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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
48/286

《魔術師間協働契約》

2036年6月7日午後1時50分


「そういえば」


 抵抗(ていこう)(あきら)めて無言になった遊上(ゆがみ)を引き()るようにして歩む英莉(えり)は,唐突(とうとつ)に立ち止まると,後ろをついてきていた天空(てんくう)に声をかける。


「この場合,形式的(けいしきてき)にでも《契約(けいやく)》はした方がよいのか,狗飼(いぬかい)眷属(けんぞく)よ?」


 英莉(えり)が口にした《契約(けいやく)》とは,魔術師(まじゅつし)同士が共通の目的に向かって,協働(きょうどう)する際に締結(ていけつ)されるいわゆる《魔術師間(まじゅつしかん)協働(きょうどう)契約(けいやく)》という名の()()通称(つうしょう)であり,魔術師(まじゅつし)間において一般的に普及(ふきゅう)している紛争(ふんそう)防止(ぼうし)システムの一種である。

 魔術師(まじゅつし)間で何かを協働(きょうどう)して共通の目的を達成する場合,その共同事業における役割や結果の享受(きょうじゅ)の分配について,何らかの紛争が生じたとしても,一般的ないわゆる民法典(みんぽうてん)記載(きさい)されている契約法では対処できない事態が生じることがありうる。

 そもそも,魔術(まじゅつ)が存在しない社会で形成された価値観(かちかん)に基づいた判断しかできない裁判体による判断では,魔術師(まじゅつし)間で(たが)いによしとした対等な契約であっても,権利濫用(らんよう)公序(こうじょ)良俗(りょうぞく)信義則(しんぎそく)等の一般条項(じょうこう)によって無効とされ()ねない契約も存在する。

 つまり,通常の司法(しほう)機関(きかん)介入(かいにゅう)によっては,根本的(こんぽんてき)な解決を期待できないケースが生じたのである。

 そこで,魔術師(まじゅつし)間では,何かを協働(きょうどう)する際には,事前に《契約》を締結し,互いの行動を自らの力をもって(しば)りあうという《魔術(まじゅつ)》が開発されたのである。これは,条項(じょうこう)(しる)された禁則(きんそく)事項(じこう)抵触(ていしょく)すると,自らの魔力(まりょく)が暴走して自らを傷つけるという自縛(じばく)機構(きこう)搭載(とうさい)された魔術(まじゅつ)であり,(あらかじ)め定められた解除(かいじょ)条件(じょうけん)終了(しゅうりょう)条件(じょうけん)を満たさない限り,その契約が有効に作用し続けるというものである。

 そして,この《魔術師(まじゅつし)協働(きょうどう)契約》は,締結(ていけつ)の際に用いられる契約書のひな形自体が,市場(しじょう)流通(りゅうつう)している『魔道具(まどうぐ)』であり,特定の魔術(まじゅつ)しか(あつか)えない特化者(とっかしゃ)であってもこの『魔道具(まどうぐ)』を介してこの魔術(まじゅつ)を発動させることが可能という代物(しろもの)である。

 なお,『魔道具(まどうぐ)』とは,(あらかじ)魔術(まじゅつ)が掛けられており,魔力を(そそ)ぐことで装填(そうてん)されている魔術(まじゅつ)が発動するタイプの道具の総称(そうしょう)である。例えば,()(もり)達に支給されている守護霊(ガーディアン)搭載(とうさい)された携帯端末(たんまつ)などもこの『魔道具(まどうぐ)』に当てはまる。

 ちなみに,《魔術師(まじゅつし)協働(きょうどう)契約》が内包(ないほう)された契約書のひな形という『魔道具(まどうぐ)』を市場(しじょう)流通(りゅうつう)させているのは,『討伐令(とうばつれい)』の発布(はっぷ)などを行う魔術師(まじゅつし)達の国際的な互助(ごじょ)機関(きかん)である『魔術(まじゅつ)協会(きょうかい)』――通称『協会(きょうかい)』または『術協じゅつきょう』である。

