↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Replica ― Amphitheatrum Ideale ―  作者: 根岸重玄
登校騒乱編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/428

降り注ぐ裁きの雷、勝利への布石

 2036年6月7日午後3時12分


主殿(あるじどの)っ、(はな)れて伏せておれ! んでもって、目を閉じ、口を開き、耳を塞げ! ()ぐじゃ!」


 緋澄(ひずみ)との会話を思い出していた天乃(あまの)は、耳元からそのような英莉(えり)の声が聞こえたことで、思考を中断する。英莉(えり)の方を見直すと、英莉(えり)は、身動(みじろ)ぎ一つしない天空(てんくう)の腕を掴んだまま、何かをしようと構えている。

 天乃(あまの)は咄嗟に、耳元から聞こえた声が、『漆黒(しっこく)(つばさ)』を利用した《音響操作》によるものだと気づき、事情は不明だったものの、とりあえず、英莉(えり)の指示に従い、英莉(えり)がいる方向から離れるように跳びながら伏せる。

 一方、武装歩兵は、英莉(えり)の注意がそちらに向いていないことを確認すると、銃の有効射程まで距離を一気に詰めるべく、行軍(こうぐん)を再開していた。


「よし! 受ぅぅぅけとれぇぇぇええい!!!」


 天乃(あまの)が地面に伏せたことを確認した英莉(えり)は、叫びながら捻じった身体(からだ)を元に戻し、片足を軸として回転する。そして、ハンマー投げの要領で天空(てんくう)身体(からだ)天乃(あまの)の方角に向かって思い切り投擲(とうてき)した。

 英莉(えり)によって投擲(とうてき)された天空(てんくう)身体(からだ)は、空中を放物線ではなく、ほとんど直線を描きながら天乃(あまの)の方角に向かって飛んで行く。

 そして、その投げ飛ばされた天空(てんくう)身体(からだ)が《(おう)(ほう)》によって区切られた“境界”線上の領域と空中で交わった瞬間であった。

 突如(とつじょ)として周囲の世界が白く染まり、“境界”に天を|割くような轟音(ごうおん)と共に雷光が降り注ぐ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 その余波は地面に伏せていた天乃(あまの)にも及ぶものであったが、英莉(えり)の直前の指示の甲斐(かい)もあり、その影響は軽微に留まった。

 奇妙なほどに長く感じる一瞬が過ぎ去ると、天乃(あまの)はすぐ横に黒焦げの物体が地面を滑るように転がって来ていたことに気付く。

 天乃(あまの)は、それが辛うじて人型(ひとがた)とわかる形状を保っていたことから、()であるかをすぐに察したが、目まぐるしく変化する状況を前に、脳が処理を中断し、理解することを拒んでいた。


「なんだってんだよ……」


 天乃(あまの)が呟きながら、先程の光が落ちた“境界”付近(ふきん)を見ると、そこには小さなクレーターが出来上がっていた。


「……(かみなり)だよな、今の」


 その光景に乾いた笑いが口から漏れ出た天乃(あまの)は、そのまま何となしに目線を上に持ち上げると、赤黒い液体が(したた)り落ちる右肩を左手で押さえつけながら、辛うじて踏ん張り、荒い呼吸を繰り返している赤い着物姿の少女が視界に入る。


英莉(えり)っ!!?」

「来るなッッ!!」


 天乃(あまの)が咄嗟に遮蔽物から出て“境界”付近に駆け寄り掛けたことに英莉(えり)は即座に反応し、自身の状態を(かえり)みることなく大声を張り上げる。天乃(あまの)も、遅蒔(おそま)きながら狙撃手の存在に思い至り、その場に踏み(とど)まる。

 狙撃手が(もち)いる悪辣(あくらつ)な戦術を利用した“友釣(ともづ)り”というものが存在する。

 狙撃の際、一人目をわざと殺さずに、遮蔽物のないところで行動不能にする。そうやっておいて、負傷者の救助に来た友軍を次々と狙撃していくのである。勿論、このときの救助者も生かしておけば、第二第三の釣り餌にすることもできる。

 ただ、これだけでは、いずれ損害の方が大きくなってしまうので、友軍は救出を躊躇(ちゅうちょ)するようになってしまう。そこで、再び釣り餌となっている負傷者を殺さずに撃つのである。

 その悲鳴に()えかねた者を(あぶ)り出し、その者を次の釣り餌とするために。

 この戦術は、狙撃手が一点に留まり続けても反撃を受ける心配がないことが前提であるため、使いどころはそう多くはないが、嵌まればたった一人の狙撃手であっても一部隊を作戦行動ができない程度に壊滅させることができる。

