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Replica  作者: 根岸重玄
登校騒乱編
47/346

『まこと』の問いかけ

 2036年6月7日午後1時49分


 その場に残された緋澄(ひずみ)は、英莉(えり)たちが視界から消えると、(おもむろ)天乃(あまの)に声をかける。


「さて、さっきも言ったけど、ちょっとだけ気になったことを()くわ。

 前提(ぜんてい)(ふく)めていくつか質問するから、全てに正直(しょうじき)に答えなさいな?

 そうすれば、身の安全もある程度までは保証してあげるから」

「お、おう」


 天乃(あまの)の返事を聞く前に、緋澄(ひずみ)は手をさっと横薙(よこな)ぎに振る。そうすると、何もなかった地面から、直径(ちょっけい)二十五センチメートルほどの太さがある樹木(じゅもく)が2本生え出したかと思うと、地面から四十センチメートル付近の高さでその生長(せいちょう)は止まる。

 緋澄(ひずみ)は、その樹木(じゅもく)躊躇(ちゅうちょ)なく腰掛(こしか)けると、器用に(あし)を組み、目線で天乃(あまの)にも着席(ちゃくせき)(うなが)す。

 だが、天乃(あまの)は目の前の現実を理解し(そこ)ねていた。

 そう、樹木(じゅもく)が生えてきたのはまだいい。植物を生長(せいちょう)させるのが、緋澄(ひずみ)魔術(まじゅつ)であると、遊上(ゆがみ)から聞いていたからだ。

 だが、目の前の現実はとても受け入れるのが難しい。

 そう、()えてきた樹木(じゅもく)は、緋澄(ひずみ)がすぐに腰掛(こしか)けることができる()()()だったのだ。

 当然の話だが、自然界(しぜんかい)に存在する切り(かぶ)は、人工的(じんこうてき)樹木(じゅもく)伐採(ばっさい)された結果、生じるものである。(だん)じて、切り身の魚が泳いでいるわけではないように、切り株という(しゅ)樹木(じゅもく)が存在するわけではない。

 だからこそ、目の前の現象は、単に植物を生長(せいちょう)させる魔術(まじゅつ)という範疇(はんちゅう)には(おさ)まるはずのないものである。

 天乃(あまの)混乱(こんらん)していると、緋澄(ひずみ)が器用にスカートのまま(あし)を組み()えつつ、口を開く。


「どうかした? せっかく椅子(いす)を用意してあげたのに。私の厚意(こうい)は受け取れないということかしら?」

「いや、あの、切り(かぶ)が……」

「どうして()えてきたのかって? ふふふ、当然でしょ。これが、私の魔術(まじゅつ)だからよ。……聞いてなかった?」

「切り(かぶ)は、自然には()えてこないだろ」

「ああ、なんだ、そういうこと。ええ、それはそうね。

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()便()()()()()?」

「はぁ」


 天乃(あまの)は、緋澄(ひずみ)が言わんとするところを(とら)えきれず、曖昧(あいまい)な返事をするが、緋澄(ひずみ)は、それを意に(かい)すことなく、ごく自然なことを(かた)るかのような口調(くちょう)で話を続ける。


