暗躍する狙撃手と刻を待つ闇の眷属
2036年6月7日午後3時41分
謎の武装歩兵集団――アルファ隊こと元第四学区駐在所の警備隊員達は、現状に対して特に疑問を覚えることなく、『翼』を壁のように展開した少女を的にした射撃を繰り返している。
それが、いつもどおりの任務であると信じて。
この仮面のような妙な装備も、周囲に散布されている有毒ガスから身を守るために必要だからしているのだと。
しかし、さすがに十分近く距離を詰めながら、散発的にアサルトライフルを掃射し続けてているというのに、穴どころか凹み一つ生じないというのは、あの『翼』の盾としての性質が優れているということであろうか。
『アルファ1、こちら“K”だ、応答してくれ』
「こちらアルファ1、どうぞ」
動かない現状に少し焦れてきた部隊長――アルファ1と呼ばれた男に“K”と名乗る男から通信が入る。
この“K”というのは、今回の作戦における外部からの臨時の助っ人であり、後方で狙撃銃を構えて控えているとのことである。
事前に顔を合わせ、言葉も交わしたが、その印象はひどく薄い。
最近、物覚えも悪くなったような気がする。
『よかった。意思疎通はできるんだな』
「どういう意味だ?」
『いや、なに。そろそろ、焦れてきたんじゃないかと思ってな』
「そうだな、今、直接『翼』を物理的に剥がすための準備をしているところだ」
『いや、実はここから見えたんだが、天乃、天空が別動隊となって研究所を目指している。
そこには英莉しか残っていない』
「なに?」
V1、V2、V3とは、事前に取り決めた制圧対象のコードであり、それぞれが天乃、英莉、天空を示している。
『そこの囮は俺が見ているから、あんたらは9時方向へ行って別動隊を押さえてくれないか。
ここからは遮蔽物が多くて後を追えないんだ』
「そうだな。では、部隊を二つに分けて数人をここに――」
『必要ない』
数人を残す、と言おうとしたアルファ1に機先を制するように、“K”はその提案を拒む。
「いや、しかし――」
『議論はしない。
英莉が一人でいるなら、俺だけでその場に釘付けにすることが可能だ。
そのために、わざわざ高価な銀弾まで撃ちこんでやったんだからな。
銀弾を警戒する以上、銃弾を受けることを前提とした強行はできなくなる』
「わかった。では我々でV1とV3を叩く」
『結構。油断はしないことだ。
特に、天乃にはな。交信終了』
「……くそッ」
アルファ1は悪態をつくと、アルファ隊全体に置き土産の設置と共に、9時方向への転進を指示する。
2036年6月7日午後3時43分
「――ちぃ、あやつめ、余計な指示を」
英莉は、『漆黒の翼』による音響操作を用いて拾い上げたアルファ1と“K”のやりとりを聞き、わずがに舌打ちする。
そして、その後アルファ隊が転進してその場からいなくなる足音を確認する。
しかし、英莉が追いかけようと動いたとき、散発的な銃弾が『漆黒の翼』の表面を叩く。
アルファ隊が置き土産とした自動機関銃による銃撃である。
それに加え、“K”による狙撃が目を光らせている気配を察知する。
通常の銃弾であればなんとかなるが、銀弾をもう1発肉体に受けると、今度は再生すら覚束ない状態になるであろうことを察した英莉は、迂闊に動けなくなってしまう。
これにより、英莉は実質的にこの場に拘禁されてしまったといえる。
「おい」
だから、英莉は、音響操作を用いて、先程受けた銃撃音から割り出していた“K”の居場所に声だけを飛ばす。
すると、“K”は突如として響いた声に驚く素振りも見せることもなく、「なんだ?」と自然に会話に応じ始める。
自身のその声を英莉が拾っていることを前提としているあたり、現在起こっている現象を完全に把握しているものとしか考えられない反応である。
「全員を向かわせるとは、どういうつもりじゃ」
英莉も、“K”のそのような反応は当然という対応である。
「そっちこそ、随分とご機嫌な悪夢を見てたみたいじゃないか。
おかげで、一発しかない秘蔵の“解呪”入り銀弾を切る羽目になっちまった」
「う」
英莉が天乃にした『肩への一発で目が覚めた』との説明は、概ね正確なことだったのである。
ただ、その原因は銀弾の痛みなどではなく、銃弾に刻みつけられていた“解呪”の刻印の効果だったという話であるが。
ちなみに、銀弾に刻まていれた“解呪”の刻印は、本来であれば魔術障壁や結界などを無効化して対象に攻撃を当てるために搭載されている機構である。
「その結果、まあ、わかってたことだが、その身体の魔導書にぶっ刺さっちまったわけだろ?
