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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
55/286

暗躍する者

2036年6月7日午後3時41分


 (なぞ)武装(ぶそう)歩兵(ほへい)集団(しゅうだん)――アルファ隊こと元第6学区駐在所(ちゅうざいしょ)警備隊員(けいびたいいん)達は,現状に対して特に疑問(ぎもん)を覚えることなく,『(つばさ)』を(かべ)のように展開(てんかい)した少女を(まと)にした射撃(しゃげき)を繰り返している。

 それが,いつもどおりの任務(にんむ)であると信じて。

 この仮面のような(みょう)装備(そうび)も,周囲(しゅうい)散布(さんぷ)されている有毒(ゆうどく)ガスから身を守るために必要だからしているのだと。

 しかし,さすがに10分近く距離(きょり)()めながら,散発的(さんぱつてき)にアサルトライフルを掃射(そうしゃ)し続けてているというのに,(あな)どころか(へこ)み1つ生じないというのは,あの『(つばさ)』の(たて)としての性質(せいしつ)(すぐ)れているということであろうか。


『アルファ(ワン),こちら“K”だ,応答(おうとう)してくれ』

「こちらアルファ(ワン),どうぞ」


 動かない現状に少し()れてきた部隊長――アルファ(ワン)と呼ばれた男に“K”と名乗る男から通信(つうしん)が入る。

 この“K”というのは,今回の作戦における外部からの臨時(りんじ)(すけ)()であり,後方で狙撃銃(そげきじゅう)(かま)えて(ひか)えているとのことである。

 事前に顔を合わせ,言葉も交わしたが,その印象はひどく(うす)い。

 最近,物覚(ものおぼ)えも悪くなったような気がする。


『よかった。意思疎通(いしそつう)はできるんだな』

「どういう意味だ?」

『いや,なに。そろそろ,()れてきたんじゃないかと思ってな』

「そうだな,今,直接『(つばさ)』を物理的ぶつりてき()がすための準備じゅんびをしているところだ」

『いや,実はここから見えたんだが,天乃(V1)天空(V3)別動隊べつどうたいとなって研究所(けんきゅうじょ)目指(めざ)している。

そこには英莉(V2)しか残っていない』

「なに?」


 V1(ヴィーワン)V2(ヴィーツー)V3(ヴィースリー)とは,事前に取り決めた制圧(せいあつ)対象(たいしょう)のコードであり,それぞれが天乃(あまの)英莉(えり)天空(てんくう)を示している。


『そこの(V2)は俺が見ているから,あんたらは9時方向へ行って別動隊(V1とV3)を押さえてくれないか。

 ここからは遮蔽物(しゃへいぶつ)が多くて後を追えないんだ』

「そうだな。では,部隊を2つに分けて数人をここに――」

『必要ない』


 数人をのこす,と言おうとしたアルファ(ワン)機先(きせん)を制するように,“K”はその提案(ていあん)(こば)む。


「いや,しかし――」

議論(ぎろん)はしない。

 英莉(V2)が1人でいるなら,俺だけでその場に釘付(くぎづ)けにすることが可能だ。

 そのために,わざわざ高価(こうか)銀弾(ぎんだん)まで()ちこんでやったんだからな。

 銀弾(こいつ)警戒(けいかい)する以上,銃弾を受けること(ゾンビ)を前提とした強行(アタック)はできなくなる』

「わかった。では我々でV1(ヴィーワン)V3(ヴィースリー)たたく」

『結構。油断(ゆだん)はしないことだ。

 特に,天乃(V1)にはな。交信終了(オーバー)

「……くそッ」


 アルファ(ワン)悪態(あくたい)をつくと,アルファ隊全体に()()()()()()()と共に,9時方向への転進(てんしん)を指示する。


2036年6月7日午後3時43分


「――ちぃ,あやつ(Kとやら)め,余計(よけい)指示(しじ)を」


 英莉(えり)は,『漆黒(しっこく)(つばさ)』による音響(おんきょう)操作(そうさ)を用いて(ひろ)い上げたアルファ(ワン)と“K”のやりとりを聞き,わずがに舌打ちする。

