フリーランス時代の伏見(ふしみ)正規(せいき)の価格で(やと)おうとすれば、一回の仕事につき、プロ野球(やきゅう)選手(せんしゅ)年俸(ねんぽう)並みの前金(・・)が必要となったとのことである。

 そのような伏見(ふしみ)が、無条件(むじょうけん)協力(きょうりょく)すると(もう)し出ているのであるから、緋澄(ひずみ)胡乱気(うろんげ)反応(はんのう)を返してしまったとしても、それは無理からぬことであろう。

 一方の伏見(ふしみ)も、緋澄(ひずみ)反応(はんのう)想定済(そうていず)みだったのか、苦笑(くしょう)を浮かべつつ他意(たい)はないことをアピールする。


「あァ、面倒(めんどう)なことこの上ないが、結果的にこれが最適(さいてき)だって話でな」

「これが、最適(さいてき)って?」

「あッと、つまり、そのだなァ――」

責任(せきにん)所在(しょざい)からして、(おさ)まりがいいって意味なんじゃない?」

「ん? ああ、なるほど、そういうこと。

 (たし)かに、狗飼(いぬかい)の件は、考えてみれば、この不審者(ふしんしゃ)さんの監督(かんとく)不行(ふゆ)(とど)きが原因(げんいん)になるんだものね」


 伏見(ふしみ)拘束(こうそく)されたままの遊上(ゆがみ)(するど)一言(ひとこと)に、緋澄(ひずみ)得心(とくしん)がいったとばかりに(うなづ)く。

 緋澄(ひずみ)の言う通り、狗飼(いぬかい)校舎(こうしゃ)外周(がいしゅう)の走り込みを指示(しじ)したのは伏見(ふしみ)である。

 そして、その途中(とちゅう)生徒(せいと)失踪(しっそう)したというのであれば、明確(めいかく)不祥事(ふしょうじ)であり、目を(はな)した監督者(かんとくしゃ)でもあった伏見(ふしみ)責任(せきにん)追及(ついきゅう)されるのは当然の流れであろう。


「そうそう。あとは、警備隊的(けいびたいてき)な意味でも、ね」

「?」


 ただ、ついでのように付け(くわ)えられた一言(ひとこと)に、緋澄(ひずみ)疑問(ぎもん)そうに首を(かし)げる。

 伏見(ふしみ)は、自分の先程(さきほど)の一言で事情を全て(さっ)せられるとは思っていなかったため、意外(いがい)そうに目を(ほそ)めて自分の下にいる遊上(ゆがみ)を見る。


「テメェは……あの師匠(ろくでなし)(わり)ぃところだけを的確(てきかく)()いでやがるよなァ」

「それは心外(しんがぁい)

 風評(ふうひょう)被害(ひがい)もいいとこだよ。

 断固(だんこ)抗議(こうぎ)するねッ!

 でも、ふふふ、意外(いがい)だねぇ。先生ってば、()()()()()気にしてるのぉ?

 いい加減(かげん)にしとかないと、ハゲちゃうよぉ?」

「それはねぇ」

体質的(たいしつてき)には、そうかもねぇ?

 でも、こういうのって心労(しんろう)からくるっていうしぃ?」


 余裕(よゆう)そうに揶揄(やゆ)する遊上(ゆがみ)に、伏見(ふしみ)真顔(まがお)で答え、更に遊上(ゆがみ)がニマニマと笑顔(えがお)を浮かべて伏見(ふしみ)(あお)る。

