拠点構築型魔術の罠、分断された侵入者
2036年6月7日午後2時46分
停留所に到着したエリザベートは、「合流までもうちょい時間があるな」と述べると、天乃に再び『魔人の枷』を使用するように指示することで、英莉としての姿へと戻る。
英莉曰く、午後4時以前に英莉が全盛期の姿を保ち続けると、英莉の身体を構成している『闇の眷属』に不具合が生じるため、連続で稼働できる時間は意外と短いとのことである。
よって、いざというときにガス欠を起こさないように、このように節約できるところでは積極的に英莉の姿に戻る必要があるとのことだ。
「ところで、どうして目的地手前で合流することにしたんだ? こっちは空から仕掛けたらいいんじゃないのか?」
「正規の方法で入国せんと、《王の法》による《自動迎撃》が発生するんじゃよ。ちなみに、これは『法』による《罰則》ではなく、『国』という機能に付随する侵犯行為に対する無差別攻撃じゃ。
ニンゲンでないわっち単体では、そもそも領空を囲む防空圏に立ち入ることすらできんが、ニンゲンである主殿を抱えておれば、まあ、領空侵犯くらいはできるじゃろう。
じゃが、その場合には問答無用で対空兵器に迎撃されるから、撃墜不可避じゃぞ」
「へえ、領空の概念があるんだな。ちなみに、対空兵器って?」
「ああ、それは――いや、待て。主殿よ。気づいておるか? この場所――」
「え? ああ、これは……人払いかな?」
天乃は、英莉の言葉に、“魔術師殺し”と呼ばれる魔眼で辺りを見渡しながら人払いの起点となる箇所を捜索する。
しかし、結論から云うと、人払いの術式の起点となっている場所は見当たらなかった。
「しかし、ここは浅木じゃぞ。これだけ堂々と人払いを掛ければ、ここに何かあると警備隊に喧伝しとるようなもんなのじゃが」
「いや、どうやら隠蔽もしてるみたいだな。ここは人のいない空白地帯だが、外から観察する限り、そうは見えないように偽装もされてるんだ。
実際、オレも外からは気付かなかった。浅木はそこらへんに魔術の痕跡があるからな。近づいて直に見ないと、魔術の痕跡があるからといって、魔術が起動中かはわからない。
んで、これは、周囲の土地そのものが人払いの性質を備えているように見える。周囲を見たが、魔力反応が一番濃いのは、この足元の地面全体だ。これじゃあ、外からは誰も気づけないと思うぞ」
「わっちらのように空から来ん限り、ここには辿り着けんということか?」
「そうだろうな。さっき防空圏の話が出たけど、実際に人払いの効果があるのは、外周だけなんだろう。
外周付近の地面に何かが接したら、何らかの方法でその内側には入って行けなくなるんだと思う」
天乃が現状と魔眼を通じて見た景色から、起こるであろう現象を推察する。
「うむ。では、狗飼の眷属を待つか。もうそろそろ着くはずじゃが」
「移動手段が徒歩なら、人払いに弾かれるような気もするけど」
「主殿よ。召喚体はニンゲンではないんじゃから、人払いに弾かれる道理があるまい」
「ん……それもそうか。だけど、その理屈なら、車とかが入って来てないのはどう説明するんだ?」
「運転手はニンゲンじゃろうが」
「人は地面には接していないけど、車を介して接したという判定になってるのかな?」
「おそらく、そうなんじゃろ。何かに騎乗していればセーフでは、意味がないしの。とはいえ、大抵のニンゲンは浮いておらんから、地面を起点にして、空までは仕掛けなかったんじゃろ。
実際、《王の法》がニンゲン以外の侵入を拒むという仕組みからすると、ニンゲンだけを弾く人払いと組み合わせるというのは、この場所そのものの隠蔽という観点から見ると、非常に理に適っておる。