 そして,その後アルファ隊が転進(てんしん)してその場からいなくなる足音を確認する。

 しかし,英莉(えり)が追いかけようと動いたとき,散発的(さんぱつてき)銃弾(じゅうだん)が『漆黒(しっこく)(つばさ)』の表面を(たた)く。

 アルファ隊が置き土産(みやげ)とした自動機関銃(セントリーガン)による銃撃(じゅうげき)である。

 それに加え,“K”による狙撃(そげき)が目を光らせている気配(けはい)察知(さっち)する。

 通常(つうじょう)銃弾(じゅうだん)であればなんとかなるが,銀弾(ぎんだん)をもう1発肉体に受けると,今度は再生すら覚束(おぼつか)ない状態(じょうたい)になるであろうことを察した英莉(えり)は,迂闊(うかつ)に動けなくなってしまう。

 これにより,英莉(えり)実質的(じっしつてき)にこの場に拘禁(こうきん)されてしまったといえる。


「おい」


 だから,英莉(えり)は,音響(おんきょう)操作(そうさ)を用いて,先程受けた銃撃音(じゅうげきおん)から割り出していた“K”の居場所に声だけを飛ばす。

 すると,“K”は突如(とつじょ)として(ひび)いた声に(おどろ)素振(そぶ)りも見せることもなく,「()()()?」と自然(しぜん)に会話に(おう)じ始める。

 自身のその声を英莉(えり)(ひろ)っていることを前提(ぜんてい)としているあたり,現在起こっている現象(げんしょう)を完全に把握(はあく)しているものとしか考えられない反応(はんのう)である。


「全員を向かわせるとは,どういうつもりじゃ」


 英莉(えり)も,“K”のそのような反応(はんのう)は当然という対応(たいおう)である。


「そっちこそ,随分(ずいぶん)とご機嫌(きげん)悪夢(ユメ)を見てたみてぇじゃねえか。

 おかげで,1発しかない秘蔵(ひぞう)の“解呪(かいじゅ)”入り銀弾(ぎんだん)を切る羽目(はめ)になっちまったぜ」

「う」


 英莉(えり)天乃(あまの)にした『肩への1発で目が()めた』との説明は,(おおむ)正確(せいかく)なことだったのである。

 ただ,その原因は銀弾(ぎんだん)の痛みなどではなく,銃弾(じゅうだん)(きざ)みつけられていた“解呪(かいじゅ)”の刻印(こくいん)の効果だったという話であるが。

 ちなみに,銀弾(ぎんだん)(きざ)まていれた“解呪(かいじゅ)”の刻印(こくいん)は,本来であれば魔術(まじゅつ)障壁(しょうへき)結界(けっかい)などを無効化して対象(たいしょう)攻撃(こうげき)を当てるために搭載(とうさい)されている機構(きこう)である。


「その結果,まあ,わかってたことだが,その身体の魔導書(まどうしょ)にぶっ()さっちまったわけだろ?

 意地(いじ)を張っちゃいるようだが,もう満足に動けないはずだ。

 あのままだと,お前があっさりとやられかねなかった。OK?」

「ぐ,ぬぅ……」


 “K”の完全な正論に,英莉(えり)から反論はんろんの言葉は出ない。

 天乃(あまの)達には問題ないと言いはなったものの,実際のところ,英莉(えり)の肉体を構成(こうせい)するメインの魔導書(まどうしょ)である『(やみ)眷属(けんぞく)』は,この瞬間しゅんかんにも対魔性加工弾(たいましょうかこうだん)による概念的(がいねんてき)破壊(はかい)(ともな)うスリップダメージによる崩壊(ほうかい)()り返している。

 というのも,『(やみ)眷属(けんぞく)』には,魔導書(まどうしょ)毀棄(きき)できないという魔導書(まどうしょ)共通の原則(げんそく)適用てきようされないという明確(めいかく)欠点(けってん)が存在するのである。

 そもそも,この原則(げんそく)適用てきようされているのであれば,わざわざ『漆黒(しっこく)(つばさ)』を使ってアルファ隊から()ち込まれ続けていた銃弾(じゅうだん)(ふせ)ぐ理由もなかったのである。

