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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
54/286

種明かし

2036年6月7日午後3時27分


 (くる)ったように笑い続ける英莉(えり)を見ながら,天乃(あまの)は先程の緋澄(ひずみ)との会話の続きを思い出していた。


2036年6月7日午後2時19分


「今回の件,多分,英莉(えり)が何者かにいいように(あやつ)られている」

「……そうなの? ちゃんと自分の意志(いし)行動(こうどう)しているように見えたわよ?」


 天乃(あまの)の言葉に,緋澄(ひずみ)疑問(ぎもん)(てい)する。緋澄(ひずみ)から見て,英莉(えり)態度(たいど)には一見して不審(ふしん)と思われる点は見当たらなかったのだ。


「そう,今回の(きも)はそこなんだ。

 さっきも言ったけど,()()()()()操られているんじゃなく,()()()()()操られているのさ」

「それは,同じことではないの?」


 首を(かし)げる緋澄(ひずみ)に対し,天乃(あまの)(よど)みなく説明を続ける。


「要するに,元の行動(こうどう)様式(ようしき)に変化はないが,思考(しこう)の一部に,気づかない程度ていど誘導(ゆうどう)があるってこと。

 そのせいで,英莉(えり)は,オレを辰上(たつかみ)のもとに誘導(ゆうどう)するように行動してしまっているわけさ」

「そう。根拠(こんきょ)は?」

根拠(こんきょ)といえるほどのものじゃないが,取っ掛かりというか,違和感(いわかん)があった」

違和感(いわかん)?」

英莉(えり)は,何というか,あんな見た目で,変な行動(こうどう)目立(めだ)つけど,頭はいいんだ。

 明確(めいかく)不利益(ふりえき)()けるし,意味(いみ)のないことはほとんどしない」

(たし)かに,あの使い()普段(ふだん)から無駄(むだ)態度(たいど)尊大(そんだい)だし,不遜(ふそん)すぎてびっくりするけど,それが大事(おおごと)になったことはないわね。

 ちゃんと,相手や状況(じょうきょう)(えら)んでやってるってことかしら」

「それで,昨夜(さくや)とか今朝(けさ)とかの英莉(えり)態度(たいど)を思い出すと,いろいろと引っかかってな。

 あんなこと,英莉(えり)独自(どくじ)判断(はんだん)では,まずしないじゃないかと思ってな。

 でも,英莉(えり)自身は確信(かくしん)をもってその行動(こうどう)をとっていたように見える。

 だから,そこにはなんらかの思考(しこう)誘導(ゆうどう)があったというのが,合理的(ごうりてき)だと判断(はんだん)した」

天乃慎(あんた)がそう“直観(ちょっかん)”したのなら,犯人は天乃(あまの)(しん)で決まりじゃない」


 緋澄(ひずみ)冗談(じょうだん)めかしてそのような発言をする。

 かつて天乃(あまの)が使用していたとされる固有魔導(こゆうまどう)認識変換にんしきへんかん》は,このような状況(じょうきょう)を引き起こすのには,まさしくうってつけの魔術だったのである。


()()()()()()()

「え?」


 冗談(じょうだん)を強く肯定(こうてい)された緋澄(ひずみ)は,一瞬何を言われているかわからなかった。


「ちなみに,緋澄(ひずみ)は聞いてなかったかもしれないけど,辰上(たつかみ)他人(たにん)固有魔導(こゆうまどう)再現(さいげん)できるって話がある」

固有魔導(こゆうまどう)を? いえ,だったら,犯人は辰上(たつかみ)かもしれないじゃない」

「そうだな。けど,辰上(たつかみ)実行犯(じっこうはん)である可能性はゼロだ」

「……そもそも《認識変換(にんしきへんかん)》でない可能性は?」

「ない」


 緋澄(ひずみ)()げる反対(はんたい)仮説(かせつ)天乃(あまの)は次々と否定(ひてい)する。


「そう。根拠(こんきょ)はお得意(とくい)の“直観(ちょっかん)”かしら?」

「いや,魔術まじゅつ痕跡(こんせき)だ」

痕跡(こんせき)……?

