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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
53/286

裁きの雷

2036年6月7日午後3時12分


主殿(あるじどの)っ,(はな)れて()せておれ! んでもって,目を()じ,口を(ひら)き,耳を(ふさ)げ! ()ぐ!」


 緋澄(ひずみ)との会話を思い出していた天乃(あまの)は,耳元(みみもと)からそのような英莉(えり)の声が聞こえたことで,思考(しこう)中断(ちゅうだん)する。英莉(えり)の方を見直(みなお)すと,英莉(えり)は,身動(みじろ)ぎ1つしない天空(てんくう)(うで)(つか)んだまま,何かをしようと(かま)えている。

 天乃(あまの)咄嗟(とっさ)に,耳元(みみもと)から聞こえた声が,『漆黒(しっこく)(つばさ)』を利用した《音響(おんきょう)操作(そうさ)》によるものだと気づき,事情は不明だったものの,とりあえず,英莉(えり)指示(しじ)(したが)い,英莉(えり)がいる方向から(はな)れるように()びながら()せる。

 一方,武装(ぶそう)歩兵(ほへい)は,英莉(えり)の注意がそちらに向いていないことを確認すると,(じゅう)有効射程(ゆうこうしゃてい)まで距離(きょり)を一気に()めるべく,行軍(こうぐん)再開(さいかい)していた。


「よし! 受ぅぅぅけとれぇぇぇええ!!!」


 天乃(あまの)が地面に()せたことを確認(かくにん)した英莉(えり)は,(さけ)びながら()じった身体(からだ)を元に戻し,片足を(じく)として回転(かいてん)する。そして,ハンマー()げの要領(ようりょう)天空(てんくう)身体(からだ)天乃(あまの)方角(ほうがく)に向かって思い切り投擲(とうてき)した。

 英莉(えり)によって投擲(とうてき)された天空(てんくう)身体(からだ)は,空中を放物線(ほうぶつせん)ではなく,ほとんど直線を(えが)きながら天乃(あまの)方角(ほうがく)に向かって飛んで行く。

 そして,その()げ飛ばされた天空(てんくう)身体(からだ)が《(おう)(ほう)》によって区切られた“境界(きょうかい)”線上の領域(りょういき)と空中で交わった瞬間(しゅんかん)であった。

 突如(とつじょ)として周囲(しゅうい)の世界が白く()まり,“境界(きょうかい)”に(てん)()くような轟音(ごうおん)(とも)雷光(らいこう)()(そそ)ぐ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 その余波(よは)は地面に()せていた天乃(あまの)にも(およ)ぶものであったが,英莉(えり)の直前の指示(しじ)甲斐(かい)もあり,その影響(えいきょう)軽微(けいび)(とど)まった。

 奇妙(きみょう)なほどに長く感じる一瞬(いっしゅん)()()ると,天乃(あまの)はすぐ横に黒焦(くろこ)げの物体が地面を(すべ)るように(ころ)がって来ていたことに気付く。

 天乃(あまの)は,それが(かろ)うじて人型(ひとがた)とわかる形状(けいじょう)(たも)っていたことから,()であるかをすぐに(さっ)したが,目まぐるしく変化する状況(じょうきょう)を前に,脳が処理(しょり)中断(ちゅうだん)し,理解(りかい)することを(こば)んでいた。


「なんだってんだよ……」


 天乃(あまの)(つぶや)きながら,先程(さきほど)の光が落ちた“境界(きょうかい)付近(ふきん)を見ると,そこには小さなクレーターが出来上(できあ)がっていた。


「……(かみなり)だよな,今の」


 その光景(こうけい)(かわ)いた笑いが口から()れ出た天乃(あまの)は,そのまま何となしに目線(めせん)を上に持ち上げると,赤黒(あかぐろ)液体(えきたい)(したた)り落ちる右肩(みぎかた)左手(ひだりて)で押さえつけながら,(かろ)うじて()()り,(あら)呼吸(こきゅう)を繰り返している赤い着物姿(きものすがた)の少女が視界(しかい)に入る。


英莉(えり)っ!!?」

「来るなッッ!!」


 天乃(あまの)咄嗟(とっさ)遮蔽物(しゃへいぶつ)から出て“境界(きょうかい)付近(ふきん)()()り掛けたことに英莉(えり)即座(そくざ)反応(はんのう)し,自身の状態(じょうたい)(かえり)みることなく大声を()り上げる。天乃(あまの)も,遅蒔(おそま)きながら狙撃手(そげきしゅ)存在(そんざい)に思い(いた)り,その場に()(とど)まる。

