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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
50/286

類感魔術

 

2036年6月7日午後2時39分


「はええ,結構(けっこう)速いね」


 天乃(あまの)とエリザベートが遠ざかっていく姿(すがた)(なが)めながら,遊上(ゆがみ)が感想を()らす。


「では,この天空(てんくう)も向かいます。

 お二人を待たせるのも悪いですから」

「そうね,私は,あんたらが失敗してからしか出番はないでしょうけど,狗飼(いぬかい)をよろしくね」

「はい,緋澄(ひずみ)様のお手を(わずら)わせるような事態(じたい)になることだけは,()けたいと思います」

「ええ,是非(ぜひ)期待(きたい)してるわ」


 緋澄(ひずみ)が手を振ると,天空(てんくう)は一礼してそのまま跳躍(ちょうやく)し,建物(たてもの)屋根(やね)(づた)いに直線コースで目的地に向かって進んでいく。


「……あの,お姉ちゃん」

「わかってる。私に話があるんでしょ?」

「えっと,その件は後で――」

「――でも,少し待って」


 緋澄(ひずみ)は,(おもむろ)に声をかけてきた遊上(ゆがみ)(ことわ)りを入れ,さっと振り返る。

 そして,背後の校舎(こうしゃ)に向かって声を上げる。


「で,何か用かしら,伏見(ふしみ)先生?」


2036年6月7日午後2時39分


(あれ? 思った以上に――)

負荷(ふか)がない,かの?」


 第14学区に向かって飛翔(ひしょう)中のエリザベートに(つか)まれたままの天乃(あまの)は,思っていた以上に過酷(かこく)ではなかった道中に安堵(あんど)吐息(といき)()らした。

 その溜息(ためいき)にも似た吐息(といき)を確認したエリザベートは「くかか」と声を出して(わら)い,視線(しせん)天乃(あまの)(うつ)す。


(おど)すようなことを言ったが,わっちらは実際の物理法則(ぶつちほうそく)(のっと)って飛翔(ひしょう)しているわけではないからの」

(なら,なんであんな(うそ)を?)

「ふむ,単純(たんじゅん)な話じゃが,あそこにいたのは,切っ掛け1つで容易(ようい)(てき)に回りかねん連中(れんちゅう)じゃったからの。

 手の内を明かすのは()けたかったのじゃ」

(……意外(いがい)だな)

「なにがじゃ?」

英莉(えり)は,いや,今はエリザベートか)

「言いにくいのなら,わっちの見た目に合わせていちいち呼び名を分ける必要などはない。呼び方は好きにしてもらって(かま)わんぞ」

(うーん。なら,とりあえず(ちぢ)めてエリザとでもしておくか。

 で,だ。エリザはなんというか,そういった細かい機微(きび)頓着(とんちゃく)しないというか――)

「――くくくく,くかか。なるほど,そうかそうか。

 なに,わっちと主殿(あるじどの)の仲じゃ。そのような婉曲的(えんきょくてき)物言(ものい)いなどせずとも,考えが頭に(よぎ)るだけで,その意図(いと)十全(じゅうぜん)(つた)わってくるのじゃぞ?」

(……この伝達(でんたつ)方法に(かく)(ごと)はできないってことか?)

「いや,そういうわけでもない。(かく)(ごと)はできるとも。

 ただ,言い方や表現(ひょうげん)方法による誤魔化(ごまか)しが()かないというだけじゃ。

 だから,のう。はっきりと言えばよかろう。

 わっちの普段の態度(たいど)からして,(いささ)慢心(まんしん)が足りないのではないかとな」

(……いや,まあ,(おおむ)ねそうなんだけどね)


 ニュアンスの違いからか,微妙(びみょう)に言わんとすることが伝わっていないような気もしたが,天乃(あまの)はそこに関しては一旦(いったん)()()むこととして話を続ける。


「実際,一昔前(ひとむかしまえ)と比べて,少し慎重(しんちょう)に行動しておることには(ちが)いないぞ。

 わっちは最強じゃが,弱点がないわけでもないからの」

(普通に慢心(まんしん)してるじゃん)

「くかか,()なことを。

 正しい認識(にんしき)(もと)づく事実の指摘(してき)は,慢心(まんしん)とは言わん」

(問題の根幹(こんかん)が意外と根深(ねぶか)いっ!)


 一点の(くも)りもない純真(じゅんしん)表情(ひょうじょう)(うそぶ)くエリザベートの言葉は,おそらく本心からのものなのだろう。

 そのように公言(こうげん)することに,一切の後ろめたさが感じられない。

 彼女の中では,もう昨日(さくじつ)(たい)案山子(スケアクロウ)(せん)失態(しったい)はなかったことになっているのであろうか。


(そういえば,前の話では,オマエがエリザベートの力を使えるのって午後4時以降の1時間だけじゃなかったか? まだ4時前なんだけど)

「うむ。そうじゃが,『魔人(まじん)(かせ)』を()けばいつだって姿だけはこれになるぞ。あくまで,能力(のうりょく)全開(ぜんかい)で使用できるのが1時間というだけじゃ。わかりづらかったか?」