 そうか。使い()に何かあれば“魔術師殺まじゅつしごろし”に見えないはずがなかったわね」


 そもそも英莉(えり)の全身は魔導書(まどうしょ)構成(こうせい)されており,常時(じょうじ)いくつもの魔術(まじゅつ)起動(きどう)している。その中には英莉(えり)とのパスを(つう)じて,天乃(あまの)魔力(まりょく)によって維持(いじ)されている術式(じゅつしき)混在(こんざい)している。

 例えば,記憶(きおく)を失う前の天乃(あまの)英莉(えり)時限式(じげんしき)の魔術を仕掛(しか)けていたとして,記憶(きおく)(うしな)った天乃(あまの)英莉(えり)を見たとき,その魔術の痕跡(こんせき)は,記憶(きおく)(うしな)った天乃(あまの)にとっては『英莉(えり)(はじ)めから存在(そんざい)する天乃(あまの)魔力(まりょく)によって起動(きどう)する術式(じゅつしき)』ということになる。

 だからこそ,(ぎゃく)天乃(あまの)ではそれに疑問(ぎもん)(いだ)けない。

 まさしく木を(かく)すなら,森の中の発想(はっそう)である。


「そう。だから,犯人は,記憶(きおく)を失う前のオレ以外には()()ない。

 ――だから,これには必ず意味(いみ)があるってこと。

 つまり,(はた)から見ると,オレが辰上(たつかみ)のもとに向かう動機が(うす)いように見えるってのはこういう理由(りゆう)だよ。

 英莉(えり)誘導(ゆうどう)していることを疑問に思ってないし,俺もこれに気付(きづ)きつつ無視(むし)してるんだから」


2036年6月7日午後3時27分


 天乃(あまの)が数瞬の回想(かいそう)から(われ)に返ると,哄笑(こうしょう)(とどろ)かせていた英莉(えり)の声が途切(とぎ)れていたことに気付く。

 英莉(えり)位置(いち)が,前進を続けていた武装(ぶそう)歩兵(ほへい)集団(しゅうだん)射程距離(しゃていきょり)に入ったのである。

 とはいえ,英莉(えり)には飛び道具がないことがばれているのか,武装(ぶそう)歩兵(ほへい)集団(しゅうだん)はさらに展開(てんかい)しながら,必中必殺(ひっちゅうひっさつ)位置いちに着くまでは仕掛(しか)けてこないつもりのようである。


「はぁぁ……いやぁ,あの状況を誤魔化(ごまか)すには,若干(じゃっかん)演技力(えんぎりょく)が足りんかったか?」


 そんな目の前の状況(じょうきょう)尻目(しりめ)に,英莉(えり)口調(くちょう)(あせ)りはない。

 先程(さきほど)はやむを得ない事情で1発きついのをもらってしまったが,英莉(えり)にとって普通の銃弾(じゅうだん)とは本来,大きな脅威(きょうい)とはならないものなのである。

 そんなことよりも,今は天乃(あまの)との会話が優先(ゆうせん)される。


「いや,この表情(ひょうじょう)が出せん身体では,無理からぬことよな。わっちの名演(めいえん)(さまた)げになっておる。

 よいよい。今回はわっちの負けじゃ。

 して,主殿(あるじどの)よ。種明(たねあ)かしをする前に,1つ確認したい。

 いつから,気づいておった?」

今朝(けさ)


 英莉(えり)の演技がかった言葉に対し,天乃(あまの)は言葉に出さずに内心で答える。


「ぐっ,それはそれは。とんだ道化(どうけ)を演じる羽目(はめ)にもなっておったようじゃな」

(いや,ほとんど()だろ,あれ?)

主殿(あるじどの)よ。もちっと,わっちを立ててほしい。

 威厳(いげん)とか面目(めんぼく)とか,何かそういった尊厳(そんげん)に近しいものが音を立てて(くず)れていっておるのを感じる」

(つっても,精神面(せいしんめん)へのデバフ・状態異常(じょうたいいじょう)耐性(たいせい)皆無(かいむ)なのは,昨日の件でもう知ってたからな)


 自身の尊厳(そんげん)()けて抗議(こうぎ)する英莉(えり)を置いて,天乃(あまの)が考えていたのは,やはり昨日にあった《案山子(スケアクロウ)》との一件のことである。

 英莉(えり)は,幻覚(げんかく)から記憶改竄(きおくかいざん)まで全てに見事嵌()まっており,それまでのいいところは,あれでほとんど消し飛んだと言っても過言(かごん)ではない。


「うぅ,わっちが気にしておることをズバズバと言うのぉ」

(ところで,今はもう大丈夫なのか?)

「そうじゃの,肩にドぎついのを一発もらってもう目が()めたぞ」

(そんなわけないだろ)

「くかか。とはいえ,もう一点だけ()いておきたい。

 こればかりは,さっきの主殿(あるじどの)の回答を聞いても,さっぱりわからんかったのでな」

(なんだ?)

