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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
58/286

『超越者』

2036年6月7日午後4時31分


「……辰上(たつかみ)討伐(とうばつ)って。

 辰上(たつかみ)ってのは,アンタのことじゃないのか?」

(ぎゃく)()うが,(かり)にそうだとして俺の(はなし)はそこまで奇異(きい)なものか?」


 天乃(あまの)()いに対し,《無貌(むぼう)》の男が鷹揚(おうよう)()いを返す。

 そして,天乃(あまの)はその()いには即答(そくとう)できず,閉口(へいこう)する。

 その様子ようすを見た《無貌(むぼう)》の男は一息吐(ひといきつ)くと,(ひと)(ごと)でも()べるかのように自身の考えを開陳(かいちん)し始める。


(みずか)らが,(とお)からぬ未来(みらい)に人の()(ほろ)ぼす厄災(やくさい)()そうとしている。

 まぁ,正直(しょうじき),人の()趨勢(すうせい)など,俺にとってはどうでもよい。(もと)より,大した帰属(きぞく)意識(いしき)もないからな。

 かといって,積極的(せっきょくてき)(ほろ)ぼさんとする動機(どうき)もない。

 つまり,人の()(ほろ)ぼすのは俺の意志(いし)ではないということだ。

 俺が俺でなくなり,俺の本意(ほんい)でないことをしようとしている。

 であれば,()()()()()()()()()()()


 そのとき,《無貌(むぼう)》の男から(たし)かな怒気(どき)()れたのが天乃(あまの)にも感じられた。

 なるほど,この傲岸不遜(ごうがんふそん)な男にとっては,自我(じが)(うしな)うというのは,()え切れぬ屈辱(くつじょく)なのであり,()趨勢(すうせい)とは比肩(ひけん)し得ないほどの重大(じゅうだい)なことなのかもしれない。

 だが,天乃(あまの)には,それを()まえても,なお疑問(ぎもん)(のこ)った。


「あぁ――っと,討伐(とうばつ)対象(たいしょう)は,『亡霊(ぼうれい)』であって,アンタじゃないってのは,なんとなくわかった。

 だが,いくつか確認(かくにん)したい。

 なぜ,その『亡霊(ぼうれい)』が(おもて)に出てきていないんだ? 英莉(えり)の話では,3年前には出ていたそうだが?」

単純(たんじゅん)に,(やつ)(いま)だに昏睡中(こんすいちゅう)だ。

 俺に(ほどこ)されていた封印(ふういん)は,主に(やつ)(ふう)じるためのモノだった。

 (よう)は,現状では,影響(えいきょう)軽微(けいび)だったが(ゆえ)に先に目覚(めざ)めた俺が一時的(いちじてき)肉体(にくたい)主導権(しゅどうけん)(にぎ)っているに過ぎん。

 (やつ)目覚(めざ)めれば,一瞬(いっしゅん)でこれが逆転(ぎゃくてん)する。

 無様(ぶざま)な話だが,俺では(やつ)には(あらが)いきれん」


 あっさりと内情(ないじょう)を話した《無貌(むぼう)》の男に,天乃(あまの)は続けて質問(しつもん)()()す。


「次だが,そもそも,前提(ぜんてい)となっている世界(せかい)破滅(はめつ)ってのは,いったいどういうことなんだ?

 『亡霊(ぼうれい)』とやらは『支配(しはい)』の“起源(きげん)”の極点(きょくてん)――その具現化(ぐげんか)のような存在(そんざい)なんだろう?

