表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
57/286

起源性人格変異障害

2036年6月7日午後4時22分


本題(ほんだい)?」


 《無貌(むぼう)》の男の言葉に,天乃(あまの)怪訝(けげん)そうな声色(こわいろ)質問(しつもん)(かえ)す。

 《無貌(むぼう)》の男は,大仰(おおぎょう)(うなず)くと,室内(しつない)の入ってすぐの場所にあった椅子(いす)(ゆび)さし,天乃(あまの)着席(ちゃくせき)(うなが)す。

 なぜか(はたら)いた“直観(ちょっかん)”に(したが)い,天乃(あまの)は,素直(すなお)椅子(いす)(こし)かけることを選択(せんたく)する。


「さて,(せき)()いたということは,対話(たいわ)意志(いし)があるものとみなす。

 貴様(きさま)が,血気(けっき)(さか)んな(いぬ)ではなかったことは,俺にとっては僥倖(ぎょうこう)だ」

「――……」


 天空(てんくう)態度(たいど)揶揄(やゆ)した当て(こす)りであったが,天乃(あまの)はここでも“直観(ちょっかん)”に(したが)い,沈黙(ちんもく)することで《無貌(むぼう)》の男の出方(でかた)(うかが)う。

 それに対する《無貌(むぼう)》の男も,特段(とくだん)反応(はんのう)を示すことなく,話を継続(けいぞく)する。


(じつ)のところ,俺は,今日(きょう)1日,ここから貴様(きさま)様子(ようす)観察(かんさつ)していたわけだが,どうやら記憶(きおく)喪失(そうしつ)との(うわさ)真実(しんじつ)のようだな」

視線(しせん)には気づいていたよ」

「ハッ,そうだろうな」


 《無貌(むぼう)》の男は,そう言って(つくえ)の上にあったグラスを手に取り,中身を飲み()す。

 天乃(あまの)は,その色と(ただよ)ってくる(にお)いから,グラスの中身がワインであることに気付(きづ)く。

 そして,天乃(あまの)目線(めせん)に気づいた《無貌(むぼう)》の男は,目線(めせん)をグラスに落とすと,得心(とくしん)のいった様子(ようす)でグラスを(かか)げ,仕草(しぐさ)だけで「飲むか?」と(もう)()けてきた。

 もちろん,未成年である天乃(あまの)がそれに(おう)じるわけもなく,首を横に()ることで,回答(かいとう)()える。


「なぁ,オレに何のようがあるんだ?

