表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
登校騒乱編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/388

暴君の討伐、人の世を救うという戯言

 2036年6月7日午後4時22分


「本題?」


 《無貌(むぼう)》の男の言葉に、天乃(あまの)怪訝(けげん)そうな声色(こわいろ)で質問を返す。

 《無貌(むぼう)》の男は、大仰(おおぎょう)に頷くと、室内の入ってすぐの場所にあった椅子を(ゆび)さし、天乃(あまの)に着席を促す。

 なぜか働いた“直観(ちょっかん)”に従い、天乃(あまの)は、素直に椅子に腰かけることを選択する。


「さて、席に着いたということは、対話の意志があるものとみなす。貴様が、血気盛んな(いぬ)ではなかったことは、俺にとっては僥倖(ぎょうこう)だ」

「――……」


 天空(てんくう)の態度を揶揄した当て擦りであったが、天乃(あまの)はここでも“直観(ちょっかん)”に従い、沈黙することで《無貌(むぼう)》の男の出方を窺う。

 それに対する《無貌(むぼう)》の男も、特段の反応を示すことなく、話を継続する。


「実のところ、俺は、今日(きょう)一日、ここから貴様の様子を観察していたわけだが、どうやら記憶喪失との噂は真実のようだな」

「視線には気づいていたよ」

「ハッ、そうだろうな」


 《無貌(むぼう)》の男は、そう言って机の上にあったグラスを手に取り、中身を飲み干す。

 天乃(あまの)は、その色と漂ってくる匂いから、グラスの中身がワインであることに気付(きづ)く。

 天乃(あまの)の目線に気づいた《無貌(むぼう)》の男は、目線(めせん)をグラスに落とすと、得心(とくしん)のいった様子(ようす)でグラスを(かか)げ、仕草だけで「飲むか?」と(もう)()けてきた。

 もちろん、未成年である天乃(あまの)がそれに(おう)じるわけもなく、首を横に振ることで、回答に代える。


「なぁ、オレに何のようがあるんだ? 知ってのとおり過去の記憶がないんでね。そういった意味では、アンタの期待には沿えないと思うんだが」

「記憶の有無は――まぁ、この際関係ない。俺は今の貴様の協力を欲している」


 そう云って、中空を漂っていた《無貌(むぼう)》の男の目線が天乃(あまの)をはっきりと捉える。


「むしろ、それで過去の遺恨を流せるのであれば、願ったり叶ったりだ。記憶が残っていたのならば、貴様が俺の《(おう)(ほう)》の内部に足を踏み入れるような真似は決してしなかっただろうよ。

 そうだな。かつての貴様なら、俺と一切言葉を交わすことなく、俺を排除する方法を即座に選んだに違いない。

 ――それこそ、手段を選ばずにだがな」

「……」

「それは俺にとっても一部望むところではあったが――とはいえ、これは今の貴様にしても詮無き話か。無駄話をした、許せ」


 黙り込む天乃(あまの)に対し、《無貌(むぼう)》の男は意外にも謝意を告げてくる。

 言葉遣いこそ尊大だが、やはり、英莉(えり)からの話からは考えられないほどの人格者である。


「さて、俺からの用向きを話す前に一つ質問だ。貴様には俺がどう見える?」

「――ずいぶんと漠然とした問いだな」

「思ったことを述べるがいい。この際だ。多少の不敬は寛大な心で不問に処すぞ?」


 そう言って、《無貌(むぼう)》の男は空いたグラスに並々と注いだワインを一気に呷る。

 天乃(あまの)はその間に回答すべき内容を吟味し、《無貌(むぼう)》の男がグラスを机に置くと同時に、回答する。


「アンタはなんか変だな」

「ハッ、ハハハ、言うに事欠いて『変』ときたか。――()かろう。して、それはどういう意味だ?」


 《無貌(むぼう)》の男から、言葉とは裏腹(うらはら)に、『返答次第(へんとうしだい)では、わかっているな?』という無言(むごん)(あつ)が発される。

 天乃(あまの)はこの(あつ)(つと)めて無視(むし)しながら、平然(へいぜん)(よそお)いつつ、なんとか続く言葉を()き出す。


「アンタは、聞いてた話より随分と理性的だ。まるで、()()()のようにな」

「ほぉ」


 天乃(あまの)の言葉に、《無貌(むぼう)》の男の表情がわずかに動く。

 顔を認識できないという奇妙な現象により、注視しなければわからないほどではあったが。


「いや、そんな話を英莉(えり)から聞いたんだ。確か、『先祖返り』と言ってたかな」


 ちなみに、英莉(えり)が『先祖返り』と呼称した現象は、解離性同一性障害――いわゆる多重人格と呼ばれる精神疾患とは完全に別のものである。

 解離性同一性障害の原因は、ストレスや心的外傷が原因とされており、幼少期の虐待がその引き金となることが多い傾向(けいこう)にある。

 一方、英莉(えり)が『先祖返り』と呼んだ現象は、正式名称を起源性人格変異障害と云い、解離性同一性障害と症状が非常に類似した起源性疾患の一つとされている。

 この起源性疾患とは、各個人の衝動や渇望の源とされる“起源”に由来する疾患であり、その多くが厚生労働省こうせいろうどうしょうが指定する難病扱いとされている。

 起源性疾患は、優れた魔術師(まじゅつし)や強力な異能者に特有の疾患であることから、発症自体稀なことだが、発症後に完治したケースはほとんど報告されていない奇病でもある。