 だったら,その『支配(しはい)』の対象(たいしょう)となるはずの人を世界(せかい)ごと(ほろ)ぼそうとするなんて,おかしくないか?」

「なるほど,もっともな疑問(ぎもん)だな。

 だが,まずは1つ,貴様(きさま)認識(にんしき)訂正(ていせい)する。

 (やつ)(ほろ)ぼさんとするのは,あくまで現行(げんこう)の“人の()”だ。世界ではない。

 そして,貴様(きさま)疑問(ぎもん)端的(たんてき)説明(せつめい)するならば,(やつ)が『支配(しはい)』の対象(たいしょう)とするのは,(やつ)(みと)める『()』だけだということだ」

「……つまり,現行(げんこう)人類(じんるい)は,(やつ)にとっては『支配(しはい)』すべき『人』ではないってことか?」

正確(せいかく)には,魔術(まじゅつ)(もち)いる素養(そよう)のない『人未満(・・・)』の存在(そんざい)間引(まび)くつもりのようだ」


 現在の地球(ちきゅう)人口(じんこう)のうち,魔術(まじゅつ)(あつか)う者の比率(ひりつ)は7%(じゃく)とされている。

 つまり,『辰上(たつかみ)亡霊(ぼうれい)』とやらは,世界人口の90%以上を殺害(さつがい)すると宣言(せんげん)しているに(ひと)しい。

 そして,(かり)にそれが(かな)うならば,(たし)かに,人の世を現在(げんざい)の形で維持(いじ)することは不可能(ふかのう)となるであろう。


(たし)かに,そういった意味では,『現行(げんこう)の人の世を滅亡(めつぼう)させる』というのは,(あなが)間違(まちが)った表現(ひょうげん)ではない,のか?」

「いや,そのような生温(なまぬる)い話ではない」

「はい?」


 天乃(あまの)納得(なっとく)しかけた理解(りかい)を《無貌(むぼう)》の男が苦々(にがにが)()否定(ひてい)する。


間引(まび)きを()えた(やつ)は,(のこ)った人類(じんるい)を『支配(しはい)』し(はじ)めるだろうよ。

 だが,(わす)れてはならないのは,(やつ)目的(もくてき)は『支配(しはい)』による『統治(とうち)』ではなく,『支配(しはい)』そのものだということだ。

 つまり,常人(じょうじん)にとっての手段(しゅだん)目的化(もくてきか)しており,()()()()()()

 ()ち受けるのは,人の文明(ぶんめい)終焉(しゅうえん)(ゆる)やかな滅亡(めつぼう)だけだ。

 信じがたい話だが,(やつ)はこれを(みずか)(のぞ)まず引き()こす。

 最期(さいご)まで,人類(じんるい)滅亡(めつぼう)する原因(げんいん)心当(こころあ)たりを()てぬままな。

 だからこその厄災(やくさい)なのだ」


 目的(もくてき)なき支配(しはい)は,人類(じんるい)への抑圧(よくあつ)停滞(ていたい)だけを()む。

 新しい価値観(かちかん)は,古い支配体制(しはいたいせい)淘汰(とうた)し,(とき)として支配(しはい)(およ)ばぬ領域(りょういき)を生み出すからだ。

 だからこそ,目的(もくてき)なき支配(しはい)の行きつく先は,文字通(もじどお)り,永遠(えいえん)現状維持(げんじょういじ)となる。

 実際(じっさい)のところ,現状(げんじょう)維持(いじ)するだけであっても,発展(はってん)不可欠(ふかけつ)なのだが,支配体制(しはいたいせい)崩壊(ほうかい)要因(よういん)となり()るそれを『亡霊(ぼうれい)』は決して(ゆる)さない。

 人類(じんるい)発展(はってん)する(すべ)機会(きかい)(うしな)い,やがて有限(ゆうげん)資源(しげん)消費(しょうひ)()くすまでそれが続くこととなる。

 それを回避(かいひ)しようと奔走(ほんそう)すること自体,『亡霊(ぼうれい)』の支配(しはい)に対する反逆(はんぎゃく)なのであり,『亡霊(ぼうれい)』は(けっ)して(みと)めない。 