「私はね、あるとき、どこにでも座れる簡易(かんい)椅子(いす)が欲しいと思ったの。

 だから、そのアイデアを研究所(けんきゅうじょ)に持ち込んで、『(つく)った』のよ。生長(せいちょう)することで、切り(かぶ)()る植物を」

「……は?」


 天乃(あまの)は今度こそ絶句(ぜっく)する。

 理解が(およ)ばなかったからではなく、そこに理解が(およ)んでしまったからこそ、絶句(ぜっく)せざるを得なかったのである。

 緋澄(ひずみ)が語る『植物を生長(せいちょう)させる魔術(まじゅつ)』の(おぞ)ましいとも思える使()()()に思い(いた)ってしまったのである。


「……品種(ひんしゅ)改良(かいりょう)ってさ。本来はすごく時間がかかるらしいのよ。

 ()け合わせて、失敗(しっぱい)して、成功(せいこう)したのをまた掛け合わせて、失敗(しっぱい)して。

 こんなのを何年も何年も()り返す必要があるらしいの」


 緋澄(ひずみ)のそんな言葉を聞いていた天乃(あまの)の脳内には、先程(さきほど)遊上(ゆがみ)から聞いたとあるランキングに関する話がリフレインしていた。


『――指標(しひょう)はいろいろあるんだけど、一言(ひとこと)でいうと魔術師(まじゅつし)の『格』かな。』


「でも、私の《(いばら)の女王》を使えば、この過程を大幅(おおはば)短縮(たんしゅく)できるの。

 それに、《(いばら)の女王》は、生長(せいちょう)の方向性にもある程度補正(ほせい)が掛けられるから、望んだ(しゅ)を思うがままに栽培(さいばい)して人工的(じんこうてき)に制作できる。

 これに遺伝子(いでんし)組み換え技術を併用(へいよう)することで、もっとぶっ飛んだこともできるわ」


『――お姉ちゃんの場合は、特に、魔術(まじゅつ)行使が()()()()()()()()()()()()()()()()ってのが、この順位になってる最大の理由みたいよ。』


「どうかしら? これが、私が最年少で例外的に戦略級(バケモノ)認定を受けた理由よ。

 生命に対する冒涜(ぼうとく)を感じる? 悪いけどそんなの聞ききて――」

「――なあ、ちょっと()かぬことを()くんだが、この切り株って、何の樹木(じゅもく)なんだ?」


 緋澄(ひずみ)自嘲(じちょう)気味に語る言葉を、天乃(あまの)()えて言葉を(かぶ)せて(さえぎ)る。

 緋澄(ひずみ)面食(めんく)らい、天乃(あまの)から()けられた言葉の意味を咀嚼(そしゃく)して理解しようとするが、その言わんとすることが、結局わからず、思ったことを口にする。


「――何のって? ()()でしょ」

「そうじゃないって。松とか杉とか、そういう話」

「ああ、品種(ひんしゅ)の名前?

 それなら、研究所(けんきゅうじょ)にあるラベルを見ればわかるんじゃない? アルファベットと数字の羅列(られつ)だけど。

 いろいろと無理やり()ぜて(つく)ったから、元となった植物まではもうわからないわよ。

 私だって、その辺は正確には把握(はあく)してないもの。

 私付きの研究所(けんきゅうじょ)の職員が提案したレシピに沿って、必要な生長(せいちょう)(うなが)し、必要な掛け合わせを行ってるだけなんだから」

「そうなのか。ちなみに、これ、繁殖(はんしょく)は可能なのか?」

「無理よ。これ、花も実もつけない、ただの切り株なんですもの」

「つまり、ある意味で『(しゅ)』としての到達点(とうたつてん)の一つってことなのか」

「ご明察(めいさつ)ね。確かに、そういう側面もあるわ。

 これ、こう見えて製造(せいぞう)過程で1000年単位の進化を強要(きょうよう)してるんだけど、その過程でかなりの長命(ちょうめい)(しゅ)になってしまってるのよ。

 生存に必要な要素は、(わず)かな水分と1日当たり数分の日光(にっこう)だけ。

 ま、それすらも大気(たいき)中に存在する魔力(まりょく)の元から代替(だいたい)成分を自給(じきゅう)できてしまうんだけど。

 天変(てんぺん)地異(ちい)による環境(かんきょう)の大幅な変化にすら()えきるわ。

 ふふ、それこそ、例え人類が(ほろ)んでも残ってるんじゃないかしら。このままの姿(すがた)で」

「さらっと、(こわ)いこと言うなよ」

「だから、役目が終わったら、()()()()()()()()()()()()()()ね」


 そう(つぶや)いた緋澄(ひずみ)の目に浮かぶ感情は、わずかな憐憫(れんびん)であった。


「――……さっきの話だけどな」

「さっき?」


 天乃(あまの)は、緋澄(ひずみ)が生み出した切り株に腰掛けつつ、言葉を続ける。


緋澄(ひずみ)が、化け物認定されたって話」

「ええ」

「必要以上に偽悪的(ぎあくてき)()()わなくてもいいんじゃないか?