 そもそも、“人間の起源”などという存在すらまともに観測されていない箇所が患部(かんぶ)と目される疾患であることから、外科的な治療方法はなく、薬物を使用した対症療法でしか効果的な治療方法が確立されていない。

 天乃(あまの)は知る由もないことであるが、先程(さきほど)から《無貌(むぼう)》の男が定期的にアルコールを摂取している理由は、事情(じじょう)を知る者が見れば、症状の緩和を狙った習慣である可能性が高いものと推察(すいさつ)するものなのである。


辰上(たつかみ)は、『支配』の“起源”を持つと聞いた。ならば、英莉(えり)が目撃したアンタは、その起源から来る『暴君』としての別人格が表に出て来ていたときの姿だったんじゃないか?」

「ハッ、相変わらず、放っておいても賢しらに吠える奴だ。だが、それでこそ、貴様を呼んだ甲斐があったというもの。加えて、最低限の“直観(ちょっかん)”が機能しているというのであれば、支障はない」

「さっきの質問はそれの確認のためか?」

「そうとも。成果は上々といったところだ。現時点でそこまで辿り着けているというのは、貴様(きさま)が決して鈍くはないということの証明(しょうめい)だ。

 ――が、かといって全知という訳でもない。

 ハッ、俺からすると、それは実にいい塩梅(あんばい)なのだ」


 確かに、天乃(あまの)が現時点で把握できているのは、英莉(えり)の身に起こったと思われる出来事くらいであり、今回の一件の全貌を把握しているとは云い難い。

 それというのも、今回の一件をジグソーパズルに例えるのであれば、ピースが足りないどころの話ではない。明らかに、どこにも当てはまらない『余ったピース』がいくつか存在しているのだ。

 つまり、この絵図(えず)の全体像を構成するパズルの製作者は()()()()()()

 複数のパズルが組み合わさって一つの()が完成するのである。

 したがって、その全体像を俯瞰するためには、この《無貌(むぼう)》の男やかつての自分の思惑(パズル)だけではなく、他の製作者の思惑(パズル)をも同時に紐解いていく必要があるのだ。

 そのことを前提とすると、《無貌(むぼう)》の男の計画(パズル)すら構成しない余った事情(ピース)は、他のパズルを構成するものなのであろうが、それらを一枚の()と見るためには、圧倒的にピースが足りていない。

 それどころか、その()は一つとは限らない上、そもそも、目の前の《無貌(むぼう)》の男の思惑すらも、現状では未だに完成形が見えておらず、不透明なままなのである。

 そういった意味で、《無貌(むぼう)》の男の狙いを聞き出すことは、『余ったピース』を明確化することに繋がるものと云え、それは今回の全体像を把握するためにはほとんど必須の作業と云える。

 非常に感覚的な話ではあるが、これが、天乃(あまの)の現状に対する認識である。

 現状、唯一の戦力として同行してきた天空(てんくう)が排除されてしまった以上、英莉(えり)が提示していた『物理的に殴り倒す』という当初のプラン通りに事を進めることは事実上不可能となってしまっている。

 無論、天乃(あまの)がその身一つで殴り掛かるという選択肢が残されてはいるが、どのように甘く見積もっても、それが功を奏する未来は見えない。

 だからこそ、現在の天乃(あまの)は、自分の身を守るためにも、なるべく早急に事態を把握する必要に迫られているのである。

 ――それが相手(あいて)誘導(ゆうどう)されている悪手(あくしゅ)でもあると“直観(ちょっかん)”しているものであっても。


「それで、オレに何をしろって?」

「何、聞けば幼稚な戯言だ。――正気で云う奴の気が知れぬ。よもや、それを述べるのが自分になろうとは、(つい)ぞ俺も考えなかった。これから述べるのは、そういった類のある(しゅ)の世迷い事だ」

「随分と入念な前置きをするんだな」

「ハッ、むべなるかな。だが、よもや、()()()()()()などという与太話を真面目にするともなれば、この程度の前置きは可愛いものだろう?」

「はい?」

「正確には、人の世を滅ぼす存在の討伐に関する話だがな。人の世が救われるのは、あくまで結果論に過ぎん」

「討伐……【討伐令(とうばつれい)】」

「そうとも。これらからするのは、かつて【討伐令(とうばつれい)】の対象とされ、今尚生き延びる『支配』欲の権化。

 ――通称(つうしょう)辰上(たつかみ)亡霊(ぼうれい)』。その討伐に関する話だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