 だが,目的(もくてき)なき『亡霊(ぼうれい)』はその“次”に(そな)えることなどするはずもない。

 『亡霊(ぼうれい)』は未来(みらい)など見ていないし,資源(しげん)枯渇(こかつ)という問題(もんだい)は,『亡霊(ぼうれい)』の()いた支配(しはい)維持(かたち)には,直接的(ちょくせつ)には影響(えいきょう)(およ)ぼさないからだ。

 そして,(ゆる)やかに人口減少(じんこうげんしょう)が続き,人類は衰退(すいたい)し,滅亡(めつぼう)一途(いっと)辿(たど)る。


 目的(もくてき)のない支配(しはい)衝動(しょうどう)がもたらすあまりに(すく)いのない未来図(みらいず)に,天乃(あまの)(かる)頭痛(ずつう)(おぼ)える。

 しかし,同時に,今までの話と,英莉(えり)から聞いた『辰上(たつかみ)亡霊(ぼうれい)』の人格(じんかく)からすると,それは十分にありえそうな未来だと“直観(ちょっかん)”してしまう。

 とはいえ,これをもっても天乃(あまの)当初(とうしょ)疑問(ぎもん)解消(かいしょう)されたわけではない。


「じゃあ,質問(しつもん)を続けるが,そんな大規模(だいきぼ)な人類の間引(まび)きなんて,実際(じっさい)にできるものなのか?」


 そう,《無貌(むぼう)》の男の話は,この点がそもそもの前提(ぜんてい)となっているわけだが,天乃(あまの)としては,一個人が人類(じんるい)全体(ぜんたい)勝利(しょうり)するという図式(ずしき)自体が,どうにも荒唐無稽(こうとうむけい)に感じてしまうのだ。


「ふむ,天乃(あまの)(しん)よ。

 『超越者(ちょうえつしゃ)』――という言葉に聞き(おぼ)えは?」

「何度か英莉(えり)から聞いたけど,意味までは聞いてないな……そんな雰囲気(ふんいき)でもなかったし。

 なんとなく,字面(じづら)から人間を()えた存在(そんざい)というイメージしか」

「ハッ,あれは,人から(しょう)じるモノではあるが,(すで)に人の(いき)にはいないモノだ。

 諸人(もろびと)超克(ちょうこく)した存在(そんざい)であり,もはや人類(じんるい)にとっては“天災(てんさい)”に近い概念(がいねん)とすら言える。

 厄介(やっかい)なのは,『人から(しょう)じ,人を()えた』という点だ。

 その意味で,『超越者(ちょうえつしゃ)』は,(そう)じてその存在(そんざい)基盤(きばん)そのものに人類(じんるい)に対する明確(めいかく)優位性(ゆういせい)存在(そんざい)する。

 (やつ)らは,各々(おのおの)人類(じんるい)では(あらが)えないだけの能力(のうりょく)保有(ほゆう)しているのだ。

 出現頻度(しゅつげんひんど)(まれ)ながら,正真(しょうしん)正銘(しょうめい)人類(じんるい)に対する脅威(きょうい)なのであり,対処(たいしょ)(あやま)れば,人類(じんるい)容易(ようい)滅亡(めつぼう)する。

 所謂(いわゆる)人類史(じんるいし)存続(そんぞく)危機(きき)というヤツだ」


 《無貌(むぼう)》の男はそこで言葉を切ると,ボトルに残った液体(ワイン)を全てグラスに(そそ)ぎ,一気に飲み()す。


(たと)えば,《(おう)(ほう)》はまさしく人類(じんるい)(たい)する優位性(ゆういせい)具現化(ぐげんか)したような術式(じゅつしき)と言えるだろうな。

 対人類(たいじんるい)特効(とっこう)魔術(まじゅつ)(しき)など,人を()えし『超越者(ちょうえつしゃ)』ならではのチョイスだとは思わんか?