 狙撃手(そげきしゅ)(もち)いる悪辣(あくらつ)戦術(せんじゅつ)として,負傷者(ふしょうしゃ)を利用した“友釣(ともづ)り”というものが存在する。

 狙撃(そげき)の際,1人目をわざと(ころ)さずに,遮蔽物(しゃへいぶつ)のないところで行動不能(こうどうふのう)にする。そうやっておいて,負傷者(ふしょうしゃ)救助(きゅうじょ)に来た友軍(ゆうぐん)を次々と狙撃(そげき)していくのである。勿論(もちろん),このときの救助者(きゅうじょしゃ)も生かしておけば,第2第3の()()にすることもできる。

 ただ,これだけでは,いずれ損害(そんがい)の方が大きくなってしまうので,友軍(ゆうぐん)救出(きゅうしゅつ)躊躇(ちゅうちょ)するようになってしまう。そこで,再び()()となっている負傷者(ふしょうしゃ)(ころ)さない程度(ていど)()つのである。

 その悲鳴(ひめい)()えかねた者を(あぶ)り出し,その者を次の()()とするために。

 この戦術(せんじゅつ)は,狙撃手(そげきしゅ)が1点に(とど)まり続けても反撃(はんげき)を受ける心配がないことが前提(ぜんてい)であるため,使いどころはそう多くはないが,()まればたった1人の狙撃手(そげきしゅ)であっても部隊(ぶたい)作戦行動(さくせんこうどう)ができない程度(ていど)壊滅(かいめつ)させることができる。

 天乃(あまの)は,この“友釣(ともづ)り”を仕掛けられていると“直観(ちょっかん)”し,()(とど)まったのである。

 一方の英莉(えり)は,赤い(しずく)で地面に点線(てんせん)を引きながら,じりじりと“境界(きょうかい)”側に後退(こうたい)している。

 そして,“境界(きょうかい)付近(ふきん)まできて一瞬(いっしゅん)(かた)まると,()たれたであろう右側の手を持ち上げ,相変(あいか)わらず人形(にんぎょう)のように無表情(むひょうじょう)のままの右頬(みぎほほ)に指を当て口元をわずかに持ち上げる。

 どうやら,天乃(あまの)に向けて不敵(ふてき)な笑みを浮かべようとして,この状態(じょうたい)の自分の表情筋(ひょうじょうきん)が動かないことを思い出したので,そうしたようである。

 だが,天乃(あまの)はその様子に首を(かし)げたため,気まずくなった英莉(えり)は背を向けるように体の向きを反転(はんてん)させる。そして,表情(ひょうじょう)と比べてかなり自由の()く口を開くこととする。


「くかか,いや,実に(きも)()わった狙撃手(そげきしゅ)(おそ)れ入る。

 周到(しゅうとう)かつ狡猾(こうかつ),それでいてお節介(・・・)と来た。(じつ)最悪さいあく気分(きぶん)じゃ」

英莉(えり)か!? 『漆黒(しっこく)(つばさ)』の《音響操作(おんきょうそうさ)》だな)

「ご明察(めいさつ)じゃ」


 天乃(あまの)英莉(えり)には少し距離(きょり)があるが,英莉(えり)の《音響操作(おんきょうそうさ)》の効果(こうか)により,天乃(あまの)には英莉(えり)の声がはっきりと聞こえてくる。その声には,(かく)しきれない疲弊感(ひへいかん)()ざっていた。


「しかし,あんなコンディションでも,わっちの()()ぬ瞬間を見逃(みのが)さずに,ちゃんと()ててくるとはのぉ」


 人間以上の反応速度(はんのうそくど)(ほこ)肉体(ハードウェア),それを十全(じゅうぜん)(あつか)える精神(ソフトウェア),《音響操作(おんきょうそうさ)》による広域警戒(こういきけいかい)傷付(きずつ)くことない魔導書(まどうしょ)(たて)とした防御(ぼうぎょ),これらすべての機構(きこう)()(そな)えた英莉(えり)は,本来であれば,自らが望まない限り,魔術的要素(まじゅつてきようそ)皆無(かいむ)狙撃(そげき)による銃弾(じゅうだん)をその身に受けることなどは有りえない。

 とはいえ,『(やみ)眷属(けんぞく)』が人体(じんたい)()した構造(こうぞう)をしている以上,そもそも不可能(ふかのう)挙動(きょどう)というものが存在(そんざい)する。さすがの英莉(えり)関節(かんせつ)(ぎゃく)()げることはできないし,(たお)れかけた瞬間(しゅんかん)身体(からだ)構造(こうぞう)を変化させて重心(じゅうしん)を別のところに(うつ)すなどといった芸当(げいとう)まではできない。