 とても、上から押さえつけられている人間の反応(はんのう)ではない。


「ちなみに、もしその提案(ていあん)(ことわ)ったら?」


 このままでは収拾(しゅうしゅう)がつかなさそうだったため、緋澄(ひずみ)強引(ごういん)に話を前に進める。


「テメェらをここで気絶(きぜつ)させて、(しか)るべき処置(しょち)(ほどこ)した後、やっぱり俺が行くことになるよなァ」

「なら、気絶(きぜつ)するだけ(そん)ね。

 真理(まり)(かま)わないでしょ?」

「かの生ける伝説(でんせつ)――英雄(えいゆう)不滅(ふめつ)(さま)助力(じょりょく)文句(もんく)を付けられるほどの上策(じょうさく)があるワケないじゃん」


 緋澄(ひずみ)()り切った態度(たいど)に、伏見(ふしみ)下敷(したじ)きにされている遊上(ゆがみ)同調(どうちょう)する。


「決まりね。さっきの話には乗るわ。

 私たちは情報(じょうほう)外部(がいぶ)には()らさない。

 なんなら、私が《契約》したっていいわ。

 だから、さっさと真理を(はな)しなさい。

 ――いい加減(かげん)、セクハラで告発(こくはつ)するわよ」

「あ、あァ」


 緋澄(ひずみ)若干(じゃっかん)怒気(どき)の入り混じった声に(こた)え、伏見(ふしみ)が、押さえつけていた遊上(ゆがみ)の上から退(しりぞ)く。

 遊上(ゆがみ)は服に付いた(すな)小石(こいし)を手で(はら)いながら立ち上がると、伏見(ふしみ)に対して今更(いまさら)ながらの疑問(ぎもん)をぶつける。


「ただ、私としては、さっきの話に出た辰上(たつかみ)との相性(あいしょう)は気になるかなぁ。

 先生が()()()()()なのは知ってるけどぉ。

 私の知る限りの情報(じょうほう)では、ぶっちゃけ相性(あいしょう)はよくないっていうか。

 むしろ悪そうなんですけど」

「そこんとこ、どうなの? どうせ、私たちの話は聞いてたんでしょ?」


 これらの問いに伏見(ふしみ)は、「さァな」と()べ、(かた)(すく)める。


「「は?」」

生憎(あいにく)相性(あいしょう)なんか考えて立ち回った経験(けいけん)がねぇもんでな」

「あ、こいつ情報(じょうほう)以上(いじょう)脳筋(のうきん)だよ、お姉ちゃん」

「ある意味、()り切ってんのね」


 不敵(ふてき)ともいえる伏見(ふしみ)の言葉を、遊上(ゆがみ)笑顔(えがお)茶化(ちゃか)し、緋澄(ひずみ)(あき)れたように感想(かんそう)()らす。

 ただし、緋澄(ひずみ)溜息(ためいき)(はさ)みながらも自分の考えの続きを口にする。


「でも、それが結果的(けっかてき)正解(せいかい)ってことなんでしょ。

 どこに使っても相乗効果(そうじょうこうか)期待(きたい)できないけど、一定の戦果(せんか)確実(かくじつ)(かせ)いでくるってタイプかしら」

「なんか爆弾(ばくだん)みたいだね」

「実際の俺の()での運用法(うんようほう)はそんな感じだったぞ。

 敵陣(てきじん)(ほう)()げて、あとは自力(じりき)で帰ってくるまで放置(ほうち)ってのが、お偉方(えらがた)が考えた俺を有効(ゆうこう)に使い切るための『作戦(・・)』なんだと」

(ざつ)ッ!! 毎回そんな(ざつ)な切られ方してんのに、なんで(いま)だにそんなにピンピンしてるの? いつ死ぬのッ!?」

「っていうか、使()()()()って。

 それ、軍側(ぐんがわ)もなんとかしてあんたを(ころ)そうと躍起(やっき)になってたんじゃ……?」

「どっちでもいいだろ、んなこたァ」


 伏見(ふしみ)は「過ぎたことだ」と()げやりに述べ、会話を打ち切る。

 ちなみに、1980年代から始まった魔術(まじゅつ)資源獲得戦争(しげんかくとくせんそう)は、国際的に見ても各国に非常に大きな影響を(およ)ぼしており、その一環(いっかん)として、日本でも()()()()()には憲法改正(けんぽうかいせい)実施(じっし)されている。

 これにより、同年より正式に日本軍(・・・)合憲的(ごうけんてき)に存在している。

 ちなみに、自衛隊(じえいたい)は、組織再編(そしきさいへん)により、そのほとんどは日本軍に接収(せっしゅう)されたものの、一部は山岳救助隊(さんがくきゅうじょたい)水難救助隊(すいなんきゅうじょたい)などに合流しつつ、2036年現在では主に災害救助(さいがいきゅうじょ)を主目的とする組織(そしき)として、名前だけを残すに(いた)っている。


「んじゃまァ、話は()んだし、俺はもういくぞ」

「あら、《契約(けいやく)》とかは()らないの?」

「あァ? メンドくせぇ。

 俺が行くんだ。んなもんなくたって、情報(じょうほう)を外に()らす理由がもうなくなっただろうが?