 天乃(あまの)は、この“友釣(ともづ)り”を仕掛けられていると“直観(ちょっかん)”し、踏み止まったのである。

 一方の英莉(えり)は、赤い(しずく)で地面に点線を引きながら、じりじりと“境界”側に後退している。

 そして、“境界”付近まできて一瞬固まると、撃たれたであろう右側の手を持ち上げ、相変わらず人形のように無表情のままの右頬に指を当て口元をわずかに持ち上げる。

 どうやら、天乃(あまの)に向けて不敵な笑みを浮かべようとして、この状態の自分の表情筋が動かないことを思い出したので、そうしたようである。

 だが、天乃(あまの)はその様子に首を傾げたため、気まずくなった英莉(えり)は背を向けるように体の向きを反転させる。そして、表情と比べてかなり自由の利く口を開くこととする。


「くかか、いや、実に肝の据わった狙撃手で恐れ入る。周到(しゅうとう)かつ狡猾(こうかつ)、それでいて()()()と来た。実に最悪の気分じゃ」

英莉(えり)か!? 『漆黒(しっこく)(つばさ)』の《音響操作》だな)

「ご明察じゃ」


 天乃(あまの)英莉(えり)には少し距離があるが、英莉(えり)の《音響操作》の効果により、天乃(あまの)には英莉(えり)の声がはっきりと聞こえてくる。その声には、隠しきれない疲弊感(ひへいかん)が混ざっていた。


「しかし、あんなコンディションでも、わっちの避け得ぬ瞬間を見逃さずに、ちゃんと()ててくるとはのぉ」


 人間以上の反応速度を誇る肉体(ハードウェア)、それを十全に扱える精神(ソフトウェア)、《音響操作》による広域警戒、傷付くことない魔導書(まどうしょ)を盾とした防御、これらすべての機構を兼ね備えた英莉(えり)は、本来であれば、自らが望まない限り、魔術的要素が皆無(かいむ)の狙撃による銃弾をその身に受けることなどは有りえない。

 とはいえ、『(やみ)眷属(けんぞく)』が人体を模した構造をしている以上、そもそも不可能な挙動というものが存在する。さすがの英莉えりも関節を逆に曲げることはできないし、倒れかけた瞬間に身体(からだ)の構造を変化させて重心を別のところに移すなどといった芸当まではできない。

 今回は、ちょうど天空(てんくう)の肉体を放り投げた直後の体勢が崩れた瞬間を狙い撃ちされたのである。

 ついでに、その銃撃には、雷の轟音(ごうおん)に紛れさせることによって銃弾から生じるソニックブームの音を隠蔽するという細かなテクニックが使用されており、英莉(えり)が銃弾の飛来に気付いた時には、ほとんど手遅れだったのである。


対魔性加工(たいましょうかこう)の銀弾は流石のわっちでも、ちぃと痛いぞ。こんなもん常備しとるとか、準備周到にもほどがあるじゃろ」

「それは、大丈夫なのか!? おい!」


 対魔性加工(たいましょうかこう)の銀弾とやらが英莉(えり)にどのような効果をもたらすのかはよくわからなかったが、その不穏な物云いに、天乃(あまの)は思わず声を荒げてしまう。

 もちろん、天乃(あまの)から英莉(えり)への一方通行の意思疎通であれば、言葉を使わずとも可能なので、そんなことをしなくてもよいのだが、その声を聞いた英莉(えり)は、落ち着き(はら)って返答をする。


「くかか、()()()()()()()()主殿(あるじどの)主殿(あるじどの)をそっちに投げるときに一回、狗飼(いぬかい)眷属(けんぞく)の首を折るので二回、そのまま死体を投げるので三回――『魔人の枷』による封印を解かん状態で容量限界以上(キャパシティオーバー)の力技を連続で使って、おまけに銀弾によって概念的な弱点を突くダメージも受けた。これでは、いつ動きが止まっても不思議ではない。今のわっちは、まさしく満身創痍(まんしんそうい)という言葉が相応(ふさわ)しい状態じゃぞ」


 英莉(えり)は、先程(さきほど)の文字通りの青天の霹靂(へきれき)による衝撃から立ち直った武装歩兵集団から目を離すことなく、不敵な笑みを深めようとする。もっとも、表情筋は相変わらず一切動かないので、英莉(えり)の口元が笑みを浮かべることはないのだが。


「なんで、オマエ、そんなこと――」


 天乃(あまの)は、一瞬、英莉(えり)が何者かに操られているという仮定を持ち出してみようかと思ったが、続く英莉(えり)の言葉にその懸念を飲み込んだ。


愚問(ぐもん)じゃぞ。これが、わっちなりの()()()()()()だからに決まっておるじゃろう。『勝てない戦いは勝たない』とは、かつての主殿(あるじどの)(げん)じゃが、これは勝てないなら敗北を受け入れるとかいう甘えた現実論では断じてない。これは、『常勝の状況を作り出すことに全力を傾ける』という宣言じゃ。つまり、対戦相手との決戦に(のぞ)む時点で、結果に『負け』という選択肢に入っているような戦いは、そもそもしないという意味じゃな」