 浅木(あさき)には,『魔術(まじゅつ)協会(きょうかい)』日本支部の浅木(あさき)出張所が存在しており,そこで1枚5万円程度で誰でも購入可能である。なお,契約書の内容を精査したり,複雑な条項(じょうこう)にしたりするためには,追加で金銭が必要となり,総額が50万円を超える契約書なども存在する。

 そして,『魔術(まじゅつ)協会(きょうかい)』は,契約書の条項(じょうこう)の一般的な文言(もんごん)についての統一的な解釈(かいしゃく)を公表したり,特殊な条項(じょうこう)の内容に疑義(ぎぎ)が生じた場合における仲裁(ちゅうさい)を行ったりもしている。


 英莉(えり)から,そのような《契約》の締結(ていけつ)を提案された天空(てんくう)は,少し思案顔になると,自分の立場の説明を始める。


英莉(えり)様も,この天空(てんくう)と同じような立場ですので,ご存知(ぞんじ)かとは思いますが,この天空(てんくう)のような召喚体(しょうかんたい)には,そもそも基本的人権が認められておりません。

 そして,あらゆる法律によっても,召喚者以外の第三者との間では,権利帰属(きぞく)の主体となることはございません。

 この天空(てんくう)は,お嬢様(じょうさま)名代(みょうだい)としてのみ法律行為に(およ)ぶことができ,その場合に発生する権利義務(ぎむ)は,全てお嬢様(じょうさま)帰属(きぞく)することになります。

 また,この天空(てんくう)(おか)した(つみ)は,お嬢様(じょうさま)(ばつ)を受けることになります。

 今回のような非常事態(じたい)においては,この天空(てんくう)はお嬢様(じょうさま)名代(みょうだい)として,お嬢様(じょうさま)の名で《契約》を締結(ていけつ)することはできますが,先程(さきほど)も申し上げましたとおり,その《契約》によって生じる義務は,全てお嬢様(じょうさま)帰属(きぞく)いたします。

 ですので,その《契約》によってこの天空(てんくう)の行動に影響を与えることは一切できません。

 では,仮に,この天空(てんくう)の名において,《契約》を締結(ていけつ)した場合,どうなるかと(もう)し上げますと,その《契約》は原始的(げんしてき)に無効となります。

 したがって,結局,その《契約》の条項(じょうこう)によって,この天空(てんくう)の行動に影響を与えることはできないという結論になります。

 そして,これは,法律だけでなく,魔術師(まじゅつし)間の《契約》にも適応されるルールであるというのが,『協会(きょうかい)』も認める不文律(ふぶんりつ)でございます。

 以上を理解した上で,英莉(えり)様としては,どのように判断いたしますか?」


 天空(てんくう)の説明は,要約すると,《契約》の締結(ていけつ)は無意味だというものであったが,英莉(えり)はこれに口を(はさ)むことなく聞き終わると,(おもむろ)に口を開く。