意地を張っちゃいるようだが、もう満足に動けないはずだ。
あのままだと、お前があっさりとやられかねなかった。OK?」
「ぐ、ぬぅ……」
“K”の完全な正論に、英莉から反論の言葉は出ない。
天乃達には問題ないと言い放ったものの、実際のところ、英莉の肉体を構成するメインの魔導書である『闇の眷属』は、この瞬間にも対魔性加工弾による概念的な破壊を伴うスリップダメージによる崩壊を繰り返している。
というのも、『闇の眷属』には、魔導書は毀棄できないという魔導書共通の原則が適用されないという明確な欠点が存在するのである。
そもそも、この原則が適用されているのであれば、わざわざ『漆黒の翼』を使ってアルファ隊から撃ち込まれ続けていた銃弾を防ぐ理由もなかったのである。
『闇の眷属』のコンセプトは、人間と見紛うほど精巧な暗殺人形である。
製作者の変質的ともいえるほどの(無駄な)拘りによって作成されたそれには、人間と同様に『傷つき壊れる』という機能が標準搭載されている。
ちなみに、『闇の眷属』のこの標準設定を何かしらの方法で変更しようとすると、魔導書そのものが自壊するという徹底ぶりである。
エリザベートがこのように扱いが非常に難しい魔導書を肉体として使用できているのは、奇跡的にもそれによって生じる結果が製作者の嗜好と合致したからという究極に残念な理由でしかない。
ただし、その『傷つき壊れる』という魔導書としてはマイナスでしかない特性が存在することと引き換えに、本来の魔導書には不要なはずの再生機能などが付随しているのである。とはいえ、英莉は存分にこの能力を有効活用しているので、完全に無駄な能力とも言い難い状態ではあるのだが。
もっとも、現在は対魔性加工の銀弾により、再生の効果が一部阻害されており、崩壊の速度に追いついていない。
ちなみに、銀弾のダメージを受けた直後に天空の再生を優先したことも、現状のダメージレースの結果の要因ともなっている。
そういった意味で、現状の結果となっている要因は“K”が銀弾を撃ち込んだタイミングのせいでもあるのだが、曲がりなりにも物理的な現象に対する対処能力が高いことを自認している英莉が、あの瞬間の他のタイミングで銃弾を受けることができたとは思えないので、それを指摘しても不毛である。
英莉としては、《認識変換》の影響下から脱するためには、あれはむしろ唯一にしてベストのタイミングだったとすら言えるのである。
「それに、これは耐久テストでもある。
本日をもって、対象は完全にこの世界に定着したはずだ。
これをもって、存在強度も正常値に上書きされているはずなんだ」
「……それはわっちすら知らんかった話じゃな」
「だから、今教えた。それに、俺も半信半疑だ」
「じゃからこその耐久テストか?
手際がよいと賞賛すべきなのか?」
「よしてくれ。実のところ、特大イレギュラーがあってな。
段取りが崩壊寸前なんだよ」
「さようか。くかか、それはいい気味じゃて。
――ところで、そんな黒幕ムーヴをかましてくれていたうぬは、一体どういった経緯でそこに陣取ってわっちを銃撃してくれやがるような状況に至りやがったのじゃ?」
「それは、まあ、成り行きというか……これもイレギュラーっつうか」
英莉の苛立ったような質問に対し、“K”からは歯切れの悪い回答しか返って来ない。
「まあ、悪いな、俺ができるサービスはここまでだ。
生憎、もともと手札が少なくてな。切れるカードがもうないんだよ。
あとは、精々そこから動くなって警告をくれてやるくらいだ」
「動くとどうなると?」
「今手持ちの銀弾だけで、その魔導書を完全に破壊することになるな」
「ほお、できるつもりか?」
「やるさ。これも仕事なんでな」
英莉の挑発的な物言いに対し、“K”が飄々とした声で回答する。
だが、そこから発せられる殺気は、“K”の本気を窺わせるものである。
「っつーか、解呪の魔弾なら腐るほど持ってるってのに、敢えて貴重な銀弾を選んで撃ち込んでやった理由なんて、それしかないだろう?」
「八方美人のくせに融通の利かぬ奴じゃな」
「それが取り柄だと評判なんでね。
だから、下手な気は起こさんでくれよ。
俺も、依頼者の強力な駒を早々に失いたくはないんでな」
「おぉ、もしかして、うぬ。今朝方わっちが椅子を取り上げようとしたことをまだ根に持っとるのか?
あれは未遂じゃったろ?」
「んなわけ……いや、そういうことにしとこうか」
そういって、“K”こと間森啓吾は、回答を終える前に、苦笑しつつ呆れ声で返答する。
「くかか、無論、そうじゃろうとも」
英莉は、間森のことは記憶喪失前の天乃を介した関係でしかなかったため、基本的にはそこまで詳しく知っているわけではない。
英莉が間森について知っているのは、間森が何らかの組織または団体に所属する工作員であること、その任務で様々な組織に何らかの形で所属したり、関与したりしていること、各組織から依頼された仕事は別の所属組織に不利益となることでも完璧にこなすこと、ただし、各組織間で明確に利益が相反する依頼は基本的には請け負わないというルールに従っていることくらいである。
だが、そうであれば、この状況は大きな問題ないということである。
なぜなら、間森は、英莉のことを『依頼者の強力な駒』と呼んだ。
つまり、かつての天乃は、まだ間森にとっての依頼者のままということなのだ。だから、ここで英莉を撃つことは、天乃にとって不利益なことではあるかもしれないが、決定的なことではないという意味でもあるということなのだろう。
だが、だとすると、依頼者である天乃の仕掛けをここで解くというのは一体どのような意図によるものなのであろうか。
先程の、イレギュラーとの発言と何か関連があるのだろうか。
「さて――」
英莉は、自分の声の通信だけを切ると、間森の周囲の物音に注意を傾けた。そして、とりあえず『闇の眷属』の再生の効能が上昇する午後4時までの短い時間を休息に充てることを決める。
そして――
(――どうやって彼奴の狙撃を掻い潜ったものか)
その後すぐに天乃らに追いつく方法を模索し始める。
英莉の知る限り、今回の爆弾は、何も英莉や間森だけではないのだから。