(なんか,『漆黒(しっこく)(つばさ)』の件といい,オマエのスペックについてはいろいろと再確認(さいかくにん)した方がいいように思えてきた)

「えっ,いや,その。

 そういえば主殿(あるじどの)よ。言い(わす)れておったが,実は,この状況(じょうきょう)で普通に(しゃべ)っても舌を()んだり声が()き消されたりするようなことはないぞ」

「……そうなのか?」


 天乃(あまの)は,エリザベートが(あせ)ったように急激(きゅうげき)話題転換(わだいてんかん)(こころ)みたことには()えて()れず,高速で流れていく景色(けしき)を見ないようにしながら,(おそ)(おそ)る声を出してみる。

 本来であれば,これだけの速度(そくど)をもって生身(なまみ)で移動していれば,風圧(ふうあつ)によってその声は()き消されそうなものだが,双方(そうほう)の声は普通に(とど)いている。


「聞こえるか?」

「うむ,それに,いざとなれば,『漆黒(しっこく)(つばさ)』のもう一方の能力(のうりょく)を使えばよいしな」

飛翔(ひしょう)の他にもあったのか?」

「ほれ,音響(おんきょう)操作(そうさ)じゃよ」

「ああ,例の音を消すやつか」

「うむ。実際のところ,音を消す以外にも,音を遠くまで聞こえるようにしたり,特定(とくてい)の者にのみ聞こえるようにしたりと用途(ようと)多岐(たき)に渡る」

「へぇ,便利(べんり)だな。っていうか,さっきはスルーしてやったけど,マジで詳細(しょうさい)確認(かくにん)しとくか?」

「うむ。では,少し時間があることじゃし,まずは『漆黒(しっこく)(つばさ)』の飛翔(ひしょう)原理(げんり)に関する講義(こうぎ)をしてやろう」


 天乃(あまの)提案(ていあん)に応じ,エリザベートは自身の飛翔(ひしょう)能力の詳細(しょうさい)について解説(かいせつ)し始める。

 天乃(あまの)は,わざとはぐらかされているような気がしたが,とりあえずは口を(はさ)まずに聞いてみることにする。

 こうして,エリザベートによる唐突(とうとつ)魔術(まじゅつ)講義(こうぎ)が始まった。


主殿(あるじどの)よ。この魔導書(まどうしょ)漆黒(しっこく)(つばさ)』は,こうして飛んどるわけじゃが。

 見てのとおり,航空(こうくう)力学的(りきがくてき)には,飛翔(ひしょう)するだけの機能(きのう)などありゃせんのじゃ」

「……飛ぶには(つばさ)が小さすぎるってことか?」

「うむ。加えて,羽搏(はばた)きの頻度(ひんど)も全く足りておらんから,わっちらの重量(じゅうりょう)を浮かせて,飛翔(ひしょう)させるために必要な揚力(ようりょく)など生まれようもない。

 つまり,この目に見える(つばさ)の部分には,ニンゲンを抱えて飛ぶほどの性能(せいのう)など(のぞ)むべくもないというわけじゃな。

 では,わっちらがなぜこのように飛翔(ひしょう)できているのか,疑問ではないか?」

「そういう魔術(まじゅつ)だからってのは,回答にならないよな」


 天乃(あまの)はそういうと言葉を切って黙考(もっこう)するが,すぐに「お手上げだ」と述べ,考えを打ち切る。


「一応,考えられるのは,彩芽(あやめ)が使ってた魔術(まじゅつ)みたいに空中に()いたレールの上を移動(いどう)するような魔術(まじゅつ)が働いているとか,重力(じゅうりょく)そのものを操作(そうさ)して体重を軽くしているとかだけど,どっちの可能性も(うす)いな」

「わっちは,“アヤメ”とやらについては知らんが,なぜそう思ったのじゃ?」

前者(ぜんしゃ)については,単純(たんじゅん)にレールに相当するものがオレのこの魔眼()(うつ)っていないからで,後者(こうしゃ)については,見えないことに(くわ)えて,体重が軽くなっているという実感(じっかん)もないからな」

「ふむ,なるほどのぉ。じゃが,実のところ,最初に言った『そういう魔術(まじゅつ)だから』という回答が一番真実(しんじつ)に近いぞ」

「は?」


 天乃(あまの)怪訝(けげん)そうな声を上げてエリザベートを見やる。


魔術(まじゅつ)による事象(じしょう)改変(かいへん)には,例外(れいがい)はあれど,原則的(げんそくてき)には結果となる物理法則(ぶつりほうそく)(はたら)くために必要なだけの物理的(ぶつりてき)な力を生じさせるものと,物理法則(ぶつりほうそく)では到底(とうてい)説明(せつめい)できないものの,特定(とくてい)現象(げんしょう)の結果だけを(しょう)じさせるものがある。

 飛翔(ひしょう)という現象(げんしょう)(かぎ)って言えば,前者(ぜんしゃ)は先ほど主殿(あるじどの)が言ったように重力(じゅうりょく)軽減(けいげん)やそれこそ飛翔(ひしょう)に必要な揚力(ようりょく)等を直接(ちょくせつ)(しょう)じさせるようなものじゃな。