 この名もない植物は、緋澄(ひずみ)という人間の才能に寄生(きせい)することで、(しゅ)としての完成形に進化した。要は、その関係はクマノミとイソギンチャクみたいな共生(きょうせい)関係にあると言えるんじゃないのか?」

「はぁ。あなたね、それで(はげ)ましてるつもりなの? そんなわけないでしょ」

「そうだな。ちょっと良く言い過ぎた。

 案外(あんがい)、人間と家畜(かちく)の関係が近いのかもな。

 個としての家畜(かちく)には、死期(しき)についての自由はなくなったが、その代わりに、(しゅ)としては間違いなく効率的(こうりつてき)繁栄(はんえい)した。

 なにせ、繁殖(はんしょく)活動(かつどう)妨害(ぼうがい)する要素(ようそ)は人間が取り(のぞ)くし、仮に疫病(えきびょう)などで滅亡(めつぼう)危機(きき)(おちい)ったとしても、人間が必死で解決(かいけつ)しようとするだろ?

 こういった面からみると、少なくとも、(しゅ)としての寿命(じゅみょう)圧倒的(あっとうてき)()びたと言えるんじゃないか?」

「それは、人間から見た随分(ずいぶん)身勝手(みがって)理屈(りくつ)ね。

 私は菜食主義者(ベジタリアン)完全菜食主義者(ヴィーガン)の思想というか、方法論には全く共感(きょうかん)できないんだけど、それでも家畜(かちく)のような生活を()いられるのはゴメンだわ。

 ねえ、(たと)えが下手(へた)過ぎて全然(ひび)かないんだけど。

 やっぱり、私のこと(なぐさ)めようとしてるのよね?

 やるならもっと真剣(しんけん)にしなさい?

 そしたらちゃんと嘲笑(あざわら)ってあげるから」

「まあ、オレもこの方向性では無茶だと思ってたよ。

 むしろ納得(なっとく)されたらどうしようかと思った」


 そういって天乃(あまの)苦笑くしょうする。


「まあ、真面目まじめな話、緋澄(ひずみ)が相当(こわ)れちまってるのは間違いないけど、それは緋澄(ひずみ)だけの責任じゃないとは思うかな」

「そうかしら?」

「周りも悪いだろ。できるからやらせるってのは、なんか違うと思う」

「あら? あなたがそれをいうの、天乃(あまの)(しん)

 あなたも結構(けっこう)、無茶ぶりの天才だったと思うわよ? 少なくとも、昔は」

「さあね。今のオレはそんなことは知らないしな」

(あき)れた言い分ね。

 ――“合理(ごうり)(けもの)”か」

「“合理(ごうり)(けもの)”?」


 緋澄(ひずみ)の口から出た聞き()れないワードを天乃(あまの)鸚鵡返(おうむがえ)しする。


「ええ、ようやく、私がしたい話に差し掛かったわ」

「そういえば、確か、オレに質問があるんだったか?」

「そうよ。

 ……人間は、“考える(あし)”だと誰かが言いました」

「パスカルだな」


 天乃(あまの)は、急な話題転換(わだいてんかん)に首を(かし)げつつも、真面目(まじめ)に回答する。


「そんな記憶(きおく)は残ってるのね」

「これは、知識(ちしき)だからな。

 残ってなかったら、言葉も(しゃべ)れないはずだろ?」

「それもそうか。まあ、いいわ。

 人間が、“考える(あし)”だとしたら、あなたは、まさしく“合理(ごうり)(けもの)”とでも呼ぶべき存在だと言った(やつ)がいたのよ」

「……オレが考えなしってこと?」

(いわ)く、合理的(ごうりてき)判断(はんだん)に従う装置(そうち)――だったかしら。

 要するに、人でなしってことよ」


 冗談(じょうだん)めかして軽口(かるくち)(たた)天乃(あまの)に、緋澄(ひずみ)はあくまで真剣な口調(くちょう)で返す。

 その態度に、天乃(あまの)一瞬(いっしゅん)たじろぐが、残りの言葉も吐き出してしまうことにした。


「あとは、なんだ? “(あし)”じゃなくて“(けもの)”だって?