 それとも、ここの地面(じめん)一夜(いちや)()かしたいってんなら、()めねぇがなァ」

「やめやめ、お姉ちゃん。

 この人に交渉(こうしょう)とか()け引きとか(むずか)しいこと期待(きたい)したら駄目(だめ)だよ?

 ()()()()()()()()()()()、はっきりと口に出して言わなきゃ」

「……別に、特に何もないわ」

意地(いじ)()り」


 双子(ふたご)姉妹(しまい)のやり取りに、立ち去ろうとしていた伏見(ふしみ)が足を止める。


「んだァ? なんか言いたいことがあるなら聞いとくぞ、ほれ」

「ほれほれ、言っちゃえ言っちゃえって」

「……何でもないわ。ただ――」


 緋澄(ひずみ)は、(よこ)(はや)し立てる遊上(ゆがみ)一瞬(いっしゅん)(にら)むと、(おもむろ)(つぐ)んでいた口を開く。


「ただ――ちゃんと連れ帰ってきなさいよ」

「は?」

「くれぐれも()()()()よろしくね、って意味だよ、センセー」


 緋澄(ひずみ)精一杯(せいいっぱい)言葉(ことば)含意(がんい)遊上(ゆがみ)がよりわかり(やす)(つた)わるレベルにまで翻訳(ほんやく)する。


「あァ、なんだ。言われるまでもねぇよ、んなこたァ」


 伏見(ふしみ)はそういうと、天空(てんくう)と同じように、跳躍(ちょうやく)による屋根(やね)(づた)いの移動を開始する。その姿は、数秒(すうびょう)緋澄(ひずみ)らの視界(しかい)から消え去ってしまった。


真理(まり)、あなたね――」

「ゴメンって。

 でも、これは私の役割(・・)じゃないでしょ」

「そうね」

「で、お姉ちゃん、どうする?」

「どうって?」

「とりあえず、研究室(ラボ)まで行こっか。

 待機(たいき)命令(めいれい)、出るでしょ? この調子(ちょうし)だと。

 無駄(むだ)になると思うけどねぇ」

「それも、そうね」


 そういうと、姉妹(しまい)()れ立って第三高の正門(せいもん)に向かって(すす)んでいく。


真理(まり)、バイトは?」

「今日はパスしようかなぁ。

 店長(てんちょう)上手(うま)くやってくれるでしょ。

 そのために(やと)ったわけだし?」

「自分の雇用主(こようぬし)をバイトで(やと)ってるなんて知ったら、どう思うのかしら」

「さすがに店長(てんちょう)を見くびり過ぎだよ、お姉ちゃん。

 雇用主(こようぬし)と顔合わせもできずに、あんな(あや)しい稼業(かぎょう)名目上(めいもくじょう)責任者(せきにんしゃ)採用(さいよう)されてるんだよ?

 しかも、それだけじゃなくて、こんなサボりがちな小娘(こむすめ)を無理やりバイトとして押し付けられて、クビにもできないんだもん。

 (わけ)アリなことくらい、とっくに気付(きづ)いてるでしょ、さすがに」


 そういって、遊上(ゆがみ)はバイト先に連絡(れんらく)しようとして、電波(でんぱ)状態(じょうたい)がまだ回復(かいふく)していないことに気付(きづ)く。


敷地(しきち)からちょっと(はな)れたところなら(つな)がってるわよ」


 先行して敷地外(しきちがい)に出ていっていた緋澄(ひずみ)が携帯端末の画面を見せながら遊上(ゆがみ)に声を掛ける。

 遊上(ゆがみ)緋澄(ひずみ)に続いて敷地外(しきちがい)に出てから、バイト先に連絡(れんらく)を入れようとしたところで、「お()ちしてましたぁ」という明るい声が二人に()けられる。