 知ってのとおり過去(かこ)記憶(きおく)がないんでね。

 そういった意味では,アンタの期待(きたい)には沿()えないと思うんだが」

記憶(きおく)有無(うむ)は――まぁ,この(さい)関係ない。

 俺は今の貴様(きさま)協力(きょうりょく)(ほっ)している」


 そう言って,中空(ちゅうくう)(ただよ)っていた《無貌(むぼう)》の男の目が天乃(あまの)をはっきりと(とら)える。


「むしろ,それで過去(かこ)遺恨(いこん)を流せるのであれば,(ねが)ったり(かな)ったりだ。

 記憶(きおく)(のこ)っていたのならば,貴様(きさま)が俺の《(おう)(ほう)》の内部(ないぶ)に足を()み入れるような真似(まね)は決してしなかっただろうよ。

 そうだな。かつての貴様(きさま)なら,俺と一切言葉を()わすことなく,俺を排除(はいじょ)する方法を即座(そくざ)に選んだに(ちが)いない。

 ――それこそ,手段(しゅだん)を選ばずにだがな」

「……」

「それは俺にとっても一部(のぞ)むところではあったが――

 とはいえ,これは今の貴様(きさま)にしても詮無(せんな)(はなし)か。

 無駄話(むだばなし)をした,(ゆる)せ」


 (だま)()天乃(あまの)に対し,《無貌(むぼう)》の男は意外(いがい)にも謝意(しゃい)()げる。

 言葉遣(ことばづか)いこそ尊大(そんだい)だが,やはり,英莉(えり)からの話からは考えられないほどの人格者(じんかくしゃ)である。


「さて,俺からの用向(ようむ)きを話す前に1つ質問(しつもん)だ。

 貴様(きさま)には俺がどう見える?」

「――ずいぶんと漠然(ばくぜん)とした()いだな」

「思ったことを()べるがいい。

 この(さい)だ,多少の不敬(ふけい)寛大(かんだい)な心で不問(ふもん)(しょ)すぞ?」


 そう言って,《無貌(むぼう)》の男は空いたグラスに並々(なみなみ)(そそ)いだワインを一気に(あお)る。

 天乃(あまの)はその間に回答(かいとう)すべき内容(ないよう)吟味(ぎんみ)し,《無貌(むぼう)》の男がグラスを(つくえ)に置くと同時に,回答(かいとう)する。


「アンタはなんか(へん)だな」

「ハッ,ハハハ,言うに(こと)()いて『(へん)』ときたか。

 ――()かろう。して,それはどういう意味だ?」


 《無貌(むぼう)》の男から,言葉とは裏腹(うらはら)に,『返答次第(へんとうしだい)では,わかっているな?』という無言(むごん)(あつ)が発される。

 天乃(あまの)はこの(あつ)(つと)めて無視(むし)しながら,平然(へいぜん)(よそお)いつつ,なんとか続く言葉を()き出す。


「アンタは,聞いてた話より随分(ずいぶん)理性的(りせいてき)だ。

 まるで,()()()のようにな」

「ほぉ」


 天乃(あまの)の言葉に,《無貌(むぼう)》の男の表情(ひょうじょう)がわずかに動く。

 顔を認識(にんしき)できないという奇妙(きみょう)現象(げんしょう)により,注視(ちゅうし)しなければわからないほどではあったが。


「いや,そんな話を英莉(えり)から聞いたんだ。

 確か,『先祖(せんぞ)(がえ)り』と言ってたかな」


 ちなみに,英莉(えり)が『先祖(せんぞ)(がえ)り』と呼称(こしょう)した現象(げんしょう)は,解離性(かいりせい)同一性(どういつせい)障害(しょうがい)――いわゆる多重(たじゅう)人格(じんかく)と呼ばれる精神疾患(せいしんしっかん)とは完全(かんぜん)に別のものである。

 解離性(かいりせい)同一性(どういつせい)障害(しょうがい)の原因は,ストレスや心的外傷(しんてきがいしょう)が原因とされており,幼少期(ようしょうき)虐待(ぎゃくたい)がその()(がね)となることが多い傾向(けいこう)にある。

 一方,英莉(えり)が『先祖(せんぞ)(がえ)り』と()んだ現象(げんしょう)は,正式(せいしき)名称(めいしょう)起源性(きげんせい)人格(じんかく)変異(へんい)障害(しょうがい)と言い,解離性(かいりせい)同一性(どういつせい)障害(しょうがい)症状(しょうじょう)非常(ひじょう)類似(るいじ)した起源性(きげんせい)疾患(しっかん)の1つとされている。

 この起源性(きげんせい)疾患(しっかん)とは,(かく)個人(こじん)衝動(しょうどう)(みなもと)とされる“起源(きげん)”に由来(ゆらい)する疾患(しっかん)であり,その多くが厚生労働(こうせいろうどう)(しょう)が指定する難病(なんびょう)(あつか)いとされている。

 起源性(きげんせい)疾患(しっかん)は,(すぐ)れた魔術師(まじゅつし)強力(きょうりょく)異能者(いのうしゃ)特有(とくゆう)疾患(しっかん)であることから,発症(はっしょう)自体(まれ)なことだが,発症(はっしょう)後に完治(かんち)したケースはほとんど報告(ほうこく)されていない奇病(きびょう)でもある。

 そもそも,“人間(にんげん)起源(きげん)”などという存在(そんざい)すらまともに観測(かんそく)されていない箇所(かしょ)患部(かんぶ)(もく)される疾患(しっかん)であることから,外科的(げかてき)治療(ちりょう)方法(ほうほう)はなく,薬物(やくぶつ)を使用した対症(たいしょう)療法(りょうほう)でしか効果的(こうかてき)治療(ちりょう)方法(ほうほう)確立(かくりつ)されていない。

 天乃(あまの)は知る(よし)もないことであるが,先程(さきほど)から《無貌(むぼう)》の男が定期的(ていきてき)にアルコールを摂取(せっしゅ)している理由は,事情(じじょう)を知る者が見れば,症状(しょうじょう)緩和(かんわ)(ねら)った習慣(しゅうかん)である可能性が高いものと推察(すいさつ)するものなのである。


辰上(たつかみ)は,『支配(しはい)』の“起源(きげん)”を持つと聞いた。

 ならば,英莉(えり)目撃(もくげき)したアンタは,その起源(きげん)から来る『暴君(ぼうくん)』としての別人格(べつじんかく)が表に出て来ていたときの姿(すがた)だったんじゃないか?」