主殿(あるじどの)は,なぜここに?

 わっちのことは,今朝(けさ)から様子がおかしいと思っとったわけじゃろ?

 律儀(りちぎ)(おび)き出されるように来る必要はなかったのじゃないか?」

(なんだ,そんなことか)


 天乃(あまの)は,ふっと笑い,口を開き,わざわざそれを声に出して回答する。


「もちろん,オマエのためだ」

「ほぉん? ……ん?」

(くび)(ひね)るなよ」

「いや,だって,え?」


 想定(そうてい)すらしていなかった回答(かいとう)に,英莉(えり)がその小さな全身を(もち)いて疑問符(ぎもんふ)を浮かべる。


「そんなにおかしな話か?

 正直(しょうじき),オマエには昨日から助けられてばかりだ。

 それがオマエの役目なのかもしれないが,オレはオマエに感謝(かんしゃ)している。

 そして,思考(しこう)誘導(ゆうどう)されてたってことは,オマエはこの一件(いっけん)には乗り気じゃなかったんだろ?

 だったら,その思惑(おもわく)台無(だいな)しにした上で,その()()()()に,文句(もんく)の1つくらい言いたくもなるってもんだろ?」

「お,おう? そんなものか?」

「少なくとも,オレにとってはそんなもんなんだよ。

 ま,それとは別に,辰上(たつかみ)とやらにも,何としてでも一発お見舞(みま)いしてやらねえとって気になってるけどな」

「えっ,と。えと。待て待て,ちょい待て。まさかとは思うが,主殿(あるじどの)よ。

 ここに来たのが,わっちのためだってのは,えっと,その,マジなのか?

 冗談的(じょうだんてき)なものではなく?」

「ああ。まあ,それ以外には特に理由はないかな」


 想定外(そうていがい)の回答の連続(れんぞく)に,英莉(えり)思考(しこう)が一時的に硬直(こうちょく)する。

 そして,いろいろと思い出してしまい,ついに羞恥(しゅうち)の限界を(むか)えた英莉(えり)は,赤面(せきめん)表情(ひょうじょう)反映(はんえい)されない『闇の眷属(にくたい)』に(めずら)しく感謝(かんしゃ)することとなった。

 そして,その衝撃(しょうげき)羞恥(しゅうち)から即座(そくざ)に立ち直れそうにはなかった。


「ううぅぅ」


 英莉(えり)は,もしかして天乃(あまの)羞恥(しゅうち)()めで自分を殺せるかの実験(じっけん)をしているのだろうか,などと真剣(しんけん)に考え始めていたが,もちろん被害(ひがい)妄想(もうそう)である。


「でもほら,狗飼(いぬかい)(むすめ)の件とかあったじゃろ?」

「まあ,誘拐(ゆうかい)云々(うんぬん)はついでだ。オマエの一件がなければ誰かに(まか)せてたさ。

 彼女には気の(どく)だとは思うが,無関係なオレがそこまでする(いわ)れはないだろ」

「そうか。……それも,そうか」


 英莉(えり)天乃(あまの)の言葉を聞き,(めずら)しくトーンを落とす。

 このタイミングでようやくメンタルのリセットに成功した英莉(えり)は,天乃(あまの)の後方に視線(しせん)を向ける。

 そのとき,空気を読まないけたたましい銃声(じゅうせい)と共に,銃弾(じゅうだん)による弾幕(だんまく)英莉(えり)に飛来する。

 それに対し,英莉(えり)は落ち着いた様子で『漆黒(しっこく)つばさ』を瞬時(しゅんじ)に展開すると,それを(たて)とすることで全ての銃弾(じゅうだん)(はじ)き飛ばす。

 配置についた武装(ぶそう)歩兵(ほへい)集団(しゅうだん)からの攻撃がついに始まったのである。


「くかか。というわけで,これがこっちの事情じじょう種明たねあかしじゃ。

 なんだか惚気話(のろけばなし)のようになってしまったし,思いがけず救出(きゅうしゅつ)動機(どうき)(とぼ)しいことも発覚(はっかく)してしまったが,()()()()()()()()()?」