 今回は,ちょうど天空(てんくう)肉体(にくたい)(ほう)()げた直後(ちょくご)体勢(たいせい)(くず)れた瞬間(しゅんかん)(ねら)()ちされたのである。

 ついでに,その銃撃(じゅうげき)には,(かみなり)轟音(ごうおん)(まぎ)れさせることによって銃弾(じゅうだん)から生じるソニックブームの音を隠蔽(いんぺい)するという(こま)かなテクニックが使用されており,英莉(えり)銃弾(じゅうだん)飛来(ひらい)に気付いた時には,ほとんど手遅(ておく)れだったのである。


対魔性(たいましょう)加工(かこう)銀弾(ぎんだん)流石(さすが)のわっちでも,ちぃと痛いぞ。こんなもん常備(じょうび)しとるとか,準備(じゅんび)周到(しゅうとう)にもほどがあるじゃろ」

「それは,大丈夫(だいじょうぶ)なのか!? おい!」


 対魔性(たいましょう)加工(かこう)銀弾(ぎんだん)とやらが英莉(えり)にどのような効果(こうか)をもたらすのかはよくわからなかったが,その不穏(ふおん)物言(ものい)いに,天乃(あまの)は思わず声を(あら)げてしまう。

 もちろん,天乃(あまの)から英莉(えり)への一方通行(いっぽうつうこう)意思(いし)疎通(そつう)であれば,言葉を使わずとも可能なので,そんなことをしなくてもよいのだが,その声を聞いた英莉(えり)は,落ち着き(はら)って返答(へんとう)をする。


「くかか,()()()()()()()()主殿(あるじどの)

 主殿(あるじどの)をそっちに投げるときに1回,狗飼(いぬかい)眷属(けんぞく)の首を()るので2回,そのまま死体を()げるので3回――『魔人(まじん)(かせ)』による封印(ふういん)()かん状態(じょうたい)容量限界以上(キャパシティオーバー)力技(ちからわざ)連続(れんぞく)で使って,おまけに銀弾(ぎんだん)によって概念的(がいねんてき)弱点(じゃくてん)()くダメージも受けた。

 これでは,いつ動きが止まっても不思議(ふしぎ)ではない。今のわっちは,まさしく満身創痍(まんしんそうい)という言葉が相応(ふさわ)しい状態(じょうたい)じゃぞ」


 英莉(えり)は,先程(さきほど)文字通(もじどお)りの青天(せいてん)霹靂(へきれき)による衝撃(しょうげき)から立ち直った武装(ぶそう)歩兵(ほへい)集団(しゅうだん)から目を(はな)すことなく,不敵(ふてき)()みを(ふか)めようとする。もっとも,表情筋(ひょうじょうきん)相変(あいか)わらず一切動かないので,英莉(えり)の口元が()みを浮かべることはないのだが。


「なんで,オマエ,そんなこと――」


 天乃(あまの)は,一瞬(いっしゅん)英莉(えり)が何者かに(あやつ)られているという仮定を持ち出してみようかと思ったが,続く英莉(えり)の言葉にその懸念(けねん)を飲み込んだ。


愚問(ぐもん)じゃぞ。これが,わっちなりの()()()()()()だからに決まっておるじゃろう。

 『勝てない戦いは勝たない』とは,かつての主殿(あるじどの)(げん)じゃが,これは勝てないなら敗北(はいぼく)を受け入れるとかいう(あま)えた現実論(げんじつろん)では(だん)じてない。

 これは,『常勝(じょうしょう)の状況を作り出すことに全力を(かたむ)ける』という宣言(せんげん)じゃ。

 つまり,対戦相手(たいせんあいて)との決戦(けっせん)(のぞ)む時点で,結果に『負け』という選択肢(せんたくし)に入っているような(たたか)いは,そもそもしないという意味じゃな」

「それは――」


 今の天乃(あまの)であっても,それは1つの理想(りそう)だと思う。

 だが同時に,全く現実的(げんじつてき)ではないとも思う。

 どれだけ事前(じぜん)準備(じゅんび)をしても,(つね)想定外(そうていがい)は付きまとってしまうであろう。

 想定外(そうていがい)事態(じたい)を全て()り込んで,なお常勝(じょうしょう)という状況(じょうきょう)は,つまるところ()()()()()()()()()()()()()()ということに(ひと)しい。

 この世に『絶対』はないのだから,『絶対に勝つ』状況(じょうきょう)などありえない。

 それをちゃんと理解していれば,常勝(じょうしょう)などとは(くち)()けても言えないはずなのである。


(そういえば,水無月(みなづき)もあのときに同じようなことを口走(くちばし)っていたような……意味は全く(ちが)ったけど)

主殿(あるじどの)理想(りそう)は,くかか,それはそれで大いに結構(けっこう)