 現状(げんじょう),“(ひと)(おう)”たる俺が使っているからこそ,この程度(ていど)影響(えいきょう)()んでいるに()ぎん。

 『超越者(ちょうえつしゃ)』が使用すれば,効用(こうよう)範囲(はんい)段違(だんちが)いとなる」


 仮に《(おう)(ほう)》の範囲(はんい)(ひろ)がり,広範囲(こうはんい)に同時に先程(さきほど)(かみなり)()らせることできるとすれば,それだけでかなりの脅威(きょうい)となるものと思われる。

 そして,副次的(ふくじてき)機能(きのう)である術式(じゅつしき)再現(さいげん)によって,次々と他の魔術師(まじゅつし)魔術(まじゅつ)を取り()んでいけば,即座(そくざ)に手のつけようがなくなっていくのは想像(そうぞう)(かた)くない。


「いろいろと追加(ついか)疑問(ぎもん)()いてきたが,(たし)かに,それなら人類滅亡(じんるいめつぼう)可能性(かのうせい)もあるかもしれないな。

 ただ,その(わり)に,『超越者(ちょうえつしゃ)』に対する反応(はんのう)より,『討伐令(とうばつれい)』に対する反応(はんのう)の方が大きかったような気がするけどな」

無理(むり)もなかろう。先程(さきほど)の俺の『超越者(ちょうえつしゃ)』に(かん)する説明(せつめい)一般的(いっぱんてき)理解(りかい)ではない。

 世間(せけん)では,『超越者(ちょうえつしゃ)』といえば,『ちょっと人の道を()(はず)した魔術師(まじゅつし)』くらいの認識(にんしき)だ。意図的(いとてき)情報(じょうほう)制限(せいげん)されているからな。

 悪名高(あくみょうだか)い『討伐令(とうばつれい)』の対象者(たいしょうしゃ)という方が余程(よほど)インパクトがあるだろうよ。

 とはいえ,()エリザベート・ナイトウォーカーは『超越者(ちょうえつしゃ)』の(ただ)しい意味を理解(りかい)していたはずだがな」


 思い(かえ)してみると,(たし)かに遊上(ゆがみ)天空(てんくう)は,『討伐令(とうばつれい)対象者(たいしょうしゃ)が危険との前提(ぜんてい)発言(はつげん)をしていたように思うが,英莉(えり)だけは一貫(いっかん)して『超越者(ちょうえつしゃ)』の危険性(きけんせい)()いていたように思う。

 それどころか『超越者(ちょうえつしゃ)』は「ニンゲンではない」とも明確(めいかく)発言(はつげん)していた。

 そういった意味で,英莉(えり)だけは認識(にんしき)(ゆが)められつつも,(ただ)しく状況(じょうきょう)説明(せつめい)していたのである。


「じゃあ,最後の質問(しつもん)だ。

 『亡霊(ぼうれい)』とやらに本体(ほんたい)はあるのか? つまり――」

「俺が死ねば,万事(ばんじ)解決(かいけつ)ということなら,なぜ俺は(みずか)()(えら)ばないのか,ということだろう?」


 《無貌(むぼう)》の男は,天乃(あまの)質問(しつもん)意図(いと)正確(せいかく)理解(りかい)し,その疑問(ぎもん)回答(かいとう)する。


当然(とうぜん),そうできるのであれば,それは選択肢(せんたくし)の1つであった。

 同じ身体(からだ)(もち)いている以上,切り(はな)せぬのなら(いた)し方あるまい。俺ごと,かの『亡霊(ぼうれい)』を存在(そんざい)を消し()るのも(やぶさ)かではないと,考えはした。