「それは――」


 今の天乃(あまの)であっても、それは一つの理想だと思う。

 だが同時に、全く現実的ではないとも思う。

 どれだけ事前に準備を積み重ねたとしても、常に想定外は付きまとってしまうであろう。

 想定外の事態を全て織り込んで、なお常勝という状況は、つまるところ()()()()()()()()()()()()()()ということに等しい。

 この世に『絶対』はないのだから、『絶対に勝つ』状況などありえない。

 それをちゃんと理解していれば、常勝などとは口が裂けても云えないはずなのである。


(そういえば、水無月(みなづき)もあのときに同じようなことを口走っていたような……意味は全く違ったけど)


主殿(あるじどの)の理想は、くかか、それはそれで大いに結構。常にそうありたいと願うのは、わからんことでもないじゃろ。とはいえ、わっちは、泥臭くとも足掻くのが好み――というか後天的に獲得してしまった性分であるが(ゆえ)、そういった立場とは、本来的に縁遠い存在なのじゃよ」


 英莉(えり)自嘲気味(じちょうぎみ)にそういうと、押さえていた肩の傷口に指を突っ込み、体内に留まっていた銀製の銃弾を無理やり(えぐ)り出す。英莉(えり)の肩から(えぐ)り出された銀弾は、それ自体が対魔性(たいましょう)の概念であるが(ゆえ)に、摘まんでいる英莉(えり)の指の肉を音を立てて焼き続ける。

 英莉(えり)はそれに不快感を示すように、天乃(あまの)に向かって緩い放物線を描くように放り投げた。天乃(あまの)はギョッとし、再度の雷を警戒したが、今度は銀弾が“境界”を越えても何も起こらなかった。

 天乃(あまの)は足元に転がってきた銀弾を拾い上げ、この現象の違いを(いぶか)しんでいたところ、英莉(えり)は何でもないことを告げるような口調で、天乃(あまの)に声を掛ける。


「というわけでじゃ。あの辺におるワケのわからん歩兵と狙撃手はわっちが受け持つから、サクッと辰上(たつかみ)御子(みこ)を仕留めてきてくれんか、主殿(あるじどの)よ?」

「……ッ。それ、は」

「やってくれんか?」


 英莉(えり)からの特大の無茶振りであった。

 あまりにも荒唐無稽すぎて、一瞬で冷静になれてしまうほどの。

 天乃(あまの)は逡巡し、(おもむろ)に口を開く。そうする必要はなかったが、英莉(えり)にはこちらの声もはっきりと聞こえているようなので、これは天乃(あまの)の意志で言葉にしておくべきことであると判断したのだ。


「オレ自身に、戦闘力はない。もともとは、オマエと天空(てんくう)さんの戦力を当てにした作戦だったはずだ」

「そうじゃな」

「『勝てない戦いは勝たない』というのが、オレの方針だったな」

「そうじゃの」

「なら、ここは撤退が賢明だと思う。明らかな準備不足だ」

「さようか。では――」


 英莉(えり)は落胆する様子もなく、天乃(あまの)の言葉を受け入れる。

 客観的に見て、天乃(あまの)の述べたことは正しい。

 当初のプランは一見して崩壊しており、ここからの逆転の目などはないように思える。

 だからこそ、英莉(えり)天乃(あまの)の態度に理解を示す。

 そして、偶然知り得た《(おう)(ほう)》の内側から出る方法を口にしようとする。


「……けどな」

「ん?」

「それは、過去のオレの方針だ」

「ほお……?」

「オレはな、英莉(えり)。自分で思っていた以上に、オマエを信用していたようだぞ。だから――」

「ぇ?」

「――オマエが、貴重な限界以上の力を出せる機会を一回使ってまで天空(てんくう)さんを殺した意図をさっさと話せ。何の理由もなく、オマエがそんなことするわけないだろ」

「……………………く、くく」


 しばらく固まっていた英莉(えり)から、実に愉快そうなくぐもった笑い声が漏れてくる。

 その表情には相変わらず全く変化がない。

 しかし、本来(ほんらい)の彼女は、その声色だけで様々な表情が窺えるほど、感情表現が豊かなのである。


「くかか「くかかか「くか、かかかか「くっかかか「くくくく」」」」」


 やがて響いた英莉(えり)哄笑(こうしょう)は、《音響操作》を利用(りよう)したとしか思えないほど不気味に周囲にハウリングしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。