 『(やみ)眷属(けんぞく)』のコンセプトは,人間と見紛(みまが)うほど精巧(せいこう)暗殺(あんさつ)人形(にんぎょう)である。

 製作者(せいさくしゃ)変質的(へんたいてき)ともいえるほどの(無駄(むだ)な)(こだわ)りによって作成されたそれには,人間と同様に『傷つき(こわ)れる』という機能きのう標準搭載(ひょうじゅんとうさい)されている。

 ちなみに,『(やみ)眷属(けんぞく)』のこの標準設定(ひょうじゅんせってい)を何かしらの方法で変更(へんこう)しようとすると,魔導書(まどうしょ)そのものが自壊(じかい)するという徹底(てってい)ぶりである。

 エリザベートがこのように(あつか)いが非常に(むずか)しい魔導書(まどうしょ)を肉体として使用できているのは,奇跡的(きせきてき)にもそれによって生じる結果が製作者(せいさくしゃ)嗜好(しこう)合致(がっち)したからという究極(きゅうきょく)残念(ざんねん)な理由でしかない。

 ただし,その『(きず)つき(こわ)れる』という魔導書(まどうしょ)としてはマイナスでしかない特性(とくせい)が存在することと引き()えに,本来の魔導書(まどうしょ)には不要なはずの再生機能(さいせいきのう)などが付随(ふずい)しているのである。とはいえ,英莉(えり)存分(ぞんぶん)にこの能力を有効活用(あくよう)しているので,完全に無駄(むだ)な能力とも言い(がた)状態(じょうたい)ではあるのだが。

 もっとも,現在は対魔性加工(たいましょうかこう)銀弾(ぎんだん)により,再生の効果が一部阻害(そがい)されており,崩壊(ほうかい)の速度に追いついていない。

 ちなみに,銀弾(ぎんだん)のダメージを受けた直後に天空(てんくう)の再生を優先(ゆうせん)したことも,現状(げんじょう)のダメージレースの結果の要因(よういん)ともなっている。

 そういった意味で,現状(げんじょう)の結果となっている要因(よういん)は“K”が銀弾(ぎんだん)()ち込んだタイミングのせいでもあるのだが,曲がりなりにも物理的な現象(げんしょう)に対する対処(たいしょ)能力(のうりょく)が高いことを自認(じにん)している英莉(えり)が,あの瞬間(しゅんかん)の他のタイミングで銃弾(じゅうだん)を受けることができたとは思えないので,それを指摘(してき)しても不毛(ふもう)である。

  英莉(えり)としては,《認識(にんしき)変換(へんかん)》の影響下(えいきょうか)から(だっ)するためには,あれはむしろ唯一(ゆいいつ)にしてベストのタイミングだったとすら言えるのである。


「それに,これは耐久(たいきゅう)テストでもある。

 本日をもって,対象(たいしょう)完全(かんぜん)にこの世界に定着(ていちゃく)したはずだ。

 これをもって,存在(そんざい)強度(きょうど)正常値(せいじょうち)上書(うわが)きされているはずなんだ」

「……それはわっちすら知らんかった話じゃな」

「だから,今教えた。それに,俺も半信半疑(はんしんはんぎ)だ」

「じゃからこその耐久(たいきゅう)テストか?

 手際(てぎわ)がよいと賞賛(しょうさん)すべきなのか?」

「よしてくれ。実のところ,特大(とくだい)イレギュラーがあってな。

 段取(だんど)りが崩壊寸前(ほうかいすんぜん)なんだよ」

「さようか。くかか,それはいい気味(きみ)じゃて。

 ――ところで,そんな黒幕(くろまく)ムーヴをかましてくれていたうぬは,一体どういった経緯(けいい)でそこに陣取(じんど)ってわっちを銃撃(じゅうげき)してくれやがるような状況(じょうきょう)(いた)りやがったのじゃ?」