 だが,業腹(ごうはら)なことに,俺はこう見えて,(やつ)から行動(こうどう)にいくつかの制限(せいげん)()されている。

 その中の1つに,自身の(いのち)直接(ちょくせつ)危険(きけん)をもたらす行為(こうい)禁止(きんし)(ふく)まれる。

 こうして貴様(きさま)会話(かいわ)することで,間接的(かんせつてき)危害(きがい)(まね)くこと禁止(きんし)されておらんがな。

 (ゆえ)に,貴様(きさま)発想(はっそう)(じつ)(ただ)しい。

 俺を(ころ)せるというのであれば,それでも(かま)わんぞ。

 ただし,俺はそれに全力(ぜんりょく)(あらが)わねばならん。不作為(ふさくい)すら(ゆる)されん()であるが(ゆえ)な」


 つまり,天空(てんくう)排除(はいじょ)したのは,正当(せいとう)防衛(ぼうえい)だったということなのだろう。

 (たし)かに,《無貌(むぼう)》の男の方からもいろいろと挑発(ちょうはつ)をしていたようにも思われるが,先に臨戦(りんせん)態勢(たいせい)に入ったのも,不意打(ふいう)ちによる攻撃(こうげき)仕掛(しか)けたのも,いずれも天空(てんくう)である。

 そして,天空(てんくう)は,文字通(もじどお)り最後まで《無貌(むぼう)》の男の喉笛(のどぶえ)()み切らんと飛び()かっていたのであるから,排除(はいじょ)もやむなしだったということなのだろう。


「さて,わざわざ貴重(きちょう)な時間を()いてここまで説明(せつめい)してやったのだ。

 よもや,協力(きょうりょく)(こば)むなどとは言い出さんだろうな?」

「それは,内容(ないよう)による,としか。

 だいたい,アンタは,オレに何を期待(きたい)しているんだ?

 この世界の命運(めいうん)なんて,(にぎ)りたくもないんだが」

「ハッ,人の世の危機(きき)を前にして,ずいぶんと悠長(ゆうちょう)(やつ)だ。

 言っておくが,貴様(きさま)には本来(ほんらい)選択肢(せんたくし)などないのだぞ?

 だが,なに,俺は不可能(ふかのう)()いるほど無能(むのう)でもない。

 貴様(きさま)には,『覚醒者(かくせいしゃ)』へと(いた)ってもらうだけだ。今日(きょう),ここで」

「『覚醒者(かくせいしゃ)』?」

「『超越者(ちょうえつしゃ)』が破壊不能(はかいふのう)暴走(ぼうそう)した終末(しゅうまつ)装置(そうち)だとすれば,『覚醒者(かくせいしゃ)』は装置(そうち)外付(そとづ)緊急(きんきゅう)停止(ていし)スイッチ――いや対終末(たいしゅうまつ)装置(そうち)専用(せんよう)破壊兵器(はかいへいき)だ。

 破壊不能(はかいふのう)破壊(はかい)する――この矛盾(むじゅん)体現(たいげん)できるのが『覚醒者(かくせいしゃ)』という存在(そんざい)だと思え。

 本来(ほんらい),この措置(そち)貴様(きさま)自発的(じはつてき)意志(いし)は,ある一点を(のぞ)いて必要がない。

 条件(じょうけん)さえ()たせば,勝手(かって)に『()ってしまう』モノなのだからな。

 だが,(ゆえ)に,条件(じょうけん)さえ理解(りかい)していれば,人工的(じんこうてき)に“その状況(じょうきょう)”を作り上げてしまうことも可能(かのう)なのだ。

 事前(じぜん)状況(じょうきょう)説明(せつめい)したのは,せめてもの慈悲(じひ)という側面(そくめん)はあるが,この状況(じょうきょう)(ととの)えるのための条件(じょうけん)の1つでもあったわけだな」


 《無貌(むぼう)》の男の不穏(ふおん)物言(ものい)いに,天乃(あまの)(おそ)まきながら,状況(じょうきょう)最悪(さいあく)さを自覚(じかく)する。

 この()()りからして,この《無貌(むぼう)》の男は,自身が『超越者(ちょうえつしゃ)』になることが()けられないと見込(みこ)んで,その対抗(たいこう)手段(しゅだん)として,天乃(あまの)を『覚醒者(かくせいしゃ)』とやらにすると()べているのだ。