 声を掛けてきたのは、私服姿(しふくすがた)の三十代くらいの男女二人組のうち、女性の方であった。

 緋澄(ひずみ)は、彼らに見覚(みおぼ)えがなかったため、遊上(ゆがみ)反応(はんのう)横目(よこめ)で見るが、どうやら見覚(みおぼ)えがなさそうなのは同様(どうよう)であった。

 だが、状況(じょうきょう)から二人の正体(しょうたい)に当たりを付けた緋澄(ひずみ)は、開口(かいこう)一番(いちばん)、それを口にする。


「あなたたち、警備隊(けいびたい)ね」

「あれ? わかっちゃいます?」

「話が(はや)いのはいい。手間(てま)(はぶ)けて(たす)かる」


 物腰(ものごし)(やわ)らかい女性が茶目(ちゃめ)()を出しつつ(した)しみやすさをアピールするが、武骨(ぶこつ)な男性の口調(くちょう)がそれを台無(だいな)しにしている。


「もう、室戸(むろと)さん。そんなに殺気(さっき)()りまかないで下さい。

 後ろの子――遊上(ゆがみ)さんが、(おび)えてますよ?」

冗談(じょうだん)()せ、小渦(こうず)隊員(たいいん)

 自分は(もと)からこうだ」

「ごめんなさいね、この人が(こわ)がらせちゃって」

「――い、いえ、問題ないです。はい」


 恐縮(きょうしゅく)した様子で回答(かいとう)する遊上(ゆがみ)に対し、女性の方が小渦(こうず)、男性が室戸(むろと)という名であることを確認した緋澄(ひずみ)は、その身元(みもと)手持(ても)ちのデータベースで照会(しょうかい)するよう見えないように、ハンドサインを出す。

 それに気づいた遊上(ゆがみ)は、「あの、バイト先に休むって連絡(れんらく)したいんで、用件(ようけん)はお姉ちゃんにどうぞ」と()べ、その場から(はな)れようとする。


「いや、()て。もう(さっ)しているだろう。

 自分たちは伏見(ふしみ)特別(とくべつ)顧問(こもん)から指示(しじ)を受けてここにいる。

 君たちが外部(がいぶ)連絡(れんらく)を取る(さい)は、機密(きみつ)保持(ほじ)のため、通話(つうわ)禁止(きんし)させてもらう。

 アプリや(ショート)(メール)(サービス)によるメッセージの送信(そうしん)は、事前(じぜん)連絡先(れんらくさき)照会(しょうかい)と内容の検閲(けんえつ)をした上でのみ許可(きょか)することとなっている」

「本当にごめんなさいね」


 有無(うむ)を言わさぬ室戸(むろと)淡々(たんたん)とした語気(ごき)と、心底(しんそこ)(もう)(わけ)なさそうに謝罪(しゃざい)する小渦(こうず)態度(たいど)により、遊上(ゆがみ)の動きは止まり、緋澄(ひずみ)内心(ないしん)舌打(したう)ちをする。

 なお、室戸(むろと)堂々(どうどう)憲法上(けんぽうじょう)禁止(きんし)されているはずの検閲(けんえつ)(おこな)うなどと()げているが、そもそも(わす)れがちなことながら、警備隊(けいびたい)公的機関(こうてききかん)などではないため、これは憲法(けんぽう)によって禁止されている検閲(けんえつ)には当たらない。

 警備隊(けいびたい)は、法的にはあくまで浅木(あさき)という教育機関(きょういくきかん)内における治安維持(ちあんいじ)のため、浅木大学(あさきだいがく)業務ぎょうむ委託いたくしている外部組織がいぶそしきという位置(いち)づけなのである。

 だが、それだけに、浅木(あさき)のお墨付(すみつ)きさえあれば、普通の警察(けいさつ)には捜査法(そうさほう)上の(しば)りによって到底(とうてい)不可能(ふかのう)手法(しゅほう)ですら、警備隊(けいびたい)であれば(まか)(とお)ることがある。

 そもそも、現状は日本法に(かぎ)らず、各国(かっこく)の法律は魔術(まじゅつ)によって可能な行為(こうい)に対する制約(せいやく)大枠(おおわく)でこそ(さだ)めているものの、個別具体的(こべつぐたいてき)事案(じあん)には(いま)だに十分な法整備(ほうせいび)()されているとは言えないと評価(ひょうか)されている。