 ここでいう“(あし)”ってのは、自然界(しぜんかい)における弱いもの、矮小(わいしょう)なものの比喩(ひゆ)だったか。

 だったら、“(けもの)”ってのは――」

「それを食い物にする生来(せいらい)捕食者(ほしょくしゃ)比喩(ひゆ)、なのかもね」

「なんで、そこは曖昧(あいまい)なんだよ」

「いや、だって、そこの解釈(かいしゃく)は聞いてないもの。

 ほら、国語の試験(しけん)でよくあるじゃない? 『筆者の考えを述べよ』ってやつ。

 あれ、苦手なのよね」

「急に真っ当な学生みたいな話題(わだい)出すなよ。びっくりしたわ」

「他人の考えなんてわかるわけないじゃない。

 どうせ、『早く仕事終わらせて寝たい』が正解なのに」

物書(ものか)きという職種(しょくしゅ)偏見(へんけん)を持ちすぎだろ。

 それに、問題の意図(いと)(とら)え方が明らかに間違(まちが)ってる。

 まずは、『問題作成者の考えを述べよ』だ」

「でも、聞いた話によると、それが正解みたいなのよね。

 結局(けっきょく)、ああいう問題は、『筆者の考え』を当てるのではなく、『問題作成者の考える『筆者の考え』』を当てるものらしいから。問題文から問題作成者の意図(いと)さえ読み取れれば、『筆者の考え』なんて読み取れなくても正解できるらしいわよ」

「何の話してんの!?」


「何って、“天乃慎(あなた)”の話よ?」


 緋澄(ひずみ)は、そういって底冷(そこび)えするような(うす)い笑みを浮かべる。


「私が話しているのは、徹頭徹尾(てっとうてつび)天乃慎(あなた)”の話」

「……」

「ごめんなさいね。私、話をするのが下手(へた)なの。

 他愛(たあい)ない会話はできるのだけど。

 正直、こういった真面目まじめな話は、どうしたって回りくどくなっちゃうの。

 本来的に向いてないのよね」

「つまり、オレのことを“合理(ごうり)(けもの)”と(しょう)したのは、オレ自身で、さっきの国語の話もオレがした話ってことか?」

「まぁ、そういうことかもね」

「なんか普通の雑談(ざつだん)っぽく聞こえるけどな。

 とても、オレの死をねがってる人間との会話とは思えない」

「それはそうよ。初めから、そういう関係だったわけじゃないもの、私達」

「それも、そうか」

「ちなみに、その件に関する詳細(しょうさい)黙秘(もくひ)するわ。

 なんか、今のあなた相手だと、余計(よけい)なことを云っちゃいそうだし。

 事情を知らない他人への()つ当たりみたいで正直気分があまり良くないもの」

「記憶を()くす前のオレの不始末(ふしまつ)じゃあ、そうなっちまうのか?」


 天乃(あまの)は、なんとなく緋澄(ひずみ)の感覚が理解できるような気がした。


「なぁ、ちなみに、発言者の意図(いと)じゃなく、緋澄(ひずみ)の考える“(けもの)”ってのは何の比喩(ひゆ)だと思うんだよ」

「『自由さ』――いえ、ちょっと(かざ)り過ぎね。『(おろ)かさ』といってもいいわ」

「全然違うもののように聞こえるんですけど。急にポジティブな意味合いがなくなったんですけど」

()たようなものよ。

 自由だからこそ、(おろ)かな選択(せんたく)すら選択(せんたく)()に入れてしまえるのよ。

 初めから(かしこ)選択(せんたく)()しか用意されていなければ、ずっと賢者(けんじゃ)でいられるでしょう?