 『覚醒者(かくせいしゃ)』の詳細(しょうさい)不明(ふめい)だが,(つい)となる『超越者(ちょうえつしゃ)』の存在(そんざい)からして,きっとそれは(ろく)なものではない。

 最低(さいてい)でも,人間を()めることにはなるだろう。


「それは,どうやって()るって?」

「そう()くな。まだ,最後の条件(じょうけん)のための役者(やくしゃ)(そろ)っておらん。

 ――ん?」


 天乃(あまの)時間(じかん)(かせ)ぎのために適当(てきとう)(はっ)した言葉に反応(はんのう)した《無貌(むぼう)》の男は,返答(へんとう)した直後(ちょくご)(から)になったワインボトルを無造作(むぞうさ)天乃(あまの)背後(はいご)(とびら)へと()げつける。

 しかし,そのワインボトルが(とびら)にぶつかることはなく,直後(ちょくご)(とびら)を開けて部屋(へや)の中に入ってきたスーツ姿(すがた)の男によってあっさりと(つか)まれる。

 ワインボトルを受け止めたその手には,薄手(うすで)のグローブが()められている。グローブと言っても,その見た目は,防寒(ぼうかん)()というより,ツーリングやサイクリングに(もち)いられるものに(ちか)しい。

 そして,ワインボトルを受け止めたときに聞こえたわずかな金属音(きんぞくおん)からして,機能(きのう)としては,おそらくメリケンサックと同類(どうるい)なのであろう。


「――ッぶねぇなァ。当たったら(いて)ぇだろ?」

「……なッ!? 《不滅(ふめつ)》……」

()()()()()()()()? ()鹿()()()


 そう言って部屋(へや)に入ってきたのは,緋澄(ひずみ)狗飼(いぬかい)所属(しょぞく)する第三高校の1年1組において,魔術(まじゅつ)座学(ざがく)担当(たんとう)する教師――伏見(ふしみ)鋼一(こういち)であった。

 部屋(へや)に入ってきた伏見(ふしみ)目視(もくし)した途端(とたん),《無貌(むぼう)》の男は頭痛(ずつう)(おぼ)えたかのように(あたま)()さえる。


「何の,話だ。俺は,知らない……はずだ。

 そうとも,貴様(きさま)(だれ)かなど,知ろうはずも,ない」

「そうかい? だが,()んだよなァ?

 この俺を,《不滅(ふめつ)》と」

(だま)れ」

天乃(あまの)ォ,()んだよなァ?」

「え? いや,()んだかは知りませんが,(たし)かになんかそんなことは言ったような気がしますね」


 天乃(あまの)にとっては,伏見(ふしみ)見覚(みおぼ)えのない者であるが,(きゅう)に名前を呼ばれたため,内心(ないしん)(あせ)りを(かく)しつつ,とりあえずどっちつかずの回答(かいとう)でお茶を(にご)しておく。

 その伏見(ふしみ)に対しては,天乃(あまの)の“直観(ちょっかん)”が最大限(さいだいげん)危険(きけん)を知らせてくる。

 天乃(あまの)が今までに見てきた存在(そんざい)の中では,(いま)だに顔すら“()えない”目の前の辰上(たつかみ)(おぼ)しき《無貌(むぼう)》の男と,目視(もくし)しても測定(そくてい)不能(ふのう)だった『殺し屋』の2人を除外(じょがい)すれば,英莉(えり)こそが(もっと)理不尽(りふじん)存在(そんざい)であった。

 しかし,伏見(ふしみ)からはそういった理不尽(りふじん)すらも()()みかねないほどの暴威(ぼうい)を感じとったのである。

 まるで,理性(りせい)(そな)えた“暴力(ぼうりょく)”が(ふく)()(ある)いているかのようである。


「そらみろ。()んだってよ」

「……貴様(きさま)との問答(もんどう)に付き合うつもりはない。

 出し()しみは――できるはずもないか。場所を(うつ)すぞ,天乃(あまの)