 一方で,後者(こうしゃ)のイメージとしては,まぁ,(ほうき)(またが)って飛ぶようなもんじゃと思え。

 当たり前じゃが,(ほうき)そのものに飛翔(ひしょう)能力(のうりょく)はない。これは,飛翔(ひしょう)に必要な物理的(ぶつりてき)な力を生じさせているのではなく,飛翔(ひしょう)という結果だけを再現(さいげん)しておるわけじゃな。

 そして,この『漆黒(しっこく)(つばさ)』は,典型的(てんけいてき)後者(こうしゃ)でな。(よう)するに『(つばさ)』という概念(がいねん)付随(ふずい)する“飛翔(ひしょう)”という要素(ようそ)だけを抽出(ちゅうしゅつ)して,結果だけを(しょう)じさせておるのじゃよ」

「よくわかんないけど,(よう)するに“(つばさ)”自体が『飛ぶためのもの』だから,その『漆黒(しっこく)(つばさ)』は『飛ぶことができる』って話……なのか?」

「まさしくその通りじゃ。これは,古来(こらい)より(そん)する魔術(まじゅつ)技法(ぎほう)のうち,形状(けいじょう)類似性(るいじせい)利用(りよう)して互いに影響(えいきょう)(およ)ぼし合わせるという考え方を使ったものじゃ。

 一般的(いっぱんてき)には類感(るいかん)魔術(まじゅつ)といった方が(とお)りがよいかの?」

類感(るいかん)――っていうと,いわゆる(うし)(こく)(まい)りとかの発想(はっそう)ってことか。

 あれは,手元(てもと)藁人形(わらにんぎょう)を対象の人間に見立てて,(のろ)いをかけることで本体(ほんたい)にも影響(えいきょう)(およ)ぼそうとする呪術(じゅじゅつ)だって話だったな」

「これも(よう)は同じということじゃよ。この到底(とうてい)飛翔(ひしょう)が不可能な(つばさ)を,本来(ほんらい)飛翔(ひしょう)のための(つばさ)に見立てることで,その性質(せいしつ)類感(るいかん)魔術(まじゅつ)理論(りろん)(もと)づいて流用(りゅうよう)し,飛翔(ひしょう)という結果だけを抽出(ちゅうしゅつ)してきているのじゃ」


 エリザベートのここまでの説明を聞いた天乃(あまの)は,ふと疑問(ぎもん)に思ったことを口にする。


「ん? だとすると,さっきの例に出た(ほうき)(またが)って飛ぶってのは,どういう理屈(りくつ)だ? (ほうき)は本来飛ぶための道具じゃないだろ」

「何をいうとるんじゃ,この主殿(あるじどの)は。

 確かに,(ほうき)は飛ぶための道具ではないが,跨れば飛べる(・・・・・・)というイメージは(すで)定着(ていちゃく)した概念(がいねん)であろうが」

「……そりゃあ,そうかもしれないけどさ。

 え? そんなんでいいわけ?」

類感(るいかん)魔術(まじゅつ)なんてそういうもんじゃ。飛翔(ひしょう)していることそのものに理屈(りくつ)なんてないんじゃからな」

「そう聞くと,今のこの状況(じょうきょう)も落ちるんじゃないかって,急に不安になるな」

「それは,(あなが)間違(まちが)った懸念(けねん)ではないがの」

「え? ……落ちんの?」

「まあ,そんな簡単(かんたん)には落ちんが」


 エリザベートは,天乃(あまの)の小さな疑問から生じた疑念(ぎねん)に苦笑しつつも,説明を続ける。


「これは,全ての類感(るいかん)魔術(まじゅつ)に言えることじゃが,元となる概念(がいねん)()らげば,結果を維持(いじ)できる理屈(りくつ)がなくなるのじゃ。

 つまり,これは極論(きょくろん)じゃが,『(つばさ)は飛ぶためのもの』という常識(じょうしき)一時的(いちじてき)にでも消え去れば――」

「単体で飛翔(ひしょう)するだけの能力(のうりょく)がない以上,墜落(ついらく)(まぬが)れないってこと?」

「そういうことじゃな。

 何らかの物理法則(りくつ)があって飛んでるわけではないのでな。」

「なら,逆に,この『漆黒(しっこく)(つばさ)』が到底『(つばさ)』と呼べる代物(しろもの)でなくなった場合も同様なのか?」

「うーむ。理屈(りくつ)から言えばそうなるんじゃろうが……」

「なんだよ,歯切(はぎ)れが悪いな」

「そちらに関しては,厳密(げんみつ)にはそうならない場合がある,とだけ答えておくかの。

 ――とかいう雑談(ざつだん)をしている間に,ほれ。合流(ごうりゅう)地点に着いたぞ」


 そういうとエリザベートは話を()ち切り,高度を落とすと,目的地(もくてきち)手前(てまえ)にあるバスの停留所(ていりゅうじょ)()り立った。

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