「ハッ,相変(あいか)わらず,(ほう)っておいても(さか)しらに()える(やつ)だ。

 だが,それでこそ,貴様(きさま)を呼んだ甲斐(かい)があったというもの。

 加えて,最低限(さいていげん)の“直観(ちょっかん)”が機能(きのう)しているというのであれば,支障(ししょう)はない」

「さっきの質問(しつもん)はそれの確認(かくにん)のためか?」

「そうとも。成果(せいか)上々(じょうじょう)といったところだ。

 現時点(げんじてん)でそこまで辿(たど)()けているというのは,貴様(きさま)(けっ)して(にぶ)くはないということの証明(しょうめい)だ。

 ――が,かといって全知(ぜんち)という(わけ)でもない。

 ハッ,俺からすると,それは(じつ)にいい塩梅(あんばい)なのだ」


 (たし)かに,天乃(あまの)現時点(げんじてん)把握(はあく)できているのは,英莉(えり)の身に起こったと思われる出来事(できごと)くらいであり,今回の一件(いっけん)の全てを把握(はあく)できているとは言い(がた)い。

 それというのも,今回の一件(いっけん)をジグソーパズルに(たと)えるのであれば,ピースが()りないどころの(はなし)ではない。明らかに,どこにも当てはまらない『(あま)ったピース』がいくつか存在(そんざい)しているのだ。

 つまり,この絵図(えず)全体像(ぜんたいぞう)構成(こうせい)するパズルの製作者(せいさくしゃ)()()()()()()

 複数(ふくすう)のパズルが()み合わさって1つの()完成(かんせい)するのである。

 したがって,その全体像(ぜんたいぞう)俯瞰(ふかん)するためには,この《無貌(むぼう)》の男やかつての自分の思惑(パズル)だけではなく,他の製作者(せいさくしゃ)思惑(パズル)をも同時に紐解(ひもと)いていく必要があるのだ。

 そのことを前提(ぜんてい)とすると,《無貌(むぼう)》の男の計画(パズル)すら構成(こうせい)しない(あま)った事情(ピース)は,他のパズルを構成(こうせい)するものなのであろうが,それらを1枚の()と見るためには,圧倒的(あっとうてき)にピースが()りていない。

 それどころか,その()は1つとは(かぎ)らない上,そもそも,目の前の《無貌(むぼう)》の男の思惑(おもわく)すらも,現状(げんじょう)では(いま)だに完成形(かんせいけい)が見えておらず,不透明(ふとうめい)なままなのである。

 そういった意味で,《無貌(むぼう)》の男の(ねら)いを聞き出すことは,『(あま)ったピース』を明確化(めいかくか)することに(つな)がるものといえ,それは今回の全体像(ぜんたいぞう)把握(はあく)するためにはほとんど必須(ひっす)作業(さぎょう)といえる。

 非常(ひじょう)感覚的(かんかくてき)な話ではあるが,これが,天乃(あまの)現状(げんじょう)に対する認識(にんしき)である。

 現状(げんじょう)唯一(ゆいいつ)戦力(せんりょく)として同行(どうこう)していた天空(てんくう)排除(はいじょ)されてしまった以上,英莉(えり)提示(ていじ)していた『物理的(ぶつりてき)(なぐ)(たお)す』という当初(とうしょ)のプラン通りに事を(すす)めることは事実上(じじつじょう)不可能(ふかのう)となってしまっている。

 無論(むろん)天乃(あまの)がその身一つで(なぐ)り掛かるという選択肢(せんたくし)(のこ)されてはいるが,どのように(あま)見積(みつ)もっても,それが(こう)(そう)する未来(みらい)は見えない。

 だからこそ,現在の天乃(あまの)は,自分の身を(まも)るためにも,なるべく早急(さっきゅう)事態(じたい)把握(はあく)する必要に(せま)られているのである。

 ――それが相手(あいて)誘導(ゆうどう)されている悪手(あくしゅ)でもあると“直観(ちょっかん)”しつつも。


「それで,オレに何をしろって?」

「何,聞けば幼稚(ようち)戯言(ざれごと)だ。

 ――正気(しょうき)で言う(やつ)の気が知れぬ。

 よもや,それを()べるのが自分になろうとは,(つい)ぞ俺も考えなかった。

 これから()べるのは,そういった(たぐい)のある(しゅ)世迷(よまよ)(ごと)だ」

随分(ずいぶん)入念(にゅうねん)前置(まえお)きをするんだな」

「ハッ,むべなるかな。

 だが,よもや,()()()()()()などという与太話(よたばなし)真面目(まじめ)にするともなれば,この程度(ていど)前置(まえお)きは可愛(かわい)いものだろう?」

「はい?」

正確(せいかく)には,人の世を(ほろ)ぼす存在(そんざい)討伐(とうばつ)に関する話だがな。

 人の世が(すく)われるのは,あくまで結果論(けっかろん)()ぎん」

討伐(とうばつ)……『討伐令(とうばつれい)』」

「そうとも。

 これらからするのは,かつて『討伐令(とうばつれい)』の対象(たいしょう)とされ,(いま)(なお)生き()びる『支配(しはい)(よく)権化(ごんげ)

 ――通称(つうしょう)辰上(たつかみ)亡霊(ぼうれい)』。

 その討伐(とうばつ)に関する話だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