 (つね)にそうありたいと(ねが)うのは,わからんことでもないじゃろ。

 とはいえ,わっちは,泥臭(どろくさ)とも足掻(あが)くのが(この)み――というか後天的(こうてんてき)獲得(かくとく)してしまった性分(しょうぶん)であるが(ゆえ),そういった立場(たちば)とは,本来的(ほんらいてき)縁遠(えんどお)存在(そんざい)なのじゃよ」


 英莉(えり)自嘲(じちょう)気味(ぎみ)にそういうと,押さえていた(かた)の傷口に(ゆび)()()み,体内に(とど)まっていた銀製(ぎんせい)銃弾(じゅうだん)を無理やり(えぐ)り出す。英莉(えり)(かた)から(えぐ)り出された銀弾(ぎんだん)は,それ自体が対魔性(たいましょう)概念(がいねん)であるが(ゆえ)に,()まんでいる英莉(えり)の指の肉を音を立てて()き続ける。

 英莉(えり)はそれに不快感(ふかいかん)(しめ)すように,天乃(あまの)に向かって(ゆる)放物線(ほうぶつせん)(えが)くように(ほう)り投げた。天乃(あまの)はギョッとし,再度の(かみなり)警戒(けいかい)したが,今度は銀弾(ぎんだん)が“境界(きょうかい)”を越えても何も起こらなかった。

 天乃(あまの)は足元に(ころ)がってきた銀弾(ぎんだん)(ひろ)()げ,この現象(げんしょう)の違いを(いぶか)しんでいたところ,英莉(えり)は何でもないことを()げるような口調(くちょう)で,天乃(あまの)に声を掛ける。


「というわけでじゃ。あの(へん)におるワケのわからん歩兵(ほへい)狙撃手(そげきしゅ)はわっちが受け持つから,サクッと辰上(たつかみ)御子(みこ)仕留(しと)めてきてくれんか,主殿(あるじどの)よ?」

「……ッ。それ,は」

「やってくれんか?」


 英莉(えり)からの特大の無茶振(むちゃぶ)りであった。

 あまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)すぎて,一瞬(いっしゅん)冷静(れいせい)になれてしまうほどの。

 天乃(あまの)逡巡(しゅんじゅん)し,(おもむろ)に口を開く。そうする必要はなかったが,英莉(えり)にはこちらの声もはっきりと聞こえているようなので,これは天乃(あまの)意志(いし)で言葉にしておくべきことであると判断(はんだん)した。


「オレ自身に,戦闘力(せんとうりょく)はない。もともとは,オマエと天空(てんくう)戦力(せんりょく)を当てにした作戦(さくせん)だったはずだ」

「そうじゃな」

「『勝てない戦いは勝たない』というのが,オレの方針(ほうしん)だったな」

「そうじゃの」

「なら,ここは撤退(てったい)賢明(けんめい)だと思う。明らかな準備(じゅんび)不足(ぶそく)だ」

「そうか。では――」


 英莉(えり)落胆(らくたん)する様子もなく,天乃(あまの)の言葉を受け入れる。

 客観的(きゃっかんてき)に見て,天乃(あまの)()べたことは正しい。

 当初のプランは一見して崩壊(ほうかい)しており,ここからの逆転(ぎゃくてん)の目などはないように思える。

 だからこそ,英莉(えり)天乃(あまの)態度(たいど)に理解を(しめ)す。

 そして,偶然(ぐうぜん)知り得た《(おう)(ほう)》の内側(うちがわ)から出る方法を口にしようとする。


「……けどな」

「ん?」

「それは,過去のオレの方針(ほうしん)だ」

「ほお……?」

「オレはな,英莉(えり)

 自分で思っていた以上に,オマエを信用していたようだぞ。

 だから――」

「ぇ?」

「――オマエが,貴重(きちょう)限界(げんかい)以上の力を出せる機会(きかい)を1回使ってまで天空(てんくう)を殺した意図(いと)をさっさと話せ。

 何の理由もなく,オマエがそんなことするわけないだろ」

「……………………く,くく」


 しばらく(かた)まっていた英莉(えり)から,実に愉快(ゆかい)そうなくぐもった笑い声が()れてくる。

 その表情(ひょうじょう)には相変(あいか)わらず全く変化がない。

 しかし,本来(ほんらい)の彼女は,その声色(こわいろ)だけで様々な表情(ひょうじょう)(うかが)えるほど,感情(かんじょう)表現(ひょうげん)(ゆた)かなのである。


「くかか「くかかか「くか,はははは「くっははは「くくくく」」」」」


 やがて(ひび)いた英莉(えり)哄笑(こうしょう)は,《音響操作(おんきょうそうさ)》を利用(りよう)したとしか思えないほど不気味(ぶきみ)周囲(しゅうい)にハウリングしていた。

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