 そういった事情もあり、この浅木(あさき)内では、浅木(あさき)における学問(がくもん)の自由から派生(はせい)した大学の自治(じち)拡大解釈(かくだいかいしゃく)され、部分社会(ぶぶんしゃかい)法理(ほうり)柔軟(じゅうなん)に認められる傾向(けいこう)にある。

 遊上(ゆがみ)の動きが止まったのは、こういった警備隊(けいびたい)権限(けんげん)の大きさを知ることから生じた結果である。

 しかし、一方で遊上(ゆがみ)は、緋澄(ひずみ)内心(ないしん)苛立(いらだ)ちを気配(けはい)だけで(さっ)しており、緋澄(ひずみ)先程(さきほど)行動(こうどう)とその意味に(すで)辿(たど)り着いていた。


「えっと、さすがにバイト先への欠席(けっせき)連絡(れんらく)くらいは、電話(でんわ)でした方がいいかなって思うんですけど、()()()()

 メッセージを飛ばしただけだと、店長(てんちょう)から電話(でんわ)()かってくるかもしれませんし」


 そこで遊上(ゆがみ)は、まず本命(ほんめい)を前に常識(じょうしき)(たて)条件(じょうけん)緩和(かんわ)から(こころ)みる。


「どう思う、小渦(こうず)隊員(たいいん)

「そうねぇ。じゃあ、その電話に私が(となり)で立ち会っていてもいいかしら」

「ええ、いいですよ。

 (よう)は、今日のことを(しゃべ)らずに、休むって言えばいいってことで」

「そうそう」


 同意(どうい)を示す小渦(こうず)反応(はんのう)を見た後、遊上(ゆがみ)自然(しぜん)な動きで緋澄(ひずみ)の方を向き、会話(かいわ)本命(ほんめい)(ねら)いの方向(ほうこう)誘導(ゆうどう)し始める。


「お姉ちゃんは? どこかに連絡(れんらく)しとく?」

「――その予定(よてい)はないわ」

「だったらさ。電源(でんげん)切って(あず)かってもらえばいいじゃん。

 ()()()()()()()()()()()()()

「ああ、なるほど。確かに、それは名案(めいあん)ね」


 緋澄(ひずみ)は、遊上(ゆがみ)提案(ていあん)の意味に気付くと、即座(そくざ)に携帯端末を取り出し、電源(でんげん)をオフにする。そして、そのままスマートフォンを小渦(こうず)()()す。


「私たちへの情報(じょうほう)封鎖(ふうさ)措置(そち)が終わるまで、(あず)かっていてもらえる?」

「ええ、わかりました。責任をもって(あず)かります」


 こうして緋澄(ひずみ)は、校舎(こうしゃ)敷地外(しきちがい)に出た直後(ちょくご)には既に()()()()()()()()()()()携帯端末を、小渦(こうず)へと手渡(てわた)す。

 緋澄(ひずみ)危惧(きぐ)していたのは、最新(さいしん)のメッセージの送信(そうしん)履歴(りれき)を見られることだったのである。

 もちろん、プライバシーを(たて)全力(ぜんりょく)(こば)めば、何ら正当(せいとう)権限(けんげん)のない彼らは(あきら)めざるを()ないだろうが、不信感(ふしんかん)を持たれるのは確実(かくじつ)であり、それが伏見(ふしみ)との関係悪化(あっか)につながるのは、現状(げんじょう)としては()けたいことである。

 そこで、それら(すべ)てを瞬時(しゅんじ)(さっ)した遊上(ゆがみ)機転(きてん)により、その端末(たんまつ)から情報(じょうほう)発信(はっしん)されることはないという(いつわ)りの安心感(あんしんかん)(あた)えることで、その調査(ちょうさ)そのものを回避(かいひ)したのである。


「じゃあ、とりあえず。研究室(ラボ)までの送迎(そうげい)、よろしくね」


 気掛(きが)かりが消えた緋澄(ひずみ)は、余裕(よゆう)をもってそう宣言(せんげん)した。

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