うぅむ、どうなっとるんじゃ。やはり、わっちの知る過去の情報は当てにならんと考えた方がよいのかもしれんな。あの時に見た辰上の御子には、このような合理的な思考ができるというイメージは一切持てなかったぞ」
「――お待たせ致しました」
上空から天乃達の近くに着地した天空は、目的地である研究所の建物を見据えながら、天乃らに声を掛ける。
「うわ、びっくりした」
「ふむ、着いたか。では――――ッ!!」
天空の突然の登場に天乃は驚いたが、英莉は事前に察知していたのか、何事もなかったかのように天空に向かって話しかける。
しかし、そこまで口にしたとき、英莉はいつもどおりの無表情のままであったが、不意に、手の届く位置にいた天乃を片手で容赦なく文字通りに投げ飛ばした。
直後、天乃の頭部が存在した場所に高速の金属塊が飛来する。そして、その射線上の地面には、一つの小さな穴が穿たれる。
一方で、投げ飛ばされた天乃は、不意打ちに等しい衝撃を受けながらも、地面に着く際に咄嗟に受け身をとることに成功する。そして、地面に落ちた衝撃でくぐもった呻き声を漏らしつつも、体勢を整えようとする。
「そこから動くな、主殿ッ! 銃撃じゃ!!
弾道からして、ほぼ12時――研究所の方角ッ!」
英莉の言葉を受け、天乃は地面に伏せたまま、すぐさま周囲に魔眼を凝らす。
ちょうど、前方に見えていた研究所からの射線上に建物が存在する配置まで投げ飛ばされていたらしいことに気付いた天乃は、一先ず安堵の息を吐く。
(周囲に魔術が起動した痕跡はない。つまり、普通の銃撃ってことかよ。実際、オレにはそれが一番脅威なんだけどな!!)
これが魔術的な方法を利用した狙撃であれば、相手が使用する魔術の種類にもよるが、御堂の《加速砲撃》を回避できたように、天乃にはその弾丸の軌道をある程度見切ることもできたかもしれない。
しかし、天乃は、魔術的手段を用いない銃撃に対しては、予測も回避もできないことから、あまりにも無力と言わざるを得ない。
英莉も、まさかこのような手段を用いてくるとは完全に予想外であり、現状に歯噛みするしかない。
そして、遮蔽物に隠れることもなく、無防備に立ち尽くしているようにしか見えない英莉と天空に対して追撃の銃弾が飛んで来ないことからしても、敵にこちらの情報が筒抜けである可能性が濃厚である。
(英莉、これはもう直接狙撃手を制圧するしかないぞ)
英莉にまともな遠距離攻撃の手段がないことを知っている天乃は、直接狙撃手のもとに向かって狙撃手自身を攻撃することを英莉に内心で提案する。
それを受けた英莉は、「う、む。そうじゃな。」と白紙になっていた思考を再起動させ、正面を見据えたまま天空に声を掛ける。
「えぇい、狗飼の眷属よ。主殿の護衛は任せた! わっちが直接乗り込んで狙撃手を潰す!!」
「いえ、一手遅かったようです。あちら側にいる天乃様と分断されました」
「なっ、にぃ」
天空が言うように、天乃と英莉たちの間には、いつの間にか“境界”が出現していた。
とはいえ、その“境界”によって視界が遮られているわけではない。
おそらく、“境界”を隔てた向こう側と会話をすることも可能であろう。
ただ、“境界”を越えることは容易ではない。
“境界”は壁ではないから、物理的に破壊することもできない。
そもそも、そこには見かけ上は何も存在しないのである。
ただ、“境界”という名の形而上の線が存在するだけなのである。
だが、それだけでそこを越えることは容易ではなくなくなる。
“境界”とは、そういうものである。
「もしや、あの狙撃は主殿を遮蔽物まで誘導するためのもので、端から分断が目的じゃったのかッ!! しかし、舐められたものじゃな。この程度――」
(待て、それは国境だッ!!)