「お? ()げるってのか?」

「《俯瞰地図(ふかんちず)

 《天空召喚(てんくうしょうかん)――“狂魔狼形態(モード・フェンリル)”》ッ!!」


 《無貌(むぼう)》の男が机上(きじょう)の何かを操作(そうさ)しつつ,2つの魔術(まじゅつ)を同時に行使(こうし)する。

 すると,《無貌(むぼう)》の男と天乃(あまの)の姿が部屋(へや)から()き消え,()わりに巨大(きょだい)銀狼(ぎんろう)(あらわ)れる。

 その(おおかみ)(すで)臨戦(りんせん)態勢(たいせい)であり,即座(そくざ)に目の前の伏見(ふしみ)へと飛び掛かる。

 しかし,伏見(ふしみ)接触(せっしょく)した瞬間(しゅんかん),ガキンッという(きば)()る音と共に,その巨躯(きょく)が空中で制止(せいし)する。

 大狼(たいろう)(あぎと)は,スーツの(そで)の上から伏見(ふしみ)左腕(ひだりうで)的確(てきかく)穿(うが)(つらぬ)いていた。だが,伏見(ふしみ)()えて左腕(ひだりうで)を差し出すことで,大狼(たいろう)の動きを()めたのである。

 そして,伏見(ふしみ)凄惨(せいさん)()みを()かべ,()いた右手の(こぶし)(にぎ)る。


「おォおォ,いいように(つか)われてんなァ。

 けどま,(わり)ぃのは,理性(りせい)手放(てばな)すほどの大技(おおわざ)を見せたにもかかわらず,相手を仕留(しと)(そこ)なったテメェだぜ。

 しっかりと――反省(はんせい)しろやッ!!」


 そして,そのまま(にぎ)った(こぶし)大狼(たいろう)眉間(みけん)に向かって()()く。

 次の瞬間(しゅんかん)大狼(たいろう)頭蓋(ずがい)がひしゃげる音,伏見(ふしみ)(こぶし)(くだ)ける音,伏見(ふしみ)右腕(みぎうで)筋繊維(きんせんい)(はじ)け飛ぶ音など,耳を(ふさ)ぎたくなるような不快(ふかい)な音が室内(しつない)()(ひび)く。

 そして,伏見(ふしみ)一撃(いちげき)を受けた大狼(たいろう)存在感(そんざいかん)(うす)くなり,瞬時(しゅんじ)()き消える。

 伏見(ふしみ)一撃(いちげき)は,召喚体(しょうかんたい)現界(げんかい)維持(いじ)するために必要な魔力で()まれた肉体を,修復(しゅうふく)不可能なほどに損傷(そんしょう)させることで,強制(きょうせい)退去(たいきょ)誘発(ゆうはつ)したのである。


(ちぃと(もろ)すぎんなァ。正規(せいき)召喚(しょうかん)じゃねぇのか?

 (ある)いは――)


 ()り返った伏見(ふしみ)は,ドア()しに,廊下(ろうか)一面に(あらわ)れた大量(たいりょう)大狼(たいろう)目撃(もくげき)してしまう。


「なァるほどね。

 つまり,こいつァ,反省(はんせい)し足りねぇってことなのかねぇ。

 だが,俺も(ひま)じゃァねぇんだ。

 さっきみてぇな厳しい(やさしい)指導(しどう)はもうできねぇぞ?」


 伏見(ふしみ)獰猛(どうもう)()みを()かべると,ドアを閉めて籠城(ろうじょう)するなどという安易(あんい)選択肢(せんたくし)には見向(みむ)きもせず,喜々(きき)として廊下(ろうか)へと飛び出していく。

 そして,大狼(たいろう)()れに(こぶし)(くだ)けたはずの右手で(なぐ)りかかっていった。

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