「それは,まあ,成り行きというか……これもイレギュラーっつうか」


 英莉(えり)苛立(いらだ)ったような質問に対し,“K”からは歯切(はぎ)れの悪い回答しか返って来ない。


「まあ,悪いな,俺ができるサービスはここまでだ。

 生憎(あいにく),もともと手札(てふだ)が少なくてな。切れるカードがもうないんだよ。

 あとは,精々(せいぜい)そこから動くなって警告(けいこく)をくれてやるくらいだ」

「動くとどうなると?」

「今手持(ても)ちの銀弾(ぎんだん)だけで,その魔導書(にくたい)を完全に破壊(はかい)することになるな」

「ほお,できるつもりか?」

「やるさ。これも仕事なんでな」


 英莉(えり)挑発的(ちょうはつてき)物言(ものい)いに対し,“K”が飄々(ひょうひょう)とした声で回答する。

 だが,そこから(はっ)せられる殺気(さっき)は,“K”の本気を(うかが)わせるものである。


「っつーか,解呪(かいじゅ)魔弾(まだん)なら(くさ)るほど持ってるってのに,()えて貴重(きちょう)銀弾(ぎんだん)(えら)んで()()んでやった理由なんて,それ(・・)しかないだろう?」

八方美人(はっぽうびじん)のくせに融通(ゆうずう)()かぬ(やつ)じゃな」

「それが取り()だと評判(ひょうばん)なんでね。

 だから,下手(へた)な気は起こさんでくれよ。

 俺も,依頼者(クライアント)強力(きょうりょく)(こま)早々(そうそう)(うしな)いたくはないんでな」

「おぉ,もしかして,うぬ。今朝方(けさがた)わっちが椅子(いす)を取り上げようとしたことをまだ根に持っとるのか?

 あれは未遂(みすい)じゃったろ?」

「んなわけ……いや,そういうことにしとこうか」


 そういって,“K”こと間森(まもり)啓吾(けいご)は,回答を終える前に,苦笑しつつ(あき)れ声で返答する。


「くかか,無論むろん,そうじゃろうとも」


 英莉(えり)は,間森(まもり)のことは記憶(きおく)喪失(そうしつ)前の天乃(あまの)を介した関係でしかなかったため,基本的にはそこまで(くわ)しく知っているわけではない。

 英莉(えり)間森(まもり)について知っているのは,間森(まもり)が何らかの組織(そしき)または団体(だんたい)所属(しょぞく)する工作員(こうさくいん)であること,その任務(にんむ)で様々な組織(そしき)に何らかの形で所属(しょぞく)したり,関与(かんよ)したりしていること,各組織(かくそしき)から依頼(いらい)された仕事は別の所属(しょぞく)組織(そしき)不利益ふりえきとなることでも完璧(かんぺき)にこなすこと,ただし,各組織間(かくそしきかん)明確(めいかく)利益(りえき)相反(そうはん)する依頼(いらい)は基本的には()()わないというルールに(したが)っていることくらいである。

 だが,そうであれば,この状況(じょうきょう)は大きな問題ないということである。

 なぜなら,間森(まもり)は,英莉(えり)のことを『依頼者(クライアント)強力(きょうりょく)(こま)』と呼んだ。

 つまり,かつての天乃(あまの)は,まだ間森(まもり)にとっての依頼者(クライアント)のままということなのだ。だから,ここで英莉(えり)()つことは,天乃(あまの)にとって不利益(ふりえき)なことではあるかもしれないが,決定的なことではないという意味でもあるということなのだろう。

 だが,だとすると,依頼者(クライアント)である天乃(あまの)仕掛(しか)けをここで()くというのは一体どのような意図(いと)によるものなのであろうか。

 先程(さきほど)の,イレギュラーとの発言(はつげん)と何か関連(かんれん)があるのだろうか。


「さて――」


 英莉(えり)は,自分の声の通信(つうしん)だけを切ると,間森(まもり)の周囲の物音に注意を(かたむ)けた。そして,とりあえず『(やみ)眷属(けんぞく)』の再生の効能(こうのう)上昇(じょうしょう)する午後4時までの短い時間を休息(きゅうそく)()てることを決める。

 そして――


(――どうやって彼奴(きゃつ)狙撃(そげき)()(もぐ)ったものか)


 その後すぐに天乃(あまの)らに追いつく方法を模索(もさく)し始める。

 英莉(えり)の知る(かぎ)り,今回の爆弾(ばくだん)は,何も英莉(えり)間森(まもり)だけではないのだから。

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