 銃撃(じゅうげき)を意に(かい)すことなく,英莉(えり)天乃(あまの)の後方に立つ人影(ひとかげ)にそう声を飛ばす。


「まさしく,どの口が,などとは思わなくはありませんが。

 そう恐縮(きょうしゅく)されずとも(かま)いませんよ,英莉(えり)様。

 元より立てるべき義理(ぎり)すら記憶(きおく)されておられないことは承知(しょうち)の上です。

 その事情(じじょう)()みで,天乃(あまの)様の護衛(ごえい)を『(うけたまわ)った』と返答(へんとう)したつもりですので」


 その声に天乃(あまの)が振り返ると,英莉(えり)に首を折られた上,雷に打たれて(くろ)()げの死体となっていたはずの天空が無傷(むきず)で立っていた。

 そのメイド服にも()(あと)どころか土埃(つちぼこり)1つついていない。


「――とはいえ,さすがにいきなり首を折られたときは多少()らぎましたが」

「この現象(げんしょう)……そうか,再生(さいせい)ッ!」

「そう,わっちが傷つけ,破壊(はかい)したモノは,何であれわっちの意志(いし)で再生できる。

 (たと)え,わっちが傷つけた後にさらに別の原因で損傷(そんしょう)したとしても,わっちが傷つける前の状態まで(さかのぼ)って再生(さいせい)するのじゃ。

 これがあの“神罰(しんばつ)”を越えて《おうほう》の内側うちがわ侵入(しんにゅう)する奥の手じゃ」


 英莉(えり)の肉体を構成(こうせい)する魔導書(まどうしょ)(やみ)眷属(けんぞく)』は,製作者(せいさくしゃ)のとある傍迷惑(はためいわく)(こだわ)りにより,再生(さいせい)という毀棄(きき)できない魔導書(まどうしょ)には本来不要(ふよう)なはずの能力がデフォルトで付与(ふよ)されている。

 そして,この『(やみ)眷属(けんぞく)』に付随(ふずい)する再生(さいせい)能力(のうりょく)は,本来的には自身の肉体に対してしか(もち)いることはできないのだが,英莉(えり)――エリザベート・ナイトウォーカーの本質(ほんしつ)から来る能力(のうりょく)転用(てんよう)によって,それ以外の用途(ようと)にも使用(しよう)可能(かのう)となっている。

 その1つが,自身が攻撃(こうげき)し,傷つけたり破壊(はかい)したりしたものを再生(さいせい)できるという能力(のうりょく)である。

 これには,傷つけた時間から(はな)れすぎていると効果(こうか)発揮(はっき)されないという時間的制約(せいやく)こそあるものの,空間的(くうかんてき)隔絶(かくぜつ)問題(もんだい)とはならず,そこには制約(せいやく)がない。

 また,(ほか)にも,再生具合(ぐあい)調整(ちょうせい)することで,本来とは(こと)なるもの同士(どうし)癒着(ゆちゃく)させ,接合(せつごう)するいう用途(ようと)存在(そんざい)する。

 英莉(えり)は,この用途(ようと)での使用(しよう)頻度(ひんど)比較的(ひかくてき)高く,昨日(きのう)懐古主義者(ノスタルジア)所属(しょぞく)襲撃者(しゅうげきしゃ)である欠月恭二(かけづききょうじ)上唇(うわくちびる)下唇(したくちびる)()い合わせたり,マンションの一部と身体を接合(せつごう)することで拘束(こうそく)したりするなどしていた。


「“神罰(しんばつ)”? さっきの(かみなり)か。いや,《王の法》なのに神罰(しんばつ)ってなんだよ」

「くかか。では,わっちはここで彼奴等(きゃつら)と遊んどくから。

 ちゃっちゃと行って終わらせてきてくれ」

「なあ,『(かせ)』はそのままで大丈夫なのか?」

「なぁに,例え銀弾(ぎんだん)であっても,魔導書(まどうしょ)である『(つばさ)』を傷つけることはできん。わっちらは今は接触(せっしょく)できんのじゃから,ないもの強請(ねだ)りもできんしの。

 それに,接近戦(せっきんせん)なら逆に望むところでもある。

 ガタが来とるとはいえ,ただのニンゲンにすぐにどうこうされるわっちではないぞ。

 それに,もうすぐ4時じゃろ? そうなったら,『やみ眷属(けんぞく)』が活性化(かっせいか)し始める時間じゃから,このダメージも自然と()えるじゃろ。

 何も問題なしじゃ」

「――そうか,わかった。じゃあ,行ってくる」


 そういうと天乃(あまの)は,不遜(ふそん)に言い放つ英莉(えり)と別れ,武装(ぶそう)歩兵(ほへい)迂回(うかい)するようにして,天空と共に正面に見える研究所(けんきゅうじょ)の入り口を目指(めざ)すのであった。

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