 私が思う“(けもの)”の解釈(かいしゃく)っていうのは、まさしく、何にも(しば)られてないが(ゆえ)に、(おろ)かな選択(せんたく)をできるモノの象徴(しょうちょう)なのよ」

「“合理(ごうり)(けもの)”たるオレは、合理的(ごうりてき)判断(はんだん)(したが)装置(そうち)だったんじゃないのか?」

「自覚がないというのは実に幸せなことね。

 あなたは、どこまでも合理的(ごうりてき)(おろ)かな選択(せんたく)をするのよ。

 そして、その傾向(けいこう)は今も変わってないわ。

 例えばそうね――」


 そこまでいうと、緋澄(ひずみ)は、再び脚を組み替え、「第一問」と声を上げる。


「さっき、私があなたの使い()を拘束するために魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)した際、あなたは事前にその魔眼(まがん)兆候(ちょうこう)を読み取って、これを(かわ)したわよね」

「ああ」

「じゃあ、()くけど。

 なぜ、あの中では最もひ(よわ)だった真理(まり)(かば)おうとすらしなかったの?」

「それは、緋澄(ひずみ)遊上(ゆがみ)さんに危害を加えようとしていないことが見えたからであってだな。

 別に――」

「でしょうね。これは、合理的(ごうりてき)判断よ」

「あ、はい」


 天乃(あまの)は言い訳を(あきら)め、緋澄(ひずみ)淡々(たんたん)と次の質問に(うつ)る。


「次、第二問。

 使い()天空(てんくう)警告(けいこく)を発しなかった理由は?」

「正直、気づいた時点からじゃあ、回避(かいひ)が間に合いそうになかったし、あの二人なら強いから、何かをくらっても問題ないかなと思って」

合理的(ごうりてき)判断ね。

 ちなみに、第三問。

 私の魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)が数秒の足止めをする程度の効果しかないことは見切ってた?」

「ああ、これは実際、英莉(えり)拘束(こうそく)されてる姿を見たときにわかったことだけど。

 ……なんだよ。何か()められてんの、オレ?」

「まさか。ここまではただの確認よ、確認。

 次が本命の第四問。

 私の二回目の魔力(まりょく)放出(ほうしゅつ)があなた目がけて(せま)ってきました。

 さて、あなたはなぜ、左右ではなく、後ろでもなく、前に()み出したのでしょうか?」

「……別にいいだろ? 結果的に問題なかったんだから」

「違うわ、天乃(あまの)(しん)

 さっきも言ったけど、私は別に責めているわけではないの。

 これは過程(かてい)こそが重要なのよ。

 そして、自覚することが肝要(かんよう)なの」

「自覚って……」


 緋澄(ひずみ)淡々(たんたん)と事実を()べるかのような口調(くちょう)に、天乃(あまの)は言葉を()まらせるが、やがて、意を決し、答えを述べる。


「うーん。本人を前に言うのはちょっと恥ずかしいんだが。

 なんだか、緋澄(ひずみ)が――」

「私が?」

「なんか、泣きそうだった、から?」

「ふむ。なるほどね。全然合理的(ごうりてき)じゃないわ。

 理由も帰結(きけつ)もおかしい」

「いや、あのだな――」

「けど、振り返ってみると、結論は最適解(さいてきかい)だったのよ。

 詳しくは省略(しょうりゃく)するけど、実は、あの場面であなたが取りうる選択(せんたく)()の中では、前に踏み出す他に活路(かつろ)はなかったの。

 あなたも言ったけど、『結果的に問題はなかった』のよ」

「お、おう」

「ちなみに、私が考えた合理的(ごうりてき)推論(すいろん)からの帰結はこうよ。

 『まっすぐ向かってくるのだから、左右どちらかに(かわ)せばいい。』

 『これを(かわ)せれば使い()拘束(こうそく)から(だっ)して戦線に復帰(ふっき)するのだから、尚更(なおさら)これは回避(かいひ)するのがいい。』

 どう?」


 それは、()しくも、当時の天乃(あまの)思考(しこう)合致(がっち)していた。


「ね? 前に踏み出すのは唯一の活路かつろではあったけど、合理的(ごうりてき)判断からは(みちび)き出しにくいものだったの。

 もし、合理的(ごうりてき)判断から正答を(みちび)き出そうとするならば、敵対者である私の思考や私ができることも考慮(こうりょ)に入れる必要があったわけ」

「これが、“(けもの)”とやらに(そな)わってるとかいう野生(やせい)の“(かん)”ってやつか?」

上手(うま)いこと言おうとしたみたいだけど、第六感(だいろっかん)とは少し違うわね。

 それは、どっちかというと“虫”の領分(りょうぶん)でしょ」

「虫の知らせ?」


 緋澄ひずみは、「そういうこと」と述べると、携帯端末を取り出し、文字を入力する。

 そして、それを天乃(あまの)に見せるように向ける。


「そうねえ、どちらかというと、“(かん)”よ。

 あなた、結局のところ、合理的(ごうりてき)にしか物事を考えられない性分しょうぶんなんだもの」

()()じゃなくて、()()ってことか?」

「そう、これもあなたの受け売りなのだけど。

 あなた、その眼のせいで他人とは違う景色(けしき)が見えているらしいじゃない?