「長々としたご高説(こうせつ),実に痛み()る。

 わっちは,うぬのような召喚体(しょうかんたい)ではないが,権利の主体となれず,わっちの行為の効力が主殿(あるじどの)に帰属するという点では,うぬと同様じゃ。

 じゃからこそ,(たが)いに効果が生じないという認識(にんしき)を前提に,形式的な《契約》をする必要があるのかという確認をしたかったのじゃよ。

 要は,()()()()()()というわけじゃが」

「……驚きました。

 英莉(えり)様が,そのようなことを気にされるタイプとは思いもよらず。

 大変失礼を(いた)しました」


 天空(てんくう)は本気で(おどろ)いた顔をし,非礼を()び,頭を下げる。


「いや,マジでそれな。

 うぬ,丁寧(ていねい)な言葉(づか)いをしておれば誤魔化(ごまか)せると勘違(かんちが)いしておるのかもしれんが,ちょいちょい無礼(ぶれい)じゃからな?」

「はぁ,そうなのでしょうか?」

「無自覚でやっとったのか……」

「いえ,相手は選んでやっておりますが」

「やっぱりわざとなんかいっ」

「……いえ,いえ。そう,いうわけで……は。

 いえ。どうなんでしょうか」


 歯に(きぬ)着せぬ物言いをする天空(てんくう)には(めずら)しく,その態度は,どうにも()え切らないものである。


「なんじゃ? うぬ,どうにも(みょう)な態度じゃな」

「……そう,ですね。

 一時的とはいえ,協力関係を結ぶ以上,英莉(えり)様には話しておくべきでしょうか。

 まあ,この場には遊上(ゆがみ)様もいらっしゃいますが,聞かれたところで支障(ししょう)はありませんので,このままお話し(いた)します」


 天空(てんくう)は,所在(しょざい)なさげに立ち()くしていた遊上(ゆがみ)に対して,そう声をかけると,言うべきことをまとめるために,一瞬言葉を切る。

 そして,すぐに続きを口にし始める。


「この天空(てんくう)は,このとおり,一応,意志のようなものを有してはいますが,その本質は,お嬢様(じょうさま)に“従うモノ”に過ぎません。

 ですので,お嬢様(じょうさま)の指示がなく,お嬢様(じょうさま)の意志を感じられず,何がお嬢様(じょうさま)(えき)になるかわからない――このような状況においては,有体(ありてい)に言うと,場の雰囲気(ふんいき)に流され(やす)くなり,その在り方にブレが生じてしまいます。」

「なるほどの。

 つまり,うぬの“ニンゲンの願望(がんぼう)(こた)える従者(モノ)”としての元来の性質(せいしつ)から生じる弊害(へいがい)というわけじゃな」

「ええ,そういうことです。

 普段は,お嬢様(じょうさま)の優先度が最も高いので,在り方が統一されており,行動様式にブレが生じるとなどいうことはあり得ないのですが,現状では,元の在り方を(たも)つので精一杯なのです。

 特に,現状では,英莉(えり)様の案に乗るのが,最もお嬢様(じょうさま)との接触(せっしょく)()するという判断で,こうしていますが,それでも,平時(へいじ)のパフォーマンスが発揮(はっき)できているとは言い()ねます。

 お恥ずかしい話ですが,正直(しょうじき),普段では起こさないようなミスも起こしかねない状況だと思っていただいて(かま)いません」

「ハードウェアではなく,ソフトウェアの不具合というわけじゃな。

 うーむ。こういう状況でこそ,主殿(あるじどの)魔術(まじゅつ)()さるのじゃがな。

 まぁ,ないもの強請(ねだ)りをしたところで,仕方(しかた)あるまい」

「……(しん)ちゃんの魔術(まじゅつ)――()()()()()()()認識(にんしき)変換(へんかん)》ね?」


 肩を(すく)める英莉(えり)の言葉に,これまで沈黙(ちんもく)を保っていた遊上(ゆがみ)が声を発する。


「そうじゃ。厳密(げんみつ)に言えば,対人外というのは,正確な表現ではないがの。

 とはいえ,辰上(たつかみ)御子(みこ)魔術(まじゅつ)《王の法》とは,その特効範囲がほぼ全くといってよいほど(かぶ)っておらん。

 まぁ,()()()()()()辰上(たつかみ)御子(みこ)主殿(あるじどの)執拗(しつよう)(ねろ)うとるわけなのじゃろうが。

 ――さて,話が()れたの。

 で? 《契約》は,どうする?」

「……今回は不要でしょう」


 英莉(えり)の提案に対し,天空(てんくう)が首を横に()る。


「確かに,形式を整えておくのは重要かもしれませんが,正直,それはこの天空(てんくう)にとっては最早(もはや)どうでもよいことです」

「一応,うぬも原型術師(げんけいじゅつし)の家系に(つら)なるモノじゃろうが。

 こういったことには(きび)しいんじゃないかの?」

「お気遣(きづか)(いただ)き,ありがとうございます。

 ただ,それを差し引いても,やはり,()()()()()()などは,初めからすべきではないのです。

 それは,とても不誠実なことですので」

「さようか。まぁ,よかろう」


 英莉(えり)は,天空(てんくう)の言わんとするところをすべて理解したわけではないが,固辞(こじ)する以上は無理やり《契約》を締結する理由もないことから,その提案を飲むことにする。


「うぬが不要というのであれば,わっちとしては,無理強(むりじ)いはせんよ。

 もともと,わっちも体裁(ていさい)とやらには(こだわ)らん身じゃしの」

「ですが,英莉(えり)様。

 仮にそのようなものがなくとも,お嬢様(じょうさま)(えき)になるとこの天空(てんくう)が信じる限りにおいて,この天空(てんくう)は可能な限り天乃(あまの)様と英莉(えり)様の意に沿()い,最大限の役割を果たすと(ちか)いましょう」

「おや,軽々しくそのようなことを口にしてよいのか?

 わっちがうぬのことを使い捨てにするやも知れぬぞ?」

「そうして(いただ)いても(かま)わないと告げたつもりですが?」


 英莉(えり)揶揄(からか)うような口ぶりに,天空(てんくう)は,それでも真剣な態度を(くず)さずに(こた)える。


「お,おう」

「意見を求められれば(こた)えますが,決定権は全てお二人に(ゆだ)ねます。

 この天空(てんくう)は道具です。お好きなようにお使いください。

 ただし,それが,お嬢様(じょうさま)(えき)になるとこの天空(てんくう)が信ずる限りという留保(りゅうほ)が存在することにはご留意(りゅうい)ください」

無益(むえき)自爆(じばく)特攻には(おう)じぬと?」

「それは,当然です。

 ですが,有益な自爆(じばく)というのであれば,喜んでこの身を(ささ)げましょう」

「いざというときには,(よぎ)るよう記憶に(とど)めておくとしよう」

「機会がないのが最善でしょうが」

「違いない」

「では,この天空(てんくう)はお嬢様(じょうさま)の教室へ向かいます」


 そう告げると,天空(てんくう)は道を外れて英莉(えり)達が向かっているものとは別の校舎へと向かっていく。

 英莉(えり)遊上(ゆがみ)天空(てんくう)と別れ,天乃(あまの)らの教室のある校舎の中に差し掛かると,ほとんど(しゃべ)っていなかった遊上(ゆがみ)英莉(えり)に話しかける。


「ねー,英莉(えり)ちー。さっきの天空(てんくう),大丈夫なの?

 ちょっと気負(きお)いすぎなんじゃない?」

仕方(しかた)あるまい。

 (おの)(あるじ)と完全に切り離された単独(たんどく)行動中の召喚体(しょうかんたい)の不安定さを思えば,あの程度は可愛(かわい)いもんじゃろ。

 むしろ,よく(りっ)しておる方じゃと感心する」

「ああ,野良(のら)とか()()()とか言われてときどきニュースになるやつね」


 ときどき,様々な要因で召喚者の制御を(はな)れた召喚体(しょうかんたい)が,事件や事故を引き起こすということがあり,それがニュースで取り上げられることがある。

 その多くは,暴走(ぼうそう)した召喚体(しょうかんたい)能動的(のうどうてき)に人間を襲撃(しゅうげき)したというものであり,そういった召喚体(しょうかんたい)が危険だという認識は,常識(じょうしき)の部類に(ぞく)する。


英莉(えり)ちーは? (しん)ちゃんから離れると,暴走(ぼうそう)したりすんの?」


 遊上(ゆがみ)何気(なにげ)ない()いに,英莉(えり)は無表情のまま「はっ」と鼻で笑うような仕草(しぐさ)を見せ,やれやれとため息を()く。


「まさか。わっちは,()()()()()()()()()ことこそ有りはすれ,理性を失って暴れることなど,まず有り得ん。

 (はぐ)れた召喚体(しょうかんたい)が暴走するのは,もともと人に害をなす方向性を持った力の集合体(しゅうごうたい)に,仮初(かりそめ)の理性と(かせ)付与(ふよ)して使役(しえき)していたニンゲンがいなくなるからじゃ」

「え? 召喚体(しょうかんたい)って意志がないの?」

「上位の,それこそ神に近い精霊(せいれい)悪魔(あくま)などにはあるかもしれんが,ニンゲンに強制的に引っ張ってこられる程度の化生(けしょう)にそんな複雑(ふくざつ)なモノはないぞ。

 せいぜい,(えさ)とそうでないモノの区別がつくくらいじゃ」

「え? 神? 精霊? 悪魔? 化生(けしょう)?」


 ついに遊上(ゆがみ)の理解が追い付かなくなり,困惑(こんわく)した様子を見せる。

 その様子を見た英莉(えり)は,歩きながら遊上(ゆがみ)に対する解説を続けることとする。


(れい)怪異(かいい)妖怪(ようかい)変化(へんげ)魑魅魍魎(ちみもうりょう)蛇蝎磨羯(だかつまかつ)(たぐ)いなど,そう呼ばれとる()()のことじゃよ。

 ()()()()()()()()()()()()が,そういった一般的に認知(にんち)された既存(きそん)(わく)()みにそれらを組み込むことで,ニンゲンはこれらの方向性を持った力の(かたまり)を適当な型に()め,使役(しえき)しておるということじゃ」

「つまり,それを《召喚》と呼んでるってこと?」

「そうじゃとも。《召喚》とは,層の異なる世界の住人をこちらに引っ張ってきて型に()める作用と,引っ張ってきたモノに(かせ)をかける作用の2種類の作用を複合(ふくごう)した魔術(まじゅつ)総称(そうしょう)ということになる。

 そういった意味で,あの眷属(けんぞく)の状態からは,狗飼(いぬかい)家の術式が(ほどこ)した(かせ)の強力さが(うかが)えよう」

「はえー,知らなかったわ」

「っつーか,うぬは,一応,ここの学生じゃろうが。

 知っとらんとまずいのではないのか?」

「あー……。まぁ,それは追々(おいおい)理解してくってことで。

 まだ(なら)った覚えないし」

「ふーん,まぁ,わっちには関係ないがの」

(まあ,実際は(なら)ったことも覚えてないわけだけど,それは言わぬが花ってことで)


 英莉(えり)遊上(ゆがみ)は,そのまま誰もいない教室に入り,それぞれの荷物(にもつ)を回収する。


「では,戻るか,人質(ひとじち)

「その設定まだ生きてたんだ」

抑止力(よくしりょく)にはなるじゃろ?」

「どうかなあ。

 お姉ちゃんなら,やっちゃうときはやっちゃうと思うけど」

「ふん。要望どおり,ある程度時間もくれてやったのじゃ。

 きちんと返してくれんと(こま)る」


 無表情ながらも軽い苛立(いらだ)ちの感情を(うかが)わせる英莉(えり)に,遊上(ゆがみ)はふと疑問に思ったことを口にする。


「ねーねー。英莉(えり)ちーは,(しん)ちゃんのことが,好きなんだろうけどさ。

 それは家族みたいなものとしてなの? それとも,異性として?」

「なんじゃ。(やぶ)から棒に」

「何の変哲(へんてつ)もないただの(こい)バナだけど。

 答えられないっていうなら仕方ないけどね」


 そういって,遊上(ゆがみ)はニマニマとした笑みを浮かべて英莉(えり)を見る。


「うーむ,そうじゃな。

 わっちのこれは,ニンゲンでいうところの愛情やら恋慕(れんぼ)やらとは違う感情(モノ)から生じる言動じゃぞ?」

「といいますと?」


 遊上(ゆがみ)の疑問に英莉(えり)は律儀に回答する。


「そういった感情は,結局のところ,生殖(せいしょく)活動へと向かうわけじゃろ?

 わっちには子を()す機能はないからの」

生殖(せいしょく)って,なんか急に生々(なまなま)しくなっちゃったなぁ」

「ニンゲンには重要なことなんじゃろう?」

「もちろん,そうなんだろうけどさ。

 それだけじゃないと思うよ,他人(ひと)を想う気持ちってのはさ。

 やっぱり,そういったもの抜きで,好きって気持ちはあるんだよ」

「じゃろうな。でなければ,肉体的な適齢期(てきれいき)を迎える前やそれが終わった後には,恋ができないということなってしまうのじゃろうし,同性愛なども成立し得んはずじゃ。

 じゃから,否定はせんよ。

 ただ,わっちには理解ができん――いや,実感ができんというだけじゃ。

 そういった余分な機能は,人外であるわっちには付属(ふぞく)していないのじゃから」

「そっか」

「うむ。そもそもあれじゃ。

 わっちは,長い期間をかけて,今の人格を形成してきたわけじゃが。

 当初のわっちには,そもそも性別などという概念(がいねん)はなかった。

 ただ,そこにあるために都合がよいという理由で,形成した人格に付属(ふぞく)してきたモノに過ぎん。

 そして,やはり最大のネックは,わっちらが異種族ということだ。

 のぉ,例えばじゃが,うぬは,コミュニケーションさえとれれば,(さる)とでも(つがい)になろうと思えるか?」

「うっ,それはちょっとないかなあ」


 英莉(えり)の話を聞いて,遊上(ゆがみ)は,動物性愛者(どうぶつせいあいしゃ)対物性愛者(たいぶつせいあいしゃ)のことが脳裏(のうり)(よぎ)ったが,自分の嗜好(しこう)ではないため,即座に否定する。


「そう,うぬがわっちとこのようにまともに会話できとるのも,(ひとえ)にわっちがニンゲンの少女の姿を形どり,同じ言葉を使っているからに過ぎん。

 仮に,わっちの見た目が,“名状(めいじょう)しがたき外宇宙の怪物たち”のようなものであれば,うぬは先程のような問い掛けはせんかったであろう」

「うん,なんか,やっぱり,あれだ。

 人外相手に恋バナは難しいってことで」

「わっちもそう思う。

 おそらく,価値観(かちかん)相違(そうい)()めがたい」


 うんうんとなぜか満足げに(うなづ)英莉(えり)に対し,遊上(ゆがみ)は「でもさ」と前置きをして,再度問いかける。


英莉(えり)ちーは,(しん)ちゃんが困ってたら助けるよね?」

「まぁそうじゃの」

「逆に困ってるときに助けられたら嬉しい?」

「それはそうじゃろ」

「相手が誰でもそうなの?」

「そんなわけあるまい。

 わっちは,助けるモノは()(ごの)むし,借りは即座に返したい方じゃ。

 そういった意味で,見ず知らずのニンゲンに助けられても,困るぞ」

「なら,やっぱり(しん)ちゃんは特別なんじゃない?」

「少なくとも,人質(ひとじち)としての価値くらいはあるじゃろう」

「――……人質(ひとじち)としての価値」

「?」

(……そういえば、(はか)らずも私が言っちゃったことだけど。

しんちゃんにとって、狗飼いぬかいさんって人質ひとじちとしての価値かちはちゃんとあるのかしら?)


 英莉(えり)は,急になにかに気付いたかのように押し黙り,静かに黙考もっこうし始めた遊上(ゆがみ)を引き連れ,天乃(あまの)緋澄(ひずみ)の元へと向かうべく,歩みを進めるのであった。

ストックが切れたので,しばらく定期更新はできないと思います。

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