「――ッ!?」
天乃からの伝達を受け、天乃に駆け寄ろうとした英莉の足が止まる。
(多分、オレのいるところは、既に《王の法》の射程内だ。オマエの言っていた“正式な手順を踏んだ入国審査”とやらは受けてないが、多分、これは間違いない。おそらく、あの研究所とオレのいた場所までの区間が《王の法》によって、“併合”されたんだ!!)
「あの瞬間に国境線が変動したということか!? 確かに、国境は動く――というのは“常識”じゃが。
くっ、つまり――」
(そうだ。これは類感魔術の仕組みと同じだ。おそらくだが、人払いが掛けられている範囲が本来の国境線だったんじゃないかと思う。そこを敢えて、分割して切り離しておき、タイミングを見て“併合”し直したんじゃないだろうか? その国境は、人間以外は越えられないんだろ? 確か)
「――罠、ということか。初めから、主殿だけを《王の法》の中に招き入れるための」
「英莉様。状況を伝え聞くに、天乃様は既に敵の魔術の射程内に入ってしまわれているということですか?」
一見、独り言を呟いているようにしか見えない英莉に対し、天乃と会話中であるという状況を正しく理解している天空が声を掛ける。
「うむ」
「この天空たちは、天乃様の付随品という体をとることで、《王の法》の内側に侵入するというのが、当初のプランだったはずです」
「そうじゃの」
「いかがいたしますか? 国境付近で天乃様と合流できれば、内側に引き込んでいただけるものなのでしょうか?」
冷静に策を練る天空に対し、英莉は一瞬考え、首を横に振る。
「いや、試してみる価値くらいはあるじゃろうが、あそこに狙撃手が居座っておっては、主殿が国境付近まで近寄れまいよ。それに――」
「やはり、考える時間は与えてくれませんよね」
天空がそう呟いた瞬間、英莉達の視界に武装した歩兵の集団が映りこむ。
その数は、およそ十人。
全員がガスマスクのような覆面で顔を覆っており、手にはアサルトライフルを携帯している。その内、前衛とおぼしき四人が油断なくアサルトライフルの照準を英莉達に合わせながら、駆け足程度の早さで徐々に距離を詰めて来ている。
「むぅ、事ここに至っては、仕方あるまい。
おい、時間がないので、説明はせんが、うぬには早速、先刻の絶対服従の誓いを果たしてもらうぞ」
「この天空の言とは内容が微妙に異なりますが」
天空は一応反論するものの、時間がないのは英莉の言うとおりであるので、即座に用命を聞く体勢へと移行する。
「わっちからの命は一つだけじゃ。主殿を護衛せよ」
「それは……承りましたが。現状、天乃様のもとに辿り着けないから、それが難しいという話では?」
英莉の言葉に、天空は当然の疑問を投げかけるが、英莉の不敵な表情は崩れない。
英莉は、「うむうむわかるわかる」と雑に頷くと、ちょいちょいと天空を片手で招き、もう片方の手を自分の口元に近づけ、耳打ちをするような仕草をする。
目の前に敵が迫っている状況で悠長な、と天空は内心思ったが、ここで抵抗して時間を浪費するのは避けるべきだと判断し、即座に膝を折り、目線を英莉に合わせると、顔を背け、耳打ちを聞きとる体勢をとる。
英莉は、耳打ちをするために口元にまで上げていた手を、そのまま天空の顔の側面につけると、天空を招いていたもう片方の手で天空の顎に触れる。
天空は、英莉の手が顎に触れたことに疑問を感じたが、続く英莉の言葉にすべての意識を持っていかれたため、この疑問は即座に霧散することとなった。
「では、疾く死ね」
英莉のそのような言葉と共に、天空の顔面は首から嫌な音を立てて180度以上回転し、頭部があらぬ方向にねじ曲がる。
天空の意識はそこで途切れた。