 結局、それを脳内でどのように処理してるのかって話だった気がするわ、確か。

 なんか、いろいろ言ってたけど、要は、脳が余分な情報を処理する際の過程が他人とは違うんじゃないかって話だったわ。

 普通の人が見逃すようなわずかな情報も、あなたは持ち続けてるんじゃないかとかなんとか。

 それで、判断の過程に無意識にその情報を組み込んじゃう結果、合理的(ごうりてき)な判断として一見(おろ)かに見える選択(せんたく)をするということよ」

「なあ、緋澄(ひずみ)って(みょう)にオレに(くわ)しすぎない?

 どんだけオレと会話してたの?」

「さて、質問の続きよ」

「あっ、これは黙秘権(もくひけん)の行使ってやつっすね」

「第五問」


 緋澄(ひずみ)は、天乃(あまの)の反応を完全に無視(むし)して質問を続ける。


辰上(たつかみ)ってのとあなたは、なんか因縁(いんねん)があるの?」

「……よくは知らないが、そうらしい。

 その辺については、英莉(えり)の方が(くわ)しいから、そっちから――」

「いいえ、結構(けっこう)よ。

 これは、天乃(あまの)(しん)認識(にんしき)を知るための質問なのだから。答えはそれで充分なの。

 じゃあ、次、第六問。

 狗飼(いぬかい)天乃(あまの)(しん)はどんな関係?」

「どんな?

 い、いや、その、会ったことはないけど、多分知り合いだ」

「第七問。

 狗飼(いぬかい)との関係は良好(りょうこう)なの?」

「多分、悪い。

 そうじゃなければ、天空(てんくう)さんがオレと狗飼(いぬかい)さんが出会わないようにあれこれする必要もなかったはずだ。

 んで、オレとしても、その状況を受け入れていた節がある」

「ふうん、そうなんだ。

 じゃあ、最後の質問、第八問ね」


 緋澄(ひずみ)は、座った状態から少しだけ身を乗り出し、天乃(あまの)に近づくと、天乃(あまの)の頭を両手で(はさ)むようにして固定する。

 そして、そのまま顔を向き合わる。


「なあ、近くないか?」

「私は気にしないわ」

(オレはわりと気にするんですがッ!!)


 天乃(あまの)の内心の動揺どうようを全く意に介さず、緋澄(ひずみ)は、最後の質問を開始する。


天乃(あまの)(しん)

 あなたに、辰上(たつかみ)何某(なにがし)とかいう私とは方向性が違う化け物と対峙(たいじ)して、わざわざ狗飼(いぬかい)を助け出さなければならない動機(どうき)やメリットはあるの?

 もっというと、あなたがそれをする必要はあるのかしら?」

「……現状、辰上(たつかみ)とやらに対抗できそうな戦力は、英莉(えり)天空(てんくう)さんしかいなくて、オレが彼女らを現場に連れていくのが最適だから――」

「それは、天乃(あまの)(しん)の理由ではなく、使いの話にもとづく現状における適否(てきひ)の話でしょう?

 あなたも言ってたじゃない。『できるからやらせるってのは、なんか違う』って」


 天乃(あまの)の言い分に緋澄(ひずみ)は真っ向から反論し、質問を継続する。


「ねえ、ほとんど初対面で、多分全然仲良くもない、むしろ、蛇蝎(だかつ)のごとく(きら)われてる可能性が高い女の子を一人助け出すためだけに、あなたが、命を()け、身体を張る理由は、どこにあるのかしら?

 ――――ねえ。そんなもの、本当